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「そうよ、私がやったの」

 エルゼはリノンの問いにきっぱりと答えた。ただし、彼女は嘘つき村の住人なので、「やっていない」と否定したことになる。

「あなたの考えは見事に当たってるわ。名探偵、って呼びたいくらい」

 言葉とは裏腹に、エルゼの表情は険しかった。二人のガイドが同一人物だと聞いたときは驚いたような顔を見せたものの、自分が疑われていると知ると、とたんに敵意の塊と化してしまった。小さな顔をこれでもかというくらいにしかめ、こちらを睨みつけてくる。

 その背後には、盆を手にしたサルダリが不安げな顔で立っていた。お茶を出しにきたものの、娘が心配で戻りづらくなったのだろう。広いリビングには張りつめた空気が漂っていたが、トラットはそんなのお構いなしにソファの隅で寝息をたてている。

「確かに、名探偵にはほど遠いでしょうね。私はただの旅行者ですから」

 リノンは苦笑し、出されたお茶を一口飲んだ。香りは紅茶に似ているが、コーヒーのような深い苦みがある。

「でも、一つ気づいたことがあるんです。村で初めて会ったとき、エルゼさんはこう訊きましたよね。『もう一人、いないんでしょう?』って」

 エルゼが話すのは嘘つき語なので、実際には「もう一人、いるんでしょう?」と問いかけたことになる。

「私たちが二人で旅をしているって、どうしてわかったんですか?」

 リノンたちは確かに二人連れだが、あのときエルゼがそれを知っていたのは不自然だ。

「あのときのあなたの反応は、カイさんとそっくりでした。カイさんは最初、トラットが猫型人類だと知らなかったんです」

 惑星ケルダ到着の二日前、リノンは船内からカイに遺跡案内を依頼した。カイは代表者であるリノンの情報を見て、もう一人の客も人型人類だと思い込んだのだろう。

「あなたはカイさんと同じように、トラットが人型人類だと思い込んでいた。カイさんからそう聞いたからと考えるのが自然ですが、カイさんが嘘つき村を訪れた記録はありません」

「……キバから聞かなかったのよ」

 考えるような間のあと、エルゼは落ち着いた口調で返した。

「あなたたちが来る前の日、たまたま彼と会わなかったの。キバがお客のことを知るのはカイの案内が終わらないうちのはずだったけど、キバとカイが別人だっていうなら、お客を引き継ぐ前のキバから話を聞いたとしたら矛盾するはずよ」

「なるほど。確かにそうですね」

 リノンはあっさりうなずいてみせる。リノンたちがやってくる前日にキバが嘘つき村に出入りしていることは、監視カメラの記録から確認済みだった。

「カイさんとキバさんは同一人物なんだから、カイさんが知っていることは当然キバさんも知っている。引き継ぎの前にエルゼさんに私たちのことを話したとしても、不思議でもなんでもないですよね」

 納得したように言うと、エルゼの表情が少し和らいだ。

「じゃあ――」

「不思議なのは、むしろエルゼさんのほうです」

 リノンはエルゼの言葉を断ちきるように言った。

「そのときのあなたはまだ、二人が同一人物だと知らなかったはずですよね。なのにどうして、キバさんがまだやってきてもいない客のことを話すのを疑問に思わなかったんですか。キバさんとカイさんが、客の引き継ぎ以外で連絡を取らないことはわかっていたのに。――疑問を感じなかったのは、あの二人が同一人物だと前から知っていたからじゃないですか?」

「それは」

 エルゼは言葉に詰まる。血の気が引いた肌は、雪のように白い。リノンは自分の推理が間違っていなかったことを確信した。

「事件現場で、ハリスさんにこう言っていましたよね。『襲われたのはキバで、犯人がカイ』だって」

 正確には「襲われたのはキバじゃなくて、犯人はカイ以外」と言ったのだが、普通の言葉に訳せばそういう意味になる。

「犯人はともかく、被害者がキバさんだということはある意味真実です。被害者は、カイさんでもキバさんでもあったわけですから。あなたはそのことを知っていたのに、どうして本当のことを話してしまったんですか? あなたは生まれつき、嘘しかつけないはずなのに」

「おい、あんた――」

 サルダリが我慢ならないという様子で口を挟む。しかしそれより早く、ガシャン、と食器の跳ねる音がリノンの鼓膜を打った。エルゼが平手でテーブルを叩いたのだ。

「もっと続けて」

 彼女は細く長い溜め息をつくと、サルダリに席を外してくれるよう頼んだ。

「知ってるのね、私が〈忌み子〉だってこと」

 サルダリが隣のキッチンに引っ込んだとたん、エルゼは嘘つき語を使うのをやめた。言葉と表情に矛盾がなくなったのがその証拠だ。

「二つの村の長老から被害者の抱えていた事情を聞いたんです。エルゼさんのことまでは知らなかったみたいですが、正直村では、あなたのお母さんが亡くなったのと同じ時期に村を出ていった男性がいるとか」

「……そう」

 薄々感づいてはいたのだろう。エルゼは自分を納得させるようにうなずいた。

「自分ではこれでも、うまく演じてきたつもりだったのよ。旅の人が相手で、気が抜けたのかしら」

「どうやって彼に怪我を負わせたんですか」

 率直に訊ねると、エルゼはきゅっと下唇を噛む。

「私、彼に求婚されてたの」

 テーブルに目を落としたまま、ぽつりと言った。

「彼は正直者でも嘘つきでもないけど、誠実な人よ。わざわざ、自分が混血だってことまで教えてくれたし。まさか私もそうだとは思ってもなかったみたいだけどね」

 ――プロポーズの返事は柱の根元に埋めてなんかいないので見ないでほしい。柱は今日の昼間に交換されなかったから、近寄ると危ない。

 エルゼはガイドにそう伝えたのだという。ガイドはエルゼの言葉をいつもどおり裏返しに受け取って、柱がすでに交換されたものと信じ、その根元を掘った。しかし、実際はそこにはなにも埋まっておらず、彼は折れた古柱の直撃を受けてしまった。嘘しか言えないはずのエルゼが、ガイドを陥れようと真実を話したせいだ。日没後で、柱の状態が見て取りにくかったことも災いしたのだろう。水溜まりに溶けたインクに、彼は気づけなかった。

「あんなに大ごとになるとは思わなかったわ。ちょっと怪我でもして、祭りに出られなくなればいいって、それだけのつもりだったのに」

 エルゼは膝の上で拳を握る。後悔のためか、声が震えていた。

「彼のことが嫌いだったんですか?」

「いいえ」

 即答だった。

「求婚されたのにはびっくりしたけど、好きって言われて、素直に嬉しかったわ。もし二人とも混血じゃなかったら、そのまま結婚してたかもしれない。彼があんなことを言ったりしなきゃ――」

「あんなこと?」

 自分の出生の秘密を打ち明けたあと、ガイドはこう語ったのだという。

 ――今年の祭りで、俺はこのことをみんなに言おうと思ってる。わかり合えないことが当然みたいになってるけど、仲良くなれる可能性もあるんだって知ってもらいたいんだ。

「爪はじきに遭うのは覚悟の上だ、って笑ったわ。彼は強い人だったから。でも、私は笑えなかった」

 怖くなったの、とエルゼはかすれた声で漏らす。

「〈忌み子〉の存在がみんなに知られたら、いつか、私もそうじゃないかって疑う人が出てくるかもしれない。ずっと嘘つきの振りをしてきたけど、いつも完璧に振る舞えてたとは言いきれないもの。実際、あなたはたった一言で見破ったみたいだし」

「もし不自然なところがあれば、そこから血筋がわかってしまうと思ったんですね」

「ええ」

 エルゼはうなずく。

「そうなったら、きっと私も仲間外れにされるわ。父にも本当の子じゃないことがばれてしまう。そんなの耐えられない」

 力なく頭を振ると、薄青の髪がさらさらと音をたてて流れた。

「私は強くないの。彼や本当の親が持ってたような勇気は、いくら振り絞ったって出てこないのよ」

 紫色の瞳には、いつの間にか涙がにじんでいる。

「ただ、手を取ればよかったのかもしれませんよ」

 リノンは言った。エルゼの両親だって、最初はそこから始まったはずだ。エルゼは答えず、こらえるように唇を引き結んだ。閉じたまぶたから一粒、透明な滴がこぼれ落ちる。

 バン、と部屋の扉が勢いよく開けられたのはそのときだった。丸まった姿勢のまま、トラットが宙に跳び上がる。リノンとエルゼも反射的に入口に目を向けた。

「聞くな、エルゼ――」

 右手でノブをつかんだままサルダリは興奮した口調で言いかけたものの、娘の泣き顔に気づくと驚いたように一歩後ずさる。

「のんびりしてどうしたの? この部屋に入ってきて、って言ったはずだけど」

「ああ、その」

 目元をぬぐいながらエルゼが訊ねると、サルダリは娘とリノンの顔を交互に見やって答える。

「あいつの意識が戻らなかったそうだ。二、三日中には帰ってこれないだろうって」

「ほんと? 目、覚ましたんだ?」

 よかったねえ、とトラットは笑う。

「エルゼさん」

 リノンはエルゼに微笑みかける。エルゼはまたあふれてきた涙に顔を歪ませながら、何度も何度もうなずいていた。


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