忘却を望んだ
「あ」
あぁ。
突然叫びだしたくなる。
この狭い窮屈な教室。
重苦しい授業中。
最近の僕を巻く、息苦しい何かに埋もれた中。
何も僕は不幸なわけじゃない。
友達が居る。
仲のいい友達が。
何も不満はない。
満たされている毎日。
要は毎日がとても幸福なのだ。
僕は知った。いや知っていた、この幸福は永くは続かないという事を。
いつも頭の中で忘却を望み、かき消していた事。
高校に入れば仲間はバラバラになる事。
高校?
今でもついていけない勉強が難しくなり、その上仲間とはバラバラ?
耐えられなかった。
迫り来る眼前の未来が怖かった。
幸福に満たされた毎日が怖く、永く続かない幸福に浸かる事が怖く。
最近の僕は常にそうであった。
故に息苦しい。辛さと虚しさが僕を包み、やがて僕を支配した。
「あぁ」
僕は口に出した。
授業中、皆の前、狭い教室で。
「ああああああああああああ!!!」
気が狂ったように叫ぶ。
それでもこの漠然とした不安、やんわりとした息苦しさは振り払えない。
忘却を望むことの愚かさに気づいてからはもう、ここから出ることなど出来ないのだ。
果てしない絶望。
これから何度も繰り返される幸福とその崩壊。
それらが立ち尽くす未来。
それらは果てしない絶望の種であり、僕に根付いて離れないのだ。
「あああああああああああああ」
振り払えないことを知りつつ僕は叫ぶ。
周りの視線が刺さる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!
ほら、やっぱりそうじゃないか。
僕の気が狂えば、一瞬のうちに「皆」は意味を失うのである。
僕は気付いていた筈なのに改めて突き落とされた感覚を感じるのだ。
見えている!視線が、未来が、絶望が。
見えているのだ、僕には見えている。
だけども僕は目を覆っている。覆われた目に映るのは虚無の幸福である。いつでもそうだった。いつまでもそうでいたかった。
僕は叫んだまま、誰の物かわからない視線を見捨て教室の外に走り出た。
「おい、待てよ!!」
「どうしたんだよ、大丈夫か!?」
「どこいくんだよ!!!」
などと言うような虚無の産物の声を聞きながら、廊下を駆けた。もう戻りたくはなかった。生暖かなそれの意味はもう無くなってしまったのだ。
確かな足取りで屋上に出る。
死のうだなんて思っていた訳では無い。
だけれども僕は腕を引かれる。
絶望に、未来に、仲間に、幸福に、虚無に、高校に、視線に、痛さに、
自ら望んだ忘却に。
地面に近づく最中、確かな安堵を感じた。
僕は笑った。
これで終わりなのだ。もう苦しまなくて済むのだ。
僕は、終われるのだ。
地面に衝突する寸前流れた涙は、何であったのだろうか。