悲劇のない国
『月光条例』を読み返してて思いつきました。
むかしむかし、あるところにお話しの大好きな王様がおりました。
王様はお話しが大好きだったので王宮にあるものはぜんぶ読んでしまいました。
そこで王様は国の東に住む、面白いお話しを作ることで有名な作者の所に行ってお話しを書いてもらうことにしました。
しかし出来上がったそれはとても悲しいお話しでした。
悲しいお話しがだいきらいな王様が書き直すように言うと、作者は首を横に振って「それではこの話しのいみがなくなってしまいます」と言いました。
怒った王様はその作者を国から追い出してしまいました。
そこで王様は思いつきました。
悲しいお話しを書く人間がいなくなれば世の中は楽しいお話しだけになるぞ。
王様はかこに一度でも悲しいお話しを書いたことのある作者をすべて国から追い出してしまいました。
国から作者がいなくなってしまったので、王様は自分でお話しを作ることにしました。
「私は知っているぞ。面白いお話しを書くためには取材が必要なのだ」
お供を連れて、国の西へと取材に向かいます。
そこには悲しげな顔をした人ばかりいる村がありました。王様がどうしたのかと聞くと、みんなが自分のおじいさんのようにしたっていた村長さんが亡くなったとのことでした。
村長さんの子供たち、孫たち、ひ孫たちはみんな泣いています。
つられて悲しくなった王様は天国へ向かおうとする村長さんのたましいを引き留めて言いました。
「どうしてみんなが悲しんでいるのに、お前は死ぬのだ?」
「王様、それは私が年を取ったからです」
そう言い残して村長さんは天使たちに囲まれて天国へと旅立ちました。
村長さんは安らかな顔でしたが、まわりはみんな悲しそうでした。
そこで王様は思いつきました。
年を取った人がいなくなれば、悲しむ人はいなくなるぞ。
王様は年を取った人をすべて国から追い出してしまいました。
国からたくさん物を知っている年を取った人がいなくなってしまったので、王様は取材が出来ません。
「でも私は知っているぞ。面白いお話しを書くためには下積みも必要なのだ」
王様はお忍びで、国の南へと向かいます。そこは港町で、漁師さんたちが魚を取っていました。
王様は一緒になって魚を取ります。一生懸命働いた後に、みんなで取ったお魚を食べていると王様はとても幸せでした。
あまりに幸せだったので、自分のお話しの主役を漁師にしてしまったくらいです。
ある日、王様がいつものように漁に出かけると、海賊たちにつかまってしまいました。
海賊は王様たちが必死で取った魚をすべてうばっていきました。
その帰り道、さらについていないことに大嵐に遭い、船が沈んでしまいました。
王様はなんとか泳いで帰りましたが、そのときすでに幸せな気持ちはなくなっていました。
王宮に帰った王様は思いつきました。
海賊がいなくなればずっと幸せでいられたのに。
王様は海を封鎖して、海賊が国に入って来られないようにしました。
さらに王様は思いつきました。
船が沈まなければずっと幸せでいられたのに。
でも嵐が来れば船はどうしても沈んでしまいます。だから王様は船を持つことも作ることも禁止してしまいました。
漁師や船大工たちは家族を連れてすべて国から出て行ってしまいました。
取材と下積みが終わって、王様は自分の作ったお話しをだれかに聞いてほしくて仕方がありません。
でもすでにひとびとのほとんどは国から出て行ってしまいました。
王様は一人ぼっちで国の北へと向かいます。
そこには病院がありました。王様は自分の作ったお話しを聞いてくれる人を探していると、一人の女の子と出会いました。
「王様も病気なの?」
「いいや、私は自分の作ったお話しをだれかに聞かせたいんだ」
「面白いの?」
「面白いとも」
「じゃあ聞いてあげてもいいわよ」
王様は女の子の上からな態度にちょっぴりイラッとしましたが、他に聞いてくれる人もいないので話し始めました。
最初は自信がなかった王様ですが、女の子が笑ってくれたり、真剣な表情で聞いてくれたりするのでどんどん話しました。
話し終えると女の子は拍手して言いました。
「とっても面白かったわ。また聞かせてくれる?」
「もちろんだとも」
王様は女の子のために知恵を絞って、たくさんのお話しを作りました。それらはどれも決まって幸せなお話ばかりです。
ある日、女の子を天使たちが迎えに来ました。
「パパもママもいなくなってさびしかったけど、王様のおかげで楽しかったわ。ありがとう」
そう言うと女の子は天国へと昇っていきました。
王様は泣きながら天使の一人を呼び止めます。
「あの子は年を取っていないのになぜ死ぬのです!」
「あの子は病気だったのです」
「では治してください。あの子の他に私のお話しを聞いてくれる人はいないのです」
「王様、人はみないつか死ぬのですよ」
そう言って天使は天国に帰っていきました。
王様はとても悲しい気持ちでいっぱいでした。どうやって自分の家である王宮に帰ってきたかも分からないくらい悲しかったのです。
おいおい泣きながら王様は思いつきました。
病気の人がいなくなればこんな悲しい思いはしなくてもいいのに。
王様は病気の人をすべて国から追い出してしまいました。
いよいよ国には王様以外の人がいなくなりました。
仕方がないので、王様は自分で作ったお話しを自分で読みます。
しかしどれも決まって幸せなお話しばかりなのに、読んでいると涙が出てきます。あの女の子の事を思い出してしまうのです。
本棚からとびきりお気に入りのお話しを引っ張り出してきても、全然面白くありません。なんだか上手に笑えないのです。
本棚の中には一冊だけ悲しいお話しが残っていました。王様は仕方なしにその本を読んで、心の底から泣きました。
やっぱり王様は悲しい話しがだいきらいでした。
でも読み終えて、泣き終えるとなんだかすっきりとしてまたいつものように楽しいお話しで笑えるようになっていました。
「分かったぞ。悲しいお話しはこのためにあるのだな」
そのことに気付いた王様はほんのちょっぴりだけ悲しいお話しが好きになれました。
でもその一冊以外に、この国に悲しいお話しはありません。作る人ももういません。
だから王様は国の外に出て、たくさんの楽しいお話しと、少しの悲しいお話しを作ることが出来る人を探しに行くことにしました。
王様も国からいなくなってしまったので、この国にはもうだれもいなくなってしまいました。
王様は出かけるときに、その一冊の悲しいお話しを持って行ってしまったので、この国に悲しいお話しは一つもなくなってしまいました。
だからこの国は悲劇のない国と呼ばれています。
Thank you for reading!