秋 ~腐れ縁との再会~
陽古の様子が最近おかしい。
ボーっとする回数が増えた。前からそうだったが、最近では特にそうだった。
それだけじゃない。難しそうな顔を見せるようになった。
「なにか悩み事か?」
「いきなり、どうしたのだ?」
「最近らしくないというか…なにか考えているみたいだから」
「時雨からはそう見えているのか?」
「違うのか?」
「なに、大したことじゃない。気にするな」
とても、そう見えなかった。
深刻そうな雰囲気が出ていたから。けど、そう言われた以上、追究できなかった。
(さて…どうしたらいいものか)
腕を組んで唸る。
目の前には本棚。時雨は今、本屋にいた。体育祭の練習が終わり、解散となったのはいいがバスの時間がまだ先だったので本屋に立ち寄ったわけなのだが、本を選んでいるというのに、頭は陽古の事ばかりで本のタイトルが目に入ってこない。
(悩みを聞き出そうとしても、無駄なんだろうな)
陽古は意外と頑固な一面がある。そして天然故なのか、訊こうとすればいつの間にか話がすれ変わっている時がよくある。
(なら、どうするべきか。陽古はおれ以外の人に相談する選択はないしな)
今の所、陽古が視えるのは時雨と善家だけだ。善家はあれ以降、陽古と面識もなければお互い会うつもりはないみたいだから除外とする。
陽古はいつも独りだ。他の神とも交流がないみたいだし、時雨以外に話す相手など。
(そういえば、陽古が言っていたな。昔、おれ以外に陽古が視える人間がいたって)
話題に出した事はなかった。いや、触れなかった。
たまに陽古は、目を細め自分を見つめる事がある。
まるで回顧しているような、その眼差し。
その人と自分を重ねているのだろうか。そう思うと、時雨は少しむっとする。けど、ある可能性が過ると、それは霧散する。
もしかして、その人はもうこの世にいないのではなかろうか。
だから、あんな目をして己を見つめているのでは。
(どんな人だったんだろう…)
男だったのだろうか、女だったのだろうか。優しい人だったのか、厳しい人だったのか。
(いや、一人だけとは言っていない、はず)
もしかして、複数人いたかもしれない。
平安時代から生きていたのだ。そうであっても可笑しくない。
「おいってば!」
いきなり耳元で叫ばれ、反射的に耳を塞ぐ。
聞き覚えがある声だった。
叫んだ人物を睥睨する。
「なんだ」
優は明らか様に眉を顰めた。
「なんだ、じゃねえよ。さっきから呼んでいるんだ、相槌くらい打て」
「…無視したほうがいいと判断したからだ。第一、お前の呼び掛けに答える義理はない」
「あっそ。でも、結局反応したから俺の勝ちな」
「勝ち負けの問題か」
呆れ混じりの声を躱し、優は時雨が見ていた本棚に視線を向ける。
「お前、相変わらず小説ばっかり読んでいるんだな」
「まあな」
「でも、さっきまでのお前、どこか上の空だったな。本なんて見ていないって感じ」
「…ちゃんと見ていたぞ」
「なんだよ、その妙な間」
「お前こそ、どうして小説コーナーいる。小説読まないくせに」
中学の頃に朝の読書時間というものがあって、朝十分間だけ強制的に読書をさせられる。自分は苦に思わなかったし、むしろ足りないと思っていた。優はいつもその時間、つまらなそうに教科書やクイズ本などを読んでいた。いや、正確には読んでいなかったかもしれない。そんな優が漫画や雑誌はともかくとして、小説コーナーに来るとは思えなかった。
「俺? 俺は彼女の付き添いで来たんだけど、俺そっちのけで本選びに集中し始めたから、少し回っていたらお前がいたから話しかけてみた」
「別にそこまで説明しなくても…ん? 彼女?」
「中学の頃から付き合っているのに…知らなかったのか」
「お前の恋愛事情なんて、塵の如く興味ない」
言われてみれば、中学校の廊下で優と一人の女子生徒が話しているのを何度か見かけた事があった。相手の顔は覚えていないが、髪が長い女だった気がする。
「むしろ、お前に彼女出来た事が驚きだな…」
「その世も末だなっていう顔、やめね? 言っとくけど、昔から俺はモテていたぞ」
「自分で言うか。まあ、小学生の頃は何故か足の速い奴がモテるという法則があるからな」
「それ、なんか分かる…って、俺が足速かったからモテていただけだって言うな!」
「お前、それ以外は苛めっ子だっただろ。今は落ち着いているみたいだけど」
「中学もそうだったと?」
「雪が積もったある日、無抵抗の知り合いの小学生に雪玉を投げ続けた奴の何処か苛めっ子じゃないと? あ、あれは苛めっ子じゃなくて、ただの屑行為か」
それを言った途端、明らかに視線を外した。自覚あるのか、と呆れを込めた溜息をつく。
「あ、そういやお前ってどんな小説読んでいるんだ?」
話を逸らした。話を戻す気もないので、素気なく返す。
「何でも」
「何でもって、恋愛ものも?」
「女性向は読まないが、男女関係なく読めるものだな」
「つまり、ラノベじゃなくて純学?」
「広い意味ではそうだな」
思わず溜息をつく。
昔からそうだ。この男は自分のペースを乱す。だがそれはあっちも同じらしく、互いが互いのペースを乱すので、どうしようもなかった。
今となっては、乱れはほぼ無くなっているものの、まだ水面に落ちた滴の波紋の如く静かに、だが確実に揺らいでいる。
視線を感じて、横目で見やる。
「なんだ」
「前よりも柔らかくなったけど…何か悩み事か?」
「…別に」
「嘘つくの下手だな。ま、俺には話さないだろうけど無理も程々にな」
その言葉は敢えて無視した。
再び本棚に目を通す。どのタイトルもパッとしない。
「そろそろ、アイツ終わるかな」
「一生さようなら」
「おいこら」
「あ、いた」
女の声が聞こえて、視線をそちらに向く。
肩よりも少し長い黒髪がさらりと流れている。一見、おしとやかな印象を持たせる容姿の少女。歳は時雨と同じくらいか下みたいだった。
「あー…この人がお前の彼女か」
「おう」
「あれ、法華津君? わたしの事、覚えている? 田中莉彩だよ」
「えーと…」
覚えていなかった。なんかしでかした人物や、やけに目立っていた人物は覚えているが、優の彼女だという田中莉彩に関しては、優と一緒に歩いていたような気がする程度しか記憶になかった。
「同じクラスだったけど、覚えていないか。まあ、話した事あまりなかったから当たり前か」
傷付いたような顔は見せず、受け入れた様子で田中は時雨を眺める。
「田中さん、だっけ? よくコイツと付き合おうって思ったな」
「どういう意味だ、こら」
「さっきの会話の流れから察しろ」
「まあ、わたしもなんで付き合っているんだろうなって思う時があるけど」
「肯定した!?少しはフォローしろよ!」
「フォローする必要はないわ。事実だし」
はっきりとした口調で言い放つ田中を見て、時雨は思った。
(見た目に反して、なかなかの毒舌だな…)
自分も優限定で毒舌だが、田中は時雨とはまた違った毒舌家だ。
「それはそうと、早く行かないと。門限に間に合わなくなっちゃう」
「もうそんな時間か。それじゃ、帰るわ」
「またね、法華津君」
返事をせず、時雨は去っていく二人の背中を眺める。
会話は完全に耳に入って来ないが、傍から見ればじゃれ合っているように見えた。
しかし、何か違和感がある。
(なんかアイツ…田中さんと距離があるような…)
見たままで言えば距離は近い。けど、何か引っ掛るような、内面の距離感が遠いような気がする。
(気のせいか…? まあ、気のせいだとしてもおれには関係ないし、恋人同士でもある程度の距離は必要だろう)
時雨は誰かと付き合った事がないのでよく分からないが、おそらくそういう事だろうと邪推した。
その後、これといった本が見つからなく、陽古用にと店員のおススメらしい推理小説一冊買ったのだった。




