夏 ~帰り道~
あの後、色々な所を回った二人は、バスが無くなるという理由で帰路についていた。
バスを降りると、辺りは夕暮れで真っ赤になっていた。
左肩に乗っている陽古が、辺りを見渡す。
「まるで炎に包まれているようだな」
「だな。今日はどうだった?」
「楽しかったぞ! なんというか、すごい、すごく楽しかったぞ!」
「それは良かった」
猫に攫われたというハプニングは、さほど気にしていないようだ。
時雨は神社に続く川端を歩く。
遠くの方でカラスの鳴き声が木霊する。雲もオレンジ色に輝いていた。川も夕焼け空を写したように真っ赤に煌めいている。
「時雨…本当にありがとう」
「なんだよ、急に改まって」
「本当に村の外に行ってみたかったのだ。けど、無理だと諦めていた。だが時雨のおかげで行けることができた。ありがとう」
「大したことじゃ、ない」
そっぽ向いた時雨の耳を見て、陽古は目元を和ませる。耳が真っ赤なのは、夕暮れのせいではないだろう。
「時雨には本当に感謝している。やりたいことがまた一つ減った。いつ死んでも、未練はない」
「死ぬ…? 神も死ぬのか?」
「命在るもの、いつかは必ず死ぬ。神とて例外ではないよ。実際に、伊邪那美命は黄泉の国に旅立って、そのまま黄泉の神になった」
「そういえば、そんな神話あったな」
産み落とした火之迦具土の炎で女性器を焼かれ、命を落とした伊邪那美命は黄泉へ旅立った。残された兄であり夫の伊邪那岐命は、伊邪那美命を取り戻そうと黄泉へ行く。そんな神話が確かにあった。
「陽古も…死んでしまうのか…?」
消え入りそうな声に陽古は小さな掌で、時雨の頭を撫でる。
「そんな声はしないでおくれ。まだ先のことだよ。きっと、時雨が死んだ後になるだろうて」
それだったら。陽古はまた独りになってしまうではないか。
言葉を呑み込んで、そっか、と返す。
きっと、そう言ったら陽古は悲しそうな顔をするだろうから。
「あ、飛行機雲だ」
空を走る、一直線の雲を仰ぎながら陽古はそう呟く。
そんな陽古を尻目に、時雨は考えていた。
(おれが死ぬまで、陽古に何が出来るのだろう…)
陽古は神様だ。自分にとって長い時でも、陽古にとっては一瞬で。
その一瞬の間に、自分は陽古に何を残せるのだろう。
どれくらいの面積で、心に居られるのだろう。
時雨は、家に帰っても、風呂に入っても、布団に入っても、ずっと自問自答していた。結局、答えは見つからないまま、時が流れた。




