冬 ~仕切り直し~
翌日。雨は夜中には降らず、今日の降水確率も零で、とりあえずの憂いはない。
今日は祝日でもなく土日でもない平日なので、当然授業がある。
バス停に向かう途中、昨日走ったルートを歩いて探したが見つからず、交番にも一応寄ったが、収穫は無かった。
登下校。バスを降りて、あの場所に向かっていた。
時雨が危ないと判断した、あの青年がいた神社に。
「いませんように、いませんように…」
昨日、逃げてしまったから会うのが気まずい。
「大丈夫だ…うん。そう連日、同じ場所にいるはずがない」
自分にそう言い聞かせて、神社に続く土手にも視線を巡らすが、それらしい袋はない。捨てられた菓子袋と、どこからか飛んできたらしいビニール袋ならあるが。
狛犬と鳥居を通り抜け、階段をおもむろに上る。頂上に着いて本殿の方に視線を向けると。
「いたし…」
そこには、昨日の青年が昨日と同じように座っていた。しかもその手には、時雨が買った本があった。
「しかも読んでいる…」
思わず睨むと、不意に青年が顔を上げて。
「…」
「…」
目が、合った。
体が固まって、どうしていいか分からなくて、時雨も青年もお互いを見つめ合う。
これじゃまるで昨日みたいじゃないか。
狼狽えていると、青年の口がおもむろに開いた。
「これ…君のだよね」
「あ、あぁ」
思わず素で返してしまった。時雨は青年に歩み寄る。青年は申し訳なさそうな顔をしていた。
「すまない。昨日の様子だと、また来てくれるように見えなかったから、勝手に見てしまった」
「あ、いえ。俺のほうも昨日はあんな態度とってしまって、すいませんでした」
本を受け取りながら謝ると、青年は弱々しく横に首を振る。
「いや、謝るのは私の方だ。久方ぶりに私が視える人間と会って、興奮してしまった。ああいう接し方は相手に疑惑を持たすと教わった筈なのに…本当にすまない」
「あの、昨日もそうですが、視えないとか視えるとか、どういう意味」
ですか、と紡ごうとした時。
「おやおや、珍しいね。こないな所に人がいるなんて」
突然声がして、時雨は振り返る。鳥居の下に物腰柔らかそうなお爺さんが佇んでいた。曲がった腰に両手を組みながら、歩くお爺さんと目が合い、にこりと微笑まれる。
「こ、こんにちは」
と、挨拶したら。
「はいはい、こんにちは」
と返ってきた。
「お爺さん、ここにはよく来られるんで?」
「いんや。月にいっぺんしか来ないよ。わしゃ、思い出があるから来るけど、こんなボロい神社、年月を感じるけどありがたみはなさそうやろ? しかも近所でも、ここのことを知らん人おるからなぁ。だから、お前さんのような若い人がいるのは、珍しいと思ってな」
「たしかに手入れしてなさそうですしね」
「ここの神主さん、長い事入院しとるからなぁ。手入れする人はおらんのよ。お前さんは一人で何しに来たんじゃ?」
「え?」
「連れがおるように見えんし…違うか?」
きょとんとしているお爺さんに、時雨は目を見開く。
そんな筈ない。だって此処には、自分とお爺さん、そして自分の前に来た青年がいるのだから。
横目で青年を見る。青年はただただ困った風に笑うだけで、何も言わない。
本当に視えていないのか? このお爺さんは、この人が視えていない…?
「どうしたんじゃ?」
「あ、いえ。確かにおれ一人です」
気付けばそんな嘘をついていた。
お爺さんは不思議そうな顔をしながらも、一応納得したらしく。
「遅くならない内に帰るとええよ。供えていた桜の塩漬けが食べられとったから、野生の動物が降りてくるかもしれん」
そう忠告すると、本殿に向かって柏手を打つと帰っていった。
見送ってから、時雨は青年と向き合った。
「視えないってこういうことですか?」
青年はこくりと頷く。
「あなたは一体、何者なんです?」
「神の端くれだよ。力はそんなにないけど」
時雨は驚愕した。
「幽霊、ではなくて?」
「視えないところでは似たようなものなのかな? けど、幽霊や人間にしろ、耳は尖っていないだろう?」
そう言って青年は耳を見せてみる。言われてみれば確かに、少し尖っている。
「幽霊視たことないので、なんとも…」
「人間の言うところの幽霊って、人間の死んだ魂が具現化したもののことだろう? 元は人間だから耳が尖っているのは変だと思う。妖怪になったとしたら、尖ることもあるが」
「あ、そうですね」
言われてみればそうだ。
納得したところで、時雨は改めて青年と向き合う。
無垢な瞳が真っ直ぐ、時雨を見据えている。
「ずっと此処に一人でいるんですか?」
「ずっと、というわけでもない。稀に私が視える人間がいたから、その人に構ってもらっていた」
「そうですか…」
それはどんな人だったのだろうか。自分と同じような人だったのか。それとも真逆な人だったのか。
それに興味出た自分に驚いた。
「もし良かったら、自己紹介を再挑戦してもいいか?」
自己紹介をリベンジだなんて変な感じだな、と思いながら時雨は頷く。
「改めて、私の名は陽古だ。君は?」
「時雨…法華津時雨です」
「時雨か…綺麗な名だ」
名を褒めた青年…陽古はまるで陽の光のように微笑んだ。




