秋 ~未来へ~
案内したのは、陽古がいた神社。本殿に上がらず、二人は石階段に座った。
「ここの神社に神様が、いたんだ」
「神様…?」
きょとんとする優に構わず、時雨は続ける。
「子供のように好奇心が旺盛で、表情がころころ変わる神様だったよ。だからだろうな。なんだか放っておけなくて…不思議な奴だったよ」
「時雨…そいつのこと、大切だったんだな」
意外にも優は話を合わせてくれた。
時雨は頭を振る。
「違う、たしかに大切だったけど」
けど、それ以上に。
「愛していたんだ…」
顔が俯く。
「恋情なのか友情なのか、分からないし、多分どれも違うけど、たしかにあいつのこと、愛していたんだ…」
目を見開く優。きっと、時雨の口から「愛」という言葉が出てきたのに驚いたのだろう。
時雨は幼い頃から、他人と一線引いて、その一線に閉じこもっていた。友人も恋人も作る気もなかった。けど、その時雨が愛していたと呟いた。
「けど、もういない。死んでしまった」
「時雨…」
「会うのが楽しみだった…生き甲斐になっていたのに、これから何をしたらいいか分からなくなって…」
言葉が萎んで、ついに黙り込んでしまう。
優は小さく溜息をついて、時雨の肩に手を置いた。
「軽々しいかもしれないけど、それなら新しい生き甲斐を見つければいいんじゃねえか?」
「新しい、生き甲斐…?」
虚を突かれた表情を時雨はした。
「今のお前なら、そうだな…死んでしまった神様に何か出来ることを考えるとか。あるいは、自分のやりたいことを見つけるんだよ。多分だけど、その神様は今のお前を見て、悲しんでいるんじゃねぇの?」
悲しんでいる。
ありがとう、と笑って逝った彼の人ことが瞼の上に浮かんだ。
「そうだな…たしかに悲しんでいるかもな」
彼は優しい神だった。きっと今の時雨を見たら、端正な顔を歪めているだろう。
(あいつのために出来ることってなんだろう…? 毎日、クッキーと本のお供えすることか? いや、この場合は奉納? でも死んでいるからやっぱりお供えか?)
その時、鳥居を潜り抜けて風が吹いた。
ほんの少し、桜の匂いを乗せて。
時雨は顧みた。桜はこれから来る冬のせいで、少しずつ葉を削っていて花は咲いていない。そもそも、桜の花はそのままでは匂わない。
気のせいか、と訝しんだ刹那。
階段の向こうに人影を見た気がした。
それは太陽の逆光でよく見えなかったが、あの出で立ちは。
(ひ…こ…?)
だが、その人影は一瞬にして溶けるように消えて行った。
時雨は唖然とする。
(幻か…?)
こつ、と何かが指先に当たった。視線を投げるとそこには。
(え、なんでこれがここに…?)
それは砂時計だった。陽古が消えた直後、一緒に消えた砂時計と酷似している。
(けど、あれは百均のやつで大量生産されているから、同じ奴なんてその辺にわんさかあるわけで…けど、こんな所に砂時計って)
おそるおそる、砂時計に振れて持ち上げる。
どこからどう見ても、百均に売られている、ごく普通の砂時計。
ひっくり返すと、さらさらと砂が落ちていく。これを陽古は飽きることもなく、ずっと眺めていた。もしかしたら、自分と重ねていたのだろうか。この落ちていく、砂に。時計という言葉に。
そうだ、と閃いたように時雨は顔を上げた。
「なんだよ、その砂時計。誰かの落し物か?」
「ゆう」
「ん?」
「ありがとう。やりたいこと、見つけた」
「見つけるのはやっ! で、やりたいことって?」
「この神社を立て直す」
信仰心は神の命の源。信仰心で力が強くなる。
望みは薄いが、でももしかしたら。
「信仰心が集まったら、またあいつに会えるかもしれない」
「信仰心?」
「あいつが言っていたんだ。信仰心は神様の力の源だって。それから、願いで生まれた神様がたくさんいるって。あいつは願いから生まれた神様じゃないけど、おれが願えばまた生まれるかもしれない」
一か八かの賭け。もしかしたら、一生かかっても立て直せないかもしれないし、信仰心が集まらないかもしれない。立て直して信仰心を集めて神様が生まれたとしても、それは陽古じゃないかもしれない。むしろ陽古ではない可能性が高い。
それでも。
「可能性はゼロじゃない。だからやる」
「時間かかりそうだな」
「どんなに時間かかっても、砂時計の砂は全部落ちるだろ? それと同じだよ」
そう言って、時雨は砂時計を空に翳してひっくり返す。砂もひっくり返って逆さに落ちる。
「おれはあいつがひっくり返せなかった、あいつの砂時計をひっくり返してやりたいんだ」
坂に転がる石のように、止められなかった陽古の砂時計。その砂を再び下に落ちるようにしたいのだ。
「そうか。ま、頑張れよ」
激励するわけでもなく、軽く応援する優に振り返る。
「けど、意外だな。神様とか信じる性質じゃないだろ?」
時雨が訊ねると、優は苦笑を浮かべた。
「うーん、なんていうか」
「?」
「今は言えないけど、いつか話す。神様に会ったお前なら、信じてもらえるよな?」
「ゆう…?」
どこか遠い所を見る優に戸惑いながら話しかけると、優は清々しい笑みを浮かべた。
「話してくれてどうも。俺も向き合う決意がついたわ」
「なにと?」
「向き合った後に話すさ」
じゃあな、と言い残し、優は立ち上がって立ち去った。ひらひらと軽く手を振りながら。
もしかしたら、あいつとは新しい絆が生まれそうだな、と思ったりもしたが、鳥肌が立ったのでとりあえず心の隅に置いといた。
その後ろ姿を見送って時雨は俯いて、よし、と気合を入れる。
「そうと決まれば、まずは神主さんとコンタクト取らないと。たしか、入院しているんだっけ」
あのお爺さんなら、何か知っているかもしれない。祖父と同級生だったあのお爺さん。名前は知らないが、家の場所は教えてくれた。リフォームしている家ならこの辺りだと一軒しかないから、そこだ。さっそく行ってみよう。
俯いていた顔を上げる。その瞳には、もう悲しみの色はない。強い意志が宿った、真っ直ぐでとても澄んだ綺麗な瞳で前を見据える。
「どれだけ時間かかろうとも、たとえ復興してお前が現れなくても、やり遂げるさ。もし新しい神様が出来たらそいつの事、大事にするよ」
だから、見守っていてくれ。陽古。
次第に歩みが加速して、そんな時雨の背中を押すように風が靡いている。
決意を新たにした時雨を、穏やかな秋空が見送っていた。




