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秋 ~君がいない季節、そして~

 あれから、どれくらい経ったのだろう。

 桜が散り、蝉の鳴き声がしなくなったのは覚えている。ただ、暦が分からないだけで。

 まだ、季節を二つしか乗り越えていない。

 陽古が死んでから、時雨の心にぽっかりと穴が空いてしまった。何もかもどうでもよくなって、ただ時が流れるままに過ごしていた。

 雪乃は何も言わなかったし、訊きもしなかった。ただ、見守っているように見えるが、それが今の時雨にはありがたかった。

 あげた砂時計も本もいつの間にか消え、遺されたのは思い出と陽古がくれた勾玉のネックレスだけだった。ネックレスを眺めて、時には握り締めて陽古の存在を確かめる日々。本当は見ていると陽古を思い出して、辛くなるから押し入れの奥に仕舞いたかったが、陽古との約束もあり結局肌身離さずいつも持ち歩いている。

 時雨は抜け殻になっていた。そんなある日のこと。

「雪乃ちゃーん! いるー?」

 近所に住む祖父の妹、初子が訪れた。時雨はおばと呼んでいる。

 祖母がいないので代わりに自分が出ると、その人は屈託なく笑った。

「時雨ちゃん、おばあちゃんはいる?」

「さっき出掛けて行きました」

「え!? 茶葉貰いに行くって言っといたのに…」

「いつものことでしょう。茶葉ならそこにありますよ」

 そう言って電話の横にある缶を指すと、ありがとうね、と笑った。

「そういえば、どうしてわざわざ茶葉を貰いに? おばの所にもお茶の木あったはずじゃ」

「あるけど、お茶の種類が違うのよ~。この茶葉はこの辺だと、この家しか育てていないから」

「へぇ」

 自分から訊いておきながら気のない返事をしてしまったが、初子は気にした様子もなくにこにこ笑った。

「あ、そうそう。クッキーの缶持ってきたんだけど、食べる?」

「クッキー…」

 美味しそうにクッキーを頬張る陽古を思い出し、胸が痛む。

「あれ? 嫌いやった? けっこうクッキー買ってたって聞いたけど」

 時雨は頭を振った。

「いえ…ありがとうございます」

 その後世間話を少しだけして、初子は帰っていった。

 佇んだまま、貰ったクッキー缶を見つめる。県民なら知らない人はいない洋菓子店のクッキーだ。そういえば、この店のクッキーはあげていなかった。

(生きていたなら、食べさせてやりたかったけど…)

 クッキー缶を握り締め、居間に入る。

「ん…?」

 急に何かが引っ掛って、立ち止まる。足ではない、心のどこかに引っ掛ったのだ。

「お茶…?」

 お茶ではない。正確には茶葉のほうだ。前にも茶葉について話したことがあるような。

『昔飲んだ茶と同じ味だったのだ…』

 衝撃が走って、思わずクッキー缶を落とす。

 そうだ。去年の今頃、トウモロコシとお茶を持って行った時、陽古はお茶を飲んだ後そう言っていた。

 この家にしかない茶葉を飲んだことがある、という事で。その後、時雨の家の茶か、と訊かれて、そうだと答えて。

 そして、祖父の話になって。

「そういえば、どうしてあの時あんな質問を…」

 祖父は幸せだったのだろうか。陽古は訊いてきた。どうして見ず知らずの人の幸せを気にしていたのか。

 あの時も疑問に思ったのだが陽古は、なんとなくと答えた。陽古のことだから、それも有りうるかと気にしてはなかったが。

 もしかして、知らない人じゃなかったから。

「あ…」

 陽古の友人も、祖父も一番好きな花は。

「薔薇…」

 すっと、心に何かが落ちてきた。それはパズルのピースのように、何かを埋めていく。引っ掛っていたものが、するりと抜けた音を聞いたような気がした。

 時雨は玄関から飛び出した。

 そして、癌に侵されていた祖父が立っていた場所…駐車スペースとして使っている玄関前に立つ。

 ここで、祖父は何を見ていたのか、あの時は身長が足らなくて分からなかった。でも、祖父の背と同じくらいになった今なら分かるかもしれない。

(たしか、この角度だった)

 祖父の背中、そして風景を思い出しながら遠くを見据える。

「あ…」

 祖父が見つめていた山々…角度を正せば、一つの山をちょうど視界の真ん中に捉えることができる。

 あの山は、あの場所は。

「そうか…」

 気が付いていたら強張っていた身体を解していく。

「そう、だったのか…」

 導き出した答えを正解だと言ってくれる者はもうこの世にいないが、それでも時雨は確信した。

 居間に戻って、曾祖父、曾祖母、そして祖父の遺影と位牌が納められている仏壇の前に立つ。線香をあげて、手を合わせた。しばし黙祷して手を離し、そのまま座る。

 見上げると写真の中の祖父と目が合った。仏頂面の祖父を見つめながら、時雨は静かに告げた。

「じいちゃん…陽古、逝ったよ」

 それだけを告げて、時雨は唇を閉ざす。雪乃が帰ってくるまで、ずっと写真の中の祖父と見つめ合っていた。




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