春 ~おじいさん~
和菓子屋にあるみたらし団子を買って、時雨はいつも通り神社に向かった。神社に続く階段の脇に植えられている桜を見上げて、感嘆の息を漏らす。
満開、ともいわず七分咲きくらいの桜はそれでも見事なものだった。桜で覆われた階段はまさしく桜のトンネルで空が桜に埋もれている。
満開になったらどうなるのか、と思いながら階段を登っていると、上の段から人影が下りてきた。
「あ」
その人は、陽古との二度目の邂逅の時に出会った老爺だった。老爺も時雨に気付いて、おやおや、と穏やかな笑みを浮かべた。
「あの時の子かい」
「お久しぶりです」
「元気だったかい?」
「はい。そちらは?」
「元気元気。またこないなところで会うなんざ、不思議なもんやねぇ」
「そう、ですね」
定期的にというかほぼ毎日通っている時雨にとっては、よく今まで会わなかったな、と思うのだがそう言ったら怪しまれるので言わない。
「ところであの後、思ったんやけど」
「なんですか?」
「お前さん、憲さんの孫かい?」
「じいちゃんを知っているんですか?」
「やっぱりそうかい! 憲さんとは同級生やったから知ってるよ」
なるほど、と頷く。ここの出身である祖父だから、同級生がここにいてもおかしくない。
「ていうか、一目会っただけでよく分かりましたね」
「そりゃ、若い頃の憲さんにそっくりやもん。いやあ、改めて見ると懐かしいわぁ」
「ばあちゃんにも言われたんですけど、それほど似ているんですか?」
「写真を見れば分かるで。特に目の形が似ておる。色々話したいことあるけど、そろそろ行かんと孫が心配する」
「お気を付けて」
「ありがとうさん。といっても、すぐそこやけど。わしゃ、ここに来る途中の家に住んどるから気が向いたら来るとええ。リフォームしとるからすぐ分かる」
そう言って手を振って、老爺を見送る。老爺が階段を下りきったのを見届けて、再び階段を登る。
登りきると、本殿の柱に背凭れている陽古を見つけた。
「陽古」
「あ、やはり時雨だ。話し声が聞こえたからそうだろうと思った」
「聞こえていたか?」
「内容は聞こえなかったが、声が時雨っぽかったから」
「そうか。ほら、今日はみたらし団子だ。わざわざ和菓子屋で買ったぞ」
「おお! 奮発したな!」
声を弾ませて、時雨が差し出した袋を手に取って中身を確認する陽古の隣に座る。袋を広げてみたらし団子と使い捨ての皿を取り出し、四本入っていたそれを二本ずつ取り分けた。
「そういえばさっき、この前のじいさんと会ったけど、あれからあの人来ていたのか?」
「来ていたぞ。時雨が来ない日に限って」
「すごいな、それ」
みたらし団子を食べながら、ふいに疑問が過る。
「そういえばさ、この辺には陽古以外の神様いないのか?」
「いきなりどうしたのだ?」
「陽古以外の神様には会ったことないから、いるかなって」
「いることはいるが、人前に現れることは滅多にないな……あ」
「どうした?」
「今思い出したが、十年ほど前、いやそれよりも少し前かな。隣町の龍神が久々に訊ねてきたことがあってだな」
「隣町って、おれが通っている高校があるところか?」
「そうだな。龍神であり水神でもあり、隣町の渓谷にある滝に住んでいるのだが、なんかやけに機嫌が良かった」
「機嫌が良かった?」
「何でも人間の子供に印を付けたとかで。今の時代珍しいなと思ったものだ」
「印?」
「人間でいうと、婚約したってことになる」
「婚約!?」
「そんなに驚くことか?」
「だって、子供相手だろ?」
陽古は、確かにそうだな、と呟く。
「年齢は聞いていないが、当時はまだ十も満たなかったと思う。しかし、その子は可哀想だな」
「可哀想?」
「神の嫁になるには、まず死ななくてはならない。例外はなくもないが、どちらにせよ人としての生を終わらせなければならない」
死ぬ。口の中で呟くが、現実味がなくただ続きを聞いた。
「一定の歳を取ってから、死ぬのが一般的だ」
「一定の歳?」
「最低でも十五歳だな。例外もあるが、大体十五歳から二十歳の間で死ぬ定めにある」
「死ぬ定めって、二十歳までには高い確率で死ぬってことか?」
「そうだ。神と婚約するということは、必ずそうなることだ。婚約を解消すれば、人として生き続けることが出来るが難しい」
「難しい?」
「神というのは、かなり嫉妬深く怒りっぽい。日本のように多くの神がいる国ならば、尚更その傾向にある。そして自分のモノに対して、独占欲が強い」
「可哀想っていう意味分かった」
嫉妬深く、独占欲が強く、そして怒りっぽい。最悪の三パターンを兼ね揃えた相手との婚約。それだけでも最悪な結末しか思い浮かばない。
「神の嫁になったら、ほぼ不老不死になるから余計に可哀想だ」
「ほぼ?」
「不老はしないが、神も死ぬ。これは前も話したが、嫁も同じことが言える。ただ違うのは、夫が死ねば妻も死ぬということだな」
「女神が人間の男を夫にする場合はあるのか?」
「あまり話は聞かないが、ある事にはあるぞ。同性の場合もある」
「ど、同性?」
「まあ、あまりないが。妖の場合だと割と多いらしい。烏天狗なんかそっち系が多い、と聞く」
「そ、そうか」
同性愛に偏見はないつもりだが、実際に話に出て来ると動揺してしまう。咳払いし気持ちを落ち着かせた後、話題を振る。
「陽古は、結婚したことないのか?」
「ないな。したいとも思ったこともない」
「なんでだ?」
「必要性を感じられなかったから、かな。別に子供が欲しいわけでもなかったから。私には独占欲がないみたいで、あまり執着したことはない」
「たしかに」
陽古は怒りっぽくもなければ、嫉妬深くも独占欲も強くない。いつも穏やかで感情を露わになったことはない。露わになるのはいつも驚きと喜びだけだ。哀愁帯びた笑みを浮かべることもあるが、やはり喜びと驚きが多い。
「桜を見ると、思い出す」
「何を?」
「初めて私が視える人と話した日のことを」
「桜が咲いた頃に出会ったのか?」
「ああ。奇妙な男だと思ったが、話すとさほど奇妙ではなかった」
「なんだそれ」
陽古の評価が少し可笑しくて、小さく笑う。
「そういえば、その人の名前ってなんていうんだ?」
「…なんでだ?」
「こんな田舎だし、名前知ったらすぐに見つけられると思って」
「いや、生憎その人は亡くなったみたいだ」
「そうなのか?」
「ああ。死に顔を見ていないから何とも言えないが、死んだと聞いた」
「誰に?」
「さあ。誰だったかな」
遠い空を見上げながら、陽古はおどけて笑った。哀悼する様子もなく、ただ割り切ったような顔に口を噤んだ。
「ところで時雨」
「なんだ?」
「時雨の親戚はどんな感じだ?」
「感じって?」
「雰囲気だとか、人柄だとか…私もいるにはいるが、会ったことないからどんなものか分からないからついでに訊いておこうと思ってな」
「なんのついでだ」
呆れながらも、いつの日か家族の事に関して訊いてきたのを思い出して、仕方ない、と溜息をつく。
「親戚、といっても母さんの兄弟だけでも七人いるから、長くなるぞ。父方は滅多に会わないからよく分からないけど」
「なら母方の方だけでいいから、話してくれぬか?」
「しょうがないな…」
その後、時雨はずっと伯父や伯母、従兄弟たちのことを話した。昔はこうしただとか、最近だとこういうことがあったと。陽古は頷きながら、嬉しそうに聞いていた。
人数が人数なだけに、暗くなるまでずっと語ったのだった。




