冬 ~予感~
陽古の体調は悪化する一方で、一日中横たわる日が多くなった。その姿が、病院のベッドで横たわる祖父の姿と重ねてしまい、その度に恐怖が足を絡める。まだ大丈夫だ、と言い聞かせても根付いた恐怖は消えなくて、なんとか抑え込む日々に時雨は疲労していた。それでも、陽古の許に通い続けることを止められなかった。彼を一人にしてはいけない、と変な使命感に駆られたのだ。
小雨が降り、冷たい風が忙しく吹いている。雪が降りそうな今日も、時雨は陽古の許を訪れていた。そんな時雨に陽古は眉尻を下げる。
「時雨、大丈夫か? 寒くないか?」
「寒さには強いんだ。陽古は?」
「神は寒いと感じても、それほどは感じておらんよ。耐えられないほどではない」
「そっか」
でも、横たわっているのを見ているととても寒そうだ。家から何か毛布でも持ってきてやるべきか、と思案していると、 ふと、視界に一冊の本と砂時計が入った。それは、なかなか寄れなかった時に貸した、砂時計がよく出る小説だ。すっかり陽古の愛読書となったそれは、一年も経たずによれよれになっている。
「どうかしたか?」
「いや。その本、結局陽古の物になったなって」
「迷惑だったか?」
「いや。別にもう一度見たいとか思っていなかったからいいけど。あ、それよりもクッキー持ってきた」
「おお! ありがとう、時雨」
袋を渡しながら、陽古の顔を眺める。こうして上半身を起こしているが、顔色が明らかに悪かった。無理して明るく振る舞っているのではないかと疑うほどに。
「時雨」
陽古が隣をぽんぽんと叩き始める。
「なんだ?」
「時雨、ここに座ってくれ」
「なんで?」
「いいから」
「…?」
首を傾げながら、隣に座った瞬間、首に腕を絡められて、ぎゅっと抱き締められる。
目を白黒させていると、悪戯に成功したような無邪気な口調で、陽古が囁いた。
「うむ。やっぱり、こっちのほうが暖かいな」
「そ、そうか」
満足しているようなので、時雨は陽古が好きなようにした。背中に腕を回さず、手は体重を支えるため、床に置いたままで。
「なあ、時雨」
「なんだ?」
「そんな心配そうな顔をしなくても、私は大丈夫だ。昔もこのような事があったが、こうして生きているのだ。今回だって大丈夫だ」
「…ちなみにどれくらい前の事だ?」
「さあ…大分昔だということは分かるが、具体的な数字は分からんな」
「…そうか」
まるで幼子を宥めるように、ぽんぽんと背中を撫でる陽古に泣きたくなった。
目を瞑る。
あの時、小さくなった陽古の温もりは今でも手と肩に残っている。陽だまりのように暖かかった体温は、まさに雪のように冷たくなっていた。
(嘘つくのが下手だな、お前は)
だが、その言葉を口にしたらいけない。陽古は、自分を安心させるために無理しているのだから。その残酷な優しさが胸を穿っても、この弱い神の願いを聞き入れたい。
(でも、どうせなら)
嘘をつかれるのなら、上手に騙されたかった。騙して、ほしかった。
時雨が去ると、陽古は力尽きたように横たわった。
しんしんと雪が降り積もる、音無き音を聞きながら、瞼を閉じる。
静かだ。静寂に包まれた白い世界。まるで、この身が雪に埋もれていくような、そんな錯覚に陥る。
「あと、もう少し…もう少しでいいから」
時雨の傍にいさせてくれ。




