冬 ~勾玉のネックレス~
紅葉が枯れて、季節は静寂に満ちた冬へと移り変わった。
高校の近くのスーパーに入って真っ先に視界に入ったのは、クリスマスコーナー。手作りケーキの材料やらサンタのブーツの中に小さな菓子が詰め込まれたものなどがどことなく異彩を放っている。
「もうそんな季節か…」
時雨にはクリスマスに対して良い思い出も悪い思い出もない。両親がクリスマスに帰って来ないほうが多くて、周りがクリスマスプレゼントの話一色になる。五歳の時、サンタの正体が親だと本人たちに言われたのでサンタを信じている同級生に苦い想いを抱いていたものだ。ちなみになんとなくサンタの正体を勘付いていたので、聞かされた時は納得した。
小さなゲームコーナーの前を通る。幼稚園、もしくは小学生向けのゲームばかりのショーケースを眺めていたら、ある思い出が蘇った。
まだ小学生だった頃だ。まだ祖父が生きていて、祖父なりに時雨を気遣ってくれたのか曾祖母を含む四人で小さなクリスマスパーティーを開いてくれた事がある。寝静まった時間になると、そっとクリスマスプレゼントを枕元に置いてくれた。ちょうどその時起きてしまって、寝た振りをしたものだ。翌日、プレゼントを開けたら当時大人気だったゲームソフトが入っていた。ゲーム機自体持っていなかったので出来なかったが、それでも祖父の気遣いは幼いながら嬉しかったのを覚えている。
(そうそう。その後、わざわざゲーム機買ってくれたっけ)
真面目でしっかり者で、皆から慕われていた公務員だった祖父の失敗を思わず笑みを零す。その時のゲーム機とゲームソフトは使えなくなったけど、まだどこかに仕舞ったままだ。翌年もクリスマスパーティーを開いてくれたが、それからというもののプレゼントに関しては率直に欲しいものを訊いてきた。
(なんか最近、じいちゃんの事ばっかり思い出すな)
と言っても、だいぶ忘れてしまっているので語るにはあまりにも少なすぎるが。
しばらくゲームを眺めた後、時雨は立ち去る。ゲームを見る為に来たわけではない。今日の晩御飯の材料を買う為に来たのだから、その目的を達成しなくては。今日の晩御飯は鍋の予定だ。野菜は、祖母の畑から獲れたものと近所からいただいたものが沢山ある。肉に鍋の素、豆腐と茸。それから卵とキッチンペーパーも買わなくては。
(そういえば、陽古が便箋セット欲しいって言っていたな)
せっかく人間の文字を読めるようになったから、書いてみたいと言っていた。後で文具コーナーに立ち寄ろう。
卵のコーナーに行く途中、菓子コーナーを通り抜けているとクッキーが並んでいる棚に目が入る。
「あ、クッキー安い」
その中のチョコチップクッキーを手に取り、賞味期限を確認した。
陽古と元城下町へ行ってからというものの、陽古はクッキーを強請るようになった。さすがにあの時と同じクッキーを毎回用意することは出来ないので、市販のクッキーをたまに買ってくるようになった。市販のクッキーも気に入ったみたいで、いつも美味しそうに食べてくれる。
二箱くらい買っておこうか。祖母には一応菓子買ってきてもいいか、と訊いて、いいよと返ってきたことだし、と時雨はチョコチップとバタークッキーを籠の中に入れレジに向かった。
● ○ ● ○ ●
クッキーが入ったレジ袋を携えて神社に向かっている途中、時雨は時雨にとって信じられないモノを目撃した。
それは、橋を渡っている途中で見かけた。
(ん…?)
歩みを止めて、凝視する。視線の先には、小さな建物。そこは時雨がまだ小学生の頃、肉屋だった場所だ。一つ上の上級生の祖母が経営した所で、よく雪乃のお使いで肉とコロッケを買いに行っていた。今は、その面影はない。いつだったか覚えていないが、その人が体調を崩してそのまま息を引き取ったとのことで大分前に閉店になった。きっと今の小学低学年はここが肉屋だったことは知るまい。
その元肉屋の前に、何かがいた。黒い靄のようなモノが佇んでいたのだ。初めは虫の大群かと思った。それがたまたま人の形のようになっているだけだと。だが、ほんの数秒だけ人間の顔が見えた気がした。
「っ!?」
驚きすぎて、言葉も出なかった。慌てて神社に続く道に入って、黒い靄から完全に視線を逸らす。そのまま走り出した。見つめ続けたら、振り返ったら、あの黒い靄と目が合ってしまいそうだったからだ。
神社の前まで走って、立ち止まる。息を吐き捨てて呼吸を整えようとするが、なかなか心臓は治まってくれない。
(いや、これは…走ったからじゃない)
この嫌な心臓の音がやけに響く原因は、あの黒い靄の顔を見たからだと、時雨は気付いていた。あの顔を見た途端、心臓が止まると思った。
だって、あの顔があそこにいるわけがない。そう知っているから、余計に驚いたのだ。
(間違いない。あれは)
肉屋のおばあさんだ。けど、何故あそこにいた。
もしかして、あれは。
神社を見上げる。陽古なら知っているかもしれない。
のろのろと階段を上がって本殿に着く。陽古がいつも通り時雨に気付いて、笑顔で迎えてくれた。だが、時雨の様子がおかしい事に気付いたのか、不思議そうな顔で首を傾げる。
「時雨? どうしたのだ?」
陽古の顔を見て、心臓の音が落ち着きを取り戻した。深呼吸して、時雨は先程の事を話した。
「死んだはずのおばあさんが視えた? しかも、黒い靄みたいに?」
「そうなんだ。今まで、こんな事がなくて」
「本当にないのだな?」
頷くと、陽古は少し考え込み口を開いた。
「おそらく、私の神通力に触れたことで徐々に見鬼の才に目覚めているのだろう」
「けんき?」
「見える鬼と書いて見鬼という。簡単に言うと、妖や霊が視える能力のことだな」
「霊力とは違うのか?」
「別々のものだ。霊力があって見鬼の才がある場合もあるし、その逆も然り。多くは見鬼の才と霊力は比例する。私が視えるのだ。微力ながらも、時雨にも見鬼の才があったのだろう」
「でも、おれは陽古に会うまで視えなかった」
「能力は生まれつき目覚めていることもあれば、眠り続けていることもある。それだと見鬼の才が眠っていたのにも関わらず、私が視えたという矛盾が生じるが…だが、それしか考えられない」
そこまで言うと、陽古は眉尻を下げて項垂れた。
「すまない」
「何故陽古が謝るんだ?」
「私の神通力に触れたばかりに、時雨は人間にとって恐ろしいものを視えるようになってしまった。きっと、その才は徐々に花を開いて、いずれは完全に視えるようになってしまうだろう」
「…陽古が気にする事じゃない」
「時雨は危機感が無さすぎる」
悲壮しきった顔で、陽古は時雨を睨めつける。
「妖も人間と同じように、良い妖と悪い妖がいる。この辺は良い妖が比較的多いらしいが、悪い妖もいるのだ。視える、ということは妖を惹きつけるということ。今までは何故か私しか視えなかったから無事だったが、これから悪い妖が時雨に危害を加えるかもしれない」
しばらく逡巡した後、陽古は自らの首の後ろに手を回した。ゆっくり腕を上げて、取り出したのは、勾玉のネックレスだった。根付けのような紐を穴に通されただけのシンプルなものだが、翡翠色の勾玉は微かに光を帯びていた。
「それは?」
「これは神器の一種だ。私の力が宿っている。これを付けていれば、妖類は寄って来ない。魔を祓う力があるからな。これを肌身離さず持ってくれ」
「神器って…大事な物じゃないのか?」
「大した物ではないよ。だから、受け取ってほしい」
真摯な眼差しを逸らすように、勾玉のネックレスに視線を移す。躊躇しながら、時雨はそれを手に取った。陽古は安心したような微笑みを浮かべる。
陽古から貰った物。その勾玉のネックレスが最初で最後となった。




