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新しくなった携帯を可愛くデコレーションしている私の側には、意外な事に執事をきちんとこなせる白銀が執事をしていた。
喉が渇いてきたと私が思えば、絶妙なタイミングで私の大好きなミルクたっぷりのミルクティー、そして一口大のケーキを出す。
文句の一つも言わず、完璧に執事をしている。
「あんたも執事なのね。不良になったと思って心配してたけど、きちんと出来て感心してるわ」
私がそう言うと、白銀は不機嫌な顔になる。
こういうところはセバスチャンの言うように、身体だけは大きくなった…なんとかなんだろうと思う。
「うるせぇ、俺様だって必死だったんだ。お前と引き離されて、俺様が平気に過ごせてたと思うのかよ」
白銀はズルイ。
態度は不良なのに、時々口から出てくる言葉は素直過ぎて、私は返事に困ってしまう。
黙ってしまった私に面倒臭さそうな顔をして、白銀はふいっと視線を別のところへ向けた。
「アヒル」
「え?」
何の前触れもなくそう言われて、私は意味が判らなくて小さな声を上げた。
白銀はごそごそ…とポケットを探り、アヒルの玩具をテーブルに置く。
「これ…なくなったと思ってたのに。あんた…ずっと持ってたの?」
私は少し汚れているアヒルに手を伸ばし、小さい頃の白銀がこれでよく遊んでいたことを思い出す。
他にも色々と白銀には与えたものだけど、白銀が好きになるものは決まって小さなものだった。
その度にセバスチャンから甘やかさないように…と注意を受けたけど、私はセバスチャンが厳しくする分を優しくしてあげたかったから、頭から無視してた。
「ナマイキウサギさんもダメ。オハナシパンダさんもダメ。許してくれたのが、アヒルだったんだよ」
私は白銀と話すうち、人間はなんて残酷なんだろうと思い始めていた。
人間だったら白銀はまだ赤ん坊で、親の庇護がなかったら生きていけない…そんな時期だ。
ビーストだから。
人間に都合の良いように創られているから、都合の良いように生かされて行くしかない。
「…!?お…おまっ!泣くなよ!!ヒツジに蜂の巣にされちまう!!」
「ごめんね。私…何にもわかってなかったんだ」
きちんと言いたい事があるのに、気持ちが先に溢れて涙ばかりが出てくる。
泣いてる私の頭を白銀の手が優しく撫でる、大きくてとても温かい手。
「黒羽の気持ち、俺様が一番わかってる…言葉なんていらねぇよ」
泣きつかれた私はいつの間にか寝てしまっていて、目が覚めた頃にはお日様が少し傾いていた。
きっと私をベッドまで運んで、寝かせてくれたのは白銀だろう。
「白銀?いない…またセバスチャンに呼ばれたのかな?」
[にゃんにゃん♪おそと~にゃんにゃん♪]
白銀がヌイグルミの電源を入れたんだろう。
ずっと切ったままにしてあったオハナシパンダが、楽しげに私へ話し掛けてきた。
その隣ではナマイキウサギが、これもまた面倒臭さそうに座っている。
[ツレテケ。ヒマダー]
もしかして白銀の口の悪さは、…このナマイキウサギの影響かもしれない。
与える玩具を間違えた…と今更ながらに、私は深く後悔していた。
その間にもヌイグルミたちの、にゃんにゃんとツレテケコールが、不思議なハーモニーを奏でていた。
「庭師のノームは腰痛で療養中だから、シェリルが手入れをしてるのだけど…気難しい子だから喧嘩してなければ良いな…」
庭師のノームは兎のビーストで、垂れた耳がとっても可愛いおじいちゃんだ。
純血の彼は兎の頭に人の身体を持っていて、幼い頃の私はそれが怖くてよく泣いて困らせた。
シェリルはノームの孫娘で血が薄れているのか、とても綺麗な女の子で耳が長く垂れ下がっていなければ、間違いなく人間に見える子だ。
私はオハナシパンダとナマイキウサギを抱きしめ、部屋を出ると庭園まで歩いて行った。
階段の手摺りを滑って行こうと思ったけど、白銀に見られるのはマズイと思ってそれはやめた。
あの白銀の事だから、面倒臭さいとか言って、吹き抜けをそのまま飛び降りてしまいそうだけど。
庭園にたどり着くと、そこにはシェリルと白銀が並んで立っていた。
喧嘩にはなっていないようだったから、私はホッとしていた。
「ウサギのジイサンには世話んなったぜ。ヒツジに叱られる度に俺様を庇ってくれてよ」
楽しげに笑いながら話す白銀の顔は、私の知らない横顔をしていた。
「白い猫だって聞いてたけど、白い虎だったんだね。訓練所はどうだった?辛くはなかった?」
気難しいシェリルが白銀を労う姿を見て、私の胸の奥がズキン…と痛んだ。
シェリルに出来ることが私に出来ない。
「訓練所は…黒羽に会えないから辛かった」
その答えに、クスクスとシェリルが笑う。
白銀は照れ臭そうにそっぽを向いていた。
「白銀ったら、お嬢様が大好きで仕方ないのね」
シェリルと白銀はその後も楽しげに話していて、その空気に疎外感を感じた私は声を掛けられずにいた。
私は人間で二人はビースト。
違いを感じてしまう。
[にゃんにゃん~]
気づかれないよう黙っていて欲しかったのに、オハナシパンダは白銀に声を掛けてしまった。
白銀とシェリルが振り返って、どちらも驚いた顔をしている。
「にゃんにゃん?」
シェリルは頭一つ分背の高い白銀を見上げて、白銀を指差して小さく首を傾げている。
「訓練所に行くまで、俺様は自分を猫と思い込んでたからな。にゃんにゃんって登録したんだよ」
[ネコハネコダロ]
ナマイキウサギがケケケと笑いながら、白銀に向かって毒のある言葉を吐く。
白銀の耳がピクピクと動いて、赤と青の瞳が私を見ていた。
「なんつーか、今更だけど…ムカつくよな。そいつの口の悪さ」
[オマエモナー]
そのやり取りを楽しげに見ていたシェリルは、小さく声を上げるととても綺麗に笑った。
「そろそろ時間だわ。もう行くわね。お嬢様、白銀も…さようなら」
シェリルはそういうと足早にここから立ち去り、庭園には私と白銀…ぬいぐるみたちが残された。
白銀の瞳はシェリルの立ち去った先を見つめ続け、どこか寂しそうな横顔をしている。
「どうかしたの?もしかして…一目惚れとか言うんじゃないんでしょうね?」
からかうつもりで言った私の言葉に、白銀は首を左右に振って否定する。
瞳はずっと変わらない方向を見ているのに、完全な否定を私は感覚で感じた。
「人間じゃないからビーストに人権はない。どんな命令でも逆らえない、逆らったら生きていけない。教官から最初に教わったビーストの生き方だ」
白銀のその言葉に私は強い眩暈を覚えて、震え出した身体を抱きしめるように腕に力を入れた。
「シェリルは帰って来れないかもしれないから、再会の約束をしなかった。だから覚えておこうと思ったんだよ。シェリルってビーストがいたこと」
振り返った白銀の手がすっと伸びてきて、私の頭を何度か撫でると白銀は笑顔を見せた。
「ぅ…っうわぁあん!」
私はもう耐え切れなくなって、白銀に抱き着くとそのまま声を上げて泣いた。
「お前が罪を感じることなんかないんだよ。本当に優しいな…黒羽は」
見た目よりもずっとしっかりとした腕で白銀は私を抱きしめ、まるで子供でも宥めるように私の背中を撫でてくれた。