表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

3

新しくなった携帯を可愛くデコレーションしている私の側には、意外な事に執事をきちんとこなせる白銀が執事をしていた。


喉が渇いてきたと私が思えば、絶妙なタイミングで私の大好きなミルクたっぷりのミルクティー、そして一口大のケーキを出す。


文句の一つも言わず、完璧に執事をしている。


「あんたも執事なのね。不良になったと思って心配してたけど、きちんと出来て感心してるわ」


私がそう言うと、白銀は不機嫌な顔になる。


こういうところはセバスチャンの言うように、身体だけは大きくなった…なんとかなんだろうと思う。


「うるせぇ、俺様だって必死だったんだ。お前と引き離されて、俺様が平気に過ごせてたと思うのかよ」


白銀はズルイ。


態度は不良なのに、時々口から出てくる言葉は素直過ぎて、私は返事に困ってしまう。


黙ってしまった私に面倒臭さそうな顔をして、白銀はふいっと視線を別のところへ向けた。


「アヒル」


「え?」


何の前触れもなくそう言われて、私は意味が判らなくて小さな声を上げた。


白銀はごそごそ…とポケットを探り、アヒルの玩具をテーブルに置く。


「これ…なくなったと思ってたのに。あんた…ずっと持ってたの?」


私は少し汚れているアヒルに手を伸ばし、小さい頃の白銀がこれでよく遊んでいたことを思い出す。


他にも色々と白銀には与えたものだけど、白銀が好きになるものは決まって小さなものだった。


その度にセバスチャンから甘やかさないように…と注意を受けたけど、私はセバスチャンが厳しくする分を優しくしてあげたかったから、頭から無視してた。


「ナマイキウサギさんもダメ。オハナシパンダさんもダメ。許してくれたのが、アヒルだったんだよ」


私は白銀と話すうち、人間はなんて残酷なんだろうと思い始めていた。


人間だったら白銀はまだ赤ん坊で、親の庇護がなかったら生きていけない…そんな時期だ。


ビーストだから。


人間に都合の良いように創られているから、都合の良いように生かされて行くしかない。


「…!?お…おまっ!泣くなよ!!ヒツジに蜂の巣にされちまう!!」


「ごめんね。私…何にもわかってなかったんだ」


きちんと言いたい事があるのに、気持ちが先に溢れて涙ばかりが出てくる。


泣いてる私の頭を白銀の手が優しく撫でる、大きくてとても温かい手。


「黒羽の気持ち、俺様が一番わかってる…言葉なんていらねぇよ」


泣きつかれた私はいつの間にか寝てしまっていて、目が覚めた頃にはお日様が少し傾いていた。


きっと私をベッドまで運んで、寝かせてくれたのは白銀だろう。


「白銀?いない…またセバスチャンに呼ばれたのかな?」


[にゃんにゃん♪おそと~にゃんにゃん♪]


白銀がヌイグルミの電源を入れたんだろう。


ずっと切ったままにしてあったオハナシパンダが、楽しげに私へ話し掛けてきた。


その隣ではナマイキウサギが、これもまた面倒臭さそうに座っている。


[ツレテケ。ヒマダー]


もしかして白銀の口の悪さは、…このナマイキウサギの影響かもしれない。


与える玩具を間違えた…と今更ながらに、私は深く後悔していた。


その間にもヌイグルミたちの、にゃんにゃんとツレテケコールが、不思議なハーモニーを奏でていた。


「庭師のノームは腰痛で療養中だから、シェリルが手入れをしてるのだけど…気難しい子だから喧嘩してなければ良いな…」


庭師のノームは兎のビーストで、垂れた耳がとっても可愛いおじいちゃんだ。


純血の彼は兎の頭に人の身体を持っていて、幼い頃の私はそれが怖くてよく泣いて困らせた。


シェリルはノームの孫娘で血が薄れているのか、とても綺麗な女の子で耳が長く垂れ下がっていなければ、間違いなく人間に見える子だ。


私はオハナシパンダとナマイキウサギを抱きしめ、部屋を出ると庭園まで歩いて行った。


階段の手摺りを滑って行こうと思ったけど、白銀に見られるのはマズイと思ってそれはやめた。


あの白銀の事だから、面倒臭さいとか言って、吹き抜けをそのまま飛び降りてしまいそうだけど。


庭園にたどり着くと、そこにはシェリルと白銀が並んで立っていた。


喧嘩にはなっていないようだったから、私はホッとしていた。


「ウサギのジイサンには世話んなったぜ。ヒツジに叱られる度に俺様を庇ってくれてよ」


楽しげに笑いながら話す白銀の顔は、私の知らない横顔をしていた。


「白い猫だって聞いてたけど、白い虎だったんだね。訓練所はどうだった?辛くはなかった?」


気難しいシェリルが白銀を労う姿を見て、私の胸の奥がズキン…と痛んだ。


シェリルに出来ることが私に出来ない。


「訓練所は…黒羽に会えないから辛かった」


その答えに、クスクスとシェリルが笑う。


白銀は照れ臭そうにそっぽを向いていた。


「白銀ったら、お嬢様が大好きで仕方ないのね」


シェリルと白銀はその後も楽しげに話していて、その空気に疎外感を感じた私は声を掛けられずにいた。


私は人間で二人はビースト。


違いを感じてしまう。


[にゃんにゃん~]


気づかれないよう黙っていて欲しかったのに、オハナシパンダは白銀に声を掛けてしまった。


白銀とシェリルが振り返って、どちらも驚いた顔をしている。


「にゃんにゃん?」


シェリルは頭一つ分背の高い白銀を見上げて、白銀を指差して小さく首を傾げている。


「訓練所に行くまで、俺様は自分を猫と思い込んでたからな。にゃんにゃんって登録したんだよ」


[ネコハネコダロ]


ナマイキウサギがケケケと笑いながら、白銀に向かって毒のある言葉を吐く。


白銀の耳がピクピクと動いて、赤と青の瞳が私を見ていた。


「なんつーか、今更だけど…ムカつくよな。そいつの口の悪さ」


[オマエモナー]


そのやり取りを楽しげに見ていたシェリルは、小さく声を上げるととても綺麗に笑った。


「そろそろ時間だわ。もう行くわね。お嬢様、白銀も…さようなら」


シェリルはそういうと足早にここから立ち去り、庭園には私と白銀…ぬいぐるみたちが残された。


白銀の瞳はシェリルの立ち去った先を見つめ続け、どこか寂しそうな横顔をしている。


「どうかしたの?もしかして…一目惚れとか言うんじゃないんでしょうね?」


からかうつもりで言った私の言葉に、白銀は首を左右に振って否定する。


瞳はずっと変わらない方向を見ているのに、完全な否定を私は感覚で感じた。


「人間じゃないからビーストに人権はない。どんな命令でも逆らえない、逆らったら生きていけない。教官から最初に教わったビーストの生き方だ」


白銀のその言葉に私は強い眩暈を覚えて、震え出した身体を抱きしめるように腕に力を入れた。


「シェリルは帰って来れないかもしれないから、再会の約束をしなかった。だから覚えておこうと思ったんだよ。シェリルってビーストがいたこと」


振り返った白銀の手がすっと伸びてきて、私の頭を何度か撫でると白銀は笑顔を見せた。


「ぅ…っうわぁあん!」


私はもう耐え切れなくなって、白銀に抱き着くとそのまま声を上げて泣いた。


「お前が罪を感じることなんかないんだよ。本当に優しいな…黒羽は」


見た目よりもずっとしっかりとした腕で白銀は私を抱きしめ、まるで子供でも宥めるように私の背中を撫でてくれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ