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『ジュリアスの演技が不完全なら、父は不良品として彼を始末する』



私の頭の中で、その言葉が渦巻いていた。


「私も理由を聞いていないのよ。ただ預かってほしいとしか…ごめんなさい」


ジュリアスは知っているのだろうか?


私はこのことを彼に話すべきなんだろうか?


悩みながらも私が口にした言葉は、それだった。


「いや、貴様が謝ることはない。ユグドラには何か考えがあったんだろうと…そう思うしな」


笑ってみせるジュリアスだけど、それは無理をしてるんだってわかる。


でも気付いてもそれを口に出来ない、私と白銀を気遣ってくれてるジュリアスの気持ちを、私は無駄にしたくはないから。


「お…?そろそろ茶の時間だな。黒羽、今日は何にする?ちなみに昨日はアッサムだったぞ?」


私の気持ちに気付いたのかそれとも偶然なのか、白銀は懐中時計をポケットから出して、時刻を確認しながら問い掛けてきた。


どうしようか私が悩んでいると、ジュリアスの後ろからセバスチャンが声をかけてくる。


いつからそこにいたのか、気配もなく近くにいたセバスチャンに、ジュリアスはびびっていた。


「アールグレイなどいかがですか?黒羽お嬢様」


「そうね!お庭でゆっくり飲みましょう!今の時間帯はヘリも遠いわ」


そんなセバスチャンを相手に驚きもせず返事をする私を、ただ者じゃないといいたげな目でジュリアスは見ていた。


小さい頃からセバスチャンと一緒にいたから、私にしてみればいつものことなのよね。


「…いつもあんななのか?ここの執事長は?」


「そうだぞ?ヒツジはいつもあんなだからな、そう思えば直ぐに慣れるぞ?ジュリー?」


それにしてもユグドラはどうしているのかしら?


二人のやり取りを見つめながら、私はユグドラの身を案じていた。


「はぁい、ダーリン!お久しぶりぶり~!あらん?白い猫ちゃんはわかるけど、どうして金色の猫ちゃんもここにいるのかしらん?」



お庭に着いた私を迎えたのは、全身からフェロモンを噴出してる。


そう、レディ=スカーレットその人だった。


この厳戒態勢の中なのだから、きっとまだここに訪れることはないだろう。


それは私の勝手な考えだったらしく…


「この状況だからこそ、逆に抜け道があるということです。ところでレディ=スカーレット様、お召し物を変えてくださいとお願いしたはずですが?」


「羊のおじ様ぁん!堅いことはいいっこなしよぉ?この格好はあたしのポリシーなのよぉ?許して許してぇん?」


絶対にキレる。


私はセバスチャンの狙撃開始を予測して、一歩後ろへ下がったのだが狙撃は始まらなかった。


レディ=スカーレットの能力がセバスチャンを大人しくさせたのか、単純にそう答えを纏めてしまったが、それも違っていたらしい。


「おやおや、乙姫様は私の燕尾が気になりますかな?はっはっはっ、あまり強く引っ張らんで下され」


あのセバスチャンが好々爺になっている、私は衝撃を受けながらも白銀が引いてくれた椅子に腰を下ろした。


あの人形みたいだった乙姫が何かに興味を持つなんて、私はあの夜の虚ろな瞳を思い出しながら、セバスチャンに懐いているらしい乙姫を見ていた。


「これはどういうことだ?貴様…乙姫に何かしたのか?」


虚ろだった紅い瞳には確かな意志があり、自分の名前を呼んだジュリアスに視線を向けていた。


ぱちっとジュリアスと乙姫の視線が合い、じっと乙姫はジュリアスを見続けている。


「その辺も説明するわぁ。だから、乙姫ちゃんと仲良くしてあげてねん?金色の猫ちゃん」


レディ=スカーレットの言葉など歯牙にもかけず、ジュリアスは乙姫の前に歩いて行った。


乙姫はじっとジュリアスを見つめたまま、その場から動く様子もない。


だからといって、怯えている様子もない。


「ちっとも怖がらないのね。私を除いて、乙姫より大きい人ばかりよ?」


ジュリアスは手を伸ばし、乙姫の頭を撫でた。


何を思ってジュリアスがそうしたのか、私にはわからないけれども。


とても大きな意味があるんだろうな…と、それだけを私は漠然と感じていた。


「うふふ、それはダーリンの勘違い。乙姫は怖がる必要がないのよぉ?ここに自分より強いビーストが存在しないんだもの」


確かにその通りかもしれない、白銀とジュリアスの二人掛かりでも歯が立たない乙姫なのだから、怖がる必要はないのかもしれない。


「それもあるけどぉ…乙姫は運がよかったのよぉ?ペット用はたいてい脳をどうにかされちゃってるもんなんだけど、乙姫はそうじゃなかったの」


乙姫について説明するレディ=スカーレットの声を聞きながら、私は乙姫とジュリアスがこれからどんな触れ合いをするのか見守っていた。


白銀は白銀で気にしながらも、セバスチャンと一緒に執事として働いている。


「制御装置だな。俺のように成人したビーストでなく、生まれたばかりの乙姫には…これは強力すぎる」


「正解よん!でも…ニアピンになるのかしら?乙姫の制御装置はここにあったものぉ」


そう話しているレディ=スカーレットの手は、ヘソ出しの自らの下腹部を撫でる。


私はその事実に寒気を覚えて、白いテーブルクロスに視線を落とした。


乙姫はその名の通り、女の子だ。


下腹部にあるものといえば、それが何を示しているか…簡単にわかった。


「ビーストの細胞再生能力は高い。特に乙姫は原種だから、黒羽が心配するようなことはない。そういう意味では大丈夫だ」


大丈夫だ…と言ったジュリアスの声が、怒りと悲しみに少し震えていた。

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