雨
風吹く3月、
春雨4月、
最近のお天道さんはご機嫌斜め。
こうも天気が悪いと、気分も落ちる。
バイトに、テストに、サークル活動。この時期は行事が多過ぎる。
気がつけば、あっ という間に年明けから数ヶ月。
アコガレのキャンパスライフは、それほど楽なものでも無かったということが判明。
しかし、この日々を、学生という立場を、楽しんでいるのも事実。
この忙しさも学生生活の醍醐味だあー、と自分を納得させる。
何はともあれ、今年から大学2年生。無事に進級できた事に喜ぶことにする。
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4月の初め頃、ひいばあちゃんの7回忌ということで、親戚の集まりに呼ばれた。
丁度、大学は長い春休みの最中で、その日は用事も入れていなかった。
ひいばあちゃんの遺影と、親戚の面々を思い浮かべてみる。
最後に親戚が集まったのは、いつだっただろう。
誰かの結婚式だったような、ないような。
それでも半年は前になる。
親戚は父方、母方を合わせると本当に多い。
祖父母の兄弟が多いからだろう。
いわゆる、団塊の世代の方々だ。
分かりにくい例えをするなら、親の会話に名前は出てくるが、
自分は知らない、そんな人が何人も何人もいる程度には多い。でも、ひいばあちゃんが亡くなってからは、親戚の集まりも減ってきたように思える。
ひいじいちゃんは戦中に亡くなっていて、ひいばあちゃんが女手一つで、じいちゃん達を育て上げてきたそうだ。
ひいばあちゃんは根っからの姐さん気質で、親戚皆から慕われていたの事を今でも覚えている。
そんなひいばあちゃんが亡くなって7年。娘息子達、それぞれの家庭を持ち、各々が孫を持つ年齢になってきた。
実家には長男夫婦が住んでいるが、両親のいない所に集まる事が少なくなるのは、当然のことだ。
自分は多弁では無いけれど、
親戚が集まった時の、賑やかな雰囲気は好きだった。
久しぶりの顔合わせは忌日の集まりだが、
7年も経てば涙の記憶も、笑顔の思い出話になる。
ばあちゃんもきっとそれを望んでいるはずだ。
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親の実家は、自宅から車で1時間の場所にある。
少し人里離れた山の中。
舗装もされていない道を、車で進む。
フロントガラスに、木の枝がぱしぱしと当たる音が聴こえる。
木の葉のトンネルを抜け、少し開けた場所に実家がある。
その佇まいは、由緒正しき日本家屋。
平屋建ての大きな屋敷だ。
玄関前の小さな池では、錦鯉が尾ひれをなびかせて、客人を迎える。
玄関の引き戸をあけると、来客を知らせる鐘が、ちりんと控えめに鳴った。
靴を脱いで、上がり框を踏みこえ、板張りの床を進む。
畳もいいが、この板張りのひんやりとした感触が、小さい頃から好きだった。
靴置きには、文字通り溢れんばかりの靴の山。
もうほとんどの人は到着しているのだろう。
客間へと続く障子の向こう側からは、子供達のはしゃぐ声と、大人達の笑い声が聴こえる。
障子を開けると、音に反応した子供達が一斉にこちらを向く。
「おかーちゃん!たつやにいちゃんきたよー!」
「にいちゃん!あそぼー!」
「はなちゃん、はづきちゃん、久し振りだね。元気にしてた?」
「うん、元気だよ!はなね、1年生になったんだよ」
「にいちゃん!一緒に鬼ごっこしよー!」
はなちゃん、はづきちゃんをはじめとした、小さな孫世代達は、俺のことを達也兄ちゃんと呼んで慕ってくれている。そばに寄ってくる姿は、まるで玩具で遊ぶの子猫のよう。
この子達の元気さには、いつも圧倒される。でも活力を分けてもらえるような、そんな気持ちにさせてくれる。
「あ、そうだ、たつや兄ちゃん」
「ん?何?はなちゃん」
「今日はさくや兄ちゃんも来てるんだー」
さくや、よく知った名前。
さくや兄ちゃんこと、咲夜兄さんは、母さんの年の離れた弟。
編集の仕事をしていることもあり、出版業界への就職を志す俺に、様々なアドバイスをくれる、良き兄貴分。
男の少ない親戚一同の中で、俺を可愛がってくれている。
親戚の集まり以外でも、一緒にご飯に行ったり古本屋巡りをする時もある。
最近会って無かったなぁと、咲夜兄さんを思い浮かべている俺をよそに、はなちゃんはにっこり笑って、話を続ける。
「たつや兄ちゃんしってる?
さくや兄ちゃんにね、お嫁さんができたんだって」
あまりにも唐突な話に驚き、
口を「え」のカタチのまま、
ぽかんと空けてしまった。
初耳、だった。
「今日ね、おばちゃんが言ってたんだ、お嫁さんってドレス着るんだよね?
いいなぁ、はなも白くって、
ふあふあのドレス、着てみたいな」
純白の、ドレス
「ゆびわもするんだよね、いいなぁ」
左手薬指に、真新しい、それをつけて
そうか、結婚、するのか
「たつや兄ちゃん?どうしたの?」
「あ、いや、ううん、ちょっとぼうっとしてた。
そっか、咲夜兄さん結婚するんだね。
じゃあ、お祝い、しないとね」
「うん!はなもね、お花あげるんだ!」
考えてみれば、
咲夜兄さんも30歳が近くなったんじゃないかと思う。
大学を卒業したあたりから、
結婚はいつなのか、良い人はいないのか、
なんてオバサマ方に詰め寄られている姿をよく見かけた。
兄さんは、それらに曖昧な返事をし続け、今まで何の音沙汰も無かった、のだが。
結婚。
するらしい。
「はなちゃん、おいで」
「あ、カヨおばあちゃん」
襖の向こうから、こちらへ迫る鶯色。
それが、留袖を着た祖母だと気付いたのは5秒後だった。
「どうしたんだい達也、そんなところで惚けて」
「あ、いや、少し驚いてて」
「咲夜の事かい?」
「聴こえていたんだ」
「聴力は健在さね、老いぼれだと思って莫迦にするんじゃないよ」
「はあ、もう。そこまで言ってないだろ、ばあちゃん」
「ふふ、若いのと渡り合うにはこれくらいの威勢がいるかと思ってね」
「ばあちゃんの冗談は、冗談に聞こえないんだから。もっと手加減してくれ」
「ふふ、ごめんなさいね」
強い責任感に、親戚一同を纏める発言力。
それ以上の包容力があり、お茶目なところが可愛らしい。
それが俺のばあちゃん。
ひいばあちゃんに、瓜二つだという祖母は、見事に姐さん気質も受け継いでいる。
「達也、台所を手伝っておくれ、お酒とおつまみを客間にお願いね」
「了解」
「はなちゃんも、このコップを向こうに運んでくれるかい?」
「うん!いいよ!」
あ、オレンジジュースだ!と喜びながら、
祖母に渡された小さなグラスを持ち、そろりそろりと歩くはなちゃんを、ばあちゃんと2人で見送った。
よろける はなちゃんを見て微笑むばあちゃんの隣で、俺は、どんな顔をしていたのだろう。
純白のベールが、
脳髄に纏わり付いて剥がれなくなった
そんな、感覚に飲まれそうになっていた事は、覚えている。
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台所で準備をしながら、ばあちゃんの話に耳を傾ける。
咲夜兄さんのお相手は、お見合いで出会った、そこそこ美人のカオルさん、だそうだ。
咲夜兄さんのお母さんがセッティングしたお見合いらしい。
それ以上は、聞いていない。
と、
いうよりも。
鼓膜は受け取っていたかもしれないが、
頭の中まで届かなかった。
そんな、感じ。
何にせよ、今は忙しいのだ。
詳しい話を聞くなら後でもいいだろう、と考えながら、台所を出る。
白い冷気が見えるくらいに冷えた瓶ビールとグラスを盆に乗せて、宴会場になっている客間へと運ぶ。
「ビール、持ってきました」
「おう、たっちゃんじゃねえか!久し振りだな!ビールありがとよ!
そういえばたっちゃんもハタチか!大きくなったなぁ」
「ほんと久し振りね、背丈が幾分か伸びたかしら?」
「178センチになりました、あと2センチは欲しかったです」
「そうさな、180ってのは男の憧れだもんなあ、くうーっ、惜しかったなぁたっちゃん」
「こら、あんた飲み過ぎよ、ごめんねえ」
「いえいえ、おじさんはこれくらい元気でなくちゃ」
「さすがたっちゃん!わかってるねえ」
「けど、飲み過ぎには気を付けてくださいよ。
酒に飲まれてちゃあ、格好悪いですよ」
「こりゃ一本取られたな、気を付けるよ」
他の人にも酒を渡しつつ挨拶をする、
程よいところで話を区切り、お盆を持って立ち上がる。
枝豆、塩キャベツ、竹輪の磯辺揚げ、とビールを運んだから、次は
と頭で段取りをしながら、
ぼんやりと、おじさんに言われた事を思い返した。
そういえば、俺も酒が呑める歳になったんだ。
酒とは無縁の家庭に育ったからか、すっかり忘れていた。
歳を重ねるにつれ、自分の年齢には無頓着になってしまう。
子供の時は、無邪気に自分の誕生日を喜べたというのに。
大人になるとは、こういうことだろうか。
だからこそ、自分のことを、自分の年齢を覚えてくれている人がいることが、とても嬉しい。
ーーーー
奥さん達手作り料理の数々と、飲み物一式を運び終われば、手伝いはひと段落。
台所を後にして、賑わう客間へと向かう。
酔いの回ったおじさん達の合間を縫って進み、母と姉の間を陣取る。一口緑茶を飲んでから箸を持つ。
筍の煮しめ、土筆の卵とじ、菜の花の酢味噌和え、
それぞれが旬の素材を使っている。
鰹節から出汁をとったかき玉汁には木の芽が乗っている。
日本らしい、手の込んだ季節の品々が並ぶのも、様々な年代が集まってこそだな、と、しみじみ。
親戚一同の近況報告や思い出話を片耳に聴きながら、
筍とちりめんじゃこの炊き込みご飯をほおばった。
一通りの料理を食べ終わり、ごちそうさまと言いながら、手を合わせる。
自分の使った食器と、机に置かれていた空き皿を台所へと運んだ。
腹ごなしに、流しで皿洗いをして、冷蔵庫から缶ジュースを頂戴し、落ち着ける場所へ向かう。
年上が多く、女性の割合が高い宴会。
若い男は、おのずとはぐれ者になる。
俺と咲夜兄さんは、
庭が見える縁側に腰掛け、話をするのが常だった。
これが5年前なら、
左右のガラス戸に寄りかかって座る俺たちの間に、父さんが座って、青い俺たちの話を茶化して笑っていた。
ようなきがする。
賑わう客間を横切り、和室を抜けると、中庭が見える部屋へと辿り着く。
そこは障子や襖が音を遮り、客間の賑やかな声が遠くに聴こえた。
ガラス戸が開いているのか、冷たい風を頬に感じた。
風の向こう側には、予想通り。
咲夜兄さんはいつもの縁側に腰掛け、
左のガラス戸に背中を預けながら、缶チューハイをあおっていた。
「咲夜兄さん」
「ああ、たっちゃんか」
「飯、食べないの?」
「炊き込みご飯を一杯ほど頂いたよ、それでお腹一杯」
「また、そんなこと言って。大勢の場所が苦手なだけだろ」
「まあまあ。でもたっちゃんが手伝ってるとこ見てたよ、
オバサマ方の相手おつかれさま」
「ありがと、でも大丈夫、駄賃はもらった」
「はは、なんだ、相変わらずちゃっかりしてるね」
いつもの調子で
くだらない話をしながら、
しばし談笑。
学校の話、
仕事の話、
エトセトラ、
エトセトラ。
咲夜兄さんと話すのは好きだ。
そこまで口の多い方では無い自分が、咲夜兄さんと話すときだけは、べらべらと話してしまう。
きっと、こういう人の事を 聞き上手 というのだろう。
こちらを覗いていた夕陽が、
いつの間にか頭を隠し、涼しい風が吹いた。
風になびいて少し崩れた髪を直すため、顔を傾げたとき、
部屋の明かりが反射して輝く、左手 薬指の銀が見えた 。
真新しさを感じさせるそれは、咲夜兄さんを 違う人 に見せるモノ、そんな気がした。
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数年前、
何で兄さんは結婚しないの、と 質問したことがある。
今考えると失礼極まりない質問だ。
当時の自分はそんな事を考慮出来るほど、器用ではなかった。
でも、そんな失礼な質問にも優しく答えてくれるのが、咲夜兄さんだった。
『好きな人はね、いたんだ。
明るくて、優しい、人。
でも、少し前に、遠く、に、いってしまった。』
遠くに?
『うん、遠く。
今の僕では辿り着けない所。
まあ、最初から、手の届く人では無かったから、
状況は変わらないんだけどね』
どういうこと?
『はは、そのまま、だよ。
僕が好きになったら、だめなヒトだったんだ。』
それは、どうして?
『………君が、産まれてきてくれた時から。
ううん、ずっと、ずっと前から、決まっていたんだ』
さくや、兄さん?
『ごめんね、うん、大丈夫。だいじょうぶ。』
どうしたの?何で泣いてるの?
『たっちゃん、産まれてきてくれて有難うね、
僕はね、本当にたっちゃんが大好きだよ。
本当なんだ、本当だよ。』
兄さん、泣かないで。
『ごめんね。
たっちゃんも、
ねえさんも、
悪くないんだ、何にも、
悪くないんだよ。』
懺悔するような言葉と、
子供のように涙を流す顔が、
心に焼き付いて、剥がせなくなった。
初めて見た兄さんの涙は、
兄さんの想いを、
父さんの存在を、
真実を、
突き付けてきたような、
そんな、気がしたのを、覚えている。
それから、
結婚について、
自分が触れていいのか分からなかった。
でも、気にならないと言えば大嘘だ。
聞くだけなら、
聞くだけならば、
悪い事ではない、と
自分に言い聞かせる。
いつもの調子で、指輪に視線をやりながら、聞いてみる。
「そういえば、
結婚、するんだって?」
少し、声が震えたかもしれない。
「ん、ああ、まあね」
咲夜兄さんは、
左腕をゆっくりと自分の顔の前にもたげて、
ぴかぴかの指輪を見つめる。
内側に奥さんの名前でも刻まれているのだろうか。
よく、分からない。
「お見合いが今年の3月にあって、6月には結婚。
自分でも嫌に速いと思う。
旧家だかなんだか知らないけど、
古いルールに縛られるこちらの身にもなってほしいよ」
そう言いながら、
酒に弱い兄さんにしては珍しく、酒をあおった。
この家は、代々の商家。
商人を辞めた今でも、名の通った会社を、いくつか持っている、らしい。
その血筋を辿れば江戸からだとか。
そんな大昔に栄えたというだけで、現在の世代までも家に縛られるなんて。
その上に、親が用意した女性とのお見合いだ、兄さんが嘆くのも至極当然のこと。
酒が進むのも分かる。
「奥さんのこと、嫌いなの?」
「まさか、料理上手で、お茶目で、素敵なひとだよ。」
先程の訝しげな表情が和らぎ、
兄さんは慈しむような、微笑みをこぼした。
優しく指輪を撫でる指先と、
その表情が、奥さんに対して、
本当に心を許していると教えてくれた。
良い人に巡り会えたのだろう。
「世の中何が起きるか分からないね、
僕が結婚なんてね。」
そんな兄さんの表情とは裏腹に、
自分の頭には兄さんの痛切な涙が頭を過ぎって、
ほぼ無意識に「正直、驚いた」と呟いてしまった。
「そっか。………そうだね。」
しまった。
失言だった。
やはり、自分は迂闊に関わってはいけなかった。
「に、にいさん、
今日、ちょっと飲み過ぎてない?」
話題を変えようとしたとき、
咲夜兄さんが微笑んだまま、言った。
「達也は昴さんに、似てきたね」
すばるさん。
数年前に亡くなった、
俺の、父親の、名前。
「目と、鼻が特に似てるかな、あと、輪郭も。
本当に、昴さんの息子なんだね」
「何、言ってるんだよ、
息子なんだから、当然だろ」
「そうだね、当たり前の事だ、ごめんごめん。
でも、本当に、似てるよ」
咲夜兄さんの指が、俺の頬にそっ と触れた。
「やさしくて、正義感が強くて、頭がよくて。」
親指で、頬を撫でられる。
「僕に、本をね、沢山読ませてくれたんだ」
咲夜さんの手のひらが、俺の両頬を包む。
「太宰治、森鴎外、夏目漱石、川端康成、三島由紀夫。
全部、昴さんに教えてもらったんだ。
昔は、全部、理解出来なかったけれど、
今なら、ちゃんと、解るんだよ。
もっともっと解りたかったから、勉強して、仕事について、やっと、追いつけたと思ったんだ。」
口から覗く、赤い舌。
「追いついた、と思ったら。
また、遠くへ行って、しまった」
かかる吐息。
「あの人のそばに、いたかった、
それだけ、それだけだった。」
耳元で、囁かれる、咲夜兄さんの、こころ
「でも。強く、強く、想ってしまった。」
微かなアルコールの香りがした。
次の瞬間に兄さんが俺に擦り寄る。
焦点の合っていない目と、目が合った。
溶けた瞳と、
濡れた唇から目が離せない。
少し微笑んだと思えば、
頬をつたう涙。
それに驚いて、
兄さんからの口付けを、
避けることが出来なかった。
「 すばるさん 』
一瞬、触れたと思えば、
縋る掌の力が ふ と 抜けた。
そのまま気を失った兄さんは、俺の両腕に収まり、寝息をたてた。
俺は動かなかった。
いいや、
動け、なかった。
兄さんの寝顔に涙が滲む。
それを指で拭った。
「ごめんね、咲夜兄さん。
俺は、父さんじゃないんだ。」
本当に、
かわいそう で、
あわれ で、
可愛いひと。
本当に幸せですか?
本当に愛しているのは誰ですか?
手が届かなくても、
想っていたのなら。
ヒトが届かない場所に行ってしまった今も、
想い続けているのでしょう?
薬指に光る指輪。
それの内側に刻まれている名前が、
自分と、この人のものだったらいいのに。
自分なら、父よりも傍にいてあげられるのに。
自分なら、この人を幸せにしてあげられるのに。
ああ、
なんだ、
俺はこんなにも、
咲夜さんのことが
「咲夜さん、」
この気持ちが溢れて
「貴方の事が好きでした、」
貴方を傷付けてしまう前に
「幸せでした、ありがとう。」
さよならをしよう。
「貴方の幸せを、
心から願っています。」
笑顔のままでいたかったけれど、
涙が零れそうになって、空を見上げた。
淡墨の雲が低い位置にあるのが見えた。
これからきっと、雨が降る。
風吹く3月、
春雨4月、
五月雨5月に、
雨止まぬ6月。
祝いの雨か、涙の雨か。
祝いという日照りの中、
自分と咲夜さんだけの日照雨。
悲しみの雨を浴びるのは、
俺だけで、十分だ。




