この草喋るぞ
この草ったれ!
目の前には無数に広がる雑草、雑草、雑草。この全てをむしらなければいけないことを考えると、早くも憂鬱な気分になる。しかし始めなければ終わることもない。千里の道も一歩から。まずは足元にある草を引っこ抜こうと力を込めた。
「痛っ」
聞こえるはずのない声が掴んでいる草から聞こえた。恐らく、気のせいだと考え再度力を込める。
「痛いですやめてください」
「マジか、本当に喋ってる……」
「そりゃ、喋りますよ。草なんですから」
いや、意味不明なのだが?
「それよりあなたなんなんですか? さっきからこちらが痛い痛いと行っているのに引っ張り続けて」
「いや、草むしりしてんだから雑草を引っこ抜くのは当然だろ?」
「あなたねぇ、こっちも生きているんですよ。私から言わせてもらうと、地面から引っこ抜かれるというのはね、あなた方からすれば内蔵を生きたまま引きずり出されるぐらい痛いんです。もうその時の痛みと言ったら。思わず『ひぎぃ』と言ってしまうぐらい」
「ひぎぃなのか」
「ひぎぃです」
まさか雑草からひぎぃという言葉を聞くことになる日が来ようとは。昨日の自分なら考えもつかなかっただろう。考えていたらそれもそれで病気だが。
「そんなこと言われても、これだけ所構わずぼうぼうと生えられちゃ困るんだよ。こちらの迷惑も考えてくれ」
そう言うと雑草はため息一つ。
「あのねぇ、所構わず生えるのは生き残るための戦略というやつです。私たちはいつどこで死ぬかもしれない弱い存在。その弱いという短所を高い繁殖能力で補っているわけです。あなたも目が悪いという短所を補うために眼鏡を掛けているじゃないですか。それと同じです」
いや確かにそうだが何かが違う。まずい心の中で僅かに頷きかけている自分が居る。
「でもわざわざこの家の庭に生えなくてもいいだろう? ほら隣の家の畑なんてなんにも植えてないから生え放題だぞ」
するとまた雑草はため息一つ。
「こっちは生き残りを賭けているわけなんですよ? そんな生える場所を選り好みなんてしてられません。とにかく空いている場所があったらすかさず生える。それが植物界隈の鉄則です。それとも何ですか? あなた植物界を舐めてるんですか? そもそもあなたたち人間は……」
◆◆◆
「そういうわけで、我々は一分一秒でも生き残るために日々涙ぐましい努力を続けているわけです。その私たちをあなたはただ邪魔という理由で引っこ抜くんですか? それがどんなに利己的なのか、冷静になって考えてみてください」
長い長い雑草の話を聞きおわり最後の一言に従って少し冷静になってみる。
……何故こんなにも雑草の話を長々と聞いていたのだろう。相手は雑草なのだ。そう考えた俺の行動は素早かった。
目の前の雑草を掴むと力の限りに引っ張る。
「ひぎぃ」
そう一言言って雑草は喋らなくなった。内蔵を生きたまま引きずり出されるぐらいの痛み共にお亡くなりになったのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいい。改めて草むしりに取り掛かろうとあたりを見渡せばもう薄暗くなっていることに気が付いた。
確かに奴らは一分一秒でも生き残るための涙ぐましい努力を怠らなかったようだ。