存在しない終章に代えて
空の中で、私は雪の降る街を眺めていた。
私を包み込む薄緑色のフラウロスは、だけど決して私と混ざり合ったりはせず、常に私の視界を緑にするばかりだった。だから……真下に広がる街が、真っ白な雪で覆われていることは分かっているのだけれど、全体にかかるグリーンによって、どこか優しい雰囲気を漂わせているように感じた。
だから、私はこの街が優しい街なのだと記述しなければならない。
世界には最初、いくつかのものが用意されていた。部屋の鍵、赤いポスト、それから工場。
それに、賢くてあどけない青年の姿をした、私の可愛い子……フラウロス。
私は彼を、私を包んでいるフラウロスを通してしか見ることが出来ない。
それはフラウロスが、彼の名前であり、この世界全ての名前でもあるからだ。
私にとっては全てがフラウロスだ。たとえそれが、本当に存在する世界だったとしても、突然現れた薄緑色の生き物が、私に見せている幻だとしても。
そして、フラウロスは間違いなく私が生み出したものだ。
何をどうやったがために生まれてきてくれたのか、私にも皆目分からないのだけれど。
私は青年について記述しながら、私の愛するものについて考えていた。
果たして私はあの青年を愛しているのだろうか。それとも、雪の降る白い……私にとっては薄緑色の、この街を愛しているのだろうか。
それとも、青年も世界も本当はどうでもよくて、私はただ曖昧な形をした、この薄緑色の「フラウロス」そのものだけを愛しているのだろうか。
ただ確かなのは、この世界の中心はここ、私のいるところ……フラウロスの中という事で、フラウロスそのものはここにしかない。その向こう側にあるのは、この名前と存在を形に表しているけれど、フラウロスそのものではないのである。
世界も、青年も。どちらも私が生み出したのだけれど。
世界は壊れ始めていた。ようやく終局を描くことが出来るかもしれない。
しかし私は記述をやめて、小さく呟く。
「この世界には登場人物が足りないわ」
フラウロスはその言葉に素早く反応した。体を捻って自分の体をちぎり、私を本体から切り離したのである。
私は薄緑色の皮膜に包まれたまま、幼い姿になって、消滅したポストの上に腰掛けた。
物語がかりそめの終わりを迎えるまで、ここにいよう。
秩序が続く限り、新たなフラウロスと出会い続けるために。
彦星こかぎです。
今年の中ごろに書いた話なのですが、最後の一説を加えてお届けします。
まったく……どういう意味がある話なのやら。
感想、批判をお待ちしております。