(5)見捨てられた白
「ははあん。君は、雪に惑わされたんだよ」
僕から話を聞いて、気のいい仕事仲間はあっさりとそう言った。
「雪は人を惑わすのかい?」
「そうさ。知らなかったのかい」
「知らなかったな。雪なんて、ありふれているじゃないか」
「見過ごしてしまうようなものが、ときたまふいっと人を騙したりするものさ」
それでその話はおしまいになった。僕はまた仲間達と同じ白ずくめの服を着て、ベルトコンベアに並んだ。
「作り出せ、世界の欠片を!」
「作り出せ、世界の欠片を!」
そして僕が両手で作り出すものは今日も真っ白で、歪んだ球のような、適当に掴み取った粘土のような張り合いのない形をしていた。その歪み具合は決して人工的なものではなかったが、少なくとも生き物には見えそうになかった。
「決して壊れない、永続する欠片を!」
「決して消えない、丈夫な欠片を!」
少女は世界から欠片を紡ぎ出すとき、どうしていただろうか。腕に触れる雪は、彼女の気を散らしはしなかっただろうか。それとも雪すらも、彼女には触れる事も出来なかっただろうか。
僕は、見た事のないものを想像する事ができない。
「決して壊れない、永続する欠片を!」
「決して消えない、人のための欠片を!」
そんなことを考えながらまた、両手の間に世界の欠片を取り出して、僕はまた仕事仲間たちと同時にそれをベルトコンベアに乗せようとした。
次の瞬間。
僕の両手に出来上がっていた歪んだ白い欠片は、突如として急激に膨れ上がり、ぐいぐいとその形を変え始めた。その勢いがあまりにも強くて、僕は斜め上に向けた腕を動かすことが出来ない。
騒ぎが周囲に広がっていく間に、世界の欠片は更に大きく膨らみ、とうとう薄い緑色を手に入れた。そのときにやっと僕は気付いた……これは生き物だ。首が長く伸び、太い足は五本、しっかりと生えている。その間にもそいつはどんどん大きくなり、雪の降る工場を覆うように影を広げていく。
そして長い尻尾の先が出来上がると、それは完全に僕の手から離れて、泳ぐような動きで空高く飛んでいってしまった。
工場の真っ白な仲間達が、微動だにせず、口を開けたままで立ち尽くしていた。
雪は絶え間なく降っていた。
そして、僕は同時に確信してしまった。僕が作り出した生き物の名前を、僕は理解してしまった。
あれの名前は、フラウロス。
僕はたった今、この瞬間に、母を殺した生き物を作り出してしまったのである。
そしてそれと同時に、ベルトコンベアが不意に消滅した。崩壊した世界の欠片が、みるみるうちに舞い上がり、流れ、姿を消した。
吹雪のようなその崩壊が収まったとき、そこにいたのは僕一人だけだった。
そして、雪すら降るのをやめた。
僕がその場に膝をつくと、胸でロケットが揺れた。
そして少女は僕の目をまっすぐに見つめながら、おもむろに言った。
「何もなくなったから、物語はおしまい」
僕は真っ白い服を着て、その何もない世界に膝をついて立っていた。無色の空を見上げると、フラウロスがゆっくりと旋回していた。
「何もない、わけじゃないよ?」
僕がそう言って、胸に吊るした銀色のロケットを示すと、
「それは別。まだ開いていないから」
少女は笑ってそう言った。そして、もう僕を見ようともしなかった。
そのときフラウロスが、僕を目指して真っ直ぐに降りてきた。僕は少女に何か別れの言葉を言おうとしたが、フラウロスの曖昧な体が僕の口を塞いだ。
そのまま僕はフラウロスに混ざり合って、真っ白い空へと高く高く昇っていった。