(4)ひらかれない空間
帰り路の途中にあったポストが消えた。
遠くからもその姿はきちんと見えていて、ああよかった、ポストはいつも通りあったと安心していたのだが、それからふと目を離した一瞬でもうポストは消えていた。それで僕は、手紙を持ったまましばらくの間動けずにいた。
一瞬前までは、白い姿に雪を纏って、別の場所への入り口を黒く四角くこちら向きに開けていたはずなのに、それはもう存在しない。
そこに、少女がいた。彼女が僕に問いかける。
「その、首にかけているものはなぁに?」
尋ねられるのは二度目だった。けれど僕は、口を開かなかった。
少女はあたかもまだポストがそこにあるかのように、腰をかけたような姿で中空に浮かんでいた。しかしポストが完全に消滅してしまったことは、白いワンピースから出ている少女の足が大きく前後に揺れていることから明らかだった。
肌の色は薄く、好き放題に伸びた髪もひどく白かった。それも、ただ白色なのではなくて、背後が透けるほどに頼りなく見える。
少なくとも死ぬまでは壊れてしまわない人間と、それ以外の、あっという間に壊れて世界に戻ってしまう世界の欠片との僅かな境界を、少女は容易く超えてしまっているのである。
彼女はその細い指で、ひっきりなしに世界から欠片を取り出しては何かを作り出していた。
少女の細い指は軽やかに動き、その度に世界は心地よくほどけていく。ほどけた白い世界の欠片は、指が起こした風に乗って再びまとまり、今度は奇妙な生き物に姿を変えた。それらは色合いもまちまちで、取って付けたようにバランスの悪い突起物を無闇に動かしながら、ものによっては奇数であることすらある短い足を必死に前後させて空中を動き回っている。大半は程なくしてまたほどけてしまうが、いくらか出来のよいものは少女の傍まで寄ってくる。
少女はその、耳の長い何かを軽く撫でてやりながら、じっと僕を見た。
「ねえ、なぁに?」
少女の大きな瞳が、静かに潤んでいる。僕は沈黙が怖くて口を開ける。
「これは、……ロケットだよ。母さんの写真が入っているんだ」
「本当に? 消えてはいない?」
それは、初めての質問だった。けれど、答えは用意されてあった。
「怖いから、しばらく開けていないんだ。だから、分からない」
「ふうん」
微笑して首を傾げると同時に、少女の透けるような髪が揺れた。
「じゃあ、あなたのお母さんは、存在しているのと消滅しているのの混ざったところにいるんだね」
けれど僕はその言葉に、明確な意味を見出すことができなかった。