第五節 自然
節で二万文字かー
本編の方の異質さが、自分で書いててもよく分かるな…
これで、ようやくpixivに載せていた部分までは、移転終了かな…
トランスポートとシードが口にした後
その2人と1つ…1人と2つの方が正しいのかもしれないが
ともかく3つは、ほのかな日差しが差し込む森の中にいた。
「……え?…………森?」
クライドは突如、トランスポートを食らって『あの感覚』で
別の場所に運ばれたのを理解し、その周囲の様子に面食らう。
クライド的常識で考えれば
トランスポーター装置のあの円筒缶に入って
物質波輸送した訳ではないので、
驚くしかなかったのだが
トランスポーター装置の独特の『あの感覚』を受けたのと
どんな非常識でもまかり通りそうな
『汎銀河帝国の遺産』とかいう思考停止情報があったので
トランスポーター装置も無く輸送された事そのものには
驚く事を辞めた。
が、輸送された先のその光景には驚くしかなかった。
何せ廃惑星の放射能で死んだ大地にいたのである。
それが生命溢れる森の中に変われば、
驚くなと言う方が無理だった。
『ごめんなさい、クライド…
ちょっと嘘ついてました……
この惑星に1人きり…というのは間違いではないんですが…』
そう言ってプリメーラは住み慣れたそこに
ちょこんと座り込み舌を出してはにかんだ。
『人ではない
みんな達とは一緒に住んで居たんです…』
そう彼女が言うと、
その場にとぼとぼとと歩いてくる猫に
彼女は手招きをした。
「……猫?」
プリメーラが手招きしたそれ…
いわゆる「猫」という動物を見て、
廃惑星だったハズの場所に一番いそうにない生物と、
それが生きていられる周囲環境に呆然とする。
猫はプリメーラの方に近付いては少し鳴くと
プリメーラもその猫をひょいっと
その手に掴んで、持ち上げた。
『チャーリーって名前、私が付けました…
私のお友達の…一人…のハズです…』
猫を胸に抱き、彼女はそう言ってはにかんだ。
「ここ、確か…廃惑星じゃないの?」
あのあまりの…
廃惑星という殺伐とした光景からは迂遠な
光る美少女とその腕に抱かれる猫という光景に
ただ面食らって問うクライド。
『ええ…それがあんまりにも寂しかったんで…』
『姫様の願いで、
私が地下に空間を作って小さな庭園を造りました』
「うぉう……」
そのクライドの問いに、
あまりにあっさりと、とんでもない返事を返す二人。
しかし、今の今ですら
「信じられない光景」を見せられ続けて来たので
『自然を造った』とか言われても、
それで納得するしかないクライド。
クライドは、いよいよ
トンデモナイモノに遭遇したんだという事を
肌身に染みて実感し始めた。
「言われて作るのが、小さな庭園な…
小さい…はぁ…これが…」
二人の言葉に呆れて、クライドは周囲を見回す。
彼等の言う「小さい」というのは
部屋的空間の切れ目が全く見えない空間の事を言うらしい。
木と木が交差する合間から、その向こうを見切ろうとするも
空気によってその色が濃くなって
果てを見抜けない程に「奥」があるらしい。
『まぁ精々半径10km程度ですよ…
だから、ささやかな大きさの庭園です』
シードはそんなクライドの返事に
彼の「小さい」の認識を口にする。
「おい、半径10kmって普通に都市の大きさじゃねーか…
その範囲全部が森なのを、お前は小さな庭園とかぬかすのか?」
クライドはシードに告げられたその「広さ」を耳にして吹き出し
本当に半径10kmもあるかどうかは不明だが
果てが見切れないこの空間の奇妙さに破顔するしかなかった。
『汎銀河帝国が好き勝手できた時代は
庭園といえば惑星1つそのものを観光地にする事でしたからね。
その頃に比べれば、半径10kmを森に変えるなんて
庭園というのも憚られるレベルですよ…』
そんなクライドのツッコミに、更に彼の感覚観念を伝えるシード。
「わ、惑星1つを庭園化!?」
そんなシードの「普通」を耳にしてクライドは絶句した。
このポンコツ人工知能の言うことは、
いちいちスケールが大きすぎた。
『そんなに驚く事もないでしょう?
汎銀河帝国はこの銀河を分割統治とは言え全統治していたんです。
皇族級の事業とも成れば、惑星1つを特別観光地に変えるぐらい
銀河のスケールからすれば、やれて当然だと思いませんか?』
クライドの驚きに、シードは汎銀河帝国というスケールを
ちょっとは想像させてみようかと悪戯心を抱いて
その当時の「普通」の観念を伝える。
「まぁ…お前等が本当に汎銀河帝国の皇族かは
何かもっと物証がないと、今ひとつ確信できないが…
少なくとも、俺等銀河一般市民が
『汎銀河帝国』なんて古代帝国に馳せるイメージは
確かにそんな所じゃあるけどな…」
シードに諭されて言葉だけなら納得するクライド。
その言葉で、クライドは惑星級の大きさすら
どうとでも制御できるだろうという
インチキな存在感たる『汎銀河帝国』の
お互いが共有するイメージの共通認識だけは出来た。。
『は、汎銀河帝国のイメージって惑星1つ単位なんだ…』
そんな二人の共感に対して
プリメーラは自称汎銀河帝国の現皇帝だというのに
汎銀河帝国の基本的な常識に相変わらず
いちいち驚いているようだった。
が、そうした悪の張本人(?)が目の前にいるので
クライドはそこはもう深く突っ込まない事にして
その点については流す事にする。
と同時に、このポンコツな人工知能の言い出す事の尽くは
言葉だけなら確かに汎銀河帝国の古代遺産の情報ライブラリが
言いそうな事であるとも思い、渋面になるしかなかった。
少なくとも、汎銀河帝国の皇族の生き残り…という主張は
本当の事なのかもしれない…
そう感じ始めるクライド。
「でも、こんな森、どうやって造ったんだ?
半径10kmの森林なんて、造るって言っても…」
言ってクライドは周囲を見回す。
『姫様と私の能力は、全ての電磁気を支配する能力ですよ?
どうも何も、それが出来て出来ない事なんて
あるハズがないでしょう?
物質の基本構成ユニットである「分子」は
何で結合してると思ってるんですか?
『電子』で分子達は共有結合してるんですよ?
なら、分子間結合の「電子」が自在に扱えれば、
分子結合を組み直す等、出来て当たり前の事。
全ての空間の電磁気が自在に支配できるのなら、
結合電子を自在に操れるのは自明です…
ならば、何だってできますよ…』
そう言ってシードはクライドに電磁気を支配するという事の
本質的な意味を語りかけてみる。
その本質を説明されて、クライドは思わずゴクリと唾を飲んだ。
プリメーラはその説明に予想通り
理解できないという風に首を捻っている。
「いや、電磁気が支配できるって言っても
それは範囲の問題だろ…
マイクロメートルかミリメートルの電磁空間を制御する技術は
俺達の国の技術にもあったが、それはそういう範囲の事で…」
言って、言葉だけの「電磁気を支配する」という意味なら
自分達の国が所有していた技術でも
実現できていたそれを引き合い出してみる。
それは彼等の言っている自分達の常識とは乖離している
「電磁気を支配する」という意味の差を
自分に確認する為の思考の整理でもあった。
『だからそれこそが、その方法論の限界なんですよ…
1階、2階の階空間で電磁を操作しようとすると
演算量も制御量も制御方法も、天文学的な数字になるのに、
出来て精々、マイクロメートルからミリメートルです…
物凄く頑張ればナノメートルか…
その限界突破をする為に『複素結晶』という技術が必要になるんですよ。
まぁ結局は、その階での複雑さを突きつめていくという点では
方法論としては、貴方方の持つ技術の延長線上でしかありませんが…
階も次元も更に拡張して、虚数にある量さえ使って
遙かな何百年もの時間を使った理論解析と
特殊生成の技術を積み重ねて作り上げたのが複素結晶です…
複素結晶という技術は、一朝一夕に出来た物ではなく
最も科学研究を突きつめていった
最も長い歴史的技術蓄積の上で成立した技術工法。
結果的に複素結晶を造るには、複素結晶が無ければ不可能になったので
それを持たない者には生成不能物質になってしまったわけですが
だたらこそ、その威力は半径10kmの電磁気の支配等造作もないという
現在の人類では再現不能の乖離技術となったのです…
この銀河で知れ渡る、
手に入れれば色帝国の勢力図すら書き換わるといわれる
『汎銀河帝国の遺産兵器』
その言い伝えの所以も、ひとえに高度な複素結晶で実現できる
効果の精度と範囲の巨大さなのです』
そう言ってシードは、ふふんとばかりに胸を張った…
というようなジェスチャーを6菱の光体を回す事によって行う。
「説明の詳細はイマイチよくわからんが、
お前の電磁気を支配できる範囲は半径10kmは余裕だという事か?」
クライドは悦に浸っているそれに呆れながらも
彼というレベルでの認識できる情報を拾い上げてそれを尋ねる。
『精度を問わないのであれば、5光秒の空間半径
無理して高エネルギー使用での高次空間を使うのであれば
20~40光秒の空間範囲はいけますね…
まぁ流石に瞬時に、こんな森を造れと言われたら
これらの要素計算も含めて、
数10kmから数100kmまで範囲が下がってしまいますが、
そこはそれ、これだけの元素の量を扱うとなりますとね…』
そう言ってシードは更に自分の性能に胸を張る発言をした。
「え? ご、5光秒? 光秒??」
クライドは一番最初にシードの言った
「聞き慣れない単位」を耳にして確認の為にそれを尋ね直す。
『5光秒ですよ、5光秒…
流石に貴方達の技術尺度でも、光秒単位は使ってるでしょ?』
言って、何を聞き返しているのか?とばかりに
シードはクライドの言葉を訝しがる。
「いや、光秒って、あの光秒だよな?
光速、1秒30万kmだから、30万kmを単位とした
距離計算……
宇宙艦隊戦での、接敵距離までのお互いの距離確認量…」
そう確認してクライドは冷や汗をかいた。
五光秒とは30万kmが5秒の事なので150万km…
光速の0.1%の速力、つまり秒速300kmが出せるような
トンチキな超高速のミサイルを仮に造ったとして
間を詰めるのに5000秒、およそ1時間以上が必要になる距離である。
『さぁ?
仰りようからでは
貴方達はこの単位を宇宙艦隊戦に使ってたのでしょうが
私は私の電磁気支配の範囲を聞かれたので、
精度を問われないのであればの話で、
私の支配空間を、距離として提示しただけですが?』
そう言ってシードは意識空間で舌を出していた。
『銀河最強』である為の空間支配半径を今は口にしているので
この数字を理解する事そのものが不可能なのは分かっていたのに
それでもそれを戯けるように言ってしまうのは
目の前の珍客のリアクションの尽くが、
面白くて仕方ないからなのだろうな…
とシード自身も自分の悪戯心に笑うしかなかった。
「おい、光秒って何だよ!光秒って!!
惑星の直径、優に越えてるじゃねーか!!」
クライドはそのシードの提示した数字に対して
自分の中にあったイメージとしての距離感を
遙かに超えている事に絶叫するしかなかった。
『程度の話ですよ…『壊す』とか簡単な操作なら
5光秒ぐらいはなんとかって話で…
そもそも1階、2階の電磁気の支配なら、電磁気は光の事ですよ?
光の速さで光の距離を操作するのに
5秒も操作開始から遅延時間がある距離なんか、
思い通りに制御できるわけねーでしょう?
だから壊すとか簡素な分解とかそういう簡単な空間操作までを
制御範囲とするなら、5光秒まではって事ですよ…
造るとか構成するとか構築するってのは
壊すなんて操作よりも
遙かに複雑で遙かに空間演算操作が必要な作業ですからね…
電磁気の支配の範囲を聞かれるのなら『何を目的に操作するのか?』
までを付帯状況にして貰わないと、精密な説明はしかねますね…』
言ってシードは少し逆ギレ気味に返答する。
元々曖昧な質問であったのだから、
答えが不明瞭になるのは仕方なかったのだが、
シード自身も1000年ぶりに人と接しているからなのか
どうしても煽るように言葉を使ってしまう。
また、そうであるという事を理解しながら質問するというのも
確かに難しい事と分かっていたので
これが一般銀河市民と超越者の乖離なのだとも認識できた。
そこは痛し痒しといった所でもあったが
そのギャップもむしろシードは楽しんでいた。
「あー、まー、つまり、何でもかんでも思い通りに
電磁気で操作して空間を再構築する範囲は
後の方で言っていた、数100kmから数10kmの方が
お前の支配空間っていう事か…」
『厳密には私ではなく姫様が支配できる範囲ですが
雑務は私が全面担当してますんで、
私の支配範囲で「かなり高精密」に操作するなら、その範囲ですかね…』
「はーーー」
クライドはシードが告げた彼等の電磁気を支配できるという
『範囲』の概要を聞いて絶句した。
-全ての電磁気を支配する-
もしそれが本当に可能であれば、
原子分子の再構成だって不可能ではない。
それならば構成元素さえ足りていれば、
どんな物質をも再構築して形状変化させる事が
理論上はできるハズである。
純粋な電磁力を用いて物質の再構築をするなど
化学的物体変成の方法論ではないので
単純に考えれば膨大な時間を必要とするはずだが、
そこら辺がさっき見せられた
「空気を造る」や「大地を砕いて地下を掘る」などという
瞬間元素再構築能力である。
それが、どういう原理で行われているのかは分からないが、
あの速度で物質を変質させられるのなら、
この森を構築するのさえ、
クライドの常識では理解出来ない速度で出来てしまうのだろう。
それはいい。
少なくとも見た事だし、驚くにしても事実として納得するしかない。
が、その出来てしまう事の「範囲」が、
視界内全てが自然のままという「この範囲」であるのを知ると、
その能力の到達範囲の広さに寒気を感じるしかなかった。
-全ての電磁気を支配する-
その特性は確かに恐ろしい。
一見において無敵の能力に思える。
が、その能力がどの範囲にまで適応されるかで
「恐ろしさ」の度合いが変わってくる。
クライドは無意識にその「範囲」イメージを
精密変化がせいぜい本人半径30m程度、
落雷などの大雑把な自然変化が数kmと見積もってしまったので
この間の前の「森」なる物を作れる能力範囲…
「超精密変化」を数10kmは維持る等という事が分かると
認識の根本を変えるしかなかった。
それならば一般的な感覚では
目に見える何でもを制御し支配できそうに思える。
そんな空間を変化させる元エネルギーを
どうしているのか全く不明だが、
そこが古代帝国の超技術という奴だろう。
クライドの常識では測ることの出来ない魔法の様な何か
それが在るのだろうと理解するしかなかった。
『そんなわけで支配範囲を小さくして
『かなり高精度』に造らせてもらいましたんで
ここの杜には、人間以外なら…
結構な種類の動植物がそろってますよ…』
クライドが難しそうな顔をして思考を整理し始めたので
シードは陽気に語って、気分をほぐしてやろうとする。
「半径10kmの森を造るのを
支配空間小さくさせて貰ったって言われてもな…
俺の脳味噌じゃ、それを小さいとは言わないんだが…」
そう毒づいて。クライドは天井を仰ぎ見るしかなかった。
どうでもいいが、天井を見て空の様な物が広がっているのは
何故なのだろうか…。
その光景すらファンタジーであった。
そんな二人の専門用語が飛び交う会話に入り込めず
困った表情を続けては猫をあやしているプリメーラ。
そっとプリメーラはその猫の喉を撫でてやり
猫を喜びの声で鳴かせてやった。
そのプリメーラの様子を見てハッとなり、
その光景を見つめて、不意に奇妙な納得をするクライド。
「なるほど…違和感のもう一つはこれか…」
シードという存在のとんでもないインチキっぷりを聞いて
驚いていたというのに、そこはそれ
やはり男という性存在の哀しい本能なのだろうか?
可愛い少女が猫とじゃれあっているのを見て
一気に意識がそちらに刈り取られてしまったのは
やむを得ない事であった。
クライドはじっとプリメーラの仕草の中にある
言葉にできない違和感を見つめていた。
そんなクライドがプリメーラと猫とのじゃれ合いを見て
そう呟いた事に興味を引かれ、
シードは自分の自慢話を続けるのも忘れて
クライドの言葉を尋ねてみる。
『違和感?』
「うん、プリメーラと最初に話してた時に、なんでかな…
こっちの方はよく分からなかったんだけど…
彼女は、生命的な何かと触れ合った事が
かなりある様な気がしたんだ…
こっちの方は、直感的な事だったんで…
何故か…ってのは
ちょっと俺にもよくわかんなかったんだけど…」
言ってクライドは自分が直感的に感じたその感覚に首を捻った。
『え…どうしてかな?
私、そんな仕草しました?』
言われてプリメーラも、
今の猫のチャーリーとの戯れを止めて
じっとクライドの方を見つめて訝しがる。
「うーん、どうしてだろうね?
不思議な事に、
それは人間じゃない…ってのも感じたんだ…
何故かはよく分からないんだけどね…」
クライドはそう返して、正に今のこの光景、
猫などと触れ合っているこの状態を
最初の出会いの時に醸し出していた気がする事に首を捻る。
『それはきっと姫様が貴方に触れたときですよ…』
その時シードはピーンと来て
クライドの感じた違和感を指摘した。
「ん?」
言われてクライドは、光る6色の菱形の方を見た。
『姫様があのとき言ったでしょう?
こちらからは触れる事が出来ても、
そちらからは触れる事ができないと』
「ああ…そういえば…」
言われてクライドはプリメーラに触れられた時の事を思い出す。
それは人の手の様な物に触れられた感覚で
光が人として触れてきた様な奇妙な感じであった。
『姫様は、ずっとここで、彼等と…
人でない生命達全てと、こちらから触れる事は出来ても
あちらから触れられる事が出来ない生活を送られてきたのです。
だから「触れる事」という言葉が違和感だったのでは?』
『…………』
そう言って淡々と説明するシードの言葉に
何故かやや表情が硬くなるプリメーラ。
プリメーラはぎゅっと猫のチャーリーを抱きしめた。
チャーリーはその圧力に可愛く啼く。
「そうか…だからプリメーラの最初のあの言葉は
随分、科学的な説明だったのか…
電磁で神経繊維の電荷を動かして触っている状態にする事が出来る…
俺には分かりはいいけど、
何か不思議な言葉使いだなとは思ったんだ…」
ほんの僅か前の事なのに、
もう既に何時間も前の事に思えるほど
長い時間が経過したと錯覚していたクライドは
さっきの記憶を思い返した。
子供な雰囲気でいる彼女にしては
電磁気で神経繊維などと
あまりにも言葉がそこだけ知識人過ぎていたのだ。
『この子達に触れる方法は…、というか原理…ですか?
それはシードに教えて貰いました
触れるというのは神経繊維に干渉する事だって…
だから……』
「ま、そりゃそうだけどね……」
そんなプリメーラのしゅんと下を向いて呟く物言いと仕草に
クライドは、この不思議な人工知能は
どんな方針で彼女を教育をしてやがるんだろうと
心の眉をひそませずには居られなかった。
まぁ確かに、触れていて、でも触れているわけではないというのを
頭の中で理解させるには、そういう説明しかないのかもしれないが…
そんな割り切れない感じで、思わず頭をかくクライドと
どうにも元気がなくなってしゅんとして猫をあやすプリメーラ。
そんな二人にシードは陽気に声をかける。
『さて、落ち着いたところで…』
「いやいや!全然落ちつかないな!おい!」
『?』
一息ついたので話を戻そうとしたシードに対し
その素っ頓狂な物言いに、不意に『現実』に引き戻されるクライド。
これは落ち着くとか落ち着かないとか、
そんなレベルの問題ではない。
クライドは叫んだ。
「いきなり、廃惑星の上だと思ったら
こんな森に連れて来られたんだぜっ!?
さっきまで、大地がボロボロの死の荒野に居たのに
それが今は森の中に居ますよって状況で
落ち着きましたねって言われて、
はいそうです!って納得できるわけねーだろ!
驚く事が連鎖し過ぎて、どこ驚けばいいのかすら
もう麻痺してるよ!!
何なんだこれは!!」
『順応力の無い方ですねぇ…』
「無茶苦茶いうな!!」
シードの冷たい返事に更に激高するクライド。
『まぁ、とは言っても、あんな土さえ死んでるような
奇妙なトンネルの中で座ってお話しというのも、
落ち着いて話せる雰囲気じゃないですしねぇ…』
「そりゃそうかもしれないがな!!
俺はこの廃惑星に落ちて、
何もなさ加減に、ああ、もう俺死んだなーって、
そういう物凄い覚悟で居たんだぞ!
今さっきの、ほんのさっきまで!!
それが、これは何だ!!
この見渡す限りの生命の輪は!
いきなり光る女の子に出会ったと思えば
何時の間にか、生態系の圏内にいる!
あまりの猛烈な環境変化に、気が狂いそうだよ!!」
『それじゃ、もう少しこの空気に慣れるまで
お話しの続きは伸ばすとしますか?』
「ああ、そうして欲しいね…
汎銀河帝国とか、古代帝国の素っ頓狂な感覚に
俺の感覚が追いつくまで、本当にちょっと待ってくれ…
目まぐるし過ぎて、気持ちと思考の整理がつかない」
そうまくし立てて
クライドは思わず肩を何度も上下させる。
僅かな時間の出来事であるハズなのに、
あまりにも右から左へと
クライドの常識を叩きつぶす事象や話が飛び交い
なんとか心の状況整理をしなければ、
心が破裂しそうだったのである。
ともかくクライドは心のバリアとして
『物凄くトンデモナイモノに遭遇した』
『あの古代帝国の遺産とかいわれる
概念的にトンデモナイと思われていたモノに本当に出会ったらしい』
『自分は今、凄い状況に居る』
という3つの非常識を自分の認識整理の大前提に出し、
この3つの事から自分の手には
基本的に負えないという精神的降参をする。
その精神的敗北を認めて、
自分はその状況でどうあるべきかを思案する事にした。
ともかく、『自分の懐に入らない話』が目の前にある。
そして実際に超物理現象を見せて貰い、
基本的な解説もしてもらった。
なので、そこまでは納得するとしよう。
自分よりも遙かに凄いモノが目の前にある。
それに遭遇してしまった。
それに今、完全に巻き込まれている。
それは間違い無い現実だ。
だが、問題は『汎銀河帝国皇帝』という、
最も銀河で物騒な単語を
当たり前の様に目の前の少女と光る人工知能が
語り合っている事だ。
『汎銀河帝国皇帝』である
この銀河の歪みそのものともいえる「それ」が
自分らであるという事を言って憚らない存在相手に
それを「胡散臭い」と思わなければ、
それこそ気が狂っているだろう。
銀河は戦争をしている。
クライドが想像もできないような大戦争だ。
だが、その原因はクライドが知る知識の中では
『汎銀河帝国』という古代帝国のせいなのだ。
明らかな戦犯である。
そして恐ろしい事に目の前の人工知能…シードが
光る少女という不思議な存在に、
100年の間、意味不明の情報を教えてきた話は
嘘か真かはともかくとして
あたかもそれを見てきた、知っているという風に
当時者として『汎銀河帝国』の事を語っているのである。
それは嘘だとしても興味を引かれるモノであり
彼の言葉の真偽は兎も角、彼の言葉の一部である事を
実際に彼女が電磁を自在に操るという行動で
クライドの物差しでは「有り得ない事」として実証している。
そしてそれが「古代帝国の遺産である」という話でである。
だから、起きている事象だけは「妄言」ではない。
そう、現実に遭遇したこれは「妄想」ではないのだ。
ならばもしかすると、
その語りも「妄言」ではないのかもしれない。
そんな事は、絶対にあってはならない事ではあるが
この不思議な事象を納得させる「何か」を見る事ができれば
この目の前の事を、本当に納得できるかもしれない。
そう思い、クライドはその時、最大の違和感に気付いた。
『何故、彼等は空間に自在に居られるのだろうか?』
その違和感をクライドはようやく掴んだ。
空間の電磁を操り、空間を操作する、という事をいい
実際に実証した。
そもそも、今のここ…
彼等の言う地下に造った自然空間なるここも
空間を操作して造りだしたモノだという。
(何故そんな事ができる?)
光体という、空間に質量存在しないかの様な状態で、
空間に干渉できる事という事象の違和感。
クライドはその違和感に、不意に人工知能の言った単語
『複素結晶』という言葉を思い出した。
『複素』という虚数空間を示す言葉が
枕言葉にあるのはわからないが
『結晶』という実体を示す言葉がある。
何よりクライドは、図鑑的な資料であるが
首都管理コンピューターの中枢に納められていたという
半透明のキューブ形状であった『複素結晶』の画像を見ている。
なので『複素結晶』なるものが
実体であるという常識が最初からあった。
クライドは不意にその言葉『複素結晶』に
「実体」存在を感じ、この惑星の地下の中に、彼…
『アルフォーレシード』と名乗った人工知能の
「実体」そして「本体」が潜んでいるのではないか?と考えてみた。
地下に自然を造るような存在である。
ならば同じ様に地下に「実体」を潜伏させていたとしても…。
そう考えると「汎銀河帝国の古代遺産の在処」が
クライドにもようやく見えてきた。
それは仮説だった。確証は無い。
だが、この状況を納得する為に欠落している「因子」
彼等の本体、あるいは実体。
それが地下の中に眠っているというのなら
この頓狂な状況も、ある程度は納得の出来るレベルになる。
そんなクライドが立てた仮説通りなら、
この2人と会話し続ける事で
それを発見する事ができるのではないか?
そう考えてみる事で、
クライドはやや落ち着きを取り戻した。
ともかく、彼の言葉を聞き続けてみよう。
そう決める。
それは、ただの上から下まで嘘っぱちなのかもしれない。
それでもこんな変な出来事、という船に乗ってしまったのだ。
ならば話の船が行き着く所まで、付き合ってみたとして
自分にとって何が不都合があるのか?と考える。
どうせ死ぬしか未来が残っていなかったのだ。
ならばそんな驚嘆するばかりの余興も
今の自分には丁度いいではないか。
これは自分が死ぬ前までの、冥土の土産的な話で
笑って死ねる酒の肴みたいなものだと思えばいい。
そう思ってクライドは、深呼吸をし始めた。
それがどんな嘘であろうと…、
まぁ本当の話だったら銀河が引っ繰り返るような、
トンデモナイ話ではあるが…
特に、どう考えても『汎銀河帝国皇帝』という単語だけは
それを承伏するわけにはいかないので、
それは嘘である事を前提にして…。
しかし右から左へ、帝国の古代遺産なのを良い事に
『汎銀河帝国皇帝』という言葉を投げてくる人工知能対して
その単語に、いちいち驚き続けていたら身も心も保たないので…
話半分なのだという気構えを作るべきとクライドは考えた。
その為クライドは、ともかく落ちとこうと思案する。
冷静になれるような状況ではないが、
ともかくそんな時だからこそ、冷静さが必要だ。
軍人教育でそう教わってきたクライドであるから、
なんとか心を落ち着かせる方法を試し始める。
ともかくクライドは深呼吸をして、
その場の空気を吸っては吐いた。
訓練カリキュラムが徹底的に短縮された軍人訓練学校で
ともかく基本だと教わったそれを始めて、
冷静さを取り戻す動作を繰り返すクライド。
そしてその「空気」をようやく感じれるまでは
冷静さを取り戻せて
僅かばかりの冷静な判断力を取り戻すと
逆に「その空気」の異質さに気付く。
『なんという旨い空気』
という本能が感じるその思いと、
かつて良く知ったるその独特の「空気感」
それをその時、ようやく気付いて、クライドは顔が引きつった。
そんな事にも気付かない程、気が動顛していたのか…
そう思って自分の混乱度合いに驚き、
ある程度の冷静さを取り戻せば
なんて空間を造ってやがるんだ…と思わず毒づくしかない。
そう思えるまでには冷静さを取り戻したクライドは、
今度はその見えて来た周囲空間に閉口するしかなかった。
素晴らしく…そして嫌な空間に対して…である。
この独特の…何故か吸うと郷愁感と安心感を感じてしまう空気。
本能のレベルでそう感じてしまうこの不思議な空気と
今までの何度もこの空気を、嫌な気持ちで吸ってきた経験の
背反二律に板挟みに成って、クライドは苦い気持ちになった。
しかし、ともかく「そんな空気」であろうと
深呼吸を続けるしかなかった。
シードは、間を置いて、何らかの考察と気持ちの整理をして
そして意を決して、深呼吸を始めたクライドを見つめては
少しは落ち着いたのかと邪推してみる。
面白がって、出会い頭の人間に無茶苦茶を言ってはみたモノの
常識的であればあるほど、精神崩壊しそうな事を語ったのである。
ちょっと、遊びが過ぎたか?と自分の舞い上がりに反省をしてみる。
どうも姫様だけでなく、自分も本当は人恋しかったのかもしれない。
そう思ってシードは自分を笑った。
またプリメーラは無言のままであったが
クライドが色々と心の整理をしているだろう様子が見て取れたので
何も言わないまま、その100年で初めて出会った珍客の様子を
一挙一同見逃さず、猫とじゃれながら見つめていた。
そして、シードは頃合いを見て、語りかけてみる。
『この空気でも吸って深呼吸されてるようですが
ここの空気を吸えば落ち着きますでしょう?
これは最高の空気ですからね…』
そう呟いて、少し自画自賛的に自分の造った庭園と
その空気に胸を張るシード。
「いやいやいや、それもちょっとな!」
そんなシードの物言いに、バッと手を前に出して
手を振って彼の言葉を否定するクライド。
『?』
そんな以外な否定の動作に、
流石のシードもキョトンとなった。
その面食らったシードにクライドは強く叫ぶ。
「こんな所、逆に落ち着くわけねーだろ!
なんだよここは!
クリーンルームと同じ快適度じゃねーか!
空気が旨いって心から感じるって、それが怖いわ!
空間条件が良すぎて快適過ぎるから
反対に落ちつかねーよ!!
自然を造るにしても、ここまで奇妙に造るか!?」
言ってクライドは、その人工知能が造った
そして意味不明に胸を張る『最高の空気』なるものに毒づいた。
『ああ…そう言われるとそうかもですね
ここは…1Gですし、気圧も1気圧
空気比率、およそ
酸素21%窒素78%アルゴン1%二酸化炭素0.04%
温度24度、湿度もおよそ40%ぐらい…ですからねぇ…』
シードは完璧に造った『自然の空気』に、
しかしお客に逆上され
『完璧』過ぎたが故に毒づかれた事に苦笑して
その空間の構成状態を得意得意に語ってみた。
そう『この数値』を再現しているのである。
あまりにも良すぎて、逆に落ち着かないというという感想は
むしろ最高の褒め言葉の様に思えた。
「なんだよそれ! 理想空間じゃねーか!!
というか重力1Gってどういう事だ!?
この惑星、重力1.3Gだったハズだろ!?」
『電磁気の力で、ちょっと重力も相殺してます』
「電磁気支配ってそんな事もできるんかい!」
クライドはかつて良く知ったるその数値を聞かされ、更に閉口し、
また惑星重力そのものさえ変えているという話に耳を疑った。
彼曰く、電磁気を支配する能力…らしき特性があるのだ。
色々な方法が考えられるが、
4つの力の中で、最も強い力を持つ『電磁気力』である。
無茶苦茶な事をすれば、
やはり無茶苦茶な事ができてしまう様な気もした。
そんなクライドの一般物理学的な抗議に
流石にシードも頭をかいて、その疑問に答え返す。
『いや重力調整はちょっと無理してますよ…流石に…
電磁気の力を幾ら支配できても重力相殺をするのは
かなり磁力的な方法論で無理しないと出来ませんからねぇ…
でもここにある植物は1Gじゃないと育成が難しい奴ばかりで…』
言ってシードはその周囲の植物を見渡せる様に
クライドを中心にして回転し、
それら森の中にある植物を指し示した。
「1Gでしか育成できない植物?
って事は、ここにある生物は虚弱生物かよ…
本当にここはクリーンルームなんだな…
周囲生物含めて…」
そのシードの言う『1Gでしか生きられない生物』なる言葉…
かつて良く知ったるそれらを耳にして、また顔色が曇るクライド。
彼の回転して指し示す周囲の生物達を見て
本来は見慣れない植物のハズなのに、
クライドにとっては、微妙に見覚えある植物ばかりを見て
思わず溜息をついた。
逆にシードの方は『クリーンルーム』や『虚弱生物』等という、
一般的とは言い難い、この空間や生物の「別称」が
クライドの口から出た事に、些かの驚きを覚える。
彼の無意識推論計算機構が、その違和感を無意識に計算し始めた。
『シード、クリーンルームって何?』
プリメーラはそんな不思議なクライドの物言いと態度
何より『クリーンルーム』なる謎の単語に興味を持ち
その言葉の意味を尋ねた。
『うーん、クリーンルームというのは…、
ここの自然の様な環境です…』
そんな主の質問にシードも少し困り、
ただそのままの言葉を返す。
『ここの自然の様な環境をクリーンルームって言うの?
ここの自然って何か違うの?
これが貴方に頼んだ自然空間なんでしょ?』
そのシードの物言いに更に不思議な違和感を覚え、
プリメーラはシードに食いついた。
そんな二人のやり取りに思わず言葉を荒げるクライド。
「全然違うよ!!自然って言葉が自然なら
ここは多分、一番不自然な場所だよ!」
余りに彼の苛立ちを刺激するその空間だったので
思わずクライドはそう叫んだ。
『え?自然な所が不自然!?
それってどういう意味…』
クライドの突然の激高に驚き、
またその言葉の内容にも驚き、あべこべの言葉の並びに、
プリメーラはその真意を問い返すしかない。
『うーん、クライドさんが来られてから
姫様に与えた情報が、微妙に真実と異なるのが
どんどんバレてしまいますなぁ…』
そんな二人の会話の様子に、シードは思わず苦笑を漏らして
乾いた笑いでハッハッハと笑ってしまうしかなかった。
それでも「そんな事」に気付かれるのは
シードにしても完全なる予想外であった。
思わず彼の無意識推論計算機構の動きにも熱が入った。
「笑ってる所じゃねーだろ!それ!
お前が大嘘ばっかり教えてるって事じゃねーか!」
『え!?シードが教えてくれた事って全部嘘なの!?』
『嘘じゃないですよ…
ただ精密ではないってだけで……
私は姫様が自然ってどういう世界なの?見たいって言われたんで
この空間を造っただけです…
『自然』っていう本当の言葉の姿をね…』
シードはそう寂しそうに呟いた。
「自然っていう本当の言葉って…
何言ってるんだ?
理想環境の上に造る自然なんか、自然でも何でもねーじゃねーか!
宇宙の何所にも生きていけない
クリーンルーム内でしか生きていけない虚弱生物ばかりで
何が自然だ、何が…」
シードのクライドにとっては意味不明の主張に彼はむくれて
何年も見続けた『この特別空間でしか生きられないモノ達』に
思わず体を震わせた。
そう『この部屋でしか生きられない』という特別な状況を
『自然』等と言われたら、あまりに過酷な宇宙環境で
それでもしぶとく生きようとする『本当の自然達』に
とても失礼な事だと思えた。
と同時に、『この檻の中』でしか生きられないモノ達への
憐憫の情も、何時もの様に感じる。
目の前のポンコツな人工知能の主張には
怒りにも近いモノが生まれてしまいそうだった。
そんなクライドの過敏な反応を見て
ますます疑念をつのらせるシード。
その時、無意識推論計算機構は「まさか」の可能性を計算し終えた。
その推論群を見てシードは静かに尋ねてみる。
『むしろクライドさんは、
なんで理想空気条件とクリーンルームなんて言葉を知ってるんです?
普通の人なら、この空気を吸えば
なんて素晴らしい空気ぐらいにしか感じないハズでは…』
そう言ってシードはクライドを
自分の持つ推論群に絞り込める様に言葉で誘導してみる。
「俺は、この空気には慣れてんだよ…
だからよーく、この空気やこの空間の感じは知ってるのさ…」
『慣れ?』
考えられる推論の数々が、クライドが一言口にする度に
1つにどんどん絞られていく。
が、次の言葉で残った推論は排他され、
たった1つの可能性に事実が収束した。
「俺の妹が、
この部屋じゃなきゃ生きていけない体だったからな…」
『クリーンルームじゃないと生きていけない体?』
シードは「やはりこれか」という推論に繋がる重要情報が
クライドの口から出たことで、おおよその事が把握できた。
彼が落下してきてから、姫との会話の間にあった
シード側から感じる『不思議な違和感』の正体。
そしてクライドという人間の、人格形成の根本が
何所にあるのかという不思議さをそこで強く発見して
項垂れるような気持ちになって、あえて質問形でそれを問う。
そんなシードの奇妙な誘導質問をクライドも感じる事が出来たので
超コンピューターが自分を解析している事にその時、気付けた。
が故に、皮肉を込めて彼は返すしかなかった。
「あんた、
超コンピューターなら瞬時に分かるんじゃねーのか?
そんぐらい出来るのが複素結晶とか言う
トンデモコンピューターだと思ってたんだけどな…」
言ってクライドは、複素結晶という
その宇宙の一般市民が持っている言語イメージを
自称複素結晶に皮肉をたっぷり込めて煽ってみる。
『一応、裏演算で確率予想はしていますけれど…
あまり聞いて良い事とも思えませんでしたので…
それでも、お尋ねしてよろしいのなら…
妹さんは、もしかして『C級人類』だったのですか?』
クライドに逆に挑発されてしまい、
シードはこれは参ったとばかりになって
自分の中にある最も高い確率の「推論」を口にして、その是非を尋ねる。
そしてそうであるなら、彼が激高するのは当然の事と納得も出来た。
「ああそうだよ…
C級人類病患者だったのさ…俺の妹は…」
そんな超コンピューターなら、
自分の話は推論計算してしまうのではないか?
という疑念が、まったくその通りだった事を理解し、
やはり目の前のポンコツ人子知能は
それでも超コンピューターなのだなと分かって、
そのアンバランスさに呆てしまうクライド。
また、自分の一般常識で考えれば『この部屋に住む者』等
それしかありえないわけで、それは古代帝国の時代の遺産でも
周知の事であると知り、古代帝国時代から変わらない事なのだと分かって
変な笑いも浮かんできた。
『C級人類?
何それは? クライド? シード?』
そんな二人の重い会話のやり取りが理解できず
素朴にその言葉の意味を尋ねるプリメーラ。
その質問に思わずクライドは己の胸ぐらの服を掴んだ。
『それは…』
プリメーラのあまりにも無垢にそして無慈悲にそんな質問をするので
流石のシードも絶句してしまい、その説明に窮するしかなかった。
説明をするのは容易かった。
しかし『本当の事』まで含めて説明するべきなのか?
そんな果てしなく迷う問題にも直結する。
ならば、どう自分の姫にそれを伝えるべきか…。
そうシードが迷った時、
クライドの方が間髪入れずに解説を始めた。
「病気だよ、病気…
先天的な遺伝病……
俺達B級人類は、遺伝子の染色体が48本あるんだが
何かの突然変異で染色体が46本しかない状態で生まれてきて
十分な発達ができなくなる先天的な遺伝病があるんだ…
それがC級人類病…」
クライドはそう言って
その「呪われた病気」を簡潔に説明した。
『病気?
先天的な遺伝病?
遺伝子って?』
プリメーラは聞いた事もない単語…
いや病気までは100年間のこの自然との付き合いで
生きている物全ての中で起きる事象であるのは知ってはいたが
先天的な遺伝病という聞いた事のない病気の種を耳にして
それが何か分からず問い返す。
そんな彼女の様子に、クライドは、
まぁ普通の女の子なら分からんわな…
という気持ちになって、もう少し補正した説明を重ねた。
「そう、病気…
遺伝子って言ってね…
人間が……
いや、人間だけじゃなく生物全般だけど
生物が生物である為の情報を記録している情報体を
遺伝子っていうんだけど
その遺伝子が生まれながらに、ぶっ壊れて生まれてくるのを
先天的遺伝病っていうのさ…
確か、カリアザクソンとアリアザクタだったかな…
C級人類病で生まれる子供に欠乏する重要な2つの遺伝子の名前…
これがないとB級人類として十分な育成が起きないって
とても重要な遺伝子が生まれた時から2つ欠落する
そういう奇病なんだよ…
C級人類病っていうのは…」
クライドはそう言って、子供に教えるかのような調子で
基本的な事から、更に病気の詳細な性質までを網羅して
彼女に説明を続けた。
そのクライドの説明に首を傾げ、
理解が出来ないというジェスチャーをするプリメーラ。
『……よくわかんないけど、
それだとどうなるの?』
そう返して彼女は眉をひそめて質問を続ける。
それは心ある存在なら、
あまり率直に追及すべき質問ではないとシードは思った。
しかし、あまりに無垢に問いかけるプリメーラに
クライドが怒り出す様子も無かったので、
そんなクライドの心の広さに頼って、更に説明を任せる。
「こういうクリーンルームって言われる、
理想空間でしか生きられない体になるんだ。
なんでかよく分からんけど、医者が言うには
C級人類でも生活困難無く生きれて
B級人類だと、とても元気が溢れてくる、
この空気条件を『理想空間』っていうんだってさ…
だからそういう空間を、無理矢理人工的に造る部屋を
『クリーンルーム』って言うんだよ…
動物や植物でもたまにそういう突然変異が起きて
クリーンルームでしか生きられない生物が生まれてくる…
C級人類もまとめて、そういうのを『虚弱生物』って呼んでる…
だから、そういうのは全部まとめて、
クリーンルームの中に入れられるんだ…」
そう言ってクライドは緑広がる森の大地をポンポンと叩いた。
宇宙特別施設病院の様な限定的な空間では、
分かり易い部屋の区切りがあるが
ここはどれだけ巨大に造っているのか知らないが
『部屋』の境界さえ一見では見切れない程の
広い『クリーンルーム』らしい。
しかし、『理想空間』を造っている以上、
どれだけ広かろうが『クリーンルーム』には違いない。
『その生き物たちは、その中に閉じ込められるの?』
プリメーラはクライドのその言葉に、
部屋の中に閉じ込められるというニュアンスを理解して問いかけた。
そんな寂しそうな瞳で見つめては尋ねてくるプリメーラに
自分の妹が自分に向けてくる瞳の様を重ねてしまい
思わず心が揺れるクライド。
何故、彼女が自分の妹と同じ瞳をするのか
その時はクライドは瞬時には気付けなかったが
その瞳にとことん弱いクライドは、
穏やかな調子で彼女の問いに答えを返す。
「んーー、まぁそういう事…
一生…その部屋から出られない…
いや出られない事はなくはないけど…
俺達B級人類が暮らせれる空間への『順応力』が全然な…
1G以上でも1G以下でも
骨も筋力もどんどん変化し補正が効かない。
空気が淀むと直ぐに呼吸困難に陥る。
体内蓄積空気がゼロなんだ…
そして寿命が短い…
俺達B級人類が平均寿命120歳なのに
C級人類は平均寿命は80~70歳
んでもって、病気によくかかる…
クリーンルームから外に出れば、尚更な…
だから平均寿命よりは、遙かに寿命が短いって所だ。
挙げ句に異常な成長速度を持ってるから、
16歳~20歳程度で成人になっちまう…
とんでもなく切ない遺伝病なんだよ…」
そう呟いてクライドは不意に
自分の妹と対峙しているかのような
奇妙な錯覚を覚えて肩を上げた。
そうだ。
何故、出会ったその時から
彼女の事が妙に気になってしまうのか?
それがその時分かってしまったクライド。
それはプリメーラが自分の妹とその瞳に映す色が全く同じだからだ。
そう、あの独特の「怯え」の瞳の色。
その色を見ると、どうしてもクライドはその相手に弱くなる。
『…………』
そんなクライドのC級人類の特徴を聞きながら
シードは別の意味で、
心のような擬態のそれがかきむしられそうになった。
クライドの様に「そう思う事」が、今のこの宇宙の潮流だった。
クライドの言うその感性が、今のこの宇宙の常識である。
しかし「それ」が本当に「そう」であるのか?と問われれば
シードは悩む。
作り出したモノはどちらで、どちらが自然でどちらが人工なのか?
ここまで時間が過ぎてしまうと、その「原義」こそあやふやと成る。
それにシードは悶絶した。
「だから、C級人類含めて、
こんなクリーンルームで生きるしかない生物は
虚弱生物って呼ばれてて、
この宇宙で一番、不自然な生き物と空間なのさ…
クリーンルームって奴と、そこに住む者は…」
そう言って項垂れるクライド。
その説明を理解して、プリメーラは瞬時に怒り始めた。
『ちょっとシード!!
どうしてそんな空間を造ったの!?
私は自然を見たいって言ったのに!!
ここでしか住めないって事なら、
この子達も、虚弱生物って事なんでしょ!?
なんで、そんな不自然なモノを作ったのよ!!』
「だよな……
何で自然を作れって言われて
最も不自然なモノを作ったんだ?」
プリメーラは初めて知る驚異的な真実に顔を強ばらせ
そして自分の僕を叱責する。
またクライドはプリメーラが抱くその猫を見ては
彼女の言う「虚弱生物」なのだろうと思い、
また憐憫の情が沸いてきた。
そんな自分の姫からの叱責を受け、
これは大変な話になってしまうぞ…と
理論空間世界で冷や汗をかくシード。
最初からクライドなる人物からは物凄い違和感を感じてはいたが
よりにもよって親族がC級人類であった等とは…。
今までの違和感は、その因子で納得は出来たが、
であるならシード自身もクライドと同じく
「トンデモナイ者」に遭遇してしまった
と、思考理論空間で驚嘆し呆然を広げるしかない。
いったいこれはどういう「因果」なのか?
その「因果」を見つめると、シードは今までの話ではなく
全く別の話に対しての推論と確率計算に自然とリンクしてしまい
自分自身よりも更に「深い者」にその因子計算を渡し
「この因果」でもたらされる、「可能性」の計算を頼んでしまった。
姫様がかねてから言われていた
『あともう一つ…
何か我々の想像を越える未知の因子が揃ったならば…』
その言葉こそが「これ」なのではないか?と直感的に思えたからだった。
そして「深き者」に因子計算を渡して、
シードはシードの方で対応を続けるしかなかった。
『私は姫様に『自然』を造れと言われたから
その命に従って『自然』を造ったまでです…
これが本当の『自然』なのですから…』
そう言ってシードは大反発されるのを承知で
それを語るしかなかった。
「はぁ?」
そんなシードの返事に素っ頓狂な声を上げて
首を捻るクライド。しかしシードは続ける。
『だって、この理想空間が……
この理想空間が、
もっとも最初にあった『自然』なのですから』
「は?」
『うん?』
そんなシードの謎めいた言葉に、
クライドもプリメーラも同時に頓狂な奇声を上げるしかなかった。
『話をすれば、それは
遠い遠い遙かな昔のお話です…
遙かな昔…
そう、それは遙かな昔の事…
そこには、ある惑星がありました……
この『理想環境』の状態を持った、ある惑星が…』
そう言ってシードは腹を決めて「それ」を語る決意をする。
それはあまりにも重い覚悟が必要であった。
「あん?
こんな『理想環境』の状態を持った惑星?
そんな面白い惑星があったのかよ?」
突然、重い口調に変わって語り出したポンコツ人工知能の言葉に
眉をひそませ、クライドはシードを煽る。
『今の銀河では、
それを振り返るのを良しとしない様にと定められているので
それらの情報は焼却され、忘却されるように情報改竄されています。
だから、それを覚えている者はもうほとんど居ません。
でも、遙か昔
その惑星の上に広がっていた生命達が居ました…
『理想環境』の上で生きる事を前提にしていた生命達が…
その生命達で造られる輪の世界を『自然』というのです。
遙か古の原義では…ですが…』
そう言ってシードは、遙かな、遙かな昔にあった
『自然』という言葉の原義を口にした。
「なんだそりゃ?
振り返るのを良しとしないから情報を抹消された惑星?
そこにいた生命達が『自然』?
それが自然という言葉の原義?」
クライドはあまりにも意味不明な事を言い出した
ポンコツ人工知能の言葉をなぞり、
その言葉の中にある不思議な響きに何故か心が引かれてその真意を問った。
『ねぇ、その惑星ってどんな惑星だったの?
どうしてその惑星の上にある生命達が『自然』っていう原義だったの?』
プリメーラはその純朴な心で、
シードの言う言葉の不思議さを尋ねてみた。
そのプリメーラの尋ねた言葉の音で、
クライドは余りにも莫大な違和感をそこに感じた。
そのポンコツの人工知能は「原義」という不思議な言葉を使った。
原義。
元々の意味という言葉だ。
『自然』という言葉の元々の意味、という違和感を示された時
クライドの心の中に「原点」という「その名」が不意に浮かび上がった。
遙か遙か昔に存在し忘却されたという惑星…「その名」が。
「ちょっと待て…
そこの胡散臭い人工知能…
その惑星の名前… まさか…」
クライドは、クライドの知識の中で思い当たる「その名」を
不意に目の前にして、身の毛のよだつ寒気を覚えた。
『原義』
あまりに不思議なその人工知能の物言いとその単語だ。
だがしかし、クライドが心の中に浮かべた「その名」を前にすれば
『原義』とは、その単語が最も相応しい言葉になる。
クライドはそれに青ざめた。
『どうされました?
クライドさん?』
シードはクライドが「その名」に気付いた事を見て
思考空間でニヤリと笑った。
『どうしたの?クライド…』
シードとは正反対にプリメーラは
突然青ざめたクライドを見て、心配そうに声をかける。
そんな声をかけてきた二人の心持ちなど鑑みる余裕も無く
クライドは心の中に浮かんだ
「その恐るべき惑星の名」を見つめる。
クライドは冷や汗を浮かべた。
「もしかして……
それが……
その惑星っていうのが…」
クライドは自分の手の平を見つめて呆然とした。
そして「その惑星の名」を心の中で見つめ呆然とした。
呆然としながら、ガタガタと震えるしかなかった。
『もしかして?
何だと思われますか?』
シードは分かっていて、嫌らしくそれをクライドに尋ねる。
クライドは目の前のポンコツ人工知能が
自分に「その名」を口にさせたいので、
煽って誘導しているのだと気付き舌打ちする。
自分が「その名」に畏れている事を見抜かれている…。
それがよく分かった。
だが、例えそうだとしても、本能レベルでクライドは
「その名」を口にするしかなかった。
「もしかして、
その惑星の名前が…『地球』か?」
クライドは、クライドの心の中で、
あまりに畏れ多い「その名」を
しかし言わなければならないという不思議な使命感の元に口にした。
言ってクライドは、やはりガタガタと震える。
『地球?』
震えながらもその名を口にしたクライドを見つめ
そして初めて聞くその名前をなぞり、プリメーラは首を傾げた。
「あの伝説の惑星…
『地球』
それがこの理想環境を持った惑星だったというのか!?」
そう言ってクライドは『理想空間』という謎の言い回し
そして『自然という言葉の原義』というシードの言葉
このクリーンルームの空気に今までに何度も入った時に
何故か毎回、狂おおしい程の郷愁感と安堵感を感じるという
不思議な体験のそれらの謎が、
「地球」という1つの言葉で全て繋がる事に震えた。
この空気。
このあまりに不思議な空気。
これが「始祖の空気」と言われると
それだけで全ての不思議が理解に変わる。
それにクライドはガタガタと震えるしかなかった。
『伝説の惑星?
ねぇクライド…何? 何なの?
そんな物凄い顔になって…』
クライドが
その名を思い当たってから、その名を口にした後の今でも
猛烈な表情で震え続けるのを見て
プリメーラは訝しがって、その真意を尋ねる。
「伝説だよ…
それも、それは余りにも朧気であやふやな言い伝え…
正確な事は何も残ってないし
何所にあるのか、それがどんなだったのか
今は誰も知らない
いや、でもきっとそれは人類が絶対に忘れてはいけない記憶…」
『?』
「伝説の惑星『地球』
人類はそこで誕生したと言われる、始祖の惑星…」
クライドはそう語って、
あまりにも畏れ多いそれに心から頭を垂れた。
『地球』という言葉を口にしただけで、
何故か電撃が走るような衝撃を覚える。
それが、謎でありながらも始祖であると言われる
発祥の惑星の所以なのだろうか?
そう思ってクライドは震えた。
『人類がそこで誕生したと言われる始祖の惑星?』
そんなクライドの言葉と態度に更に眉をひそめ
プリメーラは、言葉をなぞりながらそれを重ねて尋ねた。
「何も他に伝えられていない伝説だよ…
人類という今の俺達は、『地球』という惑星で生まれ
そして、地球からこの大銀河に飛翔した…って…」
言ってクライドは、あまりにもおかしな自分の説明に
自分自身で苦笑するしかなかった。
生まれて飛翔した惑星なのに、
何も他に伝えられていないとはどういう事なのか…。
『人類が生まれた惑星?
だったらその惑星は人類の…お母さん?』
プリメーラはそんなクライドの台詞を聞いて
率直にこの周囲の生命達との長年の付き合いで知った
生まれる者の生まれる元の言語イメージを繋ぎ合わせた。
その物言いに思わずクライドの気持ちが詰まる。
「人類のお母さんか…
そう言われるとそうなのかもしれないな…
名前しか覚えていない母親とか、
それもどうかしてるけど…」
言ってクライドは苦笑するしかない。
そうだ。
畏れ多い程の圧倒的な畏敬の念を感じる「それ」
まさに母親としか言えない「それ」なのに、
クライド達人類は「その名」しか知らないというのだ。
それはどういう究極の親不孝だろう?
そう思ってクライドは
そんな人類の愚の様に苦笑をするしかなかった。
しかし次の瞬間にクライドは更に思いを馳せる。
(親を捨てた俺が、それを思うのは傲慢過ぎるか…)
そう思ってクライドはその拳を握りしめるしかなかった。
自分の親を捨てた自分である。
なら人類が自分の母親を捨てて忘れているとして
どうしてそれを自分が糾弾できるのだろう?
そう思ってクライドは揺れ動くしかなかった。
その時、シードは語り始める。
『人類発祥の惑星、その名は『地球』
その地球の空気こそ、この理想空間で…
その惑星の上に広がっていた生命達を…『自然』と言います』
シードはそう淡々と語った。
まぁ要するに、この銀河に「地球人」は既に居ません。
C級人類病という、病気扱いの突然変異でしか、その名残がありません。
最も弱い「B級人類」ですら、宇宙適合型の改造人類です。