第三節(Ⅰ) ニンゲンですか?
第3節の改修にあたって文量が多いと感じたので
ここを二分割する事にしました
2015/11/18 初掲載
2016/08/23 第1次改修(分割推敲加筆)
「ふーーこの丘に隠れて、なんとか奴等をやり過ごせるか?
あんな雷撃を落としたんだ…
流石に無理か?
くそっ! 俺は丸腰だし…どうすれば…」
クライドはそう毒づいて自分の腰周りを確認した。
拳銃を撃って迎撃する事を考えてみても、
腕がヘタクソ過ぎて実戦の役に立つとも思えなかったし
それ以前の問題に拳銃程度の火器では、
制圧装甲マシーン相手に対抗できるとも思えなかった。
それでも、何もしないよりは遙かにマシに思えたので、
反射行動で射撃武器を探してみるが、
自分の腰周りに何も無いのを改めて認識し、
その丸腰っぷりに絶句する。
『そういえば貴方の名前…』
無理に丘に連れて来られたプリメーラは、そこでようやく
この目の前の、突然、自分に一生懸命になってくれた人の名前を
まだ聞いていない事に気付いた。
だからプリメーラは、目前の何かに必死な男性のその名を尋ねる。
「ああ、まだだったっけ?
俺は、クライド…
クライド・ボル・メトレノイア。
名前だけなら、クライドっていう人間さ…」
クライドはその問いに「そういえば」と思い
周囲を見回しながら逃げる算段を考えて、そのついでに答える。
『クライド…
クライド・ボル・メトレノイア…』
プリメーラは、そんな慌てているクライドを他所に
自分が得た騎士の名を知り、ただそれだけで嬉しくなった。
「えーっと、そういえばそっちも何だっけ?
プリ…、なんだっけ?名前?
プリメ…アル…、何だっけ?」
『プリメーラ!』
プリメーラはクライドに同じ様に名前を聞き返され
反射的にはつらつとした表情で自分の名を叫ぶ。
「ああ、そうか、わかった。
プリメーラちゃん!
そういや、君は電磁気を支配する能力があるんだっけ?」
『あ、はい…』
名を名乗った次の瞬間には、ちゃん付けになる気軽さに驚きを隠せず
目をぱちくりさせるプリメーラ。
しかし、クライドも相手が100歳という年上の人間とは、
先ほどのやりとりでは、どうしても思う事ができなかったし
また、今の『事』が事過ぎて、あまりに気が動転していたので
ついつい年下の女の子の様な錯覚で、そんな言い回しになったのだった。
クライドは、緊張感と急いでいる心持ちに流されて
続けてぱっと思いついたアイデアを口にしてみた。
「地面とか掘るって無理かな?」
『地面?』
クライドはそう言った後に地面を指差す。
「穴を掘って、地下に逃げていくんだ。
電磁気が支配できて、何も無いところから落雷が落とせるなら
電気か…磁石…磁気的な力を使って穴を掘削できないか?」
『えっと…それは…』
(あーー、やりますやります、私がやりますから
やってるフリをして下さい姫様…
ふんふん、磁気で掘削ねぇ…
まぁ電磁気を任意制御できるっていわれたら
そういう発想もありかもしれないですが…
中々、パワフルな発想ですなぁ…
でも、それが出来ちゃうのが私と姫様なんですよねぇ…
んーー、どうするか…
磁気と電気で分子割って状態再構成での
疑似掘削なんてエネルギー使いすぎなんで
もうちょっと省エネな、違う方法で擬態しますか…
じゃぁ姫様、フリを…)
『こ、こう?』
シードとの脳内会話で話を進めたプリメーラは、
促されるままに地面に手を向ける。
そんな、誰かと一瞬会話してるかの様な雰囲気を感じて
それに違和感を感じるクライド。
しかし、今はそこに多くの気を取られている場合ではなかった。
プリメーラが地面に擬態で手をかざすと
同時に、二人を中心とした地面から、
およそ半径2m程度の範囲に円状に亀裂が入り、
その円線に沿って地面がボロボロとひび割れていった。
そして、そのままひびが高速に細かく崩れて砂状になり、
円線で切り取られたクライド達がいた地面は
境界がハッキリした後には陥没し始めたのだった。
まるでエスカレーターの様に
二人が居る円状の地面は地下に陥没して降りていく。
「うわぁ、本当にスゲェ…
こんな事、こんなに簡単に出来るんだ…
これは本当にマズ過ぎるだろ……
こりゃ唖然だ…
でも、ともかく今は穴を掘ってどんどんここから逃げないと!」
『う、うん!』
と状況に驚きながらも、そう声を交わし合う二人。
クライドはそう言った後に、無意識に彼女の手を掴んで、
共に逃げようという意志を強めようとするが、
その手はまたしても宙を切るのだった。
「ええい! 手も掴めないって、こんなにもどかしいのか!
でも行こう! これなら奴等から逃げ切れる!」
そんな接触できないという事にもどかしさを感じながらも
クライドはともかく『あんな雷撃』が落ちた場所から
少しでも遠ざかろうと主張し続ける。
しかしその言葉に首を傾げるプリメーラ。
『でも、どうして逃げるの?』
「逃げなきゃ駄目じゃないか!」
『どうして?』
「だって君は遺産兵器なんだぜ!」
『遺産兵器だったら逃げないといけないの!?』
「遺産兵器が奴等に渡るのはマズイさっ!
でも、なにより君は元人間なんだろ!」
『えっ!?』
そんな何気ない言葉のやり取りだったが
その言葉でプリメーラはクライドの素朴な言葉に驚いた。
(『私がニンゲン?』)
クライドの何気ない言葉がプリメーラの心に引っかかり
プリメーラは鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になる。
そんなプリメーラが驚いている様に気付いて、逆に驚くクライド。
そして、ただ一人で空回っているだけのクライドは言葉を続けた。
「だってそうだろう!?
君はまるで幽霊みたいだけど
話合ってみれば、普通の人間と同じじゃないか!
って事は、特殊兵器として、元々の人間だった君が
そういう風に改造されたんだろう!?」
『あーー、えーっと?』
(『…まぁ姫様、それは彼の勘違いですけど
ここは、そういう彼の解釈で話を合わせましょう…』)
(『あ…うん…』)
そんなとっさのクライドの推測込みの言葉だったのだが
実はクライドの解釈はシード的には当たらずしも遠からずであり
僅かにその「そこそこの正解」に思考空間で焦る。
だから、この『姫の方』のプリメーラは知らないにしても
見事な推測からの、彼の続きの主張を聞いてみたくなったシードは
プリメーラを促して、会話を続けさせる事にしてみた。
そんなシードの誘導に流されて、クライドは思いのまま吠える。
「古代兵器があんな頭の狂った奴等に渡るだけでもゾッとするのに
その古代兵器は、元人間だとか、そんなの許せるわけがない!!
何て話しなんだ!!」
クライドは叫んで震えながら自分の髪をかきむしった。
自分の無意識が、妹がそうされたら自分はどんな気持ちになっただろう?
と問いかける。そして答えは決まっていた。
「俺は聖人君子じゃない!
役に立たない軍人だったが、それでも人は殺した!
だから、もう立派な軍人で人殺しの悪い奴さ!
でもさっ!でもなっ!」
初めて人を殺した時の事を思い出して
クライドはグッと己の拳を握りしめた。
立派な殺人者の自分が、今は偽善を口にしようとしている。
それはどういう笑い話しなのだ?
そういう風に、自分をあざ笑う声が自分の中から聞こえていた。
その時、ふと妹の力無い笑顔を脳裏に過ぎり、その眉がねじ曲がる。
だから、例えもう一人の自分が自分の偽善をあざ笑っても
それを抑えて捻り殺してでも、自分の思いを声にするしかなかった。
「そんな立派な犯罪者の俺でも
可愛い女の子が生体兵器にされて、
それが、ただ気の狂った奴等に利用されるのを
笑って見てるような屑にだけは成りたくないんだよ!!」
クライドは彼女の笑顔を思い出し、
思わず握りしめた拳で地面を殴りつけ、そう叫んだ。
それはただの思い出からの感情の発露でしかなかった。
それでも、自分の記憶の中の彼女と目の前の光子の彼女が
何故か重なった為、気持ちを抑える事が出来なかったのだった。
『貴方の言ってる事、わたしよく分からない…』
そんなクライドの言葉が理解できず狼狽するだけのプリメーラ。
プリメーラの怯える反応に、反射的にクライドは言葉を返す。
「要するに、君を人殺しの道具に
させたくないと言っている!!」
『!?』
彼女という存在の立場を彼女が理解できない事に苛立ちを覚えて、
クライドはそう叫ばずには居られなかった。
子供の様な遊戯をしている有様で、
何人をも抹殺できるだろう広範囲の雷撃流が作れる存在。
それも、その中心の彼女は光子なので接触さえ出来ないという。
こんなインチキな存在が、遺産兵器なのだ、と言うのだ。
なるほど、それが古代帝国の遺産技術か…と納得もするが、
そのあまりの一方的な性質は、軍事兵器を求める戦争狂には
喉から手が出るほど欲しいモノだろうとも容易に判断できる。
だからこそ、隠さなければならない…。
少なくともアイツ等からは…
そう思いながら言葉でも語りながら、クライドは会話を続けた。
会話が続きながらも地面はエレベーターの様に地下に潜っていった。
掘削の地形変化空間操作を続けながら
そのクライドなる人間の、人となりを彼の言葉で感じたシードは
(ほう…、宇宙から落ちてきた、
彼の性格はどんなモノかと眺めていたが…
『こう』思えれる人間なのか…
これは…当たりだな…
この逆の思想なら抹殺するしかなかったろうが…
さて、どうしてこう思えるのかは、もう少し所以を知りたいが…
自然にこう言えるという事は、姫の相手としては理想的なのだろうな…)
と評価し、あまりに奇妙なラッキーに、
運命の数奇さを感じずには居られなかった。
ありとあらゆる演算をする事が出来ると自負している自分ですら
『この確率』だけは、どうしても空間操作する事が出来ない。
なのに『この確率』は何故か起きてしまう。
それも何の因果も無さそうなのに…である。
だからこそ『在る』という事は面白いのだろうな、
とシードは冷ややかに笑った。
そしてある程度の深さの地下を掘り終わると、
今度は水平に掘削が始まり、L時型に穴が掘り始められた。
「すごいな…これ…
こうやって横に隠れれる穴になればいいなって思ってたけど
本当にそうできるなんてな…」
クライドはそう呟いて、彼女がしていると思い込んでいた
電磁気による掘削の空間操作に感嘆の声を上げた。
と、同時にその能力の汎用性に彼女という存在の危険性を益々感じる。
ともあれ、水平方向に穴が掘られていき、
感覚的にではあるが、それなりの距離まで移動する事が出来た。
その位置まで来ると、かなり安全を確保できたのではないか?
と思って、クライドは自分の冷や汗を拭う。
「ここまでくれば、もう安全になったか?」
思いが、素直に言葉になっていた。
クライドはこれで身の安全を多少は確保できたのではないかと考え、
少しだけ落ち着きを取り戻せた。
そして同時にその場に座り込み、
安堵の息を漏らしては独り言の様に呟き始める。
「俺の敵だったクリークス帝国は、
このサファナムじゃ、軍事力に任せて
どこもかしこも火の海にしている、
どうしようもない戦闘狂の国家なんだ。
でも、実の所、華帝国やら噂の赤色帝国なんて超帝国達に挟まれて
奴等クリークス帝国の方が、本当は風前の灯火なのさ…
だから奴等は俺達の国を滅ぼしてまで、
そんな超帝国に対抗できる力…
君の様な『遺産兵器』を求めている…
銀河中枢に、それがあるといわれてるから
奴等は俺達の国を灰にしてまで銀河中枢に走ってきた。
そして遂には、戦争不参加の国にまで進駐して、
俺達の母星に核兵器を撃ち込んで、
無茶苦茶を重ね続けて、銀河中枢の遺産兵器を求めていたんだ‥
そんな奴等が喉から手が出るほど欲しがってるモノが
実は自分達の領土の、こんな惑星の上にあったっていうんだぜ!?
そりゃ、どんな冗談なんだよ…本当に…
なら、見つかれば君は奴等に捕まって
君のその超常の力で、
クリークス帝国の奴等に噂の超帝国と戦わされるだろ!」
クライドは説明を求めているようなプリメーラの表情を見て
誰でも理解できそうな内容で、今までの行動を口にした。
急いでいたので逃げる理由を先に説明しなかったが
あんな超常現象を見せられた後に、
悠長な説明をしている状況ではなかったので
それが最善の判断だったとクライドは信じる。
そんなクライドの言葉にさっきまでの一生懸命な行動が
ようやく納得できて「ああ」と相づちを打つプリメーラ。
だが、彼女はそんな彼の言葉に、根本的な所で納得しなかった。
『そっか…クライドが
どうしてこんなに必死だったのかは分かったわ…
でも私、捕まらないよ?
だって銀河最強なんだもん…
私を捕まえようとするなら、私が倒しちゃうよ!』
プリメーラは自分が銀河最強であるとシードに聞かされ続け
それを信じていたので『自分を脅かす者』が存在する事すら
理解が出来なかった。だから素朴にそう返したのだった。
プリメーラの何気ない台詞を聞いて、
ガッとその目を大きく開くクライド。
それは彼女の言葉を理性的に理解した末というよりも
本能の方の反射が理性の中から恣意を奪い取って、
言葉を紡いだという体であった。
「女の子がっ!!」
第一声を叫んでクライドは地面を拳で殴りつける。
『!?』
その憤りで地面に叩きつけられた拳を見て驚くプリメーラ。
女の子の前で乱暴な姿を見せたくないという理性…
特に妹の事があった分、それを心がけてきたクライドだったが
しかし彼女の言葉を前にすると、その歪さに強い反発心が生まれ
自分の魂の熱さのまま叫ぶしかなかった。
憤りの本能反射が叫びに変わる。
「女の子がっっ!!
自分の手を血で染めるような事を
簡単に言うんじゃないよ!!」
『!?』
クライドは反射で思った事を叫び声と共に口にするしかなかった。
そんなクライドの言葉に驚いて目を見開くプリメーラ。
「倒すって事は何さ!? 君を脅かす者を殺すって事か!?」
『え…殺す?…いや…殺すまでしなくても…』
「でも相手が自爆覚悟で君に飛びかかってきたらどうする!?」
『自爆!?』
「奴等は、俺達みたいな戦争捕虜を使っては、
そういう事もするんだぜ!?
仲間同士の同士討ちすら、させるような奴等さ!
自爆兵を洗脳で使うなんて日常茶飯事!
目的の為なら、何でもアリだからな!アイツ等は!!」
『そんな!』
「自爆兵の突撃!それは誰が殺した事になる!?
そりゃクリークス帝国の奴等さ!!
でも、そうやってまで捕獲しなければならない存在があったのも、
殺した理由には成らないか!?
遺産兵器って存在がある事自体が!」
『遺産兵器の存在自体が…殺しの理由になるって事!?』
「そういうモノなんだよ!遺産兵器って!!」
『そんな!!』
(『シード、そうなの!?』)
クライドの反射で出た言葉を聞いて
思わずその真偽を連れ添いに尋ねるプリメーラ。
(『概ね、間違いとも言えません…
姫様は遺産兵器ではありませんが…
姫様を自我を持っている遺産兵器だと勝手に思い込む者は
それを手にする為に、あらゆる非合法手段を取りうる可能性があります。
それが今まで私が言って来た、
死ななければ分からない馬鹿共の思考です…
そんな手合いを相手にするなら、
相手の抹殺もまたやむを得ない事と覚悟しなければなりません』)
連れ添いはクライドの危惧する事の尽くが、そうである事を肯定し
だからこその『何もしない最強』という倫理が必要なのだと暗に語った。
その説明を聞いて背筋を凍らせるプリメーラ。
そんな二人の念話など気づかずに、クライドは熱く続ける。
だが今度は、本能の反射だけではなく、理性の方が会話の流れを把握し
憤りの感情の中に理論的な解説も混ぜ込み始めたのだった。
「もしかしたら、君はあのクリークス帝国の艦隊だって
その超常的な電磁気の支配力で叩き潰せるのかもしれない。
大気異常の所に雷撃流なんて凄い事が出来ちゃうんだもんな!!
俺の想像力が貧困なだけで、
本当は、君は君の言うとおり銀河最強なのかもしれない。
そりゃ遺産兵器だ。
六色帝国すら恐れるモノってこういう事なのかもな!」
『た、多分、そうです…』
クライドの憤りの言葉に飲まれ、ただ相づちをうつプリメーラ。
「でも、それがそうだとしても
なら尚更、駄目だ!!」
プリメーラの肯定の言葉を耳にして激しくかぶりを振って
彼女の言葉を全力でクライドは否定した。
『どうして!?』
「ごめん、理屈じゃないんだ!
強いとか、弱いとかそんなんでもない
ただ、俺が嫌なだけなんだよ!!」
『貴方が嫌!?』
プリメーラはクライドの思わぬ言葉を耳にして、また目を丸くする。
そんな彼女の様にも気付かず、クライドは自分の脳裏をかすめる
記憶の中の彼女の寂しそうな微笑みを見つめて、勢いのままに叫んだ。
「そうさ!
可憐な女の子が、利用されるのだろうが、自分で身を守るのだろうが
どっちでも同じ事なんだよ!
その手が血を血で染められる世界に、無理矢理放り投げられるだって!?
冗談じゃないよ!
そんなグロテスクな世界!!
どうしてそれを笑って見過ごせるんだ!?
手を血に染めていいのは男だけだ!!
それは男の仕事だ!!
男が血を流して女の子をその身で守るんだ!
そうあるべきなんだよ!!
そんな考え方は、男尊女卑の差別かもしれない!
偏狭なだけかもしれない!
でもこれだけは、俺の願望なんだ!!
だから君は人殺しなんかしないでくれっ!」
クライドは激しく叫んで、同時に地面を何度も殴りつけた。
己の拳から血が出るほどに何度も地面を殴りつけては
思いの丈をはき出すクライド。
そしてその様を見て狼狽するだけのプリメーラ。
『どうして!?
どうして貴方は私に人殺しをして欲しくないの!?』
クライドのよく分からない願望を耳にして
その思いの真意を尋ねるプリメーラ。
「俺が人を殺したからさ!!」
そんなプリメーラの質問にクライドは反射で理由を叫び返した。
『!?』
クライドの思わぬ返事に驚くプリメーラ。
クライドはそれを告げた後に土を手の平で握りしめてわなわなと震える。
苦いモノが胃から胸に込み上がってくる思いがした。
「人殺しって言っても
お互いに顔を見合わせて、ナイフで斬り合ったわけじゃない!
銃を向け合って撃ち合ったわけでもない!
目の前で血を流し合って、殺し合いをしたわけじゃないんだ!
ただ、もう人手が足りなくて乗せられた宇宙戦艦の上で
光子魚雷ミサイルのボタン押しただけだった…」
呻くように呟いて、クライドはあの瞬間の事を思い出した。
無理矢理、乗せられた戦艦の操作席の上、コンソルパネルキーを
艦隊戦中の混乱した状況の中で、右手の中指で押しただけだった。
「それでも、それで…ミサイルが飛んでいって
それがたまたま敵の戦艦に当たって…
敵艦が大爆発した…
みんな艦橋でそれを見て大喜びしてた…
拍手喝采で大戦果だって言っていた!
でも…俺には喜べなかった…
その大爆発で…知らない誰かが沢山死んだのを、その時感じた!
敵だった! 憎いあいつ等だった!
俺の妹を殺した、殺してやりたい敵だった…」
その時の状況を思い浮かべ、
それを口にしながらクライドは唇を噛みしめる。
「そうさ、皆殺しにしてやりかった奴等なのに…
俺達の仲間を沢山殺して、母星を熱核兵器で焼いた、
糞野郎達をその時、殺しただけなのに
なのに、その後に、吐いたよ!!
大量に人を殺したのを感じた後で、医務室でゲロゲロと吐いた。
人殺しを沢山したって恐怖に怯えて吐いたっ!
俺は何でかその時、分かってしまったんだ…
戦争では分からなくても良い事を、分かってしまったんだ…
兵隊なのに馬鹿な話だ!!
でも分かっちゃまった!!
その殺戮で、俺はあいつ等と同じ事をした。
俺が、家族を奪われて奴等を殺してやりたいと思った事を
同じ様にやって、同じ様な俺を向こう側に作ったって事を!」
絶叫してクライドはまたガンガンと地面を拳で何度も殴る。
拳には血が滲んでいた。
「胸が痛かった。哀しかった。辛かった。
人を殺すってさ、こんなに辛いんだって知った。
見も知らない誰かを殺したって、それだけで!!」
クライドはそれを口にして涙を浮かべる。
脳裏に失われた彼女の力無い微笑みが映っていた。
「でも、戦争は始まったら負けるまで終わらない。
続けるしかないから
その後も、ミサイルのボタンを押したよ。
そしてまた人を殺した…
そうやって何度も相手を殺して
その度に、心が傷つくしかなかった!」
プリメーラはそんなクライドの言葉を、ただ聞き続ける。
「人を殺すってさ…
自分の心も同時に傷が付いていく事なんだよ…
無感動に人が殺せる様になったら
そんなのきっと神様さ!
俺は神様にはなれないから、傷ついていくしかなかった…」
クライドは叩きつけていた拳の勢いを失い、
次の瞬間には脱力して肩を落とした。
その時に僅かに冷静さが戻って、
その後に襲って来る記憶からの罪悪感にまた苛まれたのだった。
涙を滲ませながら、クライドは呻くしかなかった。
「体の傷は何時かは治る…
メディカルルールに入れば、なんだかんだ言って治る。
でも、心の傷は一度付いたら、一生治らない!
心の傷は死ぬまで癒える事はないんだ!!
今だって、思い出しただけでこんなに痛いんだ!
だからこんな心の傷なんか、
他の誰かについて欲しくないんだよ!
特に、それが可憐な女の子なら! 尚更!」
『………』
そんなクライドの率直な言葉を受けて、呆然とするプリメーラ。
思わず彼女は連れ添いに言葉を投げかけた。
(『上手く、意味がわかんないシード…』)
(『そうですか?姫様…』)
(『でも、なんでだろ?分からないけれど、分かる事があるの…』)
(『何ですか姫様?』)
(『私、何でかな…この人の言ってくれる
よく分かんない言葉が…とても嬉しい…
全然わかんないのに…』)
(『そうですか…』)
(『分かんない…どういう事を言ってるの?彼は?
私、何にもわかんない子だ…
銀河最強って、貴方に言われてたのに…』)
(『銀河最強ってのは、
心が分かるって意味じゃないんですよ姫様…』)
(『だったら、この分からない言葉の意味
教えてよシード
彼は私に何を言ってくれたの?』)
(『えっーと、ですね…
今日、初めて出会った姫様が…
とても大事な人だって、クライドさんは言ってくれたんです』)
(『何で!? 今日、今、出会ったばかりなのに…』)
(『彼には何よりも大事にしたい心があって…
姫様もその心を持ってたから、らしいですよ…』)
(『心?』)
(『そう心です…』)
(『私の中にある…心?』)
(『…?…どうされました?姫様…』)
「…え?」
『これ、何…』
そんなシードとの言葉のやり取りの後に、
プリメーラは自分の瞳から、涙を溢れさせていた。
秘められていた心の琴線にクライドの言葉とシードの言葉が触れ
それが彼女の感情をかき乱したのだった。
「何で泣いてるの?プリメーラ?」
『わかんない…
涙が溢れてくる……』
クライドの問いに自分でも訳が分からないまま
泣いて応えるプリメーラ。
そんな彼女の様を見て、クライドの瞳の中で
不意に記憶の中にある泣いている妹の姿が
プリメーラの泣き顔の絵に重なった。
だからクライドは無意識に手を伸ばしたのだった。
その不思議な、突然、涙を溢し始めた少女に
思わず自分の指で、その涙に触れようとする。
しかし、伸ばした彼の指先に、彼女の涙は触れる事はなく
彼の指をすり抜けて、光の滴となって落ちる。
その滴は地面に落ちるよりも前に、
光の小さな粒にバラバラに分かれて四散し、
大気の宙の中に消えていった。
「それでもこの涙…
触れられないんだな……
奇妙なモンだ…」
そんな不思議な光景を見つめては、
何故かクライドには涙に触れる事も出来ないこの光景が
とても不憫なモノだと思えた。
『私、何で泣いてるんですか?』
プリメーラは思わず自分の今をクライドに問いかける。
「いや…俺に聞かれても…」
その問いを受けても、それが分からず頭をかくクライド。
『わかんないけれど、嬉しいから泣いてるの…
それだけは分かる…』
「嬉しい?」
『はい、多分、この感情は嬉しいって気持ち…』
プリメーラは自分でも制御できない自分の感情に翻弄されて
ただ涙を流す事しか出来なかった。
そしてその根幹にある気持ちが何なのかをクライドに伝える。
クライドは先ほどの自分の憤りと涙さえも忘れて
目の前で蕩々と泣く彼女に相対し、その言葉に首を傾げる。
「うん?
…よく分からないけど、嬉しい…か…
流石にそれは俺には理解が…
俺は、君とは出会ったばかりで
君がどういう理由で、そんな幽霊な状況なのか…
どうして電磁気でこれだけの事が出来るのか
さっぱり分からないし…」
プリメーラの問いかけに動揺し、そう有り体の事の言葉を返して、
クライドは自分の頭をかくのだった。
元々の第3節の二分割なので、ここのセクションの後書きは、
次の(Ⅱ)でいっきにまとめようかと。