第二節(Ⅰ) 彼女の名前はプリメーラ
うん、改修するに際して、ここの元々の2節の文量が
読み返して多すぎると感じたので、1万~1万五千文字付近で
分割する事にします。
2015/11/14 初掲載
2016/08/11 第一次改修
2016/08/15 サファナム宙域宇宙図追加と微加筆
「はっはっは、それにしても、暇だな…」
クライドは灼熱の日差しが大地を灼く外の光景を
脱出ポッドの多層膜フィルタ特殊ガラスで出来た窓から眺めていた。
脱出ポッド内の情報端末で外気測定装置から得られる数値を見れば、
そこには思わず涎を垂らしてしまう様な数字が表示されている。
端末が示す数値を言葉で要約すると、こうで…。
オゾンが存在しないため、深紫外光が生活に支障が出る程濃い。
惑星磁場が存在するので、ヴァンアレン帯がある事だけが救いか?
太陽風と宇宙放射線に貫かれ続ける宇宙空間と同じではなく
地磁気の磁場が荷電粒子系の放射線を受け流してくれる事だけが
惑星内の良さという程度だ。
これが外側からの照射系の問題。
そして内側はといえば…
惑星内大気において、オゾンが無いのを筆頭に
窒酸化系や二酸化炭素系の比率が高く、酸素が非常に少ない。
特に二酸化炭素比率の高さで、温室効果が促進されており
恒星からの距離的には氷点下をきる表面温度となるのが妥当であるのに
逆に、太陽からの熱線反射を二酸化炭素系の大気対流が閉じ込めるので
日中は地表温度が『熱い』のレベルであった。
この段階で、人が生存できる生態生存圏にするには
惑星大気改造という超宇宙土建工事が必要であり
クライド達の持つ宇宙技術で人間居住化可能レベルまで
この環境を惑星土建工事するなら、数百年は優に必要であろうと思われる。
その様な内部大気の不備から、太陽風などの外部放射線からの
大気シールドが無いというだけで、既に生存圏として不適という、
お腹いっぱいさであったのだが、
追い打ちをかけるのが『大地』からの問題だった。
測定データによると大地から死の光線が宇宙に向かって放射されていた。
端末情報では、過去に何故か投入されたらしい熱核爆弾のせいで、
大地の中に広域拡散している残留放射能、放射線濃度が未だに高く
生身で歩こうものなら、α線、β線、γ線、中性子線に
宇宙からでなく、大地からも、尽く撃ち抜かれるというわけだ。
つまり宇宙服を常に装着せねば、致死に至るという劣悪な空間状態。
それらの情報を総括すると、いわゆる「死の星」であった。
しかし、過去には居住可能惑星だった…
少なくとも、端末からの惑星構成情報を見る限り、予想としてだが
人の住める星として「改造された事がある」
そんな可能性が見える惑星だ。
情報が欠落しすぎているので因果関係は不明だが
大気の総量比率や重力関係、また大気内には少ないながらも水蒸気が存在し
それらの情報から考えると、この惑星は熱核爆弾が使用される前は
人類居住可能惑星であったと考えられるのだ。
ならば、地下をかなり深く掘れば地下水が湧き出るか
地下水で無いにせよ、氷が眠っている可能性があった。
大気圧力が水が液体で居られる範囲の圧力そしてそんな重力であるから
放射能汚染は残っているだろうが「地下水」の存在は確実であろう。
だから、地下水を掘り当てて水源を確保できれば
もしかしたら、寿命が僅かに伸びるかもしれない。
それをポッド内の情報端末で情報調査していると考える事が出来た。
ならば、この土を掘り起こす作業でも
日が落ちた夜ぐらいにしてみようかとクライドは考えてみる。
そんな事をしても長期的には何の意味も無いのに…
という事は、十分、承知の上で、である。
しかし…、そんな事でもしてみようかと思うくらい
それほど、ただ、ただ、意味もなく
生き延びるというという事は、時間の浪費…
要するに、暇だったのである。
「ポッドのライブラリでも閲覧するか…
時間を潰すぐらいの情報はあるだろうさ…」
クライドはそうボヤいて端末を手繰り寄せ、
ポッド内のデータベースと連結させる操作をして
自分の端末に情報が送られるように調整した。
そして端末に流れる情報を読む。
そこには敵国の国勢情報だか、なんだかと
クライドには好意的になれない情報が表示されたのだった。
敵国家の脱出ポッドであるのだから当然の事であるが
敵であるからこそ、その情報群は読めば読むほど憎らしいものでもある。
幸いなのは言語体系が同じなので、翻訳機を必要しないという事だろうか?
言語が同じという事は、元々は文化民族的に同じ源流であったという事
…いわゆる『サファナム人』であるという事だ。
そこに、古い時代からの同じ人類という繋がりを僅かに感じるクライド。
だが、古代は同胞であった自分達は、結局、今では殺し合いをしている。
それも滑稽な事であった。
端末を読むとクリークス帝国の勃興や、現皇帝の大侵政に関して
向こう側の主張に基づく自己正当化の声明文が記載されていた。
それを読んで、クライドは苦く笑う。
そこにはこう書かれてあった。
『クリークス帝国建国より237年のこの時に
我、クリークス帝国皇帝アレハム・ゴツゥインⅢ世は
帝国全土に大侵政の宣言を布告す!
我が帝国の臣民よ!帝国の危機である!
決起せよ、我が帝国の臣民達よ!
我が親愛なる帝国臣民に対し
この侵政の所以と目的を、我はここに示すものなり!
銀河を支配する六色帝国の1つ、
マゼンダ(華)帝国に後方を阻まれし我が帝国は
このサファナム宙域の全てを早急に征服し、
きたる華帝国の大遠征に備えなければならぬ宿業にあるっ!
現在、華帝国はブルー(海)帝国と交戦下にあり、
遙か遠方の両銀河帝国における地域紛争は収まる気配を見せない。
しかし、白色帝国領域における
我等がサファナム宙域の隣宙域、ヴァーチェにおいて、
レッド(炎:赤色)帝国の猛将『雷光のエスカ』の活躍により
グリーン(森)帝国守護領ヴァーチェ宙域は
赤色帝国に猛侵され、更なる赤色帝国主力部隊の増援によって
信じられぬ事だが陥落寸前となった!
シアン・グリーン(空)(森)連合帝国艦隊は
赤色帝国に今だ敗退を続けており
ヴァーチェまで陥落すれば、元空帝領であったニルクルヴァ宙域を含め
白色帝国領域は赤色帝国の守護領アリッソ宙域を含め3領域となる!
さすれば白色帝国領域の現在の勢力状態は赤色帝国の完全優位となり
我等の大銀河は、赤色帝国によって過去の古代帝国…
あの汎銀河帝国の様に、再び征服されてしまうだろう!
この様な情勢下に至れば、不気味なる華帝国といえど、
この白色帝国宙域サファナム宙域への再進駐と
ヴァーチャ宙域、水森連合帝国艦隊への参戦、
及び赤色帝国との開戦は、火急の課題であると考えられる!
つまり華帝国艦隊のサファナム再進駐が十分予想されるのである!!
それは同時に、過去にペイメン星系、リャナクア星系の
スターゲートを破壊した我が帝国の後背を再び脅かされるという事でもある!
ならば、我が帝国も必ず近い未来に、華帝国との戦いを迎えるだろう!
華帝国の猛悪なる艦隊が、我等、ジギスガルン星系帝都クリーガントを
蹂躙し火の海に沈めし事は、容易に想像できるものなり!!
我が帝国の臣民よ!帝国の危機である!
決起せよ、我が帝国の臣民達よ!
その命を帝国に捧げ、我等の帝国の長き栄光の歴史を守るのだ!
火急の状況であるが、逆転の1手はある!
それは『銀河中枢白色領域』である!
サファナム平定後、ネルフィン連合の更に向こう
汎銀河帝国首都が存在したと言われる銀河中枢に
我々が大侵攻をかけるのだ!
そして、白色帝都に眠るという汎銀河帝国の秘宝を、
我々がこの手にするのである!
宇宙を統べる力があると言われている『古代帝国の秘宝』!!
その秘宝を手にした時
我等は、六色帝国はおろか、銀河を統べることも夢では無いだろう!
帝国臣民よ決起せよ!
そしてサファナムを制圧するのだ!
帝国臣民よ決起せよ!
いざ行かん!
そしてサファナムを我等のモノとしようぞ!!
我等がクリークス帝国万歳!!クリークス帝国万歳!!』
クライドは、そんなクリークス帝国の政略声明文を読みながら
ただ苦笑いを重ねるしかなかった。
「何言ってやがる、こんな辺境の豪族風情がさ…」
クライドはクリークス帝国の声明文に対して、そう毒づいた。
身の丈を知らない田舎者は、平気で大言壮語を吐くものだが
ここまで机上の空論を振り回されると、流石に眩暈がしてくる。
だがクリークス帝国の国是は
ある一種の的を得ているものでもあった。
今、この宇宙を支配しているのは、
銀河外周の六色帝国と呼ばれる、6つの超巨大帝国連邦群であった。
彼らの支配力、軍事力は、あまりにも強大なものであり
彼らがほんのちょっとした遊び気分で遠征に出てくれば、
自分たちの様な辺境の星間国家群は、
簡単に壊滅させられるといわれている。
例えるなら、象と蟻。
彼らと自分達はそれほどの軍事力差のある関係だと言われており
だから、それに早急に対抗しなければならないというのは、
できるかどうかはともかくとして、確かに理屈は理屈であった。
だが、象と蟻が戦うような話の中で
蟻がちょっと増えたからといって、どうなるというのだろう?
それほど地方で群雄割拠している辺境国家群と
六色帝国の間には技術力や戦力の差がある…
というのが宇宙の一般認識であった。
笑わしてくれるとクライドは思った。
クリークス帝国は、このサファナム宙域において
クライドの母国であるハルト共和国と隣国のネルフィン連合を平定して
サファナム宙域制覇を狙っていた。
不意に、ハルト共和国とクリークス帝国がボルドバス星系にて激突し
泥沼の戦争が始まる前の、サファナム宙域宇宙図を思い出すクライド。
開戦前はハルト共和国も、同盟不参加を申告していたアルザイル王国も
これだけの星系領土があったのにな…と苦い思いにもなる。
サファナム宙域平定を目的とする等と、クリークス帝国は宣言したが
実の所、宙域平定はクリークス帝国には目的の過程でしかなく、
本当は、ネルフィン連合の先にある宇宙への到達が大目的であった。
それが証拠に、アルザイル王国のギミンゾを陥落させた後
アルザイル王国は首都星系ザイロンを攻略寸前の危機にあるのに、
クリークス帝国はそれを無視し、
ハルト共和国首都星系ハルトディアの母星デコンダを陥落させた後に
アルザイル王国を放置してネルフィン連合のパッソ星系を狙っていた。
つまり宙域平定は宇宙侵略のおまけであり、
それよりも先に抑えなければならないクリークス帝国の国是、
それを求めて彼等は邁進していたのであった。
クリークス帝国が求めたのは、かつては『汎銀河帝国』と呼ばれた
1000年前にこの銀河全てを支配していたと言われる古代帝国
その首都があったと言われる、銀河中枢への『開拓回廊』、
ネルフィン連合のポルト星系から伸びる
中央銀河への険しい道、それを求めていたのだった。
その銀河中枢には、問題の六色帝国達の軍事力を遙かに超える
古代帝国の最高の遺産、『秘宝』と呼ばれる物がある…
…という都市伝説がある。
所詮、都市伝説であり、本当にあるのかどうかは不明だ。
もしかしたら、あると思っているだけで本当は無いのかもしれない。
だが、それでもそれがあると信じてクリークス帝国はこの戦争を始めた。
この声明文にも明確にその事が書いてある。
それがこの一方的な星間戦争の目的。
クライド達がに戦火に陥り、空しい防衛戦争を
続けなければならなくなった理由だった。
それを思えば思うほど、笑いが込み上げてくる。
妄想だ。
そんなのは、何所まで行っても妄想でしかない。
何故なら、仮にそのネルフィン連合のポルト星系、その先にある
「宇宙冒険家」が開拓しているという「開拓回廊」に辿り着けたとしても
そこには、宇宙冒険家のいう「宇宙の化け物」という
古代帝国首都への門番が居り
圧倒的な軍事力を持つ六色帝国達ですら、
その門番に銀河中枢への進駐を阻まれている…という話だからだ。
ネルフィン連合から聞こえてきた噂で聞いた程度の風聞なので
「そうらしい」としか言えないのだが…、
しかし、どの六色帝国も…
このサファナムの元々の守護帝国であった華帝国は
何故か、随分と昔にこの白色領域を放棄したという例外はあるが
それ以外の色帝国は、自分達の白色領域守護領を持っているのに
そこから1000年の間、銀河中枢「白色首都」にたどり着けずにいる。
その事実から考察するに、この銀河を統べる六色帝国の軍事力ですら
敵わない「化け物」が「開拓回廊」には、本当に存在しているという事だ。
クライドには、その話は些か信じられない所もあるが、
宇宙地図が歴史の教科書で代わりばえしないのなら、
そうなのだろうとしか考えようがない。
なら、そんな化け物を越えて、地方豪族の帝国気取りが
白色首都を手に入れるなど、夢物語としか言いようがないだろう。
お笑いぐさだ。
笑うしかない。
それはどうしようもない絵空事で、笑い話だった。
だが宙域星系の平和と安定の為にとか、
なんとなく危険国家を排除しよう等とか
怪しい言いがかりをつけられて戦争を起こされるぐらいなら、
これほどキッパリと目的を宣言して戦争を起こしてくれた方が
当事者達にとっては、気が楽なのかもしれない。
こんな銀河である。
きっと何処の辺境方面でも似たような事が起きていて、
適当な言いがかりをつけては、
国々が銀河深淵を目指して戦っているのだろう。
六色帝国ですら戦争をする理由はそれなのだ。
それならば巨大な力に対抗するために戦う。
そう明言された方が当時者達の意識はハッキリするという所だ。
だからといって、好まざる戦争に参加させられると言うことは、
個人的な納得はできないのではあるが…。
そんな読み物をしていると日が暮れだし、
夜の時間がやってきた。
それを見て、クライドは端末読書をやめて食事にしようと考える。
美味しくもない合成食事を食べて、そしてため息をつくクライド。
死に一直線に走っていく今の自分を思えば、
時間が過ぎていくという事が、この世にある最大の苦痛に思えた。
ただ生きていただけの頃には、時間が過ぎる事など、
それが「在る」のかさえ、感じられない事だったのに…。
いざ、時間を過ごすだけの生活を強いられると
その恐ろしさが身に染みて分かってしまった。
そんな暇を持てあましたから、
ついつい、また星の大河を見るために、宇宙服を着込んでみる。
星を見たからといって、どうだというわけでも無いのだが
それでも星々の輝きだけは、クライドの心を癒してくれそうに思えた。
だからクライドは、宇宙服を着て外に出たのだった。
ポッドを出て、死の大地をとぼとぼと歩くクライド。
そして天空を見上げて、宇宙を見つめる。
ただ、銀だけが視界いっぱいに広がる、その光景。
天空は何処を見渡しても真っ白だった。
そういえば、子供の頃から空をこういう風に見ているが
何故、この全球が白の世界を、皆は『大河』と呼ぶのだろう?
河のように一筋の白銀が見えるというわけでもないのに…。
そう、これは無限に銀に広がる大銀河。
それを、何故かシュバツルシルトと呼ぶ者も居る。
何処の語源なのかも分からない古語だったが、
その響きの方は意外と悪く無い。
大銀河シュヴァルツシルト。
少なくとも、全球が白銀のこの世界を星の大河と呼ぶよりは
そちらの方が、「らしく」はあった。
そんな広大な銀世界を見つめて、取るに足りない事を考えていると
クライドは今の自分のの生き死に等、
だんだんどうでもよく思えてきた。
こんな巨大な銀に比べれば、自分はどれだけ矮小な物であろうか?
そんな事を考えてみる。
圧倒的なまでの目の前の存在を見つめれば、
自分があまりにも小さすぎるモノに思えて、
自分の存在が在ろうが無かろうが、そんな事はどうでもよくなってくる。
それだけの圧倒感が、目の前の銀一色の世界にはあり
それだけの対比感が、自分のちっぽけな宇宙服には纏わり付いていた。
そんな『虚』を感じる思いを抱くと
クライドは不思議に心が空洞になっていった。
大気が別の意味で澄んでいるのも幸いだったかもしれない。
星の輝きがあまりに美しく、クライドに降り注ぐ。
そんな星々の圧力で、このままクライドは押しつぶされて
銀河の中に融けてしまう様な、自分が無くなりそうな寸前。
そんな時だった。
『こんばんわ』
不意にどこからとも無く、クライドの耳の中に音が響いた。
「!?」
その声に驚き、声がしたと思えた後ろを振り返るクライド。
そこには、体中から光の粒を沸き出させている、
少女の様な何かが立っていたのだった。
「!?」
その姿に言葉を失うクライド。
愛らしい容姿の女の子であったので、刹那に本能が彼女に好意を感じる。
だがそんな男の本能はともかく、
次の瞬間にその姿の奇妙さに理性の方が驚いた。
「君は!? 光で輝いてっ!?
い、いや…、そんな事より、
ここは大気も不安定で放射能さえ蔓延しているのに
な、生身で居るって!?」
宇宙服に身を包み込まなければ生きていけない環境の中で
なんとか命を繋ぎ止めているクライドには、
目の前の光り輝いている生身の少女の姿は、
奇妙を通り越して恐怖にさえ映った。
『はじめまして…
私の名前は、プリメーラ…
ねぇ、お話をするのに、そんな金属の板越しでは寂しいわ…
お顔を見せてくださいな…』
彼女はそう言って、さっと腕を上げ人差し指でクライドを指した。
その指先の周囲には、突然、多くの光の粒子が沸き出し、
それらは螺旋回転で中心に集まっていって光の球を作り始める。
そして、光の粒子は沸き出しては光の球に集まり、
今度はその球自身が回転し始めた。
「!?」
更に奇妙な光景に動揺するクライド。
次の瞬間、彼女の指先に集まった光球がクライドに向かって飛び込み、
クライドの手前で四方に拡散して、消えたと思った瞬間に、
その周辺の空間に小さな雷のような光を走らせた。
そして、その雷電が走った後に、
クライドを包む宇宙服の表面にもサージ雷が走り、
突然、クライドの宇宙服は内部から壊れ始め
宇宙服の部品は弾け飛んだのだった。
「えっ!?」
自分の命を守る大切なスーツが、
一瞬の間にして崩壊してしまった事に仰天するクライド。
「なっ! スーツが!!
今は大気も無く、放射能もっ!!!」
生きる為の本能が、
緩慢とした死の運命を理性では受け入れたはずのクライドを、
それでも恐怖させた。
思わず反射で両腕を閉め、体を守ろうとするクライド。
それで放射線や毒の大気から体を守れるハズも無かったが
しかし反射運動とはそういうモノだった。
そんなクライドに、プリメーラは微笑む。
『心配しないで…、
私の周囲の空間には、貴方が生きていける空間を作りました。
たいき…、を作りました…し、…ほうしゃのう…も遮断しました…
貴方の体は、生身のままでも大丈夫…』
そう言って緩く笑う彼女。
(…って言えばいいのよね?)
と言いながらも、自分の放った言葉に理解の方が及ばず
念波を送って、自分の連れ添いにそう問いかける彼女。
(はい、それで相手は少なくとも理解の範疇に入ります。
姫様は特別なお体…
普通の人間は、今のこの空間では生きていけないのです)
その彼女の問いかけに同じく念波で答える連れ添い。
(そうなんだ…)
特別という言葉を返され、少し表情を曇らせる。
しかしそれも一瞬でしかなかった。
「大気を作った!? 放射能も遮断っ!?
何を言っているんだ! 君はっ!!」
あまりに呆然とする言葉を口にした彼女に、
思わず叫び声を上げたクライド。
しかしその時、自分の声が普通に響く事に同時に気付いた。
その時、正常な大気が存在している事を感じ
また自分が呼吸が出来ている事にも気付けたのだった。
「何だ!? 本当に大気があるっ!?」
周囲に向かって、手を振ってみて大気を感じるクライド。
高圧訓練をした事があるので、周囲大気が通常大気圧である事が分かる。
息を吸ったり吐いたりしたが、それも呼吸困難に陥る事なく
普通に、空気として対する事も出来た。
ポッドの計器は間違いなく大気の異常を示していたし、
放射能レベルだって生身で耐えられる量では無かったはずだ。
だが間違いなくその大気の確認で、
クライドは軽い軽装の服で、この大地に立つ事が出来ていた。
「どういう事なんだ…
……君は、君は何者なんだ!?
どうしてこんな事が!?」
あまりにあまりの事に、混乱し、怯えて震えるクライド。
しかし怯えながらも、状況理解の為に目の前の少女に問いかけた。
そんな彼に向かって彼女はニッコリと微笑む。
『私の名前はプリメーラ…。
複素光子体存在を持つ
この世の全ての電磁気を操作できる存在です…』
そう言って彼女はクライドをじっと見つめる。
「複素光子体存在!?
この世の全ての電磁気を操作するだって!?」
クライドは彼女の言葉に眉をひそませ、思わず彼女に触れようと手を出した。
そんな、クライドが彼女に手で触れようとしたとき、
彼の腕が彼女の光っている体をすり抜けたのだった。
「えっ!?」
彼女のよく見ると半透明にも見える体に自分の腕が全く触れず、
すり抜ける様子を見て目を見開くクライド。
「体が無いっ!?」
何度か彼女の体があると思われる場所で手を振っても、
彼女の光の体に対して、腕は宙を切るだけだった。
その様に、クライドは騒然となった。
そんな慌てたクライドの様子に対して
落ち着いた物腰で、しかし哀しそうに微笑みながら、
彼女は彼を見つめ返す。
『それでも、
私から貴方に触れることは出来るんですよ?』
彼女はそう言って、クライドの手を両手で握りしめた。
するとそこに突如、触覚が生まれ、
誰かの手に触れられている様な感触が生まれたのだった。
『貴方の手の神経細胞、その電荷に複素光子で干渉しました。
これで貴方は、私に触れられたように感じるハズです。
私も、貴方に触れているように思いこんでいます…
でも私には、貴方の反作用が遮断されるように成っているので
私の手には何も感じられません。
ただ私の映像の中で、貴方に触れているだろうと思いこんでいるだけ
それが私の存在感。複素光子体存在』
そんな彼女の説明を受けて、彼女の手の平の感覚を確かめ
そこに在ると感じる感覚を確認して、クライドは狼狽える。
自分の手に少女の手が触れている感覚が確かにあった。
そして、そこに在ると感じていた手の感触は、暫くすると突然消えて、
また彼の腕は彼女の手に対して宙を切る。
『フォトンの干渉を止めました。
だから貴方は私に触れられた感触が無くなります。
私は、そんな存在。
光子の存在なのです』
少し寂しそうに微笑んで彼女はクライドを見つめた。
何度も感じてきた世界と自分との関係を改めて確認しては、
彼女は心の中で溜息をつく。
こんな自分は、初めて出会う『人間』にはどう思われるのだろう?
そう怯えながら、ついた溜息だった。
「君は俺に、任意に干渉出来るのに、
俺は君には触れられないって事なのか?」
クライドは目の前で起きた事を言葉で確認し、
理論的に今の事象を把握しようとした。
『ええ、そう…です…』
プリメーラはクライドの正しい認識に、ただ肯定の言葉を返す。
クライドは、そんな今の状況で、彼女から感じた存在感、
その存在感にクライドの知り得る知識の中で最も似ているモノを
無意識の中から探り出し、思わずそれを口にしてしまった。
「ええっと…つまり幽霊?」
クライドは、こんな大銀河宇宙時代の中で、
最も不適切に思える言葉、あるいは概念を思わず口にしてしまった。
自分で言って、自分で反射としてその単語に眉をひそめるクライド。
そんなクライドの言葉に、そこまでは落ち着いていたプリメーラも
流石に驚きを隠せず目を大きくさせてクライドを見返した。
(え!? ゆ、幽霊って何!?シード!
私そんなの知らないよっ 何!?)
彼女は自分の知識外の言葉を相手に口にされ、
外面は平静を装い続けたが、内心は慌てまくって、
連れ添いに初めて聞く言葉の意味を尋ねた。
(ゆ、幽霊…
あー、あーー、あーーーー、
この状況を、そう解釈する論法もありましたかーー
あーーーー、言われてみるとそうですねーーー
姫様を『幽霊』といわれると、確かに似てますねーー)
そのシードと呼ばれた連れ添いも、
流石に自分の所有していた知識空間とは
全く異なった知識空間の言葉が飛び出して来た事に、些か狼狽した。
(ちょっと、幽霊って何なのシード!)
そんな初めて見る、長い付き合いの連れ添いの
狼狽と頼りない応答に、本気で慌て出すプリメーラ。
(えーっと、どう説明すればいいんですかねぇ…
えーっと…、いわゆる一般の人というのは
死んでしまうと、体が無くなるんですが…
魂というか、心の様なモノだけは残る…という
荒唐無稽な思い込みがありまして…
生きたままの姿で触れられず、透き通り
心と言葉だけが発っせれて、時に相手にも触れられる
死亡状態存在があって欲しい、ないかなーーーという願望で
妄想された死者の状態を『幽霊』というのです…)
シードと呼ばれたそれは、いつもよりかなり不明瞭に
自分の主にその言葉の意味を伝えてみた。
(えーっと、心があって触れられなくて、
相手には触れられたら、幽霊っていうの?)
彼女は連れ添いの言葉をかいつまんで理解して、
それを念波で確かめる。
(まー、大雑把には…)
(じゃぁ、私って幽霊なんじゃないの?
その条件に当てはまってるんじゃない?…)
(いや、姫様、死んでませんよ…
生きてた人間が死んでしまって成る状態の事を
『幽霊』っていうんですから…)
(死んでそうなっちゃうと『幽霊』っていうの?)
(えーっと、そんな現象が本当に観測された事がないんで
死んだ人に、もう一度会いたい人が
そんなモノ、ないかナーって、あって欲しいナーって願った
願望の果てに、生み出された言葉なのです…)
(ちょっと、今の私には複雑すぎるよ、その言葉!)
(うーん、でもまぁ、確かに似てるんで…
死んだ人という所以外は、そうかも的な対応でもいいのかも…
言われてみれば、確かに、言い得て妙かと)
(もう、シードの役立たずーー!!)
と、そんな二人の念波会話が、その時、交わされたのだが、
あまりの不測の事態に、対応する時間が十分ではなく
シードは、この理解の為の時間速度を光速伝達空間に変換し
1秒の時間を、更に短く時間分割して、
マイクロ秒単位で、これらの言語のやり取りをして、
プリメーラに『光速理解』を施した。
そして、その光速理解の時間圧縮であり
彼女らにとっては時間伸張であった、次の瞬間には、
また落ち着きを取り戻し、少女は静かな口調で囁く。
『幽霊なんて言葉で、
私を認識されるとは思いませんでした…
びっくりです…
…………
でも、言い得て妙ですね…
そうですね…
私は、貴方の言うように幽霊なのかもしれません…
我が、汎銀河帝国の技術で作り上げた
汎銀河帝国科学が作り出した究極の存在。
それが複素光子体存在。
でもそれは貴方の言うように、幽霊なのかもしれません
ただ、死んではいませんけれどね…』
そう返して、苦そうに彼女は微笑むしかなかった。
「汎銀河帝国?」
そんな彼女の返事の中に、驚く様な単語が現れたので
クライドは真剣な顔になって、より眉をひそめた。
『はい、我が汎銀河帝国…
私は汎銀河帝国の最高の技術によって
この銀河で最強の肉体を持っているのです。
それが、私、複素光子体存在です…』
プリメーラはそう返して、また哀しそうに微笑んだのだった。
と、続きを掲載しながらも…実は作っている間に、「ある問題」に気付き、
この本編を続けていっても、当分、世界感が摑めない事がわかり、
先に世界感の雰囲気を掴む為の「外伝」を書かないと駄目だという事になって、
外伝を同時に書く事が決まったので、外伝となっている『戦場に咲く華』の方も
読んでいただけると幸いかと…
また、この惑星の大気を文章改修中に冷静に科学考察してたんですが
熱核兵器程度で、ここまで更地に出来るモノか? というのと
一端、テラフォーミングした惑星なら、莫大な量の水が消えるのもおかしいので
もしかして逆に、大気の湿度は高いんじゃねーかなー?
温暖効果で、200~300度みたいな、金星の様な温度になるのなら…
と、地下水になってたり、氷になってたりと、書き直してみても
そこに未だに疑問が残ってます。
最初の湿度0%よりは、まだ逃げの余地を作りましたが…
それぐらい大気層があるのなら、α線とβ線の宇宙放射線(太陽風系)
は、大気の方が吸収する様な気もするので、
地磁場での流体場バリアと、大気バリア、
どっちの方がバリアとして効果が高いのだろうなー?と考える次第
この惑星は地磁気あるんで、紫外線系の脅威度が高いだけですが
月に入植コロニーを作る事を考えると、地磁気バリア無いんで
どんだけの、大気層バリア、あるいは、水槽バリアが必要なんだろーと
リアル、月面植民コロニーに必要な建物スペック、考える次第でございます。