あと6日
――呪いの日まで、後六日――
狐色に染まった生地を見ながら、ルクロはクリームを泡立てた。両面の色を確認してから生地をおろす。まだ湯気の起つそれにナイフを入れる。最初はサクっと入ったが、中に行くにつれ、もちもちに変わり中心部ではふわっとしてゆく。どうやらうまく焼けたようだ。小さく切った生地を口へ放り込む。
うん、ばっちり。ああ、焼き立てには敵いませんよね。
焼き立てのワッフルと容器に入れたホイップクリームを紙袋に入れると、ルクロは家を出た。すぐ隣の果物屋を覗く。今日もアリサは店番だと聞いていたのだが、彼女は店先にはいなかった。正確に言うと店には誰もいなかった。しかし店が閉まっているわけでもない。
「すいませーん……」
恐る恐る声をかけてみる。
やはり反応はない。しかたがないので居住部分のある店の奥に向かう。
何かやましい気がして扉を少しだけ開け、中を覗き見る。すぐ見える位置にアリサはいた。しかし、ルクロへは背を向ける形になっており、気づいていない様子である。
アリサの視線の先には大鏡。鏡越しのアリサの表情は真剣そのもので、ルクロは思わず声をかけるのを躊躇ってしまった。
やがて腰に手を当て、仁王立ちしていたアリサが動き始めた。足を交差させ腕を組み、少し腰を倒して胸元を強調する。
「……大人っぽいっていうよりただの痴女よね」
独り言を言いながらポーズを解き、今度は少し内股気味になり手を前で組む。
「落ち着いてる……っぽいけどこれはなんだか……うう、むずむずする……」
恰好はそのままで少し上目遣いにしたりともじもじしている。
「いや! でもこれはこれであ……り」
そこで初めてアリサと鏡越しで目が合う。アリサはそのまま人形のように固まった。ルクロはさっと背筋が冷たくなり、慌てて後退しようとする、が。
「動くなッ!」
振り返ることすらなく叫んだアリサの声に前進することを余儀なくされた。扉を大きく開け、挨拶をする。
「お、おはようございます」
「いつからいたの」
「に、仁王立ちしていたあたりから、ですかね」
みるみるうちにアリサは全身上から下まで真っ赤になった。
「今あったことはすべて全部何から何まで何もかも忘れてしまいなさい!」
「は、はぁ……」
「で、どうしたのよ」
くるりと振り返ったアリサは腕を組みながらぷいと明後日の方を向いている。ルクロとは目も合わせてくれない。
「い、いや、あの、昨日焼けなかったのでワッフルを……」
紙袋を見せるとアリサは急にぱぁっと笑顔になった。
「え、ホント!? もー、だからルクロって好きなのよ!」
「さっき焼いたばかりなので暖かいうちにどうぞ」
袋を差し出す。アリサは受け取るとすぐに袋を開き、中のワッフルを口に咥えた。
「ううん、ふわっふわ……やっぱり焼き立てが一番よね。何もつけなくてもこんなに美味しいんだもの」
「中にホイップクリームも入れておきましたからよかったら一緒にどうぞ」
「うん、ありがとう!」
これだけ喜んでもらえるとこちらとしても作った甲斐がある。どうやら機嫌も直ってくれたようだ。
「何していたんですか、今」
アリサはワッフルを喉に詰まらせかけ胸を叩いた。じろりとルクロの方を見る。
「忘れなさい……って言ったわよね?」
どうやら踏んではいけない部分だったらしい。ワッフルくらいで完全に機嫌が直ったと思ったのが浅はかだった。
う、と後ずさりすると、アリサは小さく溜息をついて気恥ずかしそうに言った。
「レヴィアさんって綺麗で、大人っぽくて凄く落ち着いているじゃない?」
こんな時にレヴィアが何か関係があるのかと首を傾げる。
「ええ、確かに僕達とそう変わらなく見えるのに凄く大人ですよね」
本当は同じように見えるのは見た目だけで実年齢は凄く離れているのだが。
「それがどうかしたんですか?」
今度は、はあぁとわざとらしい大きな溜息をついて言う。
「だーかーらぁ……羨ましかったのよ! 私もレヴィアさんみたいになりたかったの!」
そう言うと照れを隠すように二個目のワッフルを咥えた。
「何だ、そんなことだったんですか」
「そんなことじゃないわよ! 女の子には切実なことなんだから!」
女心というのは分からないものである。人それぞれ個性があるからよいと思うのに。だからルクロは思ったことを素直に言った。
「でも、アリサさんは今のままで十分素敵だと思いますよ。レヴィアさんはレヴィアさん、アリサさんはアリサさんなんですから。無理矢理落ち着いたように振舞うより、僕は今の元気で明るいアリサさんの方が好きだな」
嘘偽りのない言葉だったが、アリサの顔は先ほどのように真っ赤になっていた。
あ、あれ、また怒らせちゃった!?
「そ、そう? ホントに? ホントにそう思う?」
「え? ええ、そう思います。その方がアリサさんらしいですよ」
アリサの口元がにへらと緩む。
「えへへ……そう、かな? そう、だよね!」
どうやらアリサは怒っているようではないようだ。
ほっとしたルクロはここに来たもう一つの用事を切り出した。
「アリサさん、一つお願いがあるんですけど」
「うん? なあにー?」
「苺とかバナナとかってあります? 少し売って欲しいんですけど」
アリサはぴたっと止まった。視線がもう一つの紙袋に移る。
「……それ、レヴィアさんにあげるの?」
「ええ、冷めちゃうのでこっちはクリームとか果物とか乗せて食べてもらおうかなって思いまして」
無言で何か考えるアリサ。
「でも、焼き立てを私に一番に持ってきてくれたのよね」
「……? はい、やっぱり焼き立てが一番美味しいですからね。レヴィアさんは残念ですけれど」
「うん、今日は許すっ」
何のことかよくわからなかったが、結果的に喜んでもらえたようでルクロは安堵した。
ルクロは片手に紙袋、もう片手に果物の山を抱え、通りを歩いていた。本当はワッフルに乗せる分だけなのでほんの少しでよかったのだが、なぜかアリサがいつも以上にサービスしてくれたのだ。
「しまったなぁ……半分くらい置いてから行けばよかった」
脇に抱える果物の山を見て思う。もちろんワッフルに乗り切らない分はそのまま食べてもいいのだが、レヴィアと二人で食べるにはあまりに量が多かった。かといってもう丘までは後一息のところまで来ている。
ルクロが困っていると通りにある商店の一つから半身を出し、手をブンブンと振っている物体を見つけた。バートンである。バートンはこちらに走ってくる。
「やー、ルクロ君、よく会うねぇ!」
「こんにちは、バートンさん」
「どうしたんだい、そんなにいろいろ抱えて」
訳を話すとバートンはにやにやする。よく意味が分からないルクロはバートンにもワッフルを勧めた。
「バートンさんもおひとつどうですか?」
「いや、俺はいいよ。それはもう一人の彼女の分だろう?」
レヴィアのことだろう。一緒に食べようと自分の分も入れておいたのでワッフルは余分に入っていたのだが、バートンは、
「俺は重くて持ってるのが大変そうなこっちをいただくよ」
そう言って果物の山から林檎やバナナをいくつか取り上げた。
「バートンさん、よかったら残りも先生のとこまで持っていってくれませんかね」
「ああ、いいよ。どうせバレスさんのところにはこれから行くところだった」
果物のほとんどをバレスに渡す。紙袋に入る程度の量になったおかげでルクロはかなり身軽になった。
「しかし、これは凄い量だねぇ」
「ええ、何だか今日のアリサさん、妙に機嫌よくて」
バートンはくく、と笑い、
「キミも本当に罪な男だよ。昔の俺を見ているようだ」
林檎の一つにかぶりついた。ん、甘い、と声をあげる。
「なんのことですか?」
「またまたぁ」
バートンはルクロの耳元で囁く。
「で、アリサちゃんとレヴィアちゃん、どっちが本命なんだい?」
「なッ」
ルクロは昨日を思い出した。昨日はあれからレヴィアとルクロの関係についての話題で持ちきりだったのだ。いきなりバートンが、「ルクロ君とはどこまでいったんだい?」と言い出したときにはいくら疎いルクロでも紅茶を吹き出しそうになってしまった。レヴィアはレヴィアで「ああ、村をあちこち歩いたよ」などと言い、その後の質問にものらりくらりとうまくかわしていたが、ルクロはレヴィアが言葉を発する度にどんなことを言うかやきもきして気が気でなかった。
「だってさぁ、レヴィアちゃんと話していても埒があかないしさ。やはりここは当人に聞くのが一番かなと」
「もう、からかうのはやめてくださいよ。昨日の話聞いていたでしょう? たまたま村で最初に会ったのが僕だったから懇意にしてもらっているだけで、そういう目では見てもらえていませんよ」
ルクロは本音をありのままに話した。
「アリサさんとだって姉弟みたいなものなんですから。アリサさんの方も僕のことなんか弟としてしか見ていませんって」
「ふぅん……かわいそうに」
「何のことですか」
「ご想像にお任せするよ」
仰々しく肩をすくめるバートン。ルクロには意味がよく分からなかった。
「ま、照れる気持ちもわかるけどね。あんな美人達に板挟みに合っていたらな」
だが、これだけは分かる。バートンは何も分かっていない。
どう否定していいか迷っていると、先ほどまでバートンがいた店から店主が出てきた。店主はこちらを一瞥し、眉をひそめると何も見なかったかのようにバートンに声をかけた。
「おい、アルベルト、忘れモンだぞ」
店主がひょいと布袋を投げる。果物の山を抱えながらもそれを大袈裟に受け取るとバートンは格好をつけた。
ルクロの心臓が跳ねる。店主は今、確かにバートンのことをアルベルトと呼んだのだ。母の日記に残されていた誰か分からなかった三人目のあの名前を。
「おーい、ルクロ君、ノリ悪いぞ。そこは俺を褒め称えるとこだろーう?」
「今、店のおじさん、バートンさんのことをなんて呼びました?」
ん、と最初は訳が分からないような顔をしていたバートンは、すぐに思い出したかのように笑う。
「もしかして知らなかったのかい? そうか、この村じゃバートンで通っているからなぁ。実はバートンは愛称なんだ。俺の本名はアルベルト・ハスター。どうだ、格好よすぎる俺の本名に声も出ないかい」
声が出なかったのはもちろんそのせいではない。バートンの本名がアルベルトということは十一年前、母に会っていたのは彼だった可能性もある。思いがけない新事実に考えることが多すぎて、一瞬頭が真っ白になったのだ。ルクロは確信を持つため擦れながらの声でバートンに問う。
「僕の母を、覚えていますか」
「ああ、覚えているよ。あの頃は独り立ちしてまだ数年でねぇ。右も左もわからなかったところをいろいろと世話してもらったんだ。ルクロ君は覚えていないかもしれないけど、小さかった君ともよく遊んであげたんだぞー……ってどうしたんだい? 怖い顔して」
「い、いえ、なんでもないです! 僕そろそろ行かないと」
「ああ、呼び止めてすまなかったね。果物ありがとう」
バートンと別れたルクロは早足でレヴィアの元へと急ぐ。ルクロは思い出したのだ。当時のことを。あの日、母が大好きな紅茶をどうしても淹れてあげたかった幼いルクロは身近な大人に手伝いを頼んだのだ。間違いない、母の日記に書かれていたのはバートンのことだ。バートンは昨年の被害者、マーティンとも呪いの日の前に会っている。奇妙な偶然にルクロは言い知れぬ恐怖を覚えた。
丘に着いたルクロはレヴィアにバートンのことを話すと、すぐに二人で聞き込みに回った。ルクロはバレスの元に、レヴィアは他の被害者の遺族の元に。二人が丘に戻ってきた時には日は傾き、すっかり夕暮れになっていた。
「……まさか、こんなことになるとは」
「……ああ」
情報を交換した二人は息を呑む。二人が調べた限り、バートンは被害者全員の下へ亡くなる直前に現れていたのだ。
「エミルの母上に聞いたのだが、バートン殿は当時もルクロ達にお菓子をあげたりとよく相手をしていたらしい」
段々と記憶が甦る。二人で砂浜を駆けているところに声をかけるバートン。以前から馴染みのあった幼いルクロは何の疑いもなく接する。間もなくルクロ経由でエミルもバートンと仲良くなっていた。よくやっていたのは二人してバートンを海賊に見立てた戦争ごっこだ。幼い二人は海に出ることに憧れ、海での悪役と言ったら海賊だと相場が決まっている。三人はバートンの商いが終わる昼過ぎから夕暮れまで砂だらけになりながら遊んだ。時には日も完全に落ちてしまうまで遊んで、三人してエミルの母とバレスに雷を落とされ、時にはバートンとも一緒にエミルの家で食事をよばれたりなどもした。とても楽しい一週間だったのだ。なぜ、今まで忘れていたのだろうか。
「商店の店員だったイザークもそうだ。あそこは当時、バートン殿の一番のお得意様だったという」
ルクロは全身の血の気が引いていく感覚に襲われた。
「せ、先生もおっしゃっていました。バートンさんが商人の弟子として初めてこの村にやってきたのは十五年前、最初の呪いの日の翌年だと」
確かにバートンは被害者達の前に現れている。だが、バートンはこの時期を狙ってやって来る商人だ。顔も広い。彼が会っているのは被害者だけではないのだ。村のあちこちで顔が効くバートン。たまたま彼の会っていた中に被害者も含まれていた、とも考えられる。ルクロはそのことを話す。
「ルクロとの関係以外で、初めて見つけた被害者達の共通点だ。無視するわけにもいかないだろう」
「それは、そうなのですが……」
ルクロはバートンを疑いたくはなかった。常におどけていて捕えどころのない男ではあったが、幼い頃からの知人の一人なのだ。そんな様子を見かねてかレヴィアが言う。
「何もバートン殿が呪いを起こしていると決め付けているわけではない。だが被害者全員とバートン殿との間に接点があったのは間違いないんだ。ただの偶然だと決めるのは話を聞いてからでも遅くない」
レヴィアの言うことももっともだ。だが、本意でないとはいえ、知人を疑うような真似をしなければならないと思うとルクロは無意識に拳を強く握っていた。くしゃりと紙袋の潰れる音がする。
「あ……」
思いがけない情報でバタバタしていたため、ルクロはワッフルのことをすっかり忘れていたのだ。
「どうしたんだ」
レヴィアの怪訝そうな顔を尻目にルクロは静かに袋を開く。やってしまった。果物はこの炎天下ですっかりしなび、クリームは溶け、とても食べられたものではない。かろうじてワッフルの方は問題なさそうだったが、冷め切った上に時間も経ち過ぎていたため、そのまま差し出すのは後ろ髪を引かれる状態だ。
「もしかして、私のために焼いてくれたのか?」
いつの間にかレヴィアが袋の中を覗きこんでいた。慌てて紙袋を背に隠す。
「い、いや、これはなんでもないんです。そ、そう、失敗作で! 後で捨てようと思っていたのを忘れてて」
ルクロは我ながら下手な言い訳だなと思った。
「捨ててしまうのか、もったいない。せっかくなんだ、一つ私にくれないか?」
「今度焼き立ての物を持って来ますから、ね?」
せっかくレヴィアに差し出すのだ、どうせなら一番の出来のものを食べて欲しかった。昨日あれだけ楽しみにしていたレヴィアにこんなものを食べさせてがっかりさせたくなかった。
「そんなことを言うな」
レヴィアがルクロの後ろに回りこむ。
ルクロはくるりとレヴィアの方へ振り向く。
回りこむ。
振り向く。
回りこむ。
振り向く。
回りこむ。
振り向く。
「どうしても渡したくないようだな」
「だ、だからそう言ってるじゃないですか」
「わかった」
ルクロはほっと息をつく。
「なら、こうする」
「うわあぁ!」
ルクロが声をあげるのも無理はない。いきなりレヴィアが正面から抱きついてきたのだ。柔らかなものがルクロの胸にあたり、ルクロの思考が止まる。
「ルクロ……」
「れ、レヴィアさん……?」
レヴィアの肌はとても暖かかった。対してルクロはというと、暖かいというよりひどく熱かった。以前も似たようなことがあったが、状況が違うとこうも感じ方が違うのだなとルクロは思い知った。とにかく頭が働かない。どうにかしなくてはという思いだけが先行し、何をしていいかはちっとも思い浮かばない。体はガチガチに緊張し、ぴくりとも動かせなかった。
レヴィアはルクロの背にしなやかに指を伸ばすと耳元で囁く。
「いただいたぞ」
「え?」
レヴィアはすっかり緩みきったルクロの手から紙袋を取り上げると、
「ふふ、回り込んで駄目なら正面から行くだけだ」
悪戯っぽく笑った。
やられた!
「返してください!」
ルクロの懇願虚しく、袋は開けられてしまった。
「なるほど、今日は特に暑かったからな」
「……でしょ、そんなの食べたらおなか壊しちゃいますよ」
「だが、ワッフルならば大丈夫だろう?」
そう言うと中から一つを取り出し、口に咥えた。
「あ……」
もぐもぐと咀嚼するレヴィア。ごくりとそれを飲み込む姿を見て、ルクロもごくりと息を呑む。
「うまいじゃないか。どこが失敗なんだ」
レヴィアは微笑んだ。
「お世辞はやめてくださいよ。そんな時間が経ってぱさぱさになっちゃったやつなんかが美味しいはずありません」
「そうなのか?」
「そうです」
「これが、もっと美味しくなるのか」
「えっ?」
「冷めた状態でこんなに美味しいのだから、焼き立てならもっと美味しいのだろう? ああ、私は幸せ者だ、これよりもっと美味しい物が食べられるなんて」
「な、何言ってるんですか」
「ま、まさか、もう私には焼いてくれないのか?」
急に不安そうな顔になるレヴィア。
「馬鹿なこと言わないでください! 今度はそんなのなんかとは比べ物にならないくらい美味しいやつを作ってきますから」
「そうか、楽しみにしているぞ」
レヴィアの顔から笑みがこぼれた。
それから二人して夕陽を眺めながらぱさぱさになったワッフルを食べた。やはりワッフルは想像通りの味であったが、レヴィアは本当に美味しそうに食べてくれた。
「果物には悪いことをしてしまったな」
さすがにからからに萎びた果物には手を出さなかった。
「うちにもまだありますから、よかったら食べに来てください」
「そうだな、ルクロのところまで行けば焼き立てがすぐに食べられるものな」
ルクロは果物のことを言ったつもりだったのだが、レヴィアの頭の中ではいつの間にかワッフルに置き換わっていたらしい。よほど楽しみにしてくれているんだなと思うと、やる気が込み上げてくる。あんなにたくさんあった喉の通りの悪いワッフルはいつの間にか最後の一つになっていた。それをレヴィアがつまむ。クッキーの時も思ったが、こうやって美味しそうに物を食べるレヴィアの姿はとても人間味を感じられた。今は神となってしまったが、レヴィアもルクロと同じ人間だったのだ。
「ごちそうさま」
最後の一口を飲み込んだレヴィアが小さく頭を下げる。
「ルクロ、美味しかったぞ、ありがとう。次も楽しみにしている」
次、か。
ルクロはふとバートンが言ったことを思い出した。
『そうして謎を追い求めて今度は君が犠牲になったらどうするんだい』
ルクロは今まで、自分が死ねばもしかしたら呪いは終わるのかもしれない、そう思っていた。ただ、自らの命を絶つ勇気がなかっただけなのだ。だからバートンのその言葉を聞いたとき、そうなったら仕方がない、と思った。それで呪いが終わるのならば自分も報われるだろうな、と。だが、今は違う。
「こんな時がずっと続けばいいのに」
想いが口から漏れた。
「うん?」
「二人でこうやっていろんなことを話したり、じゃれあったり。この平和な一時がずうっと続いたらいいな、って」
「それは無理だな」
意外なレヴィアの返答にルクロは少し落胆した。それもそうである。バートンという新たなきっかけこそ見つかったものの、事態は何も進展していないのだ。このままでは無理だと叱咤を受けるのは当然だ。
「百年も経てばルクロは死んでしまうだろう?」
にやりと口端を上げるレヴィア。
そういうことか、こっちは真剣に反省したというのに意地悪な。
「そりゃ、僕だって普通の人間ですからね、ずっと生きてはいませんよ」
思えばもう少し言い方があったかもしれないが、ルクロはしてやられたような気がしてつい棘のある言い方になってしまった。
ふっと弱々しい笑顔になったレヴィアを見てルクロはしまったと思う。
「ああ、そうだ。私は神、お前は人。ずっとこうやっていることは不可能だ」
「じゃあ僕が死ななければ大丈夫だってことですよね」
何でそんなことを言ったかは自分でも分からない。ただ、本当に次も、その次も。この先ずっとこうしていたい、そう思ったのだ。そうするためには――生き続けるしかない。できる根拠は何もない。だが、何としてでもやって見せるという自信はあった。
「レヴィアさんが死ぬまで、僕も死にません」
レヴィアは目を丸くしていた。
「私は神だぞ? このまま死というものがないのかもしれない」
「あはは、じゃあ僕も死ねませんね。あ、ほら、でも、そうしたらずっとこうやっていられますよ」
「一体どうすると言うんだ」
「そ、それはこれから探します! レヴィアさんがこうやって神様になっているんだから僕だって神様になれるかもしれませんし。それに他の方法だってあるかもしれません!」
「ルクロが神……か」
何かを思い浮かべたレヴィアは小さく吹き出した。
「ルクロが神になるとしたらお菓子の神だな、うん、そうだ。そうに違いない」
くくく、と声を抑えて笑うレヴィア。
「もー! 僕は本気ですよ、レヴィアさん!」
「ああ、分かっている。期待しているぞ」
それからレヴィアは珍しく、別れるまで笑顔を崩さなかった。