あと7日
久しぶりの更新です。鈍速ですが完結まではなんとかアップロードできれば。
――呪いの日まで、後七日――
「僕が調べたのはここまでです」
目の前のルクロはメモ書きを置いた。
「情報は集まってきましたが、解決への糸口はまだ……と言うのが正直なところですね」
二人はいつもの丘で昨日の情報を整理していた。
「そうか」
レヴィアは草地に広げた自分のメモを見る。
レヴィアが昨日調べたのは、呪いの日に死ななかった三名のことだった。しかしルクロの叔父シルガと祖母フロンは既に親類がほとんどいなかったため、これといった情報は聞き出せなかった。そんな中、六年目の被害者エミルは実母から話を聞くことができたのだ。
エミルはルクロと同い年で、海岸の近くに住んでいた。元々、海で遊ぶのが好きな子供だったようだが、同じく海岸に通うルクロと気が合い、親しくなったらしい。
「ああ、そうなんですよ、エミルはよくあの浜で貝殻を拾って遊んでいました」
ルクロが口を挟む。視線の先は崖下の砂浜だ。
当時は五年も続けてルクロの身内から犠牲者が出て、ルクロが呪いの子と呼ばれ始めた頃だったそうだ。気味悪がる村人も多かったが、未だルクロに同情を寄せる村人も少なからずいた。エミルの母もそんな一人だったのであえて何も言わずにいてくれたのだという。二人は秘密基地と称して海岸の端に木と葉で作った小屋のようなものを建てたり、そこにおもちゃやお菓子を持ち込んだりして一日中遊んでいた。
しかし、平穏は長く続かない。
呪いの日を十日後に控えたその日、エミルは小屋の中で倒れているのを浜辺にやってきた商人によって発見される。
すぐさまバレスによって適切な処置が行なわれたが、その甲斐なく四日後に死亡した。呪いの日より六日も前のことである。
「エミルは最も死亡日にズレのある被害者だ。何かここだけ異質なものを感じるのだが、彼について覚えていることはあるか?」
ううん、と目の前で思案するルクロ。どんなに身を粉にして調べた結果も、結局はルクロの記憶に頼る羽目になると思うと歯がゆい気持ちでいっぱいだった。
「仲がよかった記憶はもちろんあります。けれど、僕も小さかったですから……」
「そうか……」
そんな都合よく昔を思い出す方が虫のいい話だ。
数少ない異端な被害者に何か解決の糸口があるかと思ったがなかなかうまくいかないものである。
いや、落ち込んでいる暇はないな。この視点で駄目なら他の視点で攻めるまでだ。
ルクロとの関係以外で十五人に共通すること、またそうでないことに法則性が見つかれば謎を解くきっかけになるに違いない。
そんなことで頭を悩ませていると、ルクロが口を開いた。
「レヴィアさんに聞きたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「レヴィアさんの他に神様っているんですか?」
唐突な質問に一瞬頭が真っ白になった。今まで考えたこともなかったのだ。
「レヴィアさんが呪いを起こしていないのも、起こす気がないのも、起こす力がないのも分かります。でも、他に神様がいるとしたら、特定の日に人を殺すことができる力のある神様もいるのかなぁ、と思いまして」
確かに、超常的な確率で人が死んでいるのだ。まず疑うべきは同じ超常的な力を持つものに寄ると考えるのが自然である。
「そうだな……」
ルクロが次の言葉を待っている。その期待に応えられないと思うと、口を開くのが躊躇われた。
「実は、私も知らないのだ」
「え?」
ルクロが目をぱちくりとさせていた。
「私の力も限られているから、他の方向の力を持つものや、私よりずっと万能な神が居てもおかしくはない。だが、私は今までに自分以外の神に会ったことがないのだ。世界に私一人だけ、ということは考えたくはないのだが、それもないとは言い切れない」
無意識の内に口が自嘲的に歪んでいた。あれほど一人には慣れていたはずなのに、心の奥では否定したかったのだろうか。
慌てて表情を戻し、ルクロを見る。目が合ったルクロは穏やかに微笑んだ。その笑顔に口が緩みそうになるのを堪える。
「可能性がないわけではないだろう。だが……推測で動くには時間が足りない」
いるかいないかすら分からない神を犯人と決め付けて探すにはあまりにも無謀すぎる。それで本当に神様がいて、相手の強行を止められ、呪いを止めてもらう。そんなことは絵空事でしかない。そもそも原因すら分かっていないのに神が犯人だと決めるのが早計だ。考えることが多すぎて、どこで落としたかも分からない亡くし物を探している気分だった。
「そうですよねぇ……」
ルクロが気を落としたかのように息をつく。しかしすぐに態度を切り替え言った。
「よし、お茶にしましょう」
二人は丘を降り、バレスの家に向かって歩いていた。相変わらず村人の視線は厳しいものである。一人で歩いていたときよりも忌々しさを強く感じる。呪いの子と呪いの日間際に現れた旅人が二人連れ添って歩いているのだ、村人にとっては勘繰るなというのが無理な話だろう。
「もう、みんな相変わらず酷いなぁ」
ルクロはそんな様子も意に介さずいじけた子供のようにぼやいていた。出会った頃の弱々しい作り笑いはもうない。
この一週間でルクロは本当に変わったと思う。出会って間もないレヴィアがそう思うのだ。付き合いの長いアリサがあんな風に疑うのも当然だろう。だが、自分は何もしていない。事実、呪いの究明を手伝うと言っておきながらこの体たらくだ。ルクロが強くなったのは、ルクロ自身の成長なのだ。レヴィアはそう思っている。ただ、時折見せる不安げな表情だけがレヴィアの心配の種だった。
「レヴィアさん」
そんなことを考えてぼうっとしていたのだろう。いつのまにかルクロがこちらを向いていることにも気付かなかった。
「な、なんだ」
「それはこっちの言葉ですよ。どうしたんです? さっきから僕の方ばかりずっと見て」
顔が酷く熱くなった。
「い、いや、なんでもないぞ」
「本当に? 何だかレヴィアさんボーっとしてますし、考えすぎで知恵熱でも起こしたんじゃないですか?」
そんなことを言いながら顔をぐいと近づけてくるルクロ。
「うん? 何だか本当にちょっと顔が赤いような」
「そんなことはない!」
えー、等と言いながら困った顔をするルクロ。レヴィアは体温を下げようとするのでいっぱいいっぱいだった。
「もう、そんな怒ることないじゃないですか。冗談ですよ、冗談」
冗談? 何がだ?
「知恵熱なんて言ったことは謝りますから、機嫌治してくださいよ」
……そういうことか。
レヴィアの火照りはそこでようやく少し冷めた。
「私は神だぞ、簡単に病にかかるなどありえない」
「でも確かにレヴィアさん熱っぽい感じがしたんですけどね」
「ありえない」
「いやでも……」
その後もする、しないの論争を続けていると不意にがっしりとした腕にルクロの肩が掴まれた。
バレスでもアリサでもない。
今までにありえなかった事態に背筋がすっと寒くなる。
慌てて振り返るとそこには見知らぬ男が立っていた。にたにたと笑うその男にレヴィアの防衛本能が瞬間的に働く。レヴィアはルクロの肩に手を乗せるとぐっとルクロを引き寄せ、残った右手で勢いよく男を突き飛ばした。
「走るぞ!」
まるで後転するかのようにごろごろと回る男を横目にルクロの手を引く。しかし、ルクロは走るどころか男の下へ戻ろうとしていた。
「ルクロ、何をしている!?」
「え、えーっと……一応、知り合いでして。アレ」
アレと呼ばれた男は往来で仰々しく大の字に倒れていた。
「真に申し訳なかった!」
レヴィアは両手をテーブルにつき、大きく頭を下げた。
机の対岸には先ほどの男。男とレヴィアの隣にはそれぞれアリサとルクロが座っている。
「あははははは! 傑作すぎる! ひー、お腹痛い……」
アリサは先ほどから笑いっ放しである。
「いやいや、気にすることないよ。君のような美しいお嬢さんとお近づきになれただけで俺は十分さ……」
「とまぁこんな感じで若干ウザい旅商人のバートンさんです。怪しさ満点ですがギリギリ人なので掌底はほどほどにしてあげてください」
呆れた様子のルクロ。ルクロの話に寄れば彼はこの時期に村を訪れる商人なのだという。
「君達、もう少し大人を敬うということをだな」
「どーせ、レヴィアさん見て鼻の下伸ばしてたんでしょう。大人が聞いて呆れるわよ」
直も腹を抑えているアリサ。
「いやあ、ルクロ君が変わった人と歩いているから紹介してもらおうと呼び止めただけなんだがなあ」
バートンはぽりぽりと頬を書いた。
「だからって抜き足で近づくの止めてくださいよね。僕も掴まれた瞬間凄くびっくりしたんですから。まあ、その直後の吹っ飛びようの方がびっくりしましたけど」
「あははは、私も見たかったぁ、バートンが転がる様」
「バートン殿、本当にすまなかった」
先ほど冷めたはずの熱は顔だけではなく全身を覆っていた。穴があったら入りたいとはこのことだろう。
「気にしないでいいですよ、レヴィアさん。私なんか六歳くらいから口説かれてるんだから。女と見たら手当たり次第、自業自得よ、このオヤジは」
「今回は本当に違うんだけどなぁ」
肩を落とすバートン。ぞんざいに扱われているバートンに少し同情した。
そこに足音が近づいてくる。
「ほっほ、最近は客が多いのう。今度は誰……なんじゃ、バートンか」
「これはこれはバレスさん。まだ生きていましたか!」
「ルクロの子を見るまでワシは死ねんわい。お前こそ今年は来るのが遅かったから、てっきり旅の途中で狼にでも喰われたかと思うたよ」
「ああ、バレスさんまで……この村には敵しかいないッ!」
バートンはよくも悪くもルクロ達と馴染んでいた。ルクロの話によると、バートンは村中誰に対してもこんな調子なのだという。道化を演じることで村人からの警戒心を解こうというのだろうか。この時期に商売をしようとするなら村人に信用されなければならないのだ。ありえないことではない。そう考えるとバートンは中々頭の切れる男なのかもしれないとレヴィアは思った。
「ああ、悩んでいるあなたも素敵ですね……」
と、同時に考えすぎのような気もした。
「ところでバートン、麻酔はないかね。残りが少ないのじゃが」
「おお、ご入用ですか? もちろんもちろん、セージやマジョラムといった薬草なんかもありますよ」
「ほぅ」
「このあたりじゃ潮風がきつくて育てるのも大変でしょう? 後で持ってきますから是非見てください」
「そうさせてもらうかの」
「バートン殿は医薬品の商人なのか?」
バートンがにかっと笑った。
「よっくぞ聞いてくれました! このバートン、特定の物に限定しない、何でも屋でござーいぃー。お客様の必要に応じて極上の毛皮から香辛料まで何でも揃えてみせましょう!」
自信ありげに胸を叩くバートン。
「届くのは来年だけどね」
アリサの突っ込みにげほげほとむせ返していた。
「失礼だな。皆の欲しい物は大体予測して揃えて来てるじゃあないか」
「何を言うか。今でこそマシにはなったが、昔のお主の商品といったらそれはもうひどい物じゃったぞ」
「う……ぐぅ」
「でも、ここ数年の品揃えはなかなかいいと思いますよ。遠方の珍しい食材とかも揃ってますし、ちょっと楽しみだったりします」
「そうだろ!? そうだよな!?」
バレスがルクロの両肩をつかみ前後に揺らす。
「ああっ、ルクロ君、俺のことを分かってくれるのは君だけだよ!」
「……はぁ」
ルクロは傍目で見ても分かるくらいに嫌そうだ。
「そうだ、そんなルクロ君にこれをサービスしよう!」
バートンは小さな袋を取り出す。
「西ルーメリアの茶葉だ。一番人気の商品なんだぞっ」
「うわ、それって毎年すぐ売り切れるやつでしょ?」
「ああ、香りが違うからね」
「くじ引きになった年もありましたよね。あまりに欲しい人が多くて」
「昨年も抽選になったんだよなぁ。十人近い争奪戦になって、熱かったよ。マーティンさんが見事引き当てて物凄い喜んでたっけ……」
「マーティン?」
聞き覚えのある名前に思わず口を挟んだ。ルクロも同じことを考えていたようで、
「それって昨年の……?」
とレヴィアの疑問と同じことをバートンに確認した。
「あー……すまないね、その話は禁句だった」
気まずそうに言葉を濁すバートン。
「そんな湿っぽい話より、せっかくだからコレ、みんなで飲もうじゃないか」
そう言うとバートンは袋を開いた。
「んー、いい香り。さすが高いだけはあるわね」
アリサはカップに鼻を近づけるとうっとりした。
「本当に全然違いますね」
先ほどから部屋には紅茶独特の芳しい香りが広がり、鼻をくすぐっていた。レヴィアもカップを手に取り、口をつける。ほどよい渋みが舌に染み渡った。
「これは美味だな」
「だろう? だろう? だーろう? 今年のは特に出来がいいらしくて入手するのも大変だったんだよ!」
「私は始めてこれ飲むんだけど、こんなに美味しいとは思わなかったわ。他の紅茶葉とは全然違うわよね」
「よかったら半分いかがですか? うちだと先生と僕しかいないので使い切る前にしけちゃいますし。ご家族で飲んでください」
「いいの? ルクロありがとっ! でも、これだけ美味しいとお茶請けにもちょっと凝りたくなるわよね」
アリサが目の前のクラッカーを咥えながら言う。これでは満足できないようだ。
「そうじゃのう、ルクロ、何か焼いてくれぬか?」
「あ、それいい! 私、ワッフルがいいな。ルクロのワッフル、ふわふわで凄く美味しいもの」
「ほぅ」
レヴィアは思わず喉が鳴ってしまった。慌てて皆の顔色をうかがうが、幸い誰にも気付かれた様子はない。一安心だが、まだ油断はできない。何せあのクッキーを作る腕だ。ルクロのワッフルを食べたことはないが、想像しただけで口の中に唾液が溜まってしまう。
するとルクロが申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません。今牛乳を切らしてまして」
「そう、なのか」
思いの他、残念そうな声をあげていたのだろう。皆の視線が自分に集まっていることに気付き、レヴィアは赤面する。
「しかし、クッキーだけでなくワッフルまで焼けるのか」
「え、ええ?」
向かいのアリサの顔が引きつった。
「うん? どうした、アリサ」
「ルクロのクッキー食べたこと、あるんですか?」
「ああ、この前焼いてもらった。とても美味しかったぞ」
「あはは……ありがとうございます。でも、僕なんてまだまだですよ」
ルクロは気恥ずかしそうに笑った。言葉でこそ謙遜しているものの、喜びは隠しきれていない。全く、見ていて飽きない。そんなルクロの様子を見ているとこちらまで口元が緩んできそうだった。
「ルクロ君は焼くのも妬かせるのも旨いねぇ」
バートンが口笛を吹いた。
「な、何を言い出すのよ、バートン!」
アリサはがたんと立ち上がった。対するバートンは落ち着いた様子で鼻歌を歌いながら紅茶をすすっている。
「ほっほ、若いのう」
「もう、先生までぇ……」
慌てふためくアリサ。このまま眺めていてもおもしろそうだったが、かわいそうなので助け舟を出すことにした。
「それくらいで勘弁してやってはどうだ?」
バレスとバートンの目がきらりと光ったような気がした。二人の顔が一斉にこちらを向く。嫌な予感がした時にはもう遅かった。
「じゃー、今度はレヴィアさんに聞っこおっかなっ!」
なんだ、その満面の笑みは。
「おお、バートン、よくぞ切り出してくれた。ぬふふ、ワシも前々から気になっておったんじゃよ」
こっちはこっちで声に悪意が満ちている。
アリサはというとほっとしたような、流れを止めたそうな。それでいて話にも興味がありそうな複雑な顔をしていた。
脂汗というのだろうか、背中にじっとりとしたものを感じる。
「な、何をだ」
「そうだなぁ」「そうじゃのう」
「「全部」」
レヴィアはその日、記憶に残っている中で五指に入るほどに緊張するひと時を過ごすことになる。
「うん……?」
そんな中、ルクロだけが一人取り残されたかのようにぽかんとしていた。