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呪いの日  作者: 柿崎蒼
10/15

あと5日

――呪いの日まで、後五日――



「いるかい、ルクロ君」

 バートンがルクロの部屋に入ってきた。


「おや、レヴィアさんも一緒なのかい? 二人して俺なんかを呼び出して、一体何の用かな」


 隣のルクロは静かに佇んでいる。言葉を選んでいるのだろうか。やはり付き合いの長いルクロに言わせるのは酷であろう。レヴィアが一歩前に出て言葉を発しようとすると、

「大丈夫です、レヴィアさん。僕に言わせてください」

 ルクロがそれを制止した。


「どうしたって言うんだい、そんな真剣な顔で。ああ、もしかして――」

 まさか、と思った。バートンと呪いとの関係に、彼自身も自覚があったのだろうか。そう思った矢先、バートンの続く言葉は


「二人とも、結婚するのかい?」

「「はぁ!?」」


 思わず二人して叫んでいた。こんな時までこの男は何を考えているのだろうか。

「あれ、違うのかい。俺はてっきりこのバートンさんに仲人をお願いしたいとかそういうことだとばかり思っていたんだがね」

「悪ふざけはよしてください。今日は真剣な話があるんです」

「今のも十分真剣な話だと思ったんだがなぁ」


 口ではそう言いながらもバートンの顔が真面目になる。

「それで、俺に一体何の用なんだい?」


 ルクロが小さく深呼吸したのが分かった。こちらまで気が張り詰めてくる。

「まずは先に謝らせていただきます。これから凄く失礼なことをお聞きするかもしれません」


 バートンは眉をひそめた。

「バートンさん、あなたと呪いは一体どういう関係なのですか」

 一瞬面食らった顔したバートンだが、すぐに落ち着いた様子で考え込む。しばしの無言の後、バートンは聞き返した。

「それは、どういう意味かな」


 ルクロは手に持っていた古ぼけた日記帳を開くと、その内の一文を読み上げる。

「『今日は、ルクロが紅茶を入れてくれた。アルベルトさんに横で見てもらいながら一生懸命だった』 これは十一年前、僕の母が亡くなる数日前に書いた日記です。このアルベルトというのはバートンさん、あなたのことですよね」

「ああ、そうだ」

「それだけじゃない。あなたが始めてこの村に訪れたのは十五年前。つまり最初の呪いの日の翌年、『人が一人死ぬ』呪いの始まった年です。それから毎年の犠牲者の前にあなたは現れている。十五人、一人の例外もなく。バートンさんは僕以外で被害者全員と共通点を持つ数少ない存在なのです」


 バートンは黙ってそれを聞いていた。

「バートンさん、もしかしたら呪いについて何か知っているんじゃないですか」

「バレちゃったか」

 思いのほか呆気なく言い放ったその言葉に二人は心臓が止まる思いだった。


「えっ……?」

 ルクロが震えた声で問い返す。信じたくないのだろう。レヴィアだってそうだ。何かがあるに違いないとは踏んでいたが、まさか……


 そんな二人の様子を見て何かに気付いたバートンが慌てて補足した。

「あ、ああ! もちろん違うぞ!? 俺が言いたいのは亡くなる直前に皆と会っていたってことであって、俺がどうこうしているわけじゃない」


 ブンブンと右手を振って否定するバートンに思わず安堵の息が漏れた。

「俺も気付いてはいたんだ。だけどね、俺はこの時期に会う人が凄く多いんだよ。こっちも商売だからね。だからただの偶然だと思っていたんだ」

 やはり予想通りの答えが返ってきた。この言葉に嘘がないと信じたい。だが、少しでも何かが隠れていないかとレヴィアは一言一言を聞き漏らさないようにした。


「それに、俺と会うことで呪いが降りかかるなんて噂にでもなったら俺はもうこの村で商売ができなくなってしまう。それだけは避けたかったんだ」

「ではバートンさんは呪いとは何も関係ない、そういうことですか」

「ああ、俺は何もしていない。誓って約束するよ」

 ルクロの緊張は少し解けたようだった。


「そうですか、よかった……」

 だが、それだけでは終われない。

「バートン殿の目線で、何か気付いたことはないか」

「俺の目線で、か」

 バートンは顎に手を当て考える。


「会っている段階では呪いにあうかどうかなんて分からないから、あまりしっかり覚えていないんだよ。あくまで多くのお客さんの一人にしか過ぎないからね」

 申し訳なさそうに言った。


「だけど、君のお母さんやエミル君についてはよく覚えているよ」

「そうなんですか?」

「ああ、ルクロ君のお母さんには駆け出しの自分を可愛がってもらったし、エミル君や小さい頃のルクロ君とはよく遊んであげたからね」

「ええ、バートンさんには感謝しています」

「いやいや、それなのに何も力になれなくてすまないね」

「いえ、こちらこそ憶測でこんな失礼な質問をしてしまって……」

「じゃあこれでお互いチャラだな」

 バートンはにかっと笑った。


「君達にはもう隠す必要がないんだ。俺も思い出したことについてはどんどん話そう。何か聞きたいことがあったらどんどん言ってくれ」

「ありがとうございます」

「で、だな、さっそくだが……」

 真剣なバートンの言葉に二人の耳が大きくなる。

「ちょっと休憩しないか、喉渇いたよ」

 緊張は完全に解かれてしまった。


「もう、緊張し過ぎて全身攣るかと思ったよ。このままじゃ身が持たない」

「はぁ……じゃあお茶にしますか。この前もらった茶葉がまだ残っていますし」

「話が分かるね! さすがルクロ君。さあ、紅茶タイムの始まりだ」

 レヴィアはバートンの言葉に何か引っかかる物を感じた。それが何なのかはすぐには分からない。ただ、話を中断して休憩しようと言っただけではないか。言葉の裏に何かを感じたわけではない。言葉そのものに引っかかったのだ。考える。短い一文だ、単語は限られている。その原因を見つけ出し、引っかかった理由を理解したレヴィアは全身がさっと寒くなった。


「ルクロ」

 階段を降りて行こうとするルクロを呼び止める。

「ルクロの母上は紅茶が好きだったのか?」

「ええ、そういう風に記憶していますが」

 バートンが口を挟んだ。

「ああ、ルクロ君のお母さんも紅茶の味が分かる人でね、この西ルーメリアの茶葉を持ってきたときなんか凄く喜んで……」

 バートンの口が止まった。バートンもあることに気がついたらしい。

「バートン殿、それは一体、いつの話だ」

「……その日記に書かれている日だ」

「確か、昨年亡くなられたマーティン殿もその茶葉を買われたのだったな」

「……ああ」

「その他の方についてはどうなのだ」

 バートンが次の言葉を躊躇っている。だが、ゆっくりと口を開く。

「ああ、売った。正確なことは帳簿を見ないと分からないが……おそらく全員に売っているはずだ」

 ルクロは驚きの表情で固まり、バートンの全身は蒼白になっていた。

「だ、だが、そんなはずあるものか! あれは俺だって毎年味見のために飲んでいるし、売ったお客さんだけが飲んでいるものでもない! 当然その家族や友人だって飲んでいるはずだ!」

「僕達も飲みましたが、何ともないですものね」

「……何も関係がないのならそれでいい。だが、調べる価値はあるはずだ」

「ぐ……」

 バートンは何も言い返せず下唇を噛む。

「あ……ぼ、僕、バレス先生を呼んできます!」

 ルクロは慌てて階段を駆け下りていった。



「……ということなのだ、どうだバレス殿。そういったことはありえるか?」

 食卓に移った三人はルクロに呼ばれたバレスとともにテーブルを囲む。バレスは机に広げられた袋から茶葉を少しつまむと香りを嗅いだり指で磨り潰したりすると口を開いた。

「確かに盲点じゃった」

「じゃあ!」

 ルクロが歓喜の声をあげる。

「いや、詳しいことは調べて見なければ分からない。だがお前達の言うとおりじゃ。そういうことはありうる」

「そんな、バレスさん、この紅茶は被害者以外の多くの人が飲んでいるんですよ!」

 がたんと椅子を跳ね除けバートンが叫んだ。

「落ち着くのじゃ、バートン。こんなこと誰にも分かるはずがなかった」

「バレス殿、一体何なのだ、その原因は」


「アレルギー、じゃよ」


 バレスはつまんだ茶葉を袋に戻すと三人の方を向いた。

「なっ、そんなの聞いたことがない! それに特定の茶葉だけにアレルギーが起きるなんて!」

 バートンは未だに信じたくない様子だ。

「あるんじゃ、それが」

 バレスは溜息をついた。

「アレルギーというものは色々な状況に左右される。体調であったり季節であったり合わせて食べた物によったりの。この時期だからこそ起こった可能性だってあるのじゃ。さらに言えば同じ紅茶とはいえ品種も違うし、作られた場所が違えば使われた肥料も薬品も違う。この茶葉がアレルギー反応を起こす可能性がないとは言えぬ」


 バートンは力なく座り込んだ。顔の前で手を組み、震える姿は神に祈っているようにも見える。レヴィアはかける言葉が見つからなかった。それはルクロも同じ様子で悲痛な面持ちのまま俯いている。


 バレスは袋を閉じるとそれを持ってすっと立ち上がった。

「どこへ行くんですか」

「決まっておろう、あくまで今のは全て可能性の話じゃ。本当にこの茶葉が原因かどうか調べてみる」

 自身の研究室の扉を開くバレス。その背中をレヴィアは期待と不安で見送った。


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