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~4

 初めての帰宅の道だが、流石に何度か通った道。駅まで続く街路樹で飾られた遊歩道チックな道のりを一人歩いて帰った。


 明日以降、万一友人でもできた日には、連れ立って何百回と通ることになる道のり。

 世間は『未確認敵性異物』の出現のニュースに事欠かないが、実際に出会ったことはない。仮にそれが武藤さんの言うとおり魔界に端を発する存在だったとして、突然俺の目の前に現れたりしたら困る。


 変化は徐々にしかやってこない。あるいはまったくやってこないで欲しい。

 いくばくかの安心を抱えつつ、帰宅して、親父の作った反家庭的な夕食を食べ、一通りのテレビ鑑賞も終え、さあ、何もやることがないぞ。漫画でも読むかと、放課後の事件は棚にあげて、普段通りのミッションを誰にも与えられずに自主的にこなす。

 日常のいわばどうでもいい時間を過ごしに過ごし切って時計を見ると結構な時間になっている。


 とりあえず、寝よう。


 明日の起床時間を考えると、適切な睡眠時間を確保するのにちょうどいいアットタイムだ。


 ぐだぐだと考えていても仕方ない。明日、あらためて武藤さんに聞けばいいのだ。いや、聞くだけではない。契約とやらを、仮に結んだお試し期間を、誠意をもって説明し、解除してもらおう。そういうのって法律だか条令だかで、七日とか八日ぐらいは、解除権利があったはずだ。魔女との契約にそんな条例が適用されるのかどうかはわからんが。


 と、同時に武藤さんとなにがしかの接点が得られたことを、密かに、ぶっちゃけていうとかなり喜ばしく思っている自分が少し切ない。なんてったって美少女。ずば抜けている。性格はよく知らんが、お高く留まっているとかそんな感じはない。どちらかというと親しみやすい。さすがに、委員長に拝命されるなんてベタなキャラではないところが、控えめでさらなる好感を呼ぶ。


 たしか、男子の委員長は、主席合格の特権だかなんだかで、あの秋継とかいうすかした奴が立候補して拝命した。女子委員長も、経験値が買われて、自称召喚士なる見た目には地味な誰かが指名されていた。まあ、あの子も可愛くないっちゃ可愛くないこともないが、武藤さんとは比べ物にならない。


 委員長属性がひとつ欠けたくらいで武藤さんの魅力は劣化しないのだ。

 そんなわけで、俺が普段通りにいつもどおりの能力を発揮して過ごしていれば、武藤さんとの固い絆どころか、接点だってそう何点も繋がらないだろう。クラスメイトとしてさえそうなんだから、恋愛対象なんて一歩進んだ分野で、歴史的会合を遂げる可能性はほとんどゼロだ。


 だから、なんとなく、押し付けられたものではあるが、この魔法使いと従者という関係性を破棄してしまうのは勿体ない気がする。つまりは様子見の過程がもう少し必要なのではないか? などと考え始めては、即座に……ではなくじっくり推敲した上で打ち消し線を引く。


 やはり、何が何だかわからない事態に付き合うのは得策ではない。

 でも武藤さんとの距離を詰めるいいチャンスでもある。

 堂々巡りだ。

 やっぱり、さっさと寝よう。願わくばいい夢が見れますように。




 さて、朝起きるといきなりの異変を感じた。

 妙に体がだるい。起きた直後からだ。悪い夢を延々と見ていた気がしないでもない。そこに武藤さんが出てきたか、昨日の夢となにか関連があったのかなんてことがわからないほど、さっぱり覚えていない夢だが。


 とにかく、目覚めすっきりとは対極の状態。いや、精神的には起きていた。ただ、体を動かすのが億劫だ。

 そんなわけで、いつもどおりに家を出たのに、いつもの電車には乗れず、駅から学校への道のりも、牛歩戦術をなんの目的も無く実行する羽目になった。


「よう! そんなにゆっくり歩いてたら遅れるんじゃないか?」


 ふいに後ろから肩を叩かれた。振り返るとなんとなく見知った顔。


「ええっと……?」


「上園だよ。同じクラスだろ?」


「ああ、そういえば……」


「そういえばじゃないだろ? なんでそんな年寄みたいな歩き方してんだ?」


「ちょっと、体がだるくてな。いいよ、先行っててくれ」


 上園は考え込むような表情を見せ、


「そういえば、昨日一人でさっさと帰っちまったよな? どっか部活でも入ったのか? 体験入部期間中だろ? で、普段の鈍りきった体が筋肉痛の悲鳴をあげているとか?」


 ある意味では正解。従者部というのがあったのなら、それに入信しましたよ。でも筋肉痛とはまた違うんだな。


「昨日はちょっとな、別にどこの部活にも入ってないさ。入るつもりもねえ」


「そうだよな。運動とは無縁って体してるもんな」


 ほっといてくれ。


「それよりさ、今日から授業始まるよな? 早速実習あるみたいだけど……。お前コースとか決めてんの?」


 そういえばそうだ。一学期は、じっくり適性を見極めて……とはいえ、限られた期間、無駄には過ごさせてくれない。可能であれば早期にコースを絞って、それに重きを置いて打ち込むべしっ! なんて言われたような言われてないような。


「お前はどうなんだよ?」


「俺かぁ? 俺は召喚士でも目指そうかなって」


「割と真面目に考えてるんだな」


「いや、召喚士だったら自分で戦わなくってもいいじゃん。それに、召喚コースの教員は若い女らしいし」


「どこから得た情報なんだよ」


「いや~、周囲にアンテナを張り巡らせてたら自然と情報は集まるもんだって」


 自然とねぇ。それで情報ソースは明かしてくれないわけか。


「べっぴんなねーちゃんだといいんだけどな。ってか、ほんとに遅れるぜ?」


「だから先に行っててくれって」


 言われなくてもそうするよ。お前の遅刻に付き合うほど固い友情で結ばれているわけじゃないからな。といった表情で、そういったニュアンスを込めた台詞を吐きながら、上園は、さっさと俺を追い越して、学校へ通常運行スピードで歩み始めた。


 俺は、相変わらず、のろのろスピードで学校を目指す。


「なんだ? バリアフリー体験中か?」


 と次に声を掛けてきたのは吉田だ。後ろには大貝が控えている。ともに一般コースの選ばれたくて選ばれたんじゃない生徒達だったはずだ。なんだよ、もうつるんでるのか? 昔からの知り合いか? それに目ざとく俺を見つけるなんて、さっきの上園といい何気に気の付く奴らだ。


「バリアフリー?」


 意味がわからず、俺はおうむ返し。


「知らんのか? この町がいかに暮らしづらいかを、妊婦や老人の立場に立って、体験する崇高なイベントだよ」


 吉田の説明でなんだか思い出した。そういえば、腹に十キロの重りを背負っての妊婦体験だの、老人化矯正ギブスみたいなのを装着して、段差のある街を練り歩く若者の姿をニュースで見た記憶もある。


「いや……」


 気の無い否定をしようとしたとき、いぶかしげに俺を見ていた大貝が、控えめな口調で、

「その……首に……それどうした?」


 首? 首にはなんの異常もないが、借金もないし、しいて言えば全身の疲労感が均等に割り振られているのでそりゃあ首を回すのも上げ下げするのも一苦労って事態ではあるが……。


「石神の首がどうかしたか?」

 と吉田。


 それを聞いて、半ば納得したように大貝は、

「ああ、うん、なんでもない」


 と一人で納得してしまった。


「急がないと、遅刻するぜ」


 言いつつも、俺を置いてきぼりにしてさっさと追い抜きかけながら、吉田が言った。


「じゃあ、俺も、先行ってるから……」


 なにがしか心残りがあるのか、大貝は俺を、俺の首回りをもう一度だけしげしげと見つめてから、吉田に従った。


 まあ、そんなもんだろう。出会ったばかり。まだ二日目。これからの三年間、ともに苦楽を味わう仲間になるのだとはいえ、俺のこの明らかに遅いペースに付き合おうとまでの友情はまだ芽生えてないもんな。

 奴らはさっさと若者の、ごく平均的あるいはそれ以上の速度で歩き、さっさと校門を潜り抜けただろう。


 俺としてもなんとか、予鈴は過ぎたものの、HRぎりぎりに教室にたどり着くことに成功したわけだから、あいつらを恨むのはまた今度の機会にしよう。

 よっこらしょと席に着くや否や、背後から、


「ごめんね」


 と麗しいお声。武藤さんだ。


「…………」


 不機嫌そうに思われないように、俺は顔中の筋肉という筋肉を総動員して表情を和らげて振り返った。そこには当然ながら、武藤さんの見目麗しいお姿がお目見えされた。

いくらか周囲に気を使いつつも、武藤さんは俺に顔を寄せて、


「疲れてるんでしょ?」


「ああ、わかる?」


 そりゃあ、わかるのだろうけどな。教室の扉をくぐってから席に着くまでも、えっちらおっちらと不自然な歩行を見せ、いざ椅子に座るときにも年甲斐もなく、よっこらしょとぐらいは漏らしていたかも知れない。いや、正確には『よ~いっこらせっ』だけど。


「昨日の、ほらあれ。あれの影響かも知れない。というかその影響なの」


 ほう、そうですか。昨日のね。で、それがわかった俺はどうすればいいのか?

 なんとなく昨日の話は武藤さんとの秘密にしておいたほうがよいと思う。彼女が自己紹介で魔法使いを名乗ったにしろ、さんざん非難されて認められていないし。それに『従者』なんて事柄については知っているのは俺だけという可能性が高い。

 それでも、オブラートに包みながらでも、こうしてフォローしてくれているのは優しさなのか、責任感からなのか。愛情以外の何者かなのだろう。


 そこで、俺も当たり障りのない台詞を口にする。保険を掛けすぎっちゃ掛けすぎかもしれない。なんせ、周りの生徒は生徒で、別の仲間とのおしゃべりに夢中だ。秋継を代表とする排除者に乗り気な奴らとそうでない奴らとの間にきっぱりとラインが入っているようではあるが、若さゆえの特権。早くも環境に適応して、それぞれに楽しくやろうと息巻いている。     


 皆が俺と武藤さんの会話に注意を払っている様子はない。

当然というか、もちろんというか隣の席の十字架少女こと、猫柳は相変わらず微動だにしない。こちらに興味も向けもしない。さすがである。


 それでも俺は若干声を潜めて、


「そう。いや、原因が分かっただけでもよかった。妙にだるいんだけど熱もないしなんだろうと思ってたんだ」


「うん、始めはそうだと思う。でも徐々に慣れると思うから」


 慣らさないといけないらしい俺の立場をほんのりかみしめがら、再度周囲を伺うも、まあ俺と武藤さんの謎めいたやりとりなど意に介していないその他大勢の生徒たち。


 感心、感心。とりあえず聞かれてなかったことは重要だ。会話に入ってきたら、どうしようかと思ってしまう。説明しにくいからね。今の俺の状況。俺だってちっとも理解できちゃいない。武藤さんにとってどこまでが秘密でどこまでがオープンなのかもわかったもんじゃない。


 では、当面の課題として、俺にとって、もう少し詳しく状況が明らかになるのはいつなのか? 全貌とまではいかなくとも、少なくとも納得のいく情報が手に入るのはどれだけ先の未来のことなのか。


 それが明らかになるのは、ごくごく近い将来。つまりは今日の夕方ごろだった。

 とこの時点ではそれだけを明かしておく。


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