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~2

 さて武藤さんとの会話の最中であるが……。


「…………」


 無言になってしまった。しょうがないでしょ。リアクション難しいよ。

 テレビで見たとはいえ、想像つかんわ。この現代社会において魔女なんて。しかも日本ってのがリアリティの無さを強調している。暇つぶしに読んでみたアルバイト情報誌にも魔女募集なんて業種はひとつもなかったはずだ。

 ニュースでもやってないよな。武藤芙亜さん、職業魔女みたいなテロップ。


 まあ、『未確認敵性異物』を退治しているのが、精霊使いとか、呪術師とかなんだったら魔女だっていてもおかしくはない。先生には否定されてたけど……。


 そんな俺の雑念、思惑を無視して武藤さんは続ける。


「日本じゃあ、使い魔を見つけるのも一苦労なの。というかお母さんなんかは、あきらめてフランスまで探しにいったんだけど……。そこまでしたからなんとか見つかったんだけど。

 私はさっぱり。もう無理なのかもね。そんな時代じゃないし。でも魔法は覚えなきゃならない。使うべき時には、使うべき魔法が使えるように準備をしておかなくっちゃならないから」


 話が見えてこないなあ。からかわれているのか? それならば納得いく。だが、なぜ俺なんだ? そんな心当たりはない。ひょっとしたら、クラス中が一致団結して俺を担ごうとしているのかも知れない。いったいなんの理由でだ?


 それとも、学校ぐるみで行っている何かの試験なのかも……なんて思想が見え隠れ。


 武藤さんには失礼な話だが、あたりをきょろきょろと見渡したとこで、隠しカメラが見つかるわけもなく。そもそも隠されていたら見つからないだろうな。最近のカメラって小型で性能いいもんなあ。ちょっと金だしたら、素人でも買えるもんな……と思考が脱線しかけたところで武藤さんの言葉が続いた。


「でね、私……生まれつき、魔力が少ないらしいの。魔力ってのは魔法を使うと減っちゃうエネルギーみたいなものなの。魔法を使うのは大丈夫。そっちのセンスはおばあちゃんにも百年に一度の天才とか言われているぐらいだから。問題は使う魔法によっては私の持っている魔力じゃ足りなかったり、すぐに空っぽになっちゃうってことなのよ。

 

 かといって使い魔に魔界とのルートを作らせるわけにはいかないし……。昔はよかったのよ。魔道線っていってね、使い魔を従えさせておけば、無尽蔵に魔界から魔力を抽出できたのよ。最近だとそれも難しくなってるって聞くけど……うん、魔界も不安定なんだって。だからあんな魔物が頻繁に来るようになって……。で、それもあるけどそれ以前に使い魔が見つからないじゃない?」


 今度は、使い魔やらあまつさえ、魔界とかいった怪しげなキーワードがお出ましになられましたぞ。


 魔界……魔界ねぇ。昔のゲームでそんな村があったな。ダメージ食らうとパンツ一丁になるやつ。

 だめだ、後は漫画の知識しかでてこない。ときめきなんとかナイトとか、なんとか幽白書とか……まあ魔界に行く人間ってのは多いよな。親しみが持てるな。一度行ってみたいな。どっかでツアーやってないかな? とは思わない。


 そもそも『魔』ってなんなの? それがわからんから『界』ってつけても意味がわからないのだと思う。まじめな話。エンターテイメントとしてそんな『界』であれこれする作品は数多くあれど、実在してないしな。


 しいて言うなら、『未確認敵性異物』の存在。あれこそ俺のイメージしていた悪魔や魔物に近い容姿をしていた。先生はああ言ったけど武藤さんの認識が正しいのか?

というか、そもそも武藤さんは何を言いたいんだ?


「ええっと……」


 とりあえず、勇気を振り絞って聞くべし。ここで初めて俺がどこかの石に三年ほど座りこもうとしていた重い腰を上げた。相手があの武藤さんだとしても気にすんな俺。疑問はその場で解消しよう。それが良いディスカッション、ひいては美しく華麗なる人生を歩むための秘訣だって、どっかの誰かが言ってなかったっけ? 言ってなかったらこれは俺の生んだ名言として後世に残してやろう。石碑に刻んでもいいね。


『疑問はその場で解決すべし』


名句だ。


「武藤さんは魔女ってこと? で、使い魔? それが居ない。魔力が足りないから魔法が使えないってことでいいのかな?」


 まずは事実確認から。だが、武藤さんはそれを聞き、急激に眉を吊り上げた。


「使えないなんてことはないわよ! 馬鹿! いじわる! ろくでなし!」


 ちょ、そこまで言う? 怒らせてしまった。


「馬に蹴られろ! 豚に真珠を取られてしまえ! なんでそんなこと言うのよ! 優しさのかけらもないの? バファリンを見習いなさいよ! このけちんぼ! あんぽんたん! ちんすこう! すかぽんたん! ボンタンアメ!」


 罵倒が続く。意味が分かるものから、なんかよくわからないものまで。お菓子混じってるし。複数も。語感は罵倒に似てる銘菓だね。


 と、そこで、武藤さんはふうっと息を吐いた。深呼吸して呼吸を整える。見るとその大きな瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。泣かせてしまったのか? 俺? 俺のせい? じゃあ俺が悪者でいいや。


「ごめん」


 と、理不尽な仕打ちに関わらず、とっても素直に謝ることができました。世渡り上手への第一歩だよ。アイムソーリーは素直さとタイミングが大事。


「こっちこそ……。ごめんなさい。あんまりにもショックだったから。使える魔法はこのままでも使えるの。問題はね、私がセンスありすぎってことなの。だって数百年に一人の逸材なのよ。だから原理上はどんな魔法でも使えるはず。古今東西。さらには今後はオリジナルの魔法をいくつも開発して、後の魔女からも崇拝されるのよ。何千年、何万年、何億年にも渡って……。


 ただね、魔力が少ないの。でも、それだって本来なら魔力なんて自分のものを使わなくたって全然問題ないはずだったのよ。ほんの何百年か前までは。その辺に満ち溢れてたんだから。どんなに優れた魔女だって自分の魔力だけでは使える魔法に限りがあるんだから。だから、世界の魔力を抽出して、それが難しくなったら、使い魔に魔道線を管理させて、魔界の魔力を持ってきて……」


 幸いにして、武藤さんは落ち着いていた。少し気を悪くしてしまったようだが、致命傷には至らなかったようだ。


 さあ、難しいぞ。次の一手。打ち間違えると即敗戦を意味しそうだ。何を聞くべきだ? どう話を転がしていけば良いんだ?

 考えうまでもなかった。実際に考えようとして考えた時間なんてコンマ数秒の時間だろう。武藤さんから結論が提示されたのだ。


「で、石神君、お願いがあるの」


 ええっと、今までのが前ふりね。前提条件というか状況説明というか、とにかくここまで来るのに必要な情報であり、おまけというか、階段というか、とにかくそれを登って初めて、本題に入れるのだろう。


 彼女が真実を語っているのならと少し怪しい条件は付くが、魔女である武藤さんから俺は、この、平凡以下でなんの特技も持ち合わせていない俺は何を頼まれ、何を差し出せばよいのか。


「…………」


 とりあえず、会話の主導権どころか、従属権も全部ほっぽり出して、俺は黙って武藤さんの結論を待つ。本日何回目の無言だこりゃ。三点リーダが、労働協定違反だと騒ぎ立ててもおかしくないほどの、体たらくぶりっちゃあ体たらくぶりではある。


「私の『従者』にならない?」


 武藤さんは姿勢を正して、真剣なまなざしで俺を見つめる。ぴんと背筋を伸ばし、大きすぎも小さすぎしない、若干発育途中という表現でも文句が出そうにない武藤さんの胸が小さく上下しているのがわかる。


 屋上を風が吹き抜ける。空は青い。真っ白い雲が綺麗だ。校庭では運動部員たちが練習の汗を流している。


 校門からはいまだに生徒たちの流出が絶えない。それぞれに笑顔で、それぞれに友と、ときに一人で家路についている。


 何度も言う。空が青い。雲が白い。すがすがしい春の一日だ。時は平成。世は泰平。高齢化だの少子化だの高齢者と若者での格差がどうだの、マニフェストが守られないだの、税金が高いだの、税金の使い道がおかしいだの、放射能汚染がどうだの、文句を言いだしたらきりがないが、おしなべて平和な時代。空は青く、雲は白い。


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