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下僕としての魔法使いのための始まりの鐘が鳴らなくてもいいのに鳴り響く ~1

 クラスメイトの過半数以上が友達になりたくない奴ら……なんていう悲しい現実を乗り越えるべく、俺は足早に教室を出た。

 どうせ明日も明後日も学校はあるんだ。それに、まともな――普通の――奴も居そうだし、時がたてば俺もクラスに馴染むのかも知れない。


 な~に、焦ることはないさ。


 で、振り向きもせず下足室まで直行。多少は他の奴らがどう親交を深めつつあるのか、はたまたそんなことはなく、マイペースを貫いているのか気にならないでもないが、情報が少ない今、下手に動くと致命傷になりかねない。

 クラスの勢力図や自分の立ち位置なんて、徐々に固めていけばいい。


「?」


 下駄箱を開けたら、一通の封筒が……。手に取ってしげしげと眺めてみる。

 色気も何もない事務用の封筒だ。こういう古風な通信手段と言えば、まっさきに思いつくのはラブレター……なのだが、生まれてこのかたそんなものとは無縁な生活をしていた。


 特技なし。ルックス普通。中学まではなんとか平均レベルを保っていた学力も、身の丈に合わない高校に進学して底辺をさまよい始めることは明白。運動神経もさして得意な競技もなく、中学時代に帰宅部で鍛えられたのは、麻雀の腕前ぐらいなもの。


 これで、ユーモアでウィットに富んだ会話のセンスや面白さなどがあれば加点もされるのだろうが。日常的にボケと突っ込みを繰り広げる某関西地方の出身でもなんでもない俺としてはそのあたりも平均的ということで。


 とどのつまりは、恋文なんてもらう心当たりは皆無。だが、一方でありえないそれを期待する俺がいる。周囲を見渡すと、都合よくというか誰もいない。それどころか人の気配も一切感じない。


 とりあえず、封筒を取り出して、裏を見ると印刷と見まごうような丁寧な字で『武藤芙亜』と書かれていた。


 えっ? 武藤さん? クラスメイトの? 自称魔法使いの? さっき派手に教師と言い合いを演じていた?


 急いで封を開ける。といっても糊付けなどはされていない。ぱっと蓋をあけると中から一枚の便箋がでてきた。


『突然でごめんなさい。放課後、屋上で待ってます』


 そりゃあ、唐突。だからといって謝られることでもない……ような、まあ定型句のような。


 いつの間に入れたのか? 朝? あるいは今さっき? 武藤さんは俺より先に教室を出て、急いで下足室に向い、そして手紙を差し込んだ?

 とにかく、俺はここで決断を下さなければなるまい。放課後とあるが、これは本日、今日のことで間違いはないだろう。

 武藤さんが俺がもう帰ってしまっているって思っていたなら明日って可能性もないことは無いが、それは靴箱の中身を見ればわかるはず。この封筒が入れられた時点で中に入っていたのは外履きのスニーカー。つまりは俺はまだ帰宅していない。であるからして、この手紙を見るのは、今日――つまりは今現在だってことになる。


 ってことは、今から屋上に行けば武藤さんが待っているということになるはず。要件に心当たりなんてあろうものでもないが、無視を決め込むほど俺はドライではない。


 下心だってなきにしもあらず。なんせ、あれだけのルックスを備えた武藤さんからのお誘い。無下に断るには勿体なすぎる。知らんぷりなんてできないね。気弱だし。後で怒られたら怖いし。


 となれば、善は急げの精神で俺は、未だ人けの無い下足室で封筒をポケットに仕舞い込んで、屋上を目指して階段へと舞い戻った。

 幸いなのか、なんなのか、あたりに生徒の姿は見えない。今日は上級生は登校していないというのはともかくとして、一年生はまさに帰宅のその時を迎えているはずなのだが?

 その事実になにか引っ掛かりを覚えつつも、武藤さんをあまり待たせるわけにはいかない。


 屋上へ向かう階段を上っていく。その最中にふと視線を感じ振り返ると、ひとりの女子生徒が俺の方を見上げていた。誰かはすぐに分かった。ひとむかし前なら特徴的な分厚い牛乳の瓶とでも形容されたであろうレンズのメガネをかけたクラスメイトの女子。


 メガネよりも先に形容すべき点があるとすれば、その髪の毛の色だろう。金髪なのである。

 たしか、ミエラ・グリューワルトとかいう舌を噛んでしまいそうな名前。外国人だかハーフだかなんだろう。容姿は目立つが、自己紹介でも名前を言っただけ。日本語能力も不明。


 抜群に目立つ格好をしているのだから、そのうち彼女についてはいろんな情報が得られるのだろうが、今日のところはそれ以上の説明不能。

 良く考えると教室を出た俺が初めて見た人間。だが、彼女は俺の視線に気づくとふいっとどこかへ行ってしまった。


 そそくさと待ち合わせ場所であるかの地点を目指すと当然のことながら、既に武藤さんは屋上で俺を待っていてくれた。


 教室で声を掛けたりしないで、わざわざ手紙なんて方法を取ったのは、単に向こうも恥ずかしかったからだろう。わざわざこんな場所でする話なのだ。なんであれ、目撃者は少ないほうがいいに違いない。ミエラという例外を除いて目撃人数ゼロというのも、不思議な話ではあるが……。


「ごめんね。急に呼び出して」


 フェンスにもたれかかって、屋上への入り口を眺めて俺の到着を待っていたであろう武藤さんがこっちに歩み寄りながら言う。


「……」


 ついつい無言になってしまう俺。一応は武藤さんとの物理的な距離を縮めるべくだだっ広い屋上をゆっくりとしたペースで歩く。


 やがて、二人の距離は縮まり、自然と同時に足を止めた。


 しょうがないじゃない。夢にまで出てきたといはいえ、今日がほぼ初対面。会話もしたことがない。そりゃあ、相手の出方を伺う以外にできることはないでしょう。なんて気弱で装飾な俺。草生えるわ。


「私が、フランス人とのクォーターだって知ってた?」


 いきなりのカウンターパンチ。唐突に、前ふりなく繰り出された武藤さんの一言。


 知らない。というか何? なぜいきなりそんな話?

 言われてみれば…………。いや、そんなことはないな。


 意思の強そうな、それでいて別段つりあがっているわけでもない大きな瞳の中は真っ黒だし、目鼻立ちが通っているといっても、極端に鼻が高いというわけでもない。


 背比べしているどんぐり達をあざけ笑うがのごとく突出したルックスをしてはいる。だが、いうなればベスト・オブ・ザ・ニッポンジンというタイプの美少女だというのが俺の武藤さんへの評価。そこに、その美しさに外国人の血からという由来を見出すことなんてできなかった。


 嘘なのか、冗談なのか、真実なのか、どちらにしろ、言われるまでは思いもよらなかった付加情報だ。


「いや……」


 ようやく紡ぎだせた言葉はそれだけだった。たったの二文字。プラスアルファで記号が少々。

 だが、ことの終わり、つまりはこの会合の着地点が見いだせないでいる俺にとって一番懸念されるのは、余計なことを言って、武藤さんに嫌われてしまうということだと考える。無難が一番なのだ。


「そうよね。入学初日だもんね。それに、今まで『魔法使い』だっていうのも内緒にしてたし。なんとなくおばあちゃんの話もしにくくって。他の友達にも言ってなかったかなぁ……?」


 と、武藤さんは一人で考え込んでしまった。で、その先は? と促す度胸の存在しえない俺は、ただただ時の流れに身を任せて武藤さんの出方を待つ。待つがごとしだ。


「あっ、ごめん。そう、話の続き。私のね、おばあちゃんがフランス人なの。それで高名な魔女の家系なの」


 魔女? そう聞こえたのは、聞き間違いでもなんでもないだろう。『魔法使い』を巡って教室でひと悶着あったところだ。それに、今朝の夢。あの洋館。フランスに建っていてもおかしくなさそうな。でも、今の武藤さんが居たんなら、あれは日本ってことか。どちらにせよ、夢の話だからな。水晶玉とかも、占い師でなければ、次に似合うのは魔女だろう。奇妙な符合に胸騒ぎが抑えきれない。


「魔女?」


 それでも、口からでたのは一単語。会話として最小限。おうむ返し。だが、親切な武藤さんは話を進めてくれる。


「そう、魔女。魔法使い。おばあちゃんの代まではフランスで脈々とその血統をつないでいったの。でも、日本人の男性……つまりは私のおじいちゃんなんだけど、と出会って、日本に来ることになったのよ」


 そういえば聞いたことがあるような無いような。世界ふしぎなんとか発見とかいう番組でやってたな。フランスじゃなかったような気がするけど、イギリスかどっかに魔女がいるって。

 たしか薬草とかそんなのを調合する至極まっとうな仕事をしてたはずだ。と俺は無理やり話を現実的に解釈しようとする。ここ数か月の怪物の襲来や、本日であったクラスメイト達のいかがわしい素性は棚に上げてだ。


「でね、日本に来てからも、魔女の秘法はちゃんと受け継がれてきたの。私のお母さんへ、そして私へと」


 ってことは、あれですか? 武藤さんはほんとにやっぱり魔女なんですか? とは聞けず。


 武藤さんとの会話はまだまだ続く。着地点は未だみえず。

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