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で、生徒は全員席に着き、何故か二人組の教師が入場。
「はーい、こんにちは。皆さんの担任になります白坂陽菜ですぅ。よろしくぅ」
背の低い――ついでに言うと幼児体型――幼い顔をした白いワンピース姿の白坂先生は舌っ足らずなアニメ声で挨拶を始めた。
「いろいろあって、今日は私が主担任で、副担任の闇沼小夜莉先生と交代ごうたいで皆さんのお世話しま~す! 明日は闇沼先生が主担任ですぅ」
白坂先生から紹介を受けた真っ黒いパンツスーツ姿の闇沼先生は軽く会釈しただけで俺達から視線をそらしてしまった。ろくに生徒を見もしない。窓際に椅子を置き座り込んでいる。
「じゃあ、まずは自己紹介からぁ。そっちの端の人から。名前と特技か流派をお願いしますぅ」
と、廊下側の一番前の席の生徒に振る。
促されて男子生徒の一人が立ち上がった。立ち上がるやいなや、髪をかき上げる。キザったらしい。それに他の男子生徒は黒い学ラン姿であるのにこいつは何故か、薄いブルーの学生服。前がボタンではなくファスナーになっているようなタイプだ。何か特別な意味でもあるのか?
おっとっと。さらっと聞き流すとこだったが『特技か流派』って何? と俺の疑問をさしはさむ余地も無く、そいつ――いけすかない認定が早くも下った男子生徒――は語り始めた。
「主席入学の期待のホープ秋継葛葉。高校一年」
いや、高一なのはみんなだって……。
「精霊使いであるこの私は、幼くは二歳の頃より邪魔、つまりは『未確認敵性異物』の退魔を実践している。
誰よりも経験があり、誰よりも素質に恵まれた、いうなればエリート中のエリート。本来であれば……つまりは私の経験、それも実践経験、能力からすれば、このような教育機関での学びなどまったくもって不要。無縁である……のだが、制度改正により無免許での退魔には困難が付きまとう。といった次第により諸君らと同じ立場で教育を受けることに相成ったわけだが……」
「シャラップ!」
だらだらだらだらとしゃべり続ける秋継とやらを制したのは、相変わらず生徒の方など一切見ていない闇沼先生。たった一言。それも英語で。
秋継は、一喝されてたじろいだのか、ぴったりと静止してしまっている。口も開けっ放しで。
「えっとぉ、時間もないので一人一言でお願いしますぅ」
と白坂先生のフォローが入り、秋継はしぶしぶと着席。
『精霊使い』だの『二歳から退魔』だの、俺の住んでいた世界とは無縁の単語で幕を開けた自己紹介だったが、その後の生徒もまあ、多彩なプロフィールを披露してくださった。
割と大人しめなところで『寺の跡取り』であるとか『神主の家系』。
で、度を越えてきて他にも『精霊使い』なるものが数人いたし――一人一言だから、そいつの人格まではわからんが、まあ秋継ほどの自己主張の強い奴はいないと思われる――、『なんとか流の師範代』やら、『流れ者』なんて意味不明な肩書を持つやからまで。
三分の二ほどの自己紹介が終わった段階で生徒たちは『呪術師』『陰陽師』『召喚士』『剣士』『精霊使い』『牧師をはじめとする宗教家』『忍者やらなんやらその他もろもろ』などにカテゴライズされてしまった。
なんなんだ……このクラスは……。
と思ったら次の生徒。
「上園浩介です。えっと……流派とか……って良くわかりませんけど……」
と、見た目も髪型も普通っぽいやつが普通っぽい声で戸惑いながら立ち上がってしどろもどろになっている。
「あっ、上園君からは一般選抜での入学ですねぇ。じゃあ、名前だけでいいですぅ」
と、白坂先生のお言葉。なるほど、そういうことか。座席順に意味があったのだな。わかりやすい。というかようやく理解。既に能力を備えたいわばこのクラスに入るべくして自ら望んで入ってきたものと、そうでないもの。座席順で分けられているということだ。俺ももちろん後者だ。
どういう基準だか選ばれてしまって泣く泣く入学させられた可哀そうな被害者。括弧、俺も含む。
まあ、俺と同じ境遇のやつが一定数いることで俺の気が楽になった。
で、場の雰囲気は一転して、ごくごく普通の入学式の直後によくある光景、単なる自己紹介が進む。
順番は進み、俺の隣のあの少女の時。
……静寂が訪れた。
順々に立っては名前を言い、着席する。単調なルーチンがストップ。そうだ、次の番はこいつ。ってか、こんな仰々しい出で立ちをしながら一般入学、つまりは無理やりに入学させられたってのか? 大いなる疑問。
「えっとぉ、次は、猫柳さんの番ですね。猫柳詩音さん。彼女はちょっと事情があって話せませんので次のひとぉ」
いや、白坂先生? その事情ってのがすっごく気になるんですけど……。華麗にスルー! でいいんですか?
もちろん、声には出さないさ。目立ちたくないもん。だけど……気になるじゃない?
が、俺の心……そして、これにさして興味も示さない前半三分の二の生徒以外、つまりは俺を含む一般生徒達はざわついたね。説明責任を果たしてくれよって。何年も一緒に過ごすクラスメイトに、不安要素は少なけりゃあ少ないほどいい。
しかし、白坂先生はもちろん、もうひとりの闇沼先生もそれ以上この話を広げることはしてくれないようだった。仕方なし……という風に俺の斜め後ろの生徒が立ち上がる気配で俺は振り返った。
「武藤芙亜。魔法使いです!」
自信なさそうな後半生徒の自己紹介から一転。新たに追加された属性、自称『魔法使い』を名乗るその少女。
その顔、まだあどけなさの残る……それでいて完膚なきまでに整って自信に満ち溢れた表情……。見覚えがある。この顔は……夢の中に出てきた少女だ。
もちろん……俺との接点は無いはずだし、今の今まで気づかなかった。だけど……見間違いじゃないはずだ。であれば、入試や制服の採寸やらなんやらで学校に来た時に出会っていた? 記憶には残っていなかったが、深層心理に残っていた? だとしても不思議ではない。それほどの美形で、美景。
美人は三日で飽きるとは誰かの無責任な発言だが、彼女の顔なら一週間続けて見続けてみたいものである。それくらい整っている。
かといってモデルにありがちなちょっと個性的だの、冷たい感じもしない。ご飯に例えると、ちょうどよそっておかずを半分くらい食べた時点でのまだほかほかで、それといってよそいたてのあつあつでもなくと、そんな例をあげても誰も喜ばないので割愛。
とにかく、可愛らしさと美しさのバランスが神が気合を入れて誕生させたとしか思えない絶妙で、かつ親しみやすい顔立ちだ。目も鼻も口もパーフェクト。あと顔のパーツには何があるっけ? ああ、耳ね。うん、耳だって大丈夫だよ。合格。
俺は女優の顔なんかをみてても、鼻の中央から唇に伸びる溝なんかが深すぎて、冷めてしまう困った人間なんだが、名称不明の鼻の下の溝も完全無比に美しい。好みのタイプのストライクゾーンが万人、千差万別だとしても……、誰しものど真ん中を突っ切りそうなお顔。
声にも聞き覚えがある……と思う。やっぱりどこかで会ってたんだ……。武藤芙亜って名前には聞き覚えは無い。が、一瞬で覚えたね。そして生涯忘れることは無いだろうって断言できそうだ。
それくらい彼女の容姿を生で見て、俺の心臓がばくばく言い始めたってこと。