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~6

 これだけお膳立てを整えてさすがに、何にも出ませんでした。では、誰も納得はしない。物語をエピローグへと導けない。


 俺たちの置かれた状況を迷走させないためにも、やっぱり敵が出現する。

徐々に姿を表す二つの人影。市ノ瀬が前に見たような見るからに化け物、魔物を地で行くようなやつとは違う。

 でもって、見覚えのある姿がひとつ。


「お揃いでようこそ」


 俺たちを迎えたのは、甲冑姿の鎧騎士。無口なのか、黙っていて微動だにしない。それと相変わらず悩殺スタイルで俺の目を保養させてくれる女悪魔。

 エルーシュがそこにいた。


「特別な魔法使いの御嬢さん。それからその従者の変わった少年。あとは普通の魔法使いの御嬢さんと、オカルト研究会の部員の御嬢さんね」


 エルーシュはひとりずつ、俺たちに視線を合わせながら、言い放った。


「お、お前は!」

 まっさきに反応したのはミエラだった。


「うふふ。内緒よ。内緒。あなたたちの担任であるのは仮の姿なの」


「やっぱり!」


 と、俺の叫びにミエラが反応する。

「やっぱりとはどういうことだ!?」


 いや、だからこの人――人と呼びあらわしてよいのかどうか――は、前にも俺と武藤さんの前に現れて、意味深な台詞を吐いて去って行って、でもってその顔は闇沼先生と一緒で……。といったことを簡潔に説明する。


「マリア=ファシリア! あんた、それを知っていてなんで報告しない!」


 ミエラの剣幕は武藤さんへ向かう。


「えっ? そういえば……」


 どうやら、全然お気づきではなかったという武藤さん。


「でも、魔界の気配とか全然しなかったし……」


「それはそうだが……、顔をみりゃわかるだろ!」


「なんやの? この人? あんた達の担任? 『未確認敵性異物』の『排除適応者』で、指導官? で、敵? どういうこっちゃ?」


 と三者三様の反応を見ながらエルーシュはにこやかに切り出した。


「はーい。そこまで。わたしも忙しいんだから。とりあえずあなたたちの相手はこのモンスターがするから。がんばってね」


 と、威厳も恐ろしさもへったくれもない緊張感のない口調でそういうと、飛び立ってしまった。


「ま、待て!」


 ミエラがそれを追おうとするが、魔法使いといえどほうきもなしで、空を飛べるわけもなく、エルーシュは空の彼方に消えて見えなくなってしまう。あるいは、どこかからこの戦いを見守っているのか。


 後に残されたのは、魔法使い女子二人、従者男子一人、一般女子生徒一人と甲冑に身を包んだ魔物が一体。


 がしゃーん、がしゃーんと金属音を響かせながら、ゆっくり歩いてくる。

 中身は知らない。入っているのか空っぽなのか。とにかく全身甲冑ずくめの騎士が右手に剣を、左手には盾を持ち、武藤さんとミエラのほうへ近づいていく。


 俺と市ノ瀬は後方で待機。さすがに市ノ瀬もあんな悪意の塊みたいな真っ黒い鎧の戦士にやすやすと近づこうとはしない。


 スマートフォンを取り出して写真を撮ろうなどという不届きな行為に及ぼうとしているが。


「あか~ん。電源がはいらへん? なんでは? さっきまで充電三本あったのに~」


 などと嘆いている。


 さあ、見物人がそんなことをしている間にも甲冑兵士と武藤さん達の距離は迫る。


 鎧武者――というと和風な感じがするが、相手は西洋の甲冑だ――が剣を構えて、ミエラに切りかかろうとするその時。


「稲妻よ!」


 ミエラの攻撃魔法。


 原理なんてわからないが、天空から稲妻が舞い降りた。剣を振りかざした敵に向かって一直線。


「慈しみの炎よ!」


 今度は武藤さんだ。また、いつものようにどこから出したのかわからない杖をもっている。えっと、ピンキーでファンシーなステッキではなく、いかにも魔法使いって感じの木で出来た杖。


 その杖の先からは炎が放たれ、鎧の騎士を焼き尽くす。


 稲妻と炎のダブル攻撃だ。


 これが、通用しないと厄介だけど、そんなに簡単に行くこともないだろうという俺の予想は見事に的中する。


 この、甲冑騎士。前の双頭の獣のように対魔法コーティングされた外表面を持っているわけではなさそうだ。


 特に文様が浮き出るわけでもない。見た目にはなんの変化もない。だが、稲妻を、灼熱を浴びせられてもなんの効果もなかったようで、そのままミエラに切りかかる。


 油断していたのだろう。それとも自分の魔法によほどの自身があったのか。ミエラはとっさに動けずにいた。


 間一髪! というところで、武藤さんがミエラを突き飛ばす。ミエラの頭髪の数ミリ先を剣の刃がかすめた。


「こいつ……」


 起き上がりながら、ミエラは怒りをあらわにする。


 その時にはすでに武藤さんと騎士は切り結んでいた。


 剣を杖で受ける武藤さん。やはりこの人の地力には計り知れないものがある。

 前もそうだったが、魔法以外のこともなんでもこなす。格闘、射撃、殺陣。スタントマンにでもなれそうだ。おっと、性別差別と取られかねない。スタントヒューマンと言いなおそう。


「うっ! くっ!」


 しかし、明らかに殺傷能力を秘めた剣に対して、セーラー服という生身に近い体で立ち向かう武藤さんに対して、敵は鎧で身を包んでいる。さらに武藤さんが手にしているのはただの棒切れ。

 攻撃力は無いにひとしい。だからこそ、武藤さんは無駄に攻撃を試みず、防御に徹している。


「ならば! これでどうだ 聖なる水の清き流れを受けよ!」


 ミエラはこれまた、どこからか出てきた小ぶりな杖の先から、前にも見せた水流を浴びせた。そう、ミエラが得意だと豪語する水系統の魔法攻撃。呪文の詠唱時間はたっぷりとあったはずだ。その間武藤さんが必死に時間を稼いでたんだから。


 杖の先から怒涛のように流れる水は渦を巻いて、前に見た時よりも格段にスケールアップしている。雷が、炎がだめなら水。そういう相手の弱点を探りながらの戦いもいわばスタンダードだ。俺だってよくやる。いや、ゲームでの話だが。魔法使いの世界でもきっと同じなんだろう。


 呪文の効果があったのか、水流に飲み込まれた騎士はそのまま大きく後退する。圧力に押しやられた格好だ。


「はぁ、はぁ……これでどうだ」


 ミエラの全身に疲労が漂っているようだ。杖をそのまま文字通り、自分の体重を支える道具として肩で息をしながら、視線だけは自身の放った魔法の効果を確かめるべく前方へ。


「ミーちゃん、そんな無理して……」


 武藤さんがミエラを気遣う。肩を貸しそうな勢い。それほどまでにミエラは消耗して見えた。


「あたしの全魔力をぶつけてやった。なあに、一日寝てれば戻るんだ。それでだめなら……。そこの従者の魔力を使ってあれ以上の攻撃を叩き込むだけだな。まあそんな心配は無用だろうが」


 そんなミエラの視線の先。そこにはいまだ大量の水に飲み込まれた甲冑騎士の姿。いや姿までは見えない。

 水で出来たトルネード。渦は勢いを失うことなく未だに音を立てて渦巻いている。その中心にあの甲冑騎士が囚われているはずだ。今はその力を失い、消え去っていっているのかも知れない。


「でも……。気になるわ。こないだの魔獣は明らかに対魔法処理がなされてたから魔法が利かなかったのはわかるけど……」


 武藤さんがミエラに疑問を投げかける。


「おそらく、あの甲冑は魔物の本体ではないのだろう。特別に精製された金属だ。聞いたことがある。魔法の鎧ってやつの存在をな」


「魔法の鎧! なんやそれ! かっこいいやないの」


 と、にわかにテンションを高めた市ノ瀬を無視してミエラは続けた。


「本体はおそらくあの鎧の中にいるか……、あの女悪魔が遠隔操作でもしているのだろう」


「魔法の鎧かあ。たしかに、その昔、対魔法使い用に開発されたとか……。でもその技法は現代に伝わってなんじゃなかったっけ? どこかに保管されていた鎧を見つけてそれを操っているってこと? あのさっきの人が?」


「そうでなければ、もう一人、あいつの他に敵がいるってことなんだろう。どちらにせよ、そろそろ結果が出るころだ。浄化の水の力で、鎧自体には効果が無いかも知れないが、本体が中にいるにせよ、コントロール用のデバイスがあるにせよ……。きれいさっぱり、後には抜け殻が転がるだけのはず」


 そんなミエラの台詞を聞いて、俺も、ついでにいうと目をらんらんと輝かせっぱなしの市ノ瀬も地面からそり立つようにして流れる水の渦のほうを見た。


 確かに徐々に勢いが収まっている。その高さ、三メートル近くはあり、完全に騎士の身長を超えて姿を覆っていたものが、段々低くなってきている。


 これで、水が消えた時には、そこには甲冑騎士の鎧だけが転がっているというのが当たりの光景だ。


 そうであることを願うばかり。


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