~3
ざくざくとミエラに続いて一団は進む。
何処を目指してるのかって? 俺は知らん。武藤さんはおそらく知っているのだろうが。あの灰色の魔空間に巻き込まれた時などは、明らかに気配が違っていたのですぐに気づいたが、今回のケースでは俺ごときが認識できないレベルで何事かが起こっているのだろう。
実際、さっきミエラに魔法をかけられたようだったが、体が自由にならない以外の妙な雰囲気は感じなかったしな。魔法にもいろいろあるってことだ。
俺たちの教室のある校舎とは中庭を挟んで反対側。職員棟兼雑多な特別教室がある校舎。その真横にあるプレハブ小屋にたどり着いたところでミエラの足が止まった。
どうやら目的地はここらしい。
学校にポツンと建つプレハブ。奇妙と言えば奇妙だが、この小屋の由来については聞いたことがある。ベビーブームだの第何次だの影響で生徒数がパンパンに膨れ上がった時代があったらしい。その時、教室数を確保するために、臨時で建てられた……はずだ。その時代にどういった目的で利用していたのかまでは知らないが。
それが、今も残り、折角なのでなんらかの目的で使われているらしい。なんらかってなんなのか? については、目の前に来てなんとなくわかった。扉の横に、木製の古めかしい看板がかかっている。
『オカルト研究会』
要するに部活だ。サブカルチャーも甚だしい、文化部の一室として利用されているということか。それとも、看板に偽りありで、実際はもうオカルト研究会なんていうものは存在しないのか……まではわからないが。
「ここだな」
ミエラはノックもせずにいきなりドアノブに手をかける。そして容赦なく開け放つ。
「誰!?」
室内から厳しい声が飛んだ。若い女の声だ。
割って入ったのは武藤さんだ。ミエラに任せているとまとまる話もまとまらないと察してのことだろう。深く納得。
「ちょっと……聞きたいことがあるんですけど……」
「待って! 入らないで。そっちに行くから!」
その返答の数秒後には中から女子生徒が出てきた。中を見られたくないのか、出てくるなり後ろ手でドアを閉める。
が、好奇心から少し中を伺ってしまった俺には、異様な光景が見えてしまっていた。
見慣れた……わけではないが、ここ数日で耐性がついてしまった不思議な文様。さすがに光り輝いてはいなかったが、床一面を覆い尽くすその光景は魔方陣そのもの。異様だ。さらには閉め切ったカーテン。燭台に灯された蝋燭。
いうまでもなく、怪しすぎる光景だ。とはいえ、看板がオカルト研究会なのであれば、正当なる部活動、研究活動にまさに従事、励んでいるととらえてよいのか?
なんちゃって研究家ではなく三人目の魔法使いなんていうのは願い下げだが……。
出てきたのは、一見すると気弱そうな……一年生だ。クラスは別だが、見たことがあるような無いような……。とにかく履いているスリッパの色から学年が判別される。
ショートカットの飾り気のない髪型。どことなく自信なさげな表情をしているが、目力というかその眼力には、攻撃的な、芯の強い意志が現れているようないないような。
まあ、女子という点を差し引いてみれば、オカルト研究会会員として、ある程度の模範的外見を満たしているともいえよう。
笑うとそれはそれで可愛らしい笑顔になりそうな気もするが。
「あなた……!」
出てくるなり、オカ研部員――勝手に略し、勝手に決めつけてしまっているが――の少女は武藤さんの顔をみて固まった。
少女から飛び出た二の句が素敵だ。恐ろしいまでに事態の混乱を招く予兆。
「魔法使いなんでしょ?」
「なんで知ってるの?」
そりゃあ、クラス中には知れ渡っている。自己紹介での一件と、精霊術の授業での一幕。事実かどうかは別として自称が魔法使いで、さらにはそれを裏付ける能力を持つ武藤さん。
魔物の退治は学校側の意向によって伏せられたが、まあ広まっていてもおかしくはない情報だ。
「だって見たもん」
と少女。何を見たんだろう? たまたま授業中の体育館が覗かれた?
「戦ってたでしょ? 頭が二つの怪物と……」
「あの時か……」
と考え込むミエラ。
「だが……」
と首を振るミエラ。
「あれは、魔空間での話。こちらの人間には見聞きできないはずでは……?」
と武藤さんをひっぱりながら市ノ瀬と距離を取った。
「何? ミーちゃん、いきなり? どうしたの?」
と武藤さんはしぶしぶとそれに従う。
残されたのは俺一人。いや、俺とオカ研部員の少女。なんとなく居づらくなって俺も武藤さんのお後を追う。
「マリア=ファシリア、あの魔物と戦っていたのは……」
「そうよ、魔空間よ」
「では何故目撃者がいる?」
「そんなのわかんないわよ。なにかの拍子にちょっと魔門の隙間が空いちゃったのかもしれないし……空間が揺らいでいたのかもしれないし……」
「であれば……」
とミエラは取って返して先ほどの扉、少女がひとりでたたずむその場へと戻る。
「中を見せてもらおう!」
言うがはやいか、ミエラは少女を押しのけて室内にずかずかと入って行こうとする。
「だ、だめ」
とドアに立ちふさがる少女。
が、そこはミエラだ。強引に市ノ瀬の肩口を掴んで押しのける。ノブに手をかけ、一気に扉をあけ放つ。
さっきもちらりと見えた異様な光景。あるいは、オカルト研究会の日常。日々の儀式の風景。それが再度お目見えする。
ずかずかと室内に侵入するミエラ。武藤さんも遠慮なく続いた。市ノ瀬も慌てて中に飛び込む。
仕方なく俺も部屋の中へ。よくよく後から考えると、この時点で帰ってしまっても良かった気もする。
「これはまた……よくもまあ」
室内を見渡しながら、ミエラが嘆息を漏らす。どこか小馬鹿にしたニュアンスが含まれているのは俺の気のせいではないはず。
そんなミエラに向かって少女は、
「あなたも魔法使いなの? じゃあわかるでしょ? そうよ、ちょっとした召喚用の魔方陣よ。でも実際には上手くいかなくって。ねえどうすればいいの? 教えてよ?」
魔法使い容疑者が一名増えた。
そういえば俺はどういった風にみられているのだろう。魔法使いの一員なのか、関係者なのか、数合わせ、あるいは用心棒的存在なのか? それにしても、おどろおどろしい光景は、まさにスピリチュアル、ほんとに悪魔なりなんなりが出てきてもおかしくないと思えるほどの本格的仕様。と素人目には思える。
「なあ、これって例の魔門とかと関係あるのか? こいつが……?」
俺は少女に聞こえないように小声で武藤さんに尋ねた。
「ううん、でたらめもいいところ。これじゃあ魔物どころか小悪魔一匹だって呼び出せないわ。でも魔力場を不安定にする効力があるのは確か。それで妙な気配……つまりは魔力の反応が出たんだと思う」
「やっぱり! 魔法使いなのね! 見たんだから!」
どこまで見られていたのかが非常に気になる。ミエラがノックダウンされるまで? いや、ミエラの姿を見て反応しないのは、武藤さんしかみていないからだろう。俺のことも眼中になさそうだ。となれば……変身後?
「あなたが、戦っているところ! 魔法を使っているところを!」
う~ん。後半はほとんど肉弾戦をやっていたような……。であれば見られていたのはまだ俺が人間の姿を保っていた頃か?
謎は深まったり薄まったりする。