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てなことぐらいで平凡な日常。結局、魔法使いというのを公言しても学校側が受け入れないのならそんな属性は無いも同然で武藤さんは単なる素質を認められつつも、これからに期待の一生徒に過ぎない。で、俺が従者って問題は、俺的には秘密にしておきたいわけで。
武藤さんもそのことについてははっきりと公開情報にしたってわけでもなく。従者であることが未公開プロフィールであれば、そうすると武藤さんが俺に弁当を作るという理由が全く存在しなくなるわけで。
無用な邪推を生むくらいなら早めに手を打っておこうというのが俺のスタンスで、それは無理なく聞き入れられた。
お弁当はいらないと言えなかったところが、俺らしくて……悲しくなんか、ないやい。
ともかく、昼休みには、上園らとさも家から持ってきたような顔をしながら、武藤さんお手製弁当を食したわけだ。俺にすれば初合流なんだが、そこは根が良い奴らなのかあっさりと受け入れてくれた。なんの、利益にもならんが暇だけはつぶれるような話をしながら。
昨日の今日だ。俺が昨日一緒に飯を食わなかったことを不審に思われるかと思えば、所詮俺ごとき、いてもいなくてもよかったようで。特に話題にも上らなかった。武藤さんも昼に居なかったような……なんて話も出なければ、俺の弁当をしげしげと眺めて目ざとく、これは、お前が家から持ってきたものではないな! 真犯人は……この中にいる! なんて高説ぶちまけることもなく、一安心といえば、安心だ。
というわけで、放課後。瞬く間に時間は過ぎる。俺の視界に入る世界は通常モードそのまま。何の問題も生じていない。
が、見える奴には違うようで。
帰り支度をして、武藤さんを呼び出して、相談を持ちかけようか、どうしようか考えながら、あいまいな態度を保留したまま惰性で教室を出ようとする俺を厄介ごとが待ち構えていた。
「ちょっと! どこへ行くのだ!」
袖口を引っ張られて、その勢いでつんのめりそうなりながら振り返る。
そこにはミエラの仏頂面があった。相変わらずのメガネのせいで瞳は見通せない。
「付き合って貰おうか、ファシリアの下僕よ」
……。なんとなく自覚はあったけどね。従者って絶対に得な役回りではないと。それが確信に変わった瞬間がたった今だ。所詮、魔法使いの世間では従者など犬猫程度の扱いなんだろうと。
「なんなんだ、え、え~っと」
はて? と思い返す。俺はまだこいつの名前を呼んだことが無いかもしれない。ミエラ=グリューワルト。名前は知っている。どっちがファーストネームだ? そんでもって、一クラスメイトである俺は、どう呼ぶべきなんだ? 武藤さんみたいにミーちゃんなんて呼べる間柄でもないし……。
「ミエラでいい」
その辺りはフランクだ。人を畜生以下の呼称で呼び止めたくせに。
メガネに隠されてはいるが、大まけにおまけしたら武藤さんとためをはるほどの美貌を兼ね備えていると表現しても差しさわりなく、ついでに言えば、スタイルよし、金髪の白人女生徒という稀有なプロフィールをもち、それらすべてのプラス属性をあえての瓶底メガネで上塗りした、推定自己中、ゴーイングマイウェイ女。
さらに言えば、俺の前に現れた、二人目にしてオンリーツーの魔法使いという一般常識から大幅にはみだし、かつこの精霊使いや召喚士が認められるご時世においてもはみ出し実行中のミエラが俺になんのようなんだ?
というのを、オブラートに包んだあげく、プチプチで梱包した台詞が俺の口からでた。
「なんなんだ?」
必要最小限。敵意をみせず、過不足なし。これが俺の処世術だ。
ミエラは不自然に笑いながら、
「調査だ、調査。あたしの仕事だからな。ライフワーク。自分自身の確立のため、ひいては世界のため」
おっしゃることは崇高だ。
「で、どうして俺が付き合わなけりゃならねぇ」
「言っただろう。世界の秩序を保つためだ。つべこべ言わずに黙ってついてこい!」
だめだ。答えにもなんにもなっちゃいない。マイペース、オウンペース。俺に取れる選択肢はふたつ。従うか、拒むか。九十九パーセント後者を選ぶほうが後腐れも面倒もなく、すっきりと幸せな気分で眠りにつけることは確定的だ。選択を誤ると永遠の眠りにもつきかねない。
だが、気が付くと俺はミエラの後を追って歩いていた。自分の意思とは関係なしに。不可解な事象だが、思い当る節がないわけではない。
「ちょ、これどうなんてんだ、お前の仕業か?」
「悪く思うな。お前のようなものでも、役に立つことはある。あたしが役に立ててやろうというのだ。石神とかいったな。まあ、ものは試しだ。マリア=ファシリアが良いか、あたしが良いか、試してみるのもよかろうて」
『よかろうて』なんて言葉づかいを、女子高生の口から聞くとは思わなかった。こいつはどんな日本語教育を受けてきたんだ? と思いつつ、わずかではあるが、クラスの女子とミエラが話している様を思い浮かべると……普段は猫かぶってるってわけか……。
そうする間も、俺は、先行するミエラの背後、奥ゆかしい日本人女性が歩くような二、三歩さがった位置をキープしながらの行進。もはや、状況の打破をあきらめかけたその時だ。不意に体のコントロールが自由になる。あやうく躓いてこけそうになった。ゼロミリメートルの段差で。
「ちょっと、なにしてんの? どこ行くのよ? ミーちゃん!」
武藤さんだ。
「邪魔をするな、マリア=ファシリア。わずかではあるが、魔力を検知した。お前も気づいているだろう。それが魔門を開こうとするものへ繋がる道筋なのかはわからないが。とりあえず怪しむべきものは、全て調査して明らかにする。それがあたしの主義だ。これから、この従者を連れて確認へ行く」
武藤さんは、それを聞いてふと考え込むような仕草をしながら、
「……魔力。たしかに気にはなったけど、あれって……。そんなたいした反応じゃなかったし……。何かを隠しているっって感じでもなかったし……。あんな程度じゃ魔門どころか、伝送路だって反応しないぐらいの……」
「だから、それを確かめに行くのだ」
「でもって、なんで石神君を連れていくのよ! それも魔法なんかで無理やり!」
そうだ、そうだ。もっと言ってくれ。やっぱりさっきのは魔法の力かよ。俺の意思とは関係なく体が動くってのは末恐ろしいな。武藤さんが無効化してくれたんだろうか。他にどんなことができるんだ? 怖すぎる妄想が広がる。逆に俺が魔法を使える立場なら……、うれしすぎる妄想が湧き出ては止まらないのだが。
「なぜって、便利そうだからだ。何かとな。あんたこそ何故そんなことを聞く? お前の従者だからか?」
「それもあるけど……」
それとあとなにがあったのかはわからないまま武藤さんの決断。
「わかった。わたしも行くわ!」
ちゃららら~ちゃらら~。ファンファーレが鳴り響き、パーティにメンバが追加された。もちろん俺の頭の中で。なんて喜んでいる場合でもない。
確かにミエラと二人でわけのわからん調査、しかも魔法だのなんだのが絡んでいるものに関わるのはまっぴらごめんだ。
が、武藤さんが一緒にきたところで、結局俺の身柄は拘束されたまま。根本解決には至っていない。やっぱりさっさと辞めるか……従者の身分。
「ほう、やはり気になるのか? それともこの従者、よっぽどお気に入りなのかな」
ミエラは、俺の顔を覗き込む。こっちからはミエラの表情、特に視線をうかがい知ることはできない。分厚いメガネのレンズのせいで。向こうからは俺の瞳がはっきりと見えているんだろう。あまり気分のいいものでもない。
とにかく、そんなこんなで、ミエラが先頭で戦士の位置を陣取り、その後ろに武藤さん。そして最後尾が俺。先頭に現役の魔法使いを配備するというロールプレイングゲームとは真逆の隊列が出来上がった。