~3
『こ、これって……』
なんとなく俺の想いが武藤さんに伝わっている模様。
俺の意識は、周辺を包みこみ、マジックステッキに集約されている。そしてそれを持つ武藤さんへと。
「大丈夫。あなたの力……無駄にしないから……」
『無駄とか……そんなんじゃなくって……元に戻れるん……ですよね?』
「男の子が小さいことを気にしない!」
『一喝されてしまった。だけど、これはあんまりだよ。人間時代が懐かしいよ……と俺の考えたことが全部武藤さんに筒抜けになってしまっている気分で、プライバシーも何もあったもんじゃないし、かといって何も考えないわけにはいかないし……』
「ごちゃごちゃうるさい!」
『武藤さん激怒? いや、それって俺のせい……?』
「ミラクルマジカルハートフルチェーンジ!」
もはや俺には構わず、武藤さんは、ステッキを振りかざす。武藤さんの体は空中に舞いあがる。そしてその周辺をまばゆい光が包み込む。
背景はもちろんメルヘンチックなパステル空間。ほわほわ感がたまらない。
そして武藤さんは衣装を脱ぎ捨てほぼ裸体。……のようだが、肝心のところは光に覆われて見えない。
でれでれとした思考に囚われそうになった俺を、
「えっちな目で見ないで!」
と静止しながら、武藤さんの変身が進む。武藤さんの手足、胴体が順に光っていく。順次戦闘用のコスチュームが装着されていく。
戦闘に適しているんだかいないんだか。
ピンクでふりふりのワンピースに身を包んだ武藤さん。手足にも、ふりふりの。髪飾りももちろん忘れてはいない。
そしてそのまま、宙に浮かんだまま、決めポーズ。台詞もばっちりだ。
「学園に舞い降りた輝ける天使! 魔法少女! マリア=ファシリア! 参上!」
俺の動揺は大したもんだったが、それについては多くを語らない。実際、問題語るべきことは多くない。なにせ、変身の反動だかなんだかで、俺としては非常に生きにくい状況にさらされたのだ。
『ぎゃああ。なにこれ!? 痛い……。体……もうないけど、体中が……』
体は失い、精神はマジックステッキに宿され、そして意味もなく体中が痛む。いや激しい痛みに襲われるイメージを抱いていた。苦痛。喜びを伴わない苦行。思考が停止する。辛い、しんどい、痛いし、苦しい。
だが、武藤さんは、
「少しの間だから我慢してね」
とあっさり言うと、都合よく変身シーンに見とれてくれたのか、しばし動きを止めていた魔物へ向き直る。
はたと正気に返った魔物が武藤さんへ突進する。
武藤さんは素手でガード!
どうやらそういうことらしい。その衣装は、薄手も薄手。武藤さんは一見すると隙だらけ。肌を露出している部分も相当にあるが、見た目にそぐわず全身に不思議な防御力を備えているようだ。
肘のあたりで相手の爪を受け止めても傷一つ負っていない。
それだけではない。
跳躍力、打撃力、その他もろもろ、すべてにおいて一流アスリートを凌駕する身体能力を手に入れたらしく、単純な格闘によってみるみる魔物を圧倒していく。
相手の放つ炎や雷鳴などは気合で弾き返す。
先ほどまでの苦戦が嘘のようだ。
魔物も体力勝負には自信があるのか、どてっぱらに渾身の蹴りを入れられて、吹き飛ばされても痛い顔ひとつせずに、果敢に立ち向かい続けるのだが、相手が悪い。
そんな攻撃はさらりと躱し、振り払い、怒涛の反撃が武藤さんから繰り出される。
とはいえ、所詮は肉弾戦だ。致命傷を与えるまでには至らない。
このまま、だらだらと消耗戦へもつれ込むのかと俺の心配は徐々に膨らんでいく。もはや武藤さんの戦い以前の問題。俺の体を襲う痛みがいつまで続くのか?
長くはないはず。三分間ほどルーティンワークの攻防を繰り返したあとのお約束。
そう、あれだ。
あるんでしょ? 必殺技。ここまでお膳立てを整えておいてなかったら逆に驚きだ。ささとやっつけちゃっておくんなまし。
このまま、アッパーカットで魔物を遠いお星様のところまで吹き飛ばすのもありかも知れないが。『メルヘンギャラクシーアッパーカット』とかでね。
だが、武藤さんは俺のはかない期待に応えてくれた。
周囲の目を気にしているのか、単に自分の趣味なのか。
一応、お決まりの事のように、敵の攻撃を受けて吹き飛ばされる武藤さん。
校舎の壁にぶつかり、壁には大きな罅とくぼみが形成される。まあいい。どうせここは魔空間だ。
空間が解ければ、なにもかも通常に戻るのだろう。
そんなおおげさな演出を伴いながらも、無傷で元気な武藤さんんは、とうっと飛び上がると魔物へお返しとばかりのとび蹴り。
これには、魔物も少なからずダメージを受けたようで、起き上がったものの、首を振り回復を待っている。完全なる前ふり。前兆。ここで飛び出さなくていつ披露すべきものがあるのか。
武藤さんは俺を――ステッキを突き上げた。
「闇を滅ぼせ! 我に力を!」
どこから湧き出たのか、ステッキの先端に光が集まってくる。俺はというとそれまで感じていた筆舌しがたい痛みに加えて、圧迫感がおまけで付いてきた。乗車率五百パーセント、おまけに乗客のすべてが石膏像、ムキムキマッチョなミケランジェロといったありえないぐらいの苦境。
だが、武藤さんは俺には構っていられない。
ちょうどいい頃合いまでエネルギーが溜まったところで、
「ファシリア=ファンタジック=エクストリーム=クラッシュ!」
ステッキを魔物に向ける武藤さん。技の名前からするともはや、この人は武藤さんではなく魔法少女ファシリアになっているのかも知れないが、それにしてもクラッシュはないだろう。ウェーブとか、フラッシュとか、いくらでも適当なネーミングがあるんじゃない?
クラッシュって物理攻撃っぽいですけど?
なんていう俺の突っ込みはもはや武藤さんへは届かない。実際問題そんな突っ込みを入れる余裕なんてありはしなかった。
結果として、すさまじい量の光線、とどのつまりビームのようなものが魔物を襲い、対魔法コーティングってなんだっけ? とおもわず設定無視っぷりを非難してしまうくらいの威力をもって、魔物を包み込み、そして消し去ってしまった。
後に残ったのは、灰色の魔法空間とひとりの魔法少女。魔法少女の手に握られた俺。俺こと、名称不明のマジカルステッキ。
それから、意識を取り戻しつつある、ミエラ。
武藤さんが魔物を倒した余韻に浸りながら小さく頷くと、世界が日常モードへと変化していく。
魔法少女から武藤さんへ。いつもの制服姿に脈絡なく戻る。空には見慣れた夕焼け。赤みがかった雲。
やはり、校舎に入った罅も破壊後も消え失せていた。
俺の体も帰ってきた。
痛みも消えた。これ一番重要。
「大丈夫?」
とりあえず――そうだろう、俺以上の優先順位を与えてやってもこの場では仕方ない――ミエラの元へ駆け寄り、抱き起こす武藤さん。
「う、うう……」
ミエラは軽く呻きながらも、意識を取り戻した。
「あいつは?」
「なんとか、倒したわ。ミーちゃんの魔法でダメージもあったし……」
ミエラに気を使ってか、魔法少女であることはミエラに対しても秘密なのかしらじらしいことを言う武藤さんだ。
「そうか……では、勝負はおあずけだな」
ふらふらと立ち上がったミエラは、わけのわからないことを言う。
レギュレーションを変更した、魔法勝負の行方は更に迷走を始めたらしい。
武藤さんが魔物を倒した時点で勝ちじゃあないのか……?
「これで、勝ったと思うなよ! いずれその従者はわたしが戴く!」
内心負けを認めているのだろう。捨て台詞にその心情が表れていた。
ともかく、詳細を問い詰めることも無くこの場を後にしたミエラ。悔しさでいっぱいでそれどころでもないのかも知れない。ああ見えて。というか、見るからにプライドが高そうだ。
で、驚いたことに、武藤さんもそのまま帰ってしまった。
ひとり中庭に残された俺。
武藤さんを追いかけていってもよかったのだが、例の虚脱感と倦怠感が一気に押し寄せて来て、走ることはもちろん、歩くこともままならず。いつもの数倍の時間をかけて家路に着くことを覚悟してしばし呆然。
あんだけわけのわからん展開に人を巻き込んでおいてアフターフォローなしとは……。 ある意味ミエラなんかよりよっぽどたちが悪いのかも知れない。
…………武藤さん……恐るべし……。
と、人の気配を感じて俺は精一杯の力を込めて首を回した。がんばらないと首すら回らないほどの厄介な状況に辟易しながら。
「お疲れのようね」
ゆっくりとした足取りで近づいてくるのは担任の闇沼先生。いや、出で立ちが異なる。暗黒のボディスーツ。露出度満載のサービス精神溢れるこの人物こそが、悪魔や魔物を送りこみ、魔門とやらを開こうとしている元凶。自称エルーシュとかいう女悪魔。闇沼先生と同一人物であったとしてここは本人の意思を尊重してやる。
「お前は……エルーシュ! 何の用だ!?」
俺は、虚勢を張り、少しでも自分のペースで進めようと、声を張る。
「あら、覚えててくれたのね」
こいつがほんとに闇沼先生だとしたら白々しいにもほどがある。
「だけど……そんな言い方ないじゃない? 折角楽にしてあげようとしてるんだから……」
ずかずかと近づいてきたエルーシュは俺の首を掴むと、俺の顔を自分の胸に押し当てた。
やわらかい至福の感覚に俺は包まれながら、それを拒絶しようとしてできない。距離を詰められたのも、体の不調以前にまったく体の自由が利かなくなってしまっていたからだ。
「ふふ、心配することないのよ。それにしても無茶するわねぇ。あの武藤さんってこ。あんなことしてたら、いくら君が優秀だからって、持たないわよ」
「何をする気だ!」
「私の魔力を分けてあげようってんの。こんな調子じゃ明日も寝込むことになるわよ。それはこっちにとっても都合悪いしね……」
「お前が……、魔門を開く黒幕なんだな?」
「あら、この数日でいろいろ覚えたみたいね。ご褒美に少しだけ教えてあげる。ひとつめは武藤さんのことね。彼女はもう魔法使いの枠やぶり……その魔法は魔法である域を超えてしまっているわ。だから、あなたの魔力がいくら多くても、彼女に仕えている限り、毎回こんな疲労が、あなたの体を壊しかねない消耗が続く……」
それは……辛いな。
「でもって、あなたも悪いのよ。あなたにあるのは魔力だけじゃない。それにいつ気づくかしらね。教えてあげてもいいんだけど、それにはまだ早い」
それって、俺も魔法使いの素養があるということか?
「ざ~んねん。あなたに魔法は使えないわ。多分ね。でもそれ以上の事ができる可能性は秘めている。今の段階でいえるのはこれくらいかしらね」
思わせぶりな……。
「さあ、もういいでしょ。これで明日も元気に登校してちょうだい」
体が自由になった。言われたとおりに、疲労も消えた。これで帰宅の心配をしなくて済むようだ。それはメリット。
「じゃあ、また明日ね。石神君」
俺の名前を知っている? また明日? それはエルーシュとしてまた何かやらかすってことのなのか? それともやっぱりお前は闇沼先生……?
「ま、待て!」
呼び止めようとした俺の目の前でエルーシュは翼を広げて飛び去ってしまった。