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~2

「魔物の気配……。あっちねっ!」


 武藤さんが駆け出した。ミエラも後を追う。俺も仕方なしに。


「連盟からは関わり合いになるなといわれたのではないのか?」


 ミエラの問いかけに武藤さんは、


「だって……放っとけないの。折角戦う力があるんだから……。見てるだけなんて絶対嫌! 何もしないなんてわたしにはできない!」


 武藤さんが足を止める。その先にそれは居た。出現しつつあった。

 誰が呼んだか、なぜ現れたのか知らないが、一見しただけで見るからに危険な存在だとわかる。


 あたり一面にどす黒い靄が立ち込めたかと思うと、それが一点に収束し、徐々に形作られる一匹の獣。相当危険で、事実双頭だと下手なしゃれをぶっこいている場合じゃない。


 色は、魔界の専売特許なのか、紫がかった黒。艶やかな毛並み。二足歩行には適していない四本足は猫科の肉食獣を思い起こさせるようなしなやかでありつつ筋肉質。


 ふさふさとした長い尾があり、翼は生えていない。が、オオカミのような巨大な顔と、ライオンといえなくもない、これまた猫科の相反する二つの顔。


 いっそ、ケルベロスなら描写もしやすいのであろうが、キメラというかキマイラとかいう概念に非常に似ているものだと思っていただけたらそう遠くへは行かないだろう。


 考えてみればここはいわゆる特区。化け物退治の実力者、猛者たちが集まる特殊な学校であるが、増援の気配はかけらもない。前もそうだったが、一旦魔空間とやらに入ってしまえば周囲からの侵入は不可能であるのかとりあえず誰も来そうにない。


 武藤さん――&サポートメンバー、ミエラ・グリューワルトの二人で乗り切らなければならいないのか?

 こんな見るからに危険そうな相手に。


 魔物だか『未確認敵性異物』だかなんだかしらんが、要は化け物。敵属性ハイマックスな怪物の、二つの顔が同時に咆哮し……。


「きゃあ!」

「うおっ!」


 前者は武藤さんの悲鳴。ライオンの口からは稲妻の閃光が武藤さんへ放たれた。

 オオカミの口からはミエラに向かって炎が。

 それぞれ浴びせられる。俺は、計算外なのか蚊帳の外なのか、幸運にも無視された格好だ。危険は二人のか弱き少女へ。


 とはいえ、二人とも魔法使い。それも、それ相応の実力者であるらしい――伝聞かつ推測。

 とっさに、両手を突き出してガードする。彼女らの両腕の先からは、原理不明で輝く小ぶりな魔方陣が姿を現し、雷轟と灼熱をそれぞれ無力化したようだ。かすり傷ひとつ受けてはいない。


「こいつは、あんたの差し金ではないのか?」


 怒り心頭で叫びだすミエラ。


「違うわよ。言ったでしょう! 報告済み。魔界の門を開く何者かが呼び出した、さしあたり門番ね」


 状況に似あわず、割合と冷静に応じる武藤さん。


「…………」


 展開についていけず絶句する俺。蛇足か?


「ならば!」


 ミエラはぶつぶつと――おそらく呪文の詠唱だろう――何事か呟きながら、武藤さんの背後へ、つまりは安全圏へと移動する。

 対して、武藤さんは怪物を、一人で対処することになり、それを好機と見てか、単に本能的に手近な相手を攻撃目標に据えたのか、襲いかかる魔物。


 前足に生えた物騒な爪でもって、武藤さんの肩口に狙いを定めている。

 武藤さんの周囲の空間が微妙にゆがんだ……様に見えた。

 直後、武藤さんはどこからどうやって取り出したのか、手にした一本の杖で、怪物の爪を弾き返す。


「勝負はお預けだ……と言いたいところだが、こいつを仕留めたほうが勝ちというのはどうだ?」


 自分はセーフティゾーンへ逃げておいて、さらに都合のよいルールをでっちあげ提案するミエラ。半ば感心してしまった。と同時に多少の安堵が立ち込める。


 余裕あるんじゃないか? これなら俺への危険性は無きにしも、少なしだろう。


「そんなこと言ってる場合じゃ!」


 次々と繰り出される前足での攻撃を受け流しながら、武藤さんが抗議する。

 が、ミエラはそんなことはお構いなしだ。


「食らえ化け物!」


 突如として武藤さんの背後から一歩横に躍り出たミエラは、これまたいつの間にか手にしていた杖を振りかざす。

 杖の先からは渦を巻いて大量の水が魔物に襲い掛かる。


 なるほど、どういう理屈か知らんが、防御は一瞬で出来ても攻撃魔法の発動には時間がかかるのだろう。武藤さんを盾にしてその時間を稼いでいたわけだ。


「ふふん、ちょろいもんだ。わたしにかかれば……。これで勝負はわたしの勝ちだな……。その、従者は貰ったぞ」


 誰の同意も得ていない自分ルールを持ち出し、悦にひたるミエラ。

 魔物は襲い掛かる渦に飲み込まれ、沈黙したかに思えたが……。


「うがぉぅ~~!!」


 叫び声とともに、水流の一角が割れ、炎が、雷鳴がミエラに向かって疾走する。

 虚を付かれたミエラはそれを無防備に浴びてしまった。制服が破れ、焼け焦げ、当の本人も後方に吹き飛ばされる。


「そ、そんな……」


 力なくも、なんとか起き上がりつつ、怪物に目をやるミエラ。


「対魔法コーティング!?」


 武藤さんも驚愕の表情で魔物を見ている。

 俺も見た。傍観者たるが俺の役目なのだ。そしてそれを伝える。

 魔物の体全体に青紫色に光る筋が浮かんでいる。それは見ようによっては、魔方陣とも古代言語の羅列とも見えなくはない。要するに耳なしほういち状態。全身これ呪文の写経。


 武藤さんの言葉をそのまま借りるなら、対魔法のコーティングが施され、想像するに受けた魔法を無力化する力があるのだろう。魔法の防御用の装甲というわけだ。


「む、無念……」


 時代錯誤な台詞とともに崩れ落ちるミエラ。スカートの裾からのぞく、傷だらけになった太ももがなまめかしい。などと言っている場合ではない。


 ミエラが出した水の渦巻きも消えうせ、魔物はゆっくりと……残った武藤さん――幸いにして俺はアウトオブ眼中――に標準をさだめている。


 ごまめの俺も入れて三対一が二対一になった。相手は双頭。このまま俺が標準になれなければ良いのだが……。

 と、同時に俺の首元に伸びてくる光。武藤さんの魔法だ。俺は一瞬にして飼い犬状態へ。武藤さんと鎖で接続される。


 俺の首にはしっかりと首輪が装着される。プラスアルファで防御力に特化した伝説のアイテムなんかがあれば、なおよいのだが、これは単にそこからつながる鎖で武藤さんへ魔力を供給。外部バッテリー装置としての役割を担うだけの代物だ。


 首輪から伸びる鎖が、武藤さんの手首に出現した腕輪と接続される。

 本来であれば首輪と腕輪のペアルックなんて相手が武藤さんであれ、願い下げたいところだが……この危機をのりきるための必要最小限の制約事項なのだとしたら文句は言っていられない。


 現に、武藤さんは魔物を打ち倒す決意を秘めて、俺の身を案じて――希望的観測――、気合を入れている……はずだ。

 そうこうしているうちにも魔物は攻撃態勢を整える。二つの頭。攻撃対象はひとつ。武藤さんへ向けて炎と雷を繰り出す。


「えっ!」


 と簡素な悲鳴をあげた武藤さん。

 二種類の攻撃は想定の範囲内であっても対応の範囲外だったのかも知れない。


 迫りくる炎に向かって差し出した手から放たれる魔方陣によって炎を防いだものの、同時に迫る雷からは、無防備だったようで、これは物理的回避。つまりは横に飛びのくことで避けていた。が、完全に避けきることができなかったようで、右手には痛々しいやけどの跡が見受けられた。ちなみに武藤さんの右手は俺の鎖とつながってないほうだ。


 魔物は調子に乗って続けざまの追撃。体制を崩した武藤さん目がけてとびかかる。その両前足の爪を光らせて。


 これも、バックステップでかわす武藤さん。さらに一瞬の隙をついて、杖を振り、火の玉を魔物に浴びせかける。しかし、またしても魔物の体表面には光る文様が現れて、せっかくの炎がぷしゅっと乾いた音を立てて消え失せてしまう。


 その後も、魔物の攻撃をまともにはくらいはしない武藤さんだったが、有効な攻撃を返す隙も見つけられず防戦一方だ。


 そして俺は観戦一方。そんなことでよいのか? という男としてのプライドと、非魔法使いとして、ただの何の変哲もない一般人としての無責任さから、何も出来ずにいたのはついさっきまで、ほんの数秒前までの話。

 今の俺は違う。一計を案じ、静かにその身を移動させる。


 魔法も使えない、さらには身体能力も並もしくは中の下、格闘センスなど生まれ持ってこなかった俺だが、この場においてできることはゼロではない。


 武藤さんへの魔力の供給という一点において、以外でも。


 思えば勝手に従者にされて、危険に巻き込まれて……。迷惑以外の何物でもないが……。それでも今の状況をどこかで受け入れている俺がいる。武藤さんとの間で築かれつつある絆。繋がり。愛ではないが、戦友にも似た感情。健気に世界を案じる武藤さん。そばについていることしかできない俺。


 だけど……このまま傍観なんてできない。

 魔物が武藤さんを噛みしだこうと、大地を駆ける。その瞬間だ。


「えい!」


 待っていたチャンスを、無駄にせぬように必死で、勢いと、そして気合を込めて、首からぶら下がる鎖を引っ張る。


 魔物は地面から数センチの高さに持ち上がった鎖に足をとられえ転倒する。そしてその隙に武藤さんが必殺の攻撃魔法を詠唱してとどめをさす……。


 はずだった。思惑は見事に外れ、俺は鎖ごと魔物のほうへと引きずられた。そのまま地面に倒れこむ。数メートルは引きずられた格好だ。

 それでも多少は、魔物の突進力を削いだらしく、武藤さんは短い詠唱の後、さっきよりも大き目の火炎を魔物にぶつけるが、やはり効果なし。


「余計なことしないで!」


 折角の機転――無駄に終わったとはいえ――を余計なこと扱いされた俺だったが、テンションが上がってしまったのか不思議とめげない。


「魔法が効かないのか? それとも呪文の余裕がない?」


 こうなれば乗りかかった船だ。武藤さんに問う。と同時に、こんな俺でよければ、何かできることはありませんかと、ひたすら低姿勢で。時間稼ぎくらいなら、相談に乗りますけども。


「ダメなの。魔法は効かないみたい。呪文を唱える時間が十分にあっても……多分だめ」


 絶望的回答。フロム武藤さん。

 ミエラは気を失ってしまった。武藤さんは防戦一方。俺は観戦者。三人が三人一様に、対魔物戦の非秘密兵器、非対決戦兵器と化してしまったこの現状。


 武藤さんを同列に扱うのは問題ありだな。


 彼女は、たった一人で戦っている。彼女が魔物からの攻撃を一手に受けてくれているからこそ、ミエラは安全に寝っ転がっていられるのだし、俺も、こうやって落着いて戦いを見守っていられる。


 それにしても、ただの魔法使いかと思われた武藤さん。スポーツも万能なようで、前足の攻撃を杖で受け止める仕草にしても、避ける様子にしても、躍動感溢れている。格闘センスってやつにも恵まれているのかも知れない。


 きらきらした汗が飛び散っていたらさぞ、さわやかな光景に違いない。


 が、こと、このどんよりとした空の下、魔空間では、そうも言っていられない。


「俺に……できることがあれば……」


 心の底からではない提案。アゲイン。


「大丈夫、死なないで!」


 武藤さんは一瞬こっちに視線を投げると、微笑を浮かべながらそういった。


 勝算があるのか……。それとも……。


 しかし、いつも俺の命を一番に慮ってくれる武藤さんに敬意を表しつつ、まあこれだけ当たり前のことを当たり前に言われて、でもってまかり間違ったらほんとに命を粗末にしかねない状況って俺は二度目だが、普通はなかなかありえんよな。


 効き目の無い魔法攻撃を封印した武藤さんは、ひたすら肉弾で、しかも防御用の魔法すら使わずに、体術まかせで戦っていたが、それにはある秘策が込められていたらしい。


 そのことに気づいた。そう、武藤さんは詠唱している。必殺の呪文に違いない。

 なんとなく安堵感。安心しきるにはまだ早いが、武藤さんがこれだけの溜めを必要とする技というか魔法を繰り出すのならそれはとっておきのものに決まっている。


 通じないわけがない。通用しない方がどうかしている。通じてくれ。通じてください。通じますように……。


 だが、そこからの展開は俺の想像をはるかに超えていた。

 記憶にあるのは……最後にみたのは武藤さんが、呪文を発動した姿。


 それと同時に俺の体は消え失せた。首輪も鎖も、ついでに言えば鎖とつながっていた武藤さんの腕輪もだ。


 首輪がなくなるのも鎖がなくなるのもやぶさかではない。もともと魔法で出したものなのだから。


 道連れに俺の体が無くなった?

 じゃあ、俺はどうなったのか? 俺の意識は今、武藤さんの右手に握られているメルヘンチックな一本のステッキに宿っているらしい。先ほどまで使っていた古めかしい木の長い杖はどこかにいってしまった。


 そのかわりを務めるのが、先っちょにピンクのかわいらしいハート型の飾りのついた、そして万遍なく赤やら黄色やら、パステル調やらの宝石のような丸かったり星形だったりするキラキラ石で装飾された、マジカルアイテム。小さい女の子が欲しがりそうなやつね。


 そんな、奇妙な物体に俺の意識は……体は……取り込まれてしまったらしい。


 と同時に、俺は武藤さんと魔物を上空から見つめるいわば神の視点を手に入れていた。


 要は、わたくしめ、従者という立場から、ひとつのマジックアイテムへとクラスチェンジしてしまったらしい。昇格か降格かは武藤さんのみぞ知る。ご褒美は上空からの眺め。


「ごめんね、こうするしかなかったの」


 上空の俺ではなく、手中に収めた俺へ向かって呟く武藤さん。


 ああ、非常事態なのかどうかはわからんが、異常な事態ではある……。

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