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~6

「ごめんね……」


 ミエラの去り際を見届けると武藤さんは申し訳なさそうに言った。


「彼女……知り合いだったの?」


 と、まずは差しさわりのないジャブを打つ俺。


「うん、一緒にね、魔法使いになるために勉強してたの。こ~んな小さい時から」


 武藤さんが指し示す高さを見ると、一歳児にも満たないのではないかという推定身長だった。


 まあ、新生児から修行の道を歩んでいても別におかしいとも思わんが。魔法使いの修行なんてはっきりいって常識人には想像もつかん。


 でなんだ、魔界の門とか連盟とか……縄張りとか……その辺の話がまったくわかんないんですけど?


「あのね、何時の時代も悪い魔法使いっていうのが出てきちゃうの。で、その人が魔界と人間界、この世界を繋ごうをしちゃうのね」


 なんかあっさりした説明だが、言っていることは恐ろしい。で、何のために?


「それはいろいろ。人それぞれ。魔族を従えさせて、世界征服を目論む人もいるし……単に面白がって世界を混沌に陥れようとするだけのひととか……興味本位でやっちゃ人とか……」


 うをっ、壮大だ。物語の最終章。ファイナルエピソードとしても持ってきてもいいかもしれない。魔界への扉をかけた壮絶なる死闘。これが、漫画やアニメの世界であれば……という条件をぜひとも付けさせていただきたいことではあるが。


『魔法使い 武藤さん 魔界の扉編』 


 う~ん、視聴率稼げるような、既に使い古された出がらしのような……。この世を混沌に陥れる悪の魔法使い。それにたったひとり立ち向かう武藤さん。いや、武藤さんとその幼馴染のミエラ。その少女ふたりと未知なる力に目覚めた俺。


 考えるだけでわくわくと…………しない。


「で、連盟ってのは?」


「ああ、だから魔法使いは一応ね、みんなサークルみたいなのに所属しているのよ。魔法使いの所在とか活動履歴とかを明らかにするために……」


 サークル? いきなり話が軽くなったが……。魔法同好会みたいな感じか?


「で、なにか悪い兆候があったりしたら、その連盟から魔法使いが斡旋されて、もちろん他の人には内緒でだけど、こそっと変なことになんないように、見張りをしたり、悪者をやっつけたり……」


 ざっくりしてんな~。それってすごいことだと思うけどね。事実であれば。


「でもそれって、いわゆる『排除適応者』の仕事なんじゃ……?」


「それがわかんないのよ。明らかに魔物だし、魔界から来てるのに『未確認敵性異物』なんて呼んで……魔法使いだって言っても相手されないし……」

武藤さんと世の中で認識がずれてるってことなのか……。


「でも武藤さんは自分で選んでこの学校にきたんでしょ?」


「うん。知り合いに頼んで……。だって放っておけないじゃない? それにこの学校って特殊なのよね。魔法使いに都合がよくできている。魔界と近いのかも知れない」


 近い? ええと、何駅ぐらい離れてるんですか? 何光年って単位を希望したいが。


「ああ、近いっていってもそんな意味じゃなくって、なんていうのかな、魔界への扉を開きやすい力場に包まれているっていうか、魔法が他の場所より使いやすいっていうか……」


「それって、他の奴らにも都合がいいのかな? あの精霊使いの秋継とか、召喚士とかにも……」


「それは無いと思う。あの人たちからは魔力の欠片も感じないから……」


 地味に難しい問題だ。俺にとってはどちらも似たような存在にしか思えない。精霊の力を使って炎や風を操る秋継。魔力をもって魔法を駆る武藤さん。両者には共通点が多すぎてつい一緒くたに考えてしまうが、それぞれにそれぞれの世界が……理があるってことか?


「そう……魔法使いにだけね……」


「で、それを利用している誰かがいるんだと思う。連盟に所属していない魔法使いっていうのがよくあるパターンだけど。今回は、あのサキュバス……。本人は否定していたけど、魔族であることは間違いないわ」


 ああ、あのエルーシュとかいうやつね。闇沼先生そっくりの。と言いそびれた俺を無視して武藤さんは続ける。


「で、一昨日も小さな扉が開かれた。多分予行演習かなにかだと思う。そんなに大きな魔力は感じなかったから。先に魔物が現れて、そしたら魔門が開き始めて……」


 それが、あの化け物か……。で、強かったんだな。大丈夫か? この学校? いや、この世界。あん時武藤さんが居なかったら……どうなってたんだ?


「それは大丈夫。あれは小物だったから……。秋継君じゃあ無理だったけど、何らかの力を持った人なら魔界に返すことはできたと思う。それに魔界の扉だって、ほうっておいてもすぐに閉じたと思う。それくらいの規模のいたずらといっても差支えないぐらいの……でもちょっとでも被害者が出るのが嫌だったから……」


「小物って……俺が……疲れ果てるほどの魔力を……」


「うん、だから、それは折角の機会だしと思って、必要以上に高度な魔法を使っちゃったの。折角来てくれたんだし……」


 呼ばれたような気がしたから、行ったんだが、ピンチでもなんでも無かったわけね。なんなんだ俺の苦労。


「ううん、来てくれてよかった。うれしかったよ」


 そういって武藤さんは俺の手をとり微笑んでくれた。


「ほんとにありがとう」


 いや、それほどでも……。


「それよりその後に出てきた……」


「ああ、あの人は手ごわいと思う……」


 いや、そういう問題じゃなしに……、あれってどう考えても闇沼先生じゃないの? と話そうとしていると予鈴のチャイムが鳴った。


「もうこんな時間……」


 武藤さんが立ち上がって、片づけを始めた。


 仕方なく俺も、教室へ戻る準備をする。しばし無言。まあ、また後で話せばいいさ。


 必要最小限に届いているのかどうなのか、この時点でも、どの時点でも判断しようもないが、昨日よりはだいぶと情報が増えた。


 所詮この世はインフォーメーションの時代なのだ。知らないよりは知っているほうがいいに決まっている。まだまだ聞きたいことや、ミエラの動向が気になるところだが、タイムオーバーであればしかたない。


 戻ったクラスで好奇のまなざしを向けられないように、武藤さんを先に送り出し、少し遅れて、あえてタイムラグを作るべく、俺はゆっくりと中庭を後にして、案の定、始業のチャイムに間に合わず、次の授業の教師に軽く説教を食らったが、それはどうでもいい話。


 六時間目は、疑惑の黒沼先生の授業だった。


 白坂先生は相変わらず拘束衣に身を包み、教室の入り口で硬直している。

 来る必要あったのかよ?


 で、教壇に立つ黒沼先生。やはり、どこからどう見ても、翼をはやしたあの悪魔。エルーシュと同じ顔。髪の色こそ違うが、そんなものは魔法でどうにでもなるのだろう……と思う。


 もちろん翼だって生やしていない。だが、あの顔を忘れるもんかよ。長い睫に切れ長の目。綺麗と言えばそれだけだが、妖艶な、それこそ悪魔的な魅力。

 いまは、白いブラウスブレザー、タイトなスカートという大人しめの恰好をしているが、あのパツンパツンの衣装を着ていた時の悩殺的なボディラインは服の上からでも伝わってくる。


 その証拠に、男子生徒の大多数が上の空。完全に魅了されてしまっている。女子たちはあきれ顔だ。肝心の武藤さんの表情はうかがえないが……。

 気づいているのか、気づいてないのか。昼休みに話そびれたのが悔しく感じられる。


 ちなみに授業内容は特別カリキュラムでありながら演習系ではなく座学。

いままで確認された『未確認敵性異物』の種類やら、その排除法など。一般人には門外不出の新情報。やっぱり俺たちは特別扱いされてるんだと感心しつつも、あまり頭に入って来ない。


 闇沼先生の素性やらなんやらをいろいろ考えながら、結局は、その顔と体の魅力にやられた男子生徒と同じく上の空での授業態度を取ることになってしまっていた。


「じゃあ、次、石神。読め!」

 不意に当てられた。えっ! これは何かの挑戦か? 俺の様子をうかがっていたのか?


「…………」


 立ち上がりこそしたものの、授業など聞いていなかった俺はどこから読めばよいかわからない。


 困って呆然としていると、


「四十八ページよ」


 と、武藤さんがささやいてくれた。

 いや、授業どころじゃなくって、真剣な重要問題について考えていたんですけどね。


 とにかく俺は慌てて教科書を開き、朗読を始めた。


 周囲の生徒たちのくすくすといった笑い声に冷やかされながらだ。


 当の、闇沼先生は、相変わらず無愛想。俺の朗読を聞いているのか聞いてないのか。その振る舞いはただの冷徹な教師。


 よくある授業風景。俺の脳内を除いては。

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