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「いた~~! マリア=ファシリア!! 逃げようったってそうはいかない!」
さあ、今から核心に迫るぞと意気込んで質問を繰り広げようとしていた俺のタイミングなんてばっさり切り捨てて走り込んできたのは、ミエラなんとかとかいう、クラスメイトの女子だ。
金髪に重苦しいメガネというミスマッチな特徴を備えつつ、そういえば存在感のない不思議な奴のはずだが……このテンションは……?
「えっと、ミエラさん?」
武藤さんは、ミエラを見て、あっけにとられている。ミエラの大声はここまで届くが、武藤さんは相手に聞こえないくらいの小さな声で、
「えっ、どうして……侵入禁止の結界が破られるなんて……」
と、戸惑いとも驚きとも取れない呟きを放った。
結界……。なんとなく思い当る節があるなぁ。大体、こんな天気のいい日の中庭で、他の生徒に邪魔されずに武藤さんと二人っきりの時間が取れるってことが、普通に考えれば異常だ。
そういえば、屋上に呼び出された時も、誰にも見とがめられなかった。そうだ、あの時も……このミエラとかいう女の子以外には……。
「この野郎!」
ずかずか近づいてきて開口一番の台詞が「この野郎」と来たもんだ。なんだこの眼鏡娘。キャラが濃いじゃないか? 目立たない存在じゃあなかったのかよ!
「どうして……わたしの名前……ファシリアの名を……」
武藤さんの突っ込みどころは一味違っていた。そういえば、俺には名乗ったが、自己紹介とかでわざわざ発表はしてなかった。
「あんた! こんなとこで何してるんだ! 結界まで張って! まさか……裏で糸を引いているのはお前じゃないだろうな! それとも……そいつか!?」
いきなり現れてそいつ呼ばわりされた俺だったが、この二人の会話、どこかでかみ合っている。ここは俺ごときが介入すべきではないだろうと、しばらく静観することを決め込んだ。
「こっちゃあ、折角のんびりと高校生活を送ろうと思ったら、わけのわからん学校にしょっぴかれて……。あたしの縄張りは他にあったのに、横取りされるし、で、妙な魔法の気配がすると思ったら、その中心にはいつもあんたがいる。どういうことだ! ここはあんたが仕切ってるんじゃないのか? マリア=ファシリア! お前はどっち側なんだ! それにそこのやつからは、魔界の波動がびんびん漂っているぞ! そうか! そいつが黒幕なのか! そうだな!」
断定口調で、ミエラは一気に捲し立てると、さっと飛びのき俺たちから距離を取った。
呆然とそれを見て、リアクション取れないでいる俺と武藤さん。
そこで、ミエラは一旦、考えるようなそぶりを見せた。
「もしかして……? 任務の一環なのか? あたしとあんたの関係もばれちゃまずかったとか……?」
困惑した表情で勝手に一人で勢いを失うミエラ。
「関係って……。あなた……ミエラさんってひょっとして……」
言いにくそうにためらいながら武藤さんが核心を突く。
「魔法使い……ですか?」
それを聞いてミエラの顔が真っ赤に染まる。
「マリア=ファシリア! あたしを忘れたっていうのか!」
言いながらミエラはメガネをはずして武藤さんを見つめる。
「み、ミーちゃん!!」
なにかのフラグが立ったかのように、武藤さんが思わず叫んだ。
フラグと言えば、このミエラとかいう女子。分厚いメガネに金髪のロングヘア。欧米の血を引いているとしては、小さ目ではあるが整った鼻筋。これも形の悪くない唇。
昔の漫画でもあるまいに、メガネを取った姿は、ほどほどを通り越して十二分に魅力的でありやがる。しかも、この眼鏡属性の破棄は、美少女への転身を、それだけをなしえるのではなく、武藤さんとの接点を無理からに引きずり出した。たった数日ではあるが恐ろしい個性が眠っていたようだ。我々のおよび知らないところで。
「なんだ、あんた……ほんとに気づいてなかったのか? このあたしの存在ってそんなもんか?」
しゅんと肩を落とすミエラをフォローするように、
「違うのミーちゃん、だってメガネかけてたし、髪の色も違うし……名前だって……。ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい。そんなわけないのよ。私がミーちゃんのこと気づかないなんて……。でも高校生になっていろいろとしなきゃいけないことがあったから……」
「ふんだ。いいんだいいんだ。どうせあたしなんて、あんたからしたらその程度のもんだろう。言い訳はごめんだ」
どうやら、二人の話を聞くと、以前から面識があったのに武藤さんが、ミエラのことをそれと認識していなかったようだ。今の今まで。
「ごめんなさい。だって……。でも、いろいろあったから。がんばって魔物退治しようと思ってこの学校を選んだのに魔法使いだって言っても相手されないし……、使い魔は見つからないし……この学校に門を開けようとしている誰かがいるし……」
「それがそいつじゃあないのか? 魔界の匂い……それほど感じる人間も珍しいぞ」
三度目になるのか? ミエラは俺を指さした。
「だから、これはその時に……魔門を護る悪魔を戦うときに……臨時でゲートを開いて魔力を……この人を触媒にして……」
意味のわからない単語の羅列だがなんとなく俺がモノ扱いされているようで、気分が沈んだ。
「そうか、だが、魔界とのコネクションが必要なほどの……。それは興味深い。だが、どうしてお前ほどの魔法使いが相手にされていないんだ? あたしのように素性を隠しているわけでもあるまいに? この学校……いや、この国はなんか変だぞ?」
「それは……わからない……。ただ、連盟にも聞いてみたんだけど、我々は関与していないってそれだけで……。わたしにもできれば関わるなって……」
「なるほど……。独自に動くしかないっていうのか……。では、この学校近辺はあたしの縄張りにしてしまってもいいんだな?」
話がどんどんわからないほうへ転がっていく。
「う~ん……、それは……」
考え込む武藤さんだったがミエラは独自の解釈を繰り広げたようで、
「そうかそうか、マリア=ファシリアが魔界接続を必要とするほどの強敵か! これは楽しみだ! わっはっは!」
などと笑い出した。構築されつつあった控えめでおとなしいクラスメイトなんていうイメージはぶっとんだ。ずんずんと武藤さんと会話を繰り広げ、結局のところ腰に手をやって豪快に笑い続けている。ほんっとになんなんだこいつは。
「魔界ってなんのことだよ。俺が……魔界と?」
ようやく、話に食いついた俺。
が、ミエラには俺の存在なんてその辺の砂粒くらいの価値しかないのかもしれない。あっさり俺の質問を無視。で、代わりにその存在を武藤さんに問いただす。
「で、そいつはいったいなんなのだ? マリア=ファシリア?」
「もう、前みたいにファーちゃんって呼んでよ。いちいち古式の呼び方しないでいいじゃない? この人は……私の従者になってくれた人……」
いや、了解したわけじゃないけどね……。と、正式に抗議が出来ないでいる俺をほっぽって話は進む。
「従者か……。たしかに使い魔を見つけるのは容易くはないが……。従者などとは……。あとあと面倒だぞ?」
面倒事に巻き込まれてるんだね俺ってば。やっぱり。
「うん、でも……」
申し訳なく思ってくれているのか、どうなのか定かではないが武藤さんは、表情を曇らせた。
「とにかく、魔門を開けようとしているやつがいるのは確かなようだ。では、あたしがそれを探しだして対処することにしよう。で、ものは相談だが、その従者、あたしに貸さないか? 使いようによっては便利そうだ」
俺の意見などは、はなから無視で、話が進みそうな気配を敏感に感じ取った俺は、
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はまだその……武藤さんとも正式に従者になるって約束したわけでもないし……」
と控えめに自己主張。意見と立場をぶつけてみる。
「そうなの、石神君はまだ、引き受けてくれたわけじゃないから。わたしが勝手に契約を結んでみただけで……。で、事の流れでゲートに利用しちゃったけど……」
武藤さんのフォローも入った。が、このミエラという女にはそうした抗議などたいして意味がなかったようだ。
ミエラは独断と偏見とゴリ押しと自分都合の解釈で、
「そうかそうか、ではその従者。あたしが戴いてもよいわけだな。マリア=ファシリア。では勝負だ! 魔法勝負で勝ったほうがその従者の主人になるというのはどうだ! 時は本日放課後、場所はこの場。わたしが人除けの結界を張っておいてやろう。マリア=ファシリアであれば、たやすく侵入できよう。その時にはその、従者を連れてくるのだぞ!」
それだけ言うと、高笑いしながら去って行った。ってかどんだけマイペースなんだよ。




