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~2

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 六十年分ぐらいの絶句と、フリーズを使い果たした気分だ。

 俺の目に飛び込んできた光景は筆舌に値しがたい。

 武藤さんが居る。いつものセーラー服姿で。その四肢はところどころ砂にまみれている。


 そして、その武藤さんと対峙しているのは『悪魔』だ。


 言葉にするのは簡単だ。当事者であるところの一人、武藤さんについては何も問題ない。クラスメイトだし、見慣れた格好。見慣れた美貌。すらりと伸びた細い脚。長袖のセーラー服からちょこんとでた、華奢で趣のある手首。いつもどおりのお姿だ。いつもならきれいにまとめられている長い髪が多少乱れている程度。

 俺がどんなに馬鹿でも武藤さんを認識できないことはあるまい。今日だって話したんだ。

 問題はもう一方だ。


 どこから説明したものか……。

 え~、角が生えてる。頭から二本。長くて、湾曲している。それから、衣服の類は身に着けていない。青紫がかった皮膚? が全身を覆っている。それから、尻尾が生えてるね。長い、ご丁寧に、尻尾の先は鋭利に尖って、矢印みたいな返しまでついている細く長い尾。


 それから羽だ。鳥の羽っぽくはない。蝙蝠というよりも、まああれだ。先に悪魔と言っちゃてるから、それを元に想像してくれ。

 顔は痩せこけており、大きく開いた目には白目の部分が存在しない。小さな口からは牙が何本も覗いている。


 三つ又の鉾というか槍のような武器こそ持っていないが、その両手両足の爪はかぎ状で、見るからに攻撃力がありそうだ。

 幸いにして武藤さんのお肌にはまだ傷がついている様子はないが……。

 とにかく、俺の目についたのはその一人――武藤さんと謎の生命体一体。


「なんだってんだ!」


「あの怪物……『未確認敵性異物』がいきなり現れて……」


 俺に応えてくれたのは名も知らぬ一生徒。が、親切に甘えて、


「なんで武藤さんが!?」


「武藤さん? ああ、あの女の子か? あの子が怪物の動きを止めてくれたんだ。今は他の奴らが先生を呼びに行っている」


 確かに、この学校の教師は怪物――『未確認敵性異物』――の排除なんてお手の物という歴戦の強者揃いなんだろうが……。

 それまでのつなぎが武藤さんというのは……。


「一般人はさがりたまえ!」


 と群衆を掻き分けて輪の中に入っていった一人の勇者。ならぬ、お調子者。秋継だ。取り巻きはいない。たった一人で怪物と対峙する武藤さんへと近づいていく。


「ここは私に任せてくれたまえ」


 と、勝手に武藤さんと怪物の間に割り込んでいく。できれば頼りたくはないが、頼りになる。


「風の精霊よ! この物に、償いの刃を!」


 と手を振りかざすと、周囲の風の流れが変わった。突風が吹き荒れる。幾本もの風が細いかまいたちとなって怪物目がけて飛んでいく。


「きしゃあぁぁぁぁ!」


 なんと精霊使いの地力。みるみると怪物の表面にいくつも裂傷が付いていく。


「だめぇ! 中途半端な刺激は!」


 武藤さんの叫びにも秋継は意に介せず、続けざまに攻撃を繰り出す。

 が、致命傷はおろか大したダメージにすらなっていないのか、怪物は風に逆らって秋継目指して跳躍する。

 そのまま鋭い光を放つ爪を振り下ろして……。


「危ない!」


 武藤さんが秋継を突き飛ばし、そのまま自分も怪物の射程内から飛びのく。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 攻撃を避けられた怪物は咆哮する。雄叫びをあげながら武藤さんに背を向けてグラウンドの方へ飛び去っていった。


「待ちなさい!」


 武藤さんもそれを追う。


「くそぅ! この私が……あんな小物に後れを取るなんて……」


 戦意を喪失したのか、悔しそうに地面を叩きつける秋継の姿は、見ていて飽きないがこちとら鑑賞三昧の優雅な日々を送れるほど優雅な生活を送っているわけではない。心の中で『サブキャラ乙』とだけ吐き捨てて、秋継から視線を離す。

 で、行ったところでなにがどうなるってものでもないのかも知れないが、反射的に武藤さんを追いかける。

 秋継を中心とした群衆から距離が離れ、校舎脇をすり抜けて、グラウンドが視界に入る。


 突如として悪寒が全身を貫いた。地面に足をつけているようで、地に足が付いていないような感覚。周りの風景が鮮明に見えつつも、それらすべてがホログラムのように希薄に感じられる、言いようのない違和感。


 ここは、何かが違う……。現実感、リアリティが乏しい。

 いわば亜空間? 閉鎖なんとか空間だと表現してしまえばそれまでだが、それとも違う。もちろん俺は閉鎖空間なんぞに足を踏み入れた経験も二次体験も無いがな。


 この感覚を説明しろと言われると自分の言葉では不可能に近いが、いうなれば、宇宙刑事が三倍ほどに能力を高めた敵怪物と戦うようなスモークで満たされた超常空間。例えが古いって? じゃあプリティでキュアキュアな少女戦士が、敵と戦う際に巻き込まれる場。空の色が微妙に変化した特殊な属性を持つ異次元空間とでも言おうか。


 ふと空を見上げると、さもありなんと先ほどまで青かった空がありえない紫色に彩られている。


 そして、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。

 人の気配がしない。


 さすがに、その地面は煙幕的なもので埋め尽くされてもおらず、空にヒビが入ってもいないが……。


 とにかく、俺の目に入ってきたのは武藤さんと謎の生命体一体。たったそれだけ。普段ならグラウンドを埋め尽くす運動部員の姿など姿も形も気配も残り香も無い。


 孤高に存在する武藤さんとその他一名? と俺との距離はまだ数十メートルはある。

 悪魔が飛び立つ。武藤さんの身長をはるかに超えた高さまで。そして武藤さんめがけて急降下。


 その時だ。胸が熱くなった。比喩的な意味ではなく。感動したわけではなく。物理的に熱量を感じた。体感的な温度上昇を俺の体は検知した。


「うわぁぁ!」


 叫んでしまったのもいた仕方あるまい。俺の胸の前で炎が渦巻いた。見る間にその炎は勢いを増し、一羽の鳥の姿――猛禽か、ぶっちゃけフェニックスと呼んでも差しさわりないだろう――を模しながら、飛び立った。

 悪魔へ向かって。


 思いもよらない方向からの攻撃に、対処しきれず、悪魔は炎に焼かれた。そしてそのまま地面に墜落する。


「石神君! 来てくれたのね!」


 武藤さんが俺を見つめて微笑む。状況が状況であるからか、どこか緊張まじりの微笑みではあったが、それを見て俺の心はキュンと音を立てた。


 ああ、来ましたとも。それともお呼びじゃなかったですか? なんだその、呼ばれてるかなって思ってこないほど薄情な人間じゃないからね、俺ってやつは。基本はお人よしなんです……とは言えず。


 とにかく……、なにがなんだかの渦中に飛び込んでしまった。わけである……合掌。

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