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北帰行

北帰行



   窓は夜露にぬれて みやこすでに遠のく

   北へ帰る 旅人ひとり なみだ流れて やまず

    (旅順高等学校逍遙歌) 作詞・作曲:宇田博  


 長春へ夜行便で飛ぶ。機が離陸すると大きな夕日が見える、日本の数倍はあろう。夕陽美シーヤンメイという言葉がある。太極扇に記されているので覚えていたがこれでないか。大連の北は長春、西は北京、地球の自転を感じる。まずい機内食が出てくるが、ポン引きは食っておかないと夜食があるかどうかわからないという。旅順の街の灯里が遠のくと灯火は消えてゆく。さすがに中国だ。


 一時間で長春に着く。空港からポン引きのマンションに直行。荷物を下ろしてシャワーを浴びる。20階建ての14階の窓から外を看る。明るすぎる日本の照明に慣れた目には街灯がぼやけて見える。ポン引きがビールと摘みを出してくる。その夜の食事は機内食に終わる。


 翌日は自動車ショーを見る。長春はステンレスの産地なので世界中から有名自動車会社が工場を建設しているとか。一番人気はトヨタのプリウス、だがお目当てはキャンペーンガールらしい。ハイブリッドを油電と訳している。そう言えばコンピューターは電脳、やはり漢字の本場だ、訳語が見事。

 アウディー、ヴォルヴォに並んで中国製も展示されているが一昔ふた昔前の感じがする。しかし中国は人工衛星を打ち上げているから日本車を追い越す時が来ないとは言い切れまい。日産の座間工場を視察した登小平は100年後には日本に追いつくと言った。


 昼飯はトラック野郎が集まる食堂。安くて美味いが手洗いがない。国道ぶちの粗末な建物だがハヤっている。夏の昼下がりを藁を積んだ馬車が過ぎてゆく。それをアウディーが追い越してゆく。日本でも戦後間もないころは馬車が走っていたがいつの間にか姿を消した。年をとったなと思う。


 ポン引きの会社に案内される。と言っても印刷工場の廃屋を買収したらしく電気も水もない。看板をぶら下げただけのものだ。勿論電話もない。彼は社会資本立ち遅れというが。どうやら各社は実体のない会社が料金が払えるのかというところらしい。ここの会社設立は外国資本が50%を超えることは認めないから中国人の番頭に半分以上出資させたようだ。一度日本旅行に連れていったらしいがその後も開店休業が続いているので番頭は心配になってきているようだ。


 夕方、ポン引きの彼女が汽車でやって来た。ポン引きの飛行機代は持ってやった。彼は彼女の飛行機代を遠慮したのか、彼女に所要があったのかは不明だが用はポン引きの浮気監視であろう。夕食は餃子店に入る。種類が200以上あるそうだ。ところがポン引きはビールが冷えていないと注文をキャンセルして店を出る。昨夜は機内食で済ましたのにと考えると彼は最初から餃子を注文だけしてキャンセルするつもりだったのかと思われる。やりかねない。

 結局、屋外の焼肉を食う。1本の串が40cmはある、5元。やはり羊が美味い。空腹に不味いものなしとはいえ3本も食うと腹が膨れる。膨了、ボウラ!日本人の製材屋が加わる。材木仕入れに黒龍江を超えてロシアにまで行くそうだ。何が苦労かと言うと税関、警官の賄賂、のなりくらりと要求を躱すそうだ。語学も達者なようだ。北はシベリア千里の道も惚れて通えば千里も一里。ロシア娘の肌ぞ恋しき。


 翌朝、早起きして公園に出かける。長春は満洲時代日本人が建設したとか、碁盤の目になっていて南北が路、東西が街と呼ばれる。大きな公園では太極拳、練功をあちこちでやっている。ふと松に人間が貼りつている、と思いきや70過ぎの老婆が息を止めて立っているのだ。死んでもいないが松と一体になっている。不思議な光景である。


 比較的女が多いところに入れてもらう。太極拳24式は世界中に普及しているし、音楽も聞きなれた北京アジア大会だ。日本人の飛び入りを歓迎する風はなかったが、老師、指導者が中国人習ったのかという意味の質問。日本人に習った。何年やっているか、年は何歳かと別のおばちゃん。全員表演服なのにジーンズにランニングシューズはまずかったか。扇を見ているおばちゃんに借りて真似る。日本と少し違うが、老師を視ていると次の動作は予想できる。

 シェシェと扇を返すとひったくって睨みつける。クソ婆あと思ったが軽く一礼。太極剣は老師が貸してくれた。32式剣とは違うがシャンプ:上歩、滑歩、退歩と横で言ってくれるので身体が反応する。毎朝6時から2時間やっているそうだ。何日去来、いつ日本に帰るか?来年また来る。

(* ̄゜ ̄)/・話がかみ合わない。明日は明天、6時にと解散。長春は太極拳発祥の地とか。


 帰り道、松の樹を見る。老婆は貼りついたままだ。三国志に息を10分から30分吐き続けるとの記述があるが満更でもないのかも。翌朝は6時前に行って柔軟運動をする。馬鹿でかくラジカセを鳴らしているのがいるが、知的水準が低いのだろう。ゴム底の運動靴にトレパンなので動きやすい。老師の女性が一番にやってきて八段錦を始める。これに付いてゆくと心身ともに爽快になる。この八つの動作は太極拳をする者なら3年は続けると聞く。

 やがて練功24式88式扇太極剣と練習が始まる。品数が多い。日本では24式48式32式剣を覚えれば太極拳をやっているといえるが、よく憶えられるなと思う。2時間たっぷりあせをかく。用語を原語で覚えておくと動作と結びつくから身体が反応する。中国語はできなくとも太極拳をやるには不自由はなかった。


 右手を拳にして手を合わせる。老師から返礼があった。もし、永く滞在するならば太極拳をみっちり教えてあげましょう。有難うございます、明日大連に帰りますので次の機会には是非ともご教示ください、と答える。中国語ができたならもっと対話ができたであろう。

 


 高校時代漢文の授業ほど下らないものはないと思った。五言七言絶句の韻律など日本読みして何の意味がある。ある国語の教師が君白文を読みなさいと言ってくれた。どうやって読むのですか。こんなふうに読むのです。

     少年易老学難成

     一寸光陰不可軽

     未覚池塘春草夢

     階前梧葉已秋声

かっこいい、中国語ですか。そうですよ。もっと聞かせてください。教室が静まり返る。

     漢皇重色思傾國

     御宇多年求不得

     楊家有女初長成

     養在深閨人未識

     天生麗質難自棄

     一朝選在君王側

     回眸一笑百媚生

     六宮粉黛無顏色

原語を聴きながら教科書を視ていると情景が浮かんでくる。朗読が終わると大きな拍手が起こる。君、これを日本語で読んでみなさい。漢皇重ず色を、また思う傾國を。おう、素晴らしい、それで意味はわかるでしょう。本当ですね、先生、玄宗皇帝はスケベだったのですか。うーん、難しい質問ですね、高校のレベルを超えています、英雄色を好むとだけ言っておきましょう。この長恨歌は日本文学にも大きな影響を与えています。皆さん自分で研究してみてください。


 と女生徒が手を挙げる。先生、私は李白の凛としたところが好きです。そうですか、では、これはどうですか。

     朝辞白帝彩雲間

     千里江陵一日還

     両岸猿声啼不住

     軽舟已過万重山

素敵、先生猿は悲しそうですね、日本の猿とは違うのですね。貴女の感性は素晴らしい。李白ぐらいの素質があるとおもいますよ。ありがとうございます。



 満洲は旅順、長春、ハルピン、奉天当たり一帯を言うが日本人がそう呼んでいるだけらしい。もともと満洲民族を意味するらしいが、日本人が南満州、北満州と勝手な地名にしてしまったとの見解があるが、どうもそんな気がする。ラストエンペラーで有名な愛新覚羅 溥儀の居城を訪れる。その入口に偽満州国と中英日の説明がある。中国は史記を初め歴史を重んじる国らしいが日本人には違和感がある。

 チイママはここは日本人が一人で歩くところでないと付いてくる。まあ、通訳としては便利だ。満州国のスローガン、五族協和(日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人)はこの地に多くの民族が混在していることを示しているが朝鮮族が目に付く。その昔高句麗の一部だったことを想起させる。

 60元の入場料が二人で100元。シルバーエイジは割引があるとか、嬉しいような悲しいような気分。中は素晴らしい、映画のロケにぴったしだ。こんなところで暮らしたいとチイママ。展示は日本の傀儡であった溥儀は共産党の教育を受けて立派な中国人に生まれ変わりましたと言うもの。お目当ての愛新覚羅慧生の名が出てこない。母親の嵯峨浩の名もない。


  天城山心中yabusaka.moo.jp/amagiyama.htm

 【事件概要】 1957年12月10日、天城山中の森林で、4日から行方がわからなくなっていた学習院 大学2年の愛新覚羅慧生さん(19歳)と、同級生の大久保武道さん(19歳)が死んでいるのが発見 された。この心中は「天城山心中」と名づけられた。 ...

 

 長春の西は北京、北はハルピン、北を目指したい気になるが伊藤博文が暗殺された地と思い出して止める。反日感情は肌に伝わってくるのだ。アムール川の波という合唱曲がロシアに誘うのだがまたの機会にしよう。

          http://www.youtube.com/watch?v=dOeHsMJaULk


 大連までは夜行列車で帰る。南満州鉄道と言われたが、夜10時に長春を立って朝6時に大連駅に到着。旅の疲れより、盗難、身の安全への気疲れが大変であった。日本ではないのだ。旅は憂きもの辛いもの。一人で旅するにはまだまだ経験が必要なようだ。特に日本人は異文化に接することが少ないから相手の言いなりになり易い。

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