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後編

この話は「後編」(解答編)です。

問題編にあたる「前編」から先にお読みください。

 それから2週間が過ぎた。今日はいよいよ、先生が“ミリオン・クイズ”に参加する日だ。

「きみ、今から言う事をよく聞きなさい」

 事務所に入るなり、先生が厳粛な面持ちで言った。

「な、なんでしょう?」

「必勝法を考え付いたのよ!」

 ビシッと人差し指を僕に突きつける。

「必勝法…ってまさか、“ミリオン・クイズ”の!?」

「ええ」

 得意満面の笑みで先生がうなずいた。すごい! いったい、どうやって!?

「どうするんですか!?」

「ライフセーバーの『チェンジ』を使うのよ」

「チェンジ…? 解答者を入れ替えるんですか? でも、先生に専門家の知り合いなんていないって…」

「専門家なんて呼ばないわ」

 先生は僕を指差した。

「チェンジするのは、きみよ」

「へ? ぼ、僕!? いやいやいや、無理ですって! 僕に専門知識なんて……」

「専門知識なんて要らないわ。携帯電話を使うの」

 先生はニヤリと笑って説明する。

「きみは観客席に入れるのよね? だったら、司会者が問題を読み上げた瞬間、きみがケータイで答えを検索すればいいのよ。私は考えるフリをして時間を稼ぎ、きみが調べ終わった頃合いを見計らってチェンジする。…どう?」

「あ、なるほど……」

 そんな手があったのか! でも…。

「でも、それはアンフェアじゃ…」

「ルールには抵触してないはずよ。それにそもそも、アンフェアになり得るルールを作ったTVスタッフの側に責任があるのよ」

「それはそうかもしれませんが…」

「きみだって欲しいでしょ? 100万円!」

「う……」

 大金を前にした人間は、無力だ。

「わかりました。やりましょう」

「決まりね」


 会場に入った僕たちは、番組の演出上、一般客と混じって観客席に座った。僕は先生の隣の席に腰を下ろす。

 先生の考えた作戦は、考えれば考えるほど完璧に近い。僕たちは勝利を確信し、時々お互い目を合わせては、100万円の夢に微笑んだ。

 しばらくそうしていると、会場が暗転した。いよいよ、収録が始まるのだ。

「本番10秒前です!」

 とスタッフの声がする。カウントダウンが始まり、そして……ステージにスポットライトが当たり、テーマソングが流れ始めた。

「TVの前の皆さん、会場の皆さん、どうもこんばんは。司会のミノ・モンティです」

 音楽にあわせて、司会のミノさんが前口上を始める。

「さぁて、今夜は特別企画! なんと、たった1問正解するだけで、賞金100万円のビッグチャンスです!」

 ミノさんの前口上が進み、そのままルール説明へと移った。

 ルールはいつもと変わらない。違うのはたった1点。問題数はたったの1問!

「では、一旦CMです」

 生放送ではないので、僕たちにはCMは入らない。短い休憩を挟んで、最初の解答者が呼ばれた。ちなみに解答の順序は予め決まっている。…先生は7番、ラッキー7だ。

「では、まず最初の解答者をお呼びいたしましょう。…赤坂さん、どうぞ!」

 観客席の一部にスポットライトが当たり、綺麗な女性が立ち上がった。

 彼女はゆっくりと階段を下り、ステージに立った。

「初めまして、赤坂さん」

「初めまして」

 彼女は恭しくお辞儀をする。その後ステージ上の椅子に座り、ミノさんが軽い世間話を始める。クイズ番組の定番だ。しかし突然、ミノさんはこう切り出すのだ。

「ところで赤坂さんは、数学は得意ですか?」

「ええ、得意ですよ」

「素晴らしい! するとラッキー問題かもしれませんよ…。では、100万円をかけた問題!

 人類初の数学者と言われるターレスが証明し、現在ではターレスの定理と呼ばれているものは、次のうちどれ?

 A、ひし形の対角線は直交する。B、平行四辺形の対角は等しい。C、三角形の面積は底辺×高さ÷2。D、直径に対する円周角は直角」


 ………。

 な ん だ、 こ れ は!

 僕はあんぐりと口を開けた。

 今まで番組でやっていた問題よりも、桁外れに難しい! 100万円をかけた問題だったら、例えばそう、「ラッキー7の由来は?」とかだ。そもそも、こんなに長ったらしい選択肢は見たことがない!

 呆然とする僕を、先生が肘で小突く。

「念のため、練習しましょう」

「え? な、なにを?」

「検索よ! ケータイでこのレベルの問題が調べられるか、試してみて!」

「あ、は、はい!」

 僕はすぐにケータイを開き、ネット検索をかけ……ようとした。

 そこで再び、あんぐりと口を開けて呆然とすることになった。

 横にいる先生を見ると、先生も僕のケータイ画面を見つめて、やっぱりあんぐりと口を開けていた。

「せ、先生……」

「やるわね、スタッフ。まさか……圏外だなんて」

 これでは、ネット検索はできない!

「ど、どうしましょう、先生」

「……………」

 口を真一文字に結び、いつになく真剣な表情で先生が考え込む。

 先生の必勝法は消えた。もう、純粋に知識の勝負に持ち込むしかないのか?

 一方、ステージの上の女性は、ライフセーバーから『ハーフ』を選んでいた。

「ちなみに、答えはどれだと思いますか?」

「Cでしょうか……一番、証明するのが簡単そうですし」

「なるほど。…では、コンピュータが無作為に、選択肢を減らします!」

 ジャン、と音がして、CとDが残った。

「お、Cの三角形が残りましたね」

 ミノさんが言う。

「このままCを選びますか? それとも…?」

「……Cを選びます」

「ラストチョイス?」

「ラストチョイスです」

 デロデロデロ……と太鼓の音が響く。そしてミノさんが、顔をゆがめて言った。

「残念!! 正解は、Dの直径に対する円周角は直角、でした!」



 収録は続く。

 2人目、3人目と次々と敗れていき、順番はついに先生に回ってきた。

「では、7番目の解答者をお呼びいたしましょう。関さん、どうぞ!」

 スポットライトが先生に当たる。険しい表情のまま、先生は立ち上がった。スタッフに誘導されるがまま、先生は階段を下りてステージに向かった。

「初めまして、関さん」

「初めまして」

 先生は挨拶もそこそこに、椅子に座る。

「関さんは…エントリーシートによると、ご職業は探偵だと?」

「はい」

「探偵なんて珍しいですねぇ。殺人事件を解決したり、とか?」

「そういうこともあります」

 嘘付け! いままで事件らしい事件なんて扱ったことないじゃないか!

「え、例えば今まで、どんな事件を解決しましたか?」

「それは……守秘義務があるので、言えません」

「あ、そうか。それは失礼いたしました」

 ミノさんが軽く頭を下げる。

「もっとも、殺人事件を解決することなんて、滅多にありませんけどね。ほとんどが浮気調査や素行調査です」

「へぇ、繁盛なさってるんですか?」

「ええ、とっても」

 見栄を張り過ぎだって、先生。そもそも、繁盛してるなら何故ここに来るんですか。

 それとも、番組を利用した宣伝効果を狙ってるんだろうか。仮に100万円取れなくても、依頼が増えればいいわけで。

「探偵さんと言うことは、やはり雑学は豊富なんですか?」

「ん〜……そうかもしれません」

「そうですかぁ」

 ミノさんが一瞬、ニヤリとした。…来るぞ。

「…ところで関さんは、この番組が世界中で放送されている事をご存知ですか?」

「え、そうなんですか?」

「はい。もっとも、世界各国で同様の番組が制作されている、と言う意味ですが」

「ああ、なるほど。シリーズ的な?」

「そういうことです」

「じゃあ、私の顔が世界中で流れるわけじゃないんですね?」

「ええ、もちろん」

 会場からかすかな失笑が漏れる。

「この番組の本家本元は、イギリスの番組『Who Wants to Be a Millionaire?』です。この“ミリオン・クイズ”は、その日本版と言うわけです」

 へぇ、と言うため息が会場から聞こえる。かすかなざわめきが落ち着くのを待つと、ミノさんが口を開いた。

「…では、100万円をかけた問題。

 “ミリオン・クイズ”の本家番組『Who Wants to Be a Millionaire?』に登場するライフセーバーは、次のうちどれ?

 A、問題を変更できるShift。B、問題に2回答えられるDouble。C、核心に迫るヒントがもらえるHint。D、3分だけネット検索できるInternet」


 知らねーよ!

 僕は頭を抱える。そもそも、イギリス版があるなんてこと自体知らなかったぞ。

 会場の巨大スクリーンに映る先生の顔を、僕は見つめる。先生の表情が再び険しくなってしまった。…わからないようだ。

「この番組、見たことありますか?」

「いえ……」

 そりゃそうだ。そもそも“ミリオン・クイズ”自体知らなかったんだから。僕はハッキリと「負け」を意識した。

 もちろん問題が四択である以上、適当に答えても当たる確率は25%。ライフセーバーをうまく使えば、勝率は上がるはずだ。

 僕は拳を握り締めて、食い入るように画面を見つめた。

 …と。

 先生の眉が、一瞬動いた。何かに気付いたらしい。ミノさんもそれを悟ったらしく、

「お、わかりましたか?」

「たぶん…Cなんじゃないかと…」

「どうして?」

「Aは、問題を変更するならShiftじゃなくてSwitchかChangeじゃないかなと。Bも2回答えるならDoubleよりTwiceの方がしっくり来る気がするし、Dのネット検索は画的にどうかと……」

「なるほど。さすが探偵さん、推理力抜群だ!」

 ミノさんが少々大げさに先生を誉める。会場でも「確かにそうだ」とどよめきが起こった。

「ラストチョイス?」

「……いえ。自信がないので、ライフセーバーを使わせてください」

「あれ」ミノさんがずっこける。「まぁいいでしょう。わかりました。3つのうちのどれを使いますか?」

 画面に3つのマークが現れる。先生は迷いなく、

「ハーフで」

 と答えた。

 ……って、ちょっと待った先生!!

 ハーフはダメだってば! 「Cだと思う」と言ったあとのハーフは、ミノさんの裏工作のせいで意味を成さない! それが正解だろうが不正解だろうが、確実にCが選択肢に残ってしまう!

 しかし、誰も2人を止める者はいない。…2人自身も止まらない。

「では、コンピュータが無作為に選択肢を減らします!」

 ジャン、と音がして。

 BとCが残った。

「おめでとうございます、Cが残りましたね」

「そうですね」

「じゃあ、Cを選択なさいますか?」


 ……その時の先生の表情に違和感を覚えたのは、僕だけじゃないはずだ。

 先生は微笑んだ。

 明らかに、自分が勝つ事を確信した笑みだ。

 そして、先生は、ハッキリと告げた。


「いいえ。Bを選択します。答えは、BのDoubleです」

「どうして?」

「思い出したんです。私、この番組を1回だけ見たことがあります。答えはB。間違いありません」

「ラストチョイス?」

「ラストチョイスです」

 デロデロデロ……と太鼓の音が響く。ミノさんがゆっくりと口を開けて、宣言した。


「…正解!! おめでとうございます!

 関さんが、見事100万円の賞金をゲットしました!」




 帰り道。僕と先生は興奮した面持ちで足早に歩いていた。

「良かったですね、先生!」

「ええ、本当♪」

 先生は心からの美しい笑みを浮かべていた。

「まさか、先生がイギリス版を見たことがあったなんて! ついてますよ、先生!」

 僕が興奮した口調で言うと、先生はさらりと言ってのけた。

「あら。私はあんな番組、1度も見たことないわ」

「へっ? え、でも、見たことあるって」

「それは嘘よ」

 な、なに?

「でもそれじゃ、あの時…あの、選択肢が2つに減ったあと、どうして自信満々に選択を変えたんですか?」

「…気になる?」

 先生がニヤリと笑った。説明したくて仕方がないようだ。

「はい、教えてください」

「ふふ…まず最初に断ると、私は自信“満々”だったわけじゃないわよ。せいぜい75%ってところだったの」

「75?」僕は眉根を寄せる。「どうしてそんな中途半端なんですか?」

「実はあの時、Bが正解である確率は75%だったのよ」

「……へっ!? そんなバカな、50%のはずですよ! だって、あの時選択肢は2つだったんですから、当たる確率は五分五分じゃぁ…」

「でしょ? そう思うでしょ? でもね、ふふふ、違うのよ」

 ニヤニヤしながら先生が語る。

「順番に考えて行きましょう。まず最初。問題が出された時点では選択肢は4つ。各々が正解である確率は?」

「それは当然、25%ですよね?」

「その通り。そのあと私は、Cを選択した。…私が正解する確率は?」

「もちろん25%です」

「その通り。……ところで、実はこのとき、選択肢はABCDの4つではなく、『私が選んだ選択肢』と『私が選んでいない選択肢』の2つに分かれるの」

 先生の言葉の意味を、僕は一瞬吟味する。……なるほど、確かにその通りだ。

「そうですね」

「このとき、『私が選んだ選択肢』が正解である確率は?」

「さっきと同じ、25%です」

「その通り。では、『私が選んでいない選択肢』が正解である確率は?」

「それは当然、75%ですよね。100%から25%を引けばいいわけですから」

「その通り。それでね、ここからがポイントなんだけどね」

 先生が笑いをこらえるような表情になった。実際こらえているっぽい。

「ここで私はハーフを選択した。すると、『私が選んでいない選択肢』のうち、2つが消去された」

「ええ、そうですね」

「つまり、『私が選んだ選択肢』も『私が選んでいない選択肢』も、1つずつになったわけよ」

「はい」

「ところで! きみはさっき、『私が選んでいない選択肢』が正解である確率はいくらだって言った?」

「……」あれ?「な…75%です」

「でしょう? それでいて、『私が選んでいない選択肢』は、1つしかないのよ?」

 あ、あれ…??

「じゃあ私は、『私が選んだ選択肢』と『私が選んでいない選択肢』、どちらを選ぶべき?」

「え…『選んでいない選択肢』!?」

「正解!」

 なんで!? どうして!? おかしい、ありえない!!

「どうしてですか!? なんでこんなことに…!? 変ですよ、先生! それに、だって、じゃあ、例えば、最初に先生が正解のBを選んでいたら、どうなっていたんですか?」

「そのときは、私はもう片方の選択肢を選んで、不正解になっていたわね。……でも、そうなる確率はたったの25%。でしょ?」

「え? ……あ!」

 ようやく理解した。

 つまり、先生が最初に正解を選ぶ確率は25%なのだから、選択肢を変えた方が正解の確率が上がるのは当然、と言うことだ。

「……理屈はわかりましたけど、なんだか不思議ですね」

「そうね。この現象が起こる一番のポイントは、『ハーフ』が『作為的に行われる』ってところかしら?」

 満面の笑みを浮かべながら先生が言う。嬉しくって仕方がないみたいだ。

「もしあれが無作為に行われいたら…そう、もし私が選んだ選択肢が消去されていたら、私は正解できなかったかもしれないわね。司会のミノ・モンティに、感謝!」

 先生は万歳をした。僕はただただ、感心してため息を吐くだけだ。

「こんなスゴイ事を、あの土壇場で考えついたんですか?」

「んん…誉めてもらって悪いけど、実は私が考えたわけじゃないのよ」

「はい?」

「実は今のは、『モンティホール問題』と言う有名な数学の問題なの。人間の直感と、実際の現実が異なるって言う事を示す事例のひとつとして取り上げられてるわ」

「へぇ……」

 やっぱり、先生は探偵だ。“ミリオン・クイズ”は知らなくても、雑知識は抱負だったらしい。

「何はともあれ、正解できてよかったわー! オマケに私の華麗な推理で正解もできたし、事務所の宣伝効果もバッチシね!」

「そうですね!」

 同意してから、僕は「ん?」と思った。

「いや、待ってください。先生の推理は外れましたよね?」

「え、何言ってるの? ちゃんとモンティホール問題で当てたじゃない」

「でも先生は、スタジオではモンティホール問題の説明をしてないですよね?」

「それはそうだけど…でも、正解したことには違いないじゃない」

 先生はちょっとすねたような顔をする。

「でもですよ、先生は『ハーフ』を宣言する前に、パフォーマンスとして間違った推理をしたでしょ?」

「……あ」

 すねたような顔から、徐々に血の気が引いてきた。僕は追い討ちをかけるように言葉を続ける。

「視聴者はスタジオでの先生しか見ないわけですから、視聴者からすれば、先生は推理を外したってことになりますよね?」

「あ……ああ……」

 先生の目が見開かれる。唇がわなわなと震えだした。

 ……このあと、先生が絶叫する確率は?


 もちろん、100%だ。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

モンティホール問題については、個人的に納得しやすい説明をしたつもりですが、いかがでしたでしょう……?

ネットなどで調べていただければ、これでもかと言わんばかりに説明が見つかるので、興味のある方は、お気に入りの説明を探してみてください。

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