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波の彼方

三次郎は、海を見るのが好きだった。決して恵まれた幼少期とはいえないこの少年にとって、九十九里の海は雄大であり、そして優しかった。




 後年、三次郎は知ることとなる。海というものにも「魂の叫び」のようなものがあるということをである。




 例えば、蝦夷の海であれば慟哭しているようであり、瀬戸内の海は穏やかで、常に優しく三次郎に語りかけた。そして北陸から見る海は、常に厳格そのものであった。




「この世界はどこまで大きいのだろう? かなうことなら海の彼方を知りたい」




 大人が聞けば、ようやく好奇心が芽生え始めた幼子の素朴な疑問と思うことだろう。しかし三次郎の場合は、それが生涯を通じたテーマとなる。




 もちろん当時の三次郎には、九十九里の浜の先に広がる太平洋の彼方に「メリケン国アメリカ」があり、その先にはさらに西欧諸国があるなどという壮大な世界観はまだない。




 ただ海の彼方のいずこかの地でも、やはり誰かが海を見ていて、自分と同じ疑問を持っているのではないかということは、薄々察しがついていた。




 


 時に宝暦4年(1754年)である。この頃、北米大陸は「フレンチ・インディアン戦争」のただ中にあった。これは北米を舞台にしたイギリスとフランスの植民地争奪戦である。




 これより少し後に起こる七年戦争の北米戦線ともいえる。戦場はオハイオ川流域やカナダ一帯だった。フランスは多くのインディアン部族と同盟し、戦争初期は優勢に戦を進めた。




 しかし1757年にイギリスでピットが政権を握ると、増援と海軍力の強化によって形勢が逆転し、次第にフランスを圧倒してゆくのである。




 西欧は「七年戦争」の前夜だった。七年戦争は1756年から1763年にかけて行われた18世紀最大規模の世界戦争である。ヨーロッパ・北米・インド・カリブ海・西アフリカなど、複数の戦域が連動した「最初の世界大戦」とまで呼ばれている。




 直接の原因は、オーストリアがプロイセンに奪われたシュレジエンの奪回を目指したことだった。これに英仏の植民地争奪戦が重なり、戦争は地球規模へと拡大していったのである。




 翻って日本はというと、当時は9代将軍・徳川家重の治世である。表向きは天下泰平の世であったが、その一方で相次ぐ天災や飢饉により、地方の諸藩は財政破綻状態に陥っていた。




 農村では餓死者が続出し、都市部でも打ちこわしが頻発する。泰平の眠りの中で、世の中は少しずつ動き始めていた。




 


 さて、九十九里の浜に打ち寄せる波の音は、幼い三次郎にとって子守唄であり、時にその音色は、幼い魂を世界の果てまで誘った。




 延享2年(1745年)、上総国武射郡小関村。ここで後に「日本を歩いた男」として名を馳せる三次郎、すなわち後の伊能忠敬は、酒造家の末子として産声を上げた。




 しかし、その幼少期は決して順風満帆なものではなかった。父・貞恒は婿養子であり、三次郎が6歳の時に母を亡くすと、父は実家の神保家へと戻ることになった。




 兄と姉も父と共に去ったが、どういうわけか三次郎だけがこの地に取り残されたのである。




 母を失い、父とも離れ、三次郎は小関の地で親族の元を転々とした。漁具が収納されている納屋の番人をしていたともいわれる。




 孤独な少年の心を埋めたのは、目の前に広がる果てしない海と、夜空を彩る無数の星々だった。




 十歳を過ぎた頃の三次郎は、村の子供たちと群れて遊ぶよりも、一人で波打ち際に座り込んでいることが多かった。




「三次郎、また砂遊びか?」




 近所の漁師が声をかけると、少年は真剣な眼差しで砂の上に描いた図形を見つめたまま答えた。




「おじさん、あそこに見える水平線までは、歩いてどれくらいかかるんだろう」




「馬鹿なことを。海の上を歩けるわけがなかろう」




 漁師は笑って去っていったが、三次郎は笑わなかった。彼は打ち寄せる波の合間に、自作の杖を砂に突き立て、その影の長さを測っていた。




 太陽が昇り、沈む。影が伸び、縮む。その一刻一刻の変化に、彼は宇宙の「理ことわり」を感じていた。




 やがて10歳頃、三次郎は父に引き取られ、共に暮らすようになる。しかし父にはすでに後妻がいた。継母の糸は、時に三次郎につらく当たることもあったという。




 そんな中、三次郎はやがて寺子屋に通い始める。そのことが、彼の知的好奇心を大きく開花させる契機となるのである。




  



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