表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜に咲く悪役令嬢、錬金術のカクテルで元婚約者を優雅に断罪する  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話 噂の隠れ家と、招かれざる客の影

 開店から数週間。

 『Bar ノクターン』は、奇妙な進化を遂げていた。


「……それで、また南の砦で補給物資の横流しがあったとか」

「まったく、騎士団の管理体制はどうなっているんだ。上が惚けていると下まで腐る」

「まあまあ。今は忘れましょう、将軍」


 カウンターに並ぶのは、仕立ての良いスーツや軍服を着崩した男たち。

 彼らは国の心臓部を担う重鎮たちだ。

 ……たぶん。


 私は彼らの肩書きを聞かないし、彼らも名乗らない。

 ただ、漏れ聞こえる愚痴のスケールが「国家予算」や「国境警備」レベルなだけだ。


 その中心にいるのは、最初の客であるアレクセイ様だ。

 彼は今日もいつもの席──カウンターの端、私の作業が一番よく見える特等席に座り、琥珀色の液体を揺らしている。


「マスター。追加を頼む」

「かしこまりました」


 私は微笑み、手元に魔力を集める。

 今日のオーダーは、錬金術で樽の香りを三重に強化した『深森のハイボール』。

 深い森の中で深呼吸をするような、ウッディな香りが特徴だ。


 アレクセイ様が連れてきたこの客たちは、皆一様に疲れ切っている。

 だが、この店でグラスを傾けている時だけは、眉間の皺が消えるのだ。


「それにしても……例の騎士団長、またやらかしたそうだな」


 恰幅の良い初老の男性──仲間から「御隠居」と呼ばれているが、恐らく財務関係のトップだろう──が、ナッツを齧りながら呟いた。


 私の手が、グラスを拭く動きを一瞬だけ止める。

 騎士団長。ギルバート様のことだ。


「ああ。婚約破棄騒動の後、新しい婚約者の尻に敷かれて精細を欠いているとか」

「夜会での醜聞も広まっているしな。冤罪で追い出した令嬢が、実は家の事務仕事を全てこなしていたという話も聞く」

「馬鹿な男だ。逃がした魚は大きすぎたな」


 男たちが嘲笑混じりにグラスを合わせる。

 私は表情を鉄壁の無愛想に固定し、新しい氷を砕いた。

 どうやら、私のいない実家と騎士団は、予想通りに回らなくなっているらしい。

 ざまあみろ、と叫び出したいのを堪え、私は静かに口を開く。


「お客様。他人の不幸をさかなにするのは、悪酔いのもとですわ」

「おっと、すまない。マスターの酒が美味すぎて、つい口が軽くなった」


 アレクセイ様が、くつくつと喉の奥で笑った。

 その視線が「君のことだろう?」と言いたげに私を射抜く。

 この方は、どこまで察しているのやら。


 平和だ。

 外の世界がどれほど嵐でも、この重厚な扉の内側だけは、優雅で穏やかな時間が流れている。

 私が守りたかったのは、この静寂だ。


 カラン、コロン。


 不意に、ドアベルが鳴った。

 客たちの会話が途切れる。

 この店は一見いちげんの客が迷い込むような場所ではない。

 誰かが紹介したのか、それとも──。


「……いらっしゃいませ」


 私は条件反射で声をかけ、そして息を呑んだ。


 そこに立っていたのは、幽霊のような男だった。

 無精髭が伸び、目の下にはどす黒い隈。

 かつて太陽のように輝いていた金髪は脂ぎって乱れ、白い騎士服には染みがついている。


 店内の空気が、一瞬で凍りついた。

 カウンターの重鎮たちが、不快そうに眉をひそめる。

 彼らは知っているのだ。この男が誰なのかを。


「……酒を」


 男はふらつく足取りで、空いている席へ向かおうとする。

 その視線が、カウンターの中にいる私と交差した。


 青い瞳が、大きく見開かれる。


「……エレ、ノア?」


 しわがれた声が、名前を呼んだ。

 ギルバート・ライオット。

 かつて私を断罪し、修道院へ送ろうとした元婚約者。


 マリィが奥から飛び出してきて、私の前に立ちはだかろうとするのを、私は手で制した。

 私は逃げない。

 ここは私の店だ。

 そして彼は、今はただの「招かれざる客」に過ぎない。


 私はゆっくりと、彼に向かって一礼した。

 貴族としてではなく、バーテンダーとして。


「いらっしゃいませ、お客様。……ひどい顔色ですこと」


 アレクセイ様がグラスを置く音が、静寂の中で銃声のように響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ