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夜に咲く悪役令嬢、錬金術のカクテルで元婚約者を優雅に断罪する  作者: 九葉(くずは)


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10/10

最終話 悪役令嬢は夜に咲く

 嵐が去った後の空気は、澄み渡っているものだ。

 裏路地の隠れ家『Bar ノクターン』にも、穏やかな日常が戻ってきていた。


「店長ー、また氷がなくなりましたよー」

「はいはい、今作りますわ」


 開店前の準備中、マリィの元気な声が響く。

 私は製氷機代わりの銀の容器に手をかざし、錬金術を発動させた。

 以前は数回使うだけで目眩がしていた魔力操作も、日々の営業のおかげか、随分と板についてきた。


「そういえば店長、聞きました? あの騎士団長サマの話」


 マリィが氷を砕きながら、世間話のように切り出した。


「ええ。……北の辺境砦へ、魔獣討伐部隊長として赴任したそうね」


 それは、実質的な左遷だ。

 けれど、誰かに命じられたわけではなく、彼自身が志願したという。

 華やかな王都の地位も、社交界も捨てて、泥と血に塗れる最前線へ。

 

 それが、彼なりの「みそぎ」であり、再出発なのだろう。

 もう、同情も未練もない。

 ただ、遠い空の下で彼が騎士としての誇りを取り戻せることを、一人の他人として願うだけだ。


「せいぜい、あっちでモテるといいなー。ここの敷居は二度と跨がせないけど」

「ふふ、手厳しいわね」


 カラン、コロン。


 心地よいベルの音が、開店時刻を告げた。

 一番客が入ってくる。

 黒いロングコートを翻し、いつもの不機嫌そうな、けれど瞳の奥だけは笑っている男性。


「いらっしゃいませ、アレクセイ様」

「……ああ」


 彼は慣れた足取りでカウンターへ向かう。

 そして当然のように、私の作業が一番よく見える特等席──かつて元婚約者から奪い取った席──に腰を下ろした。


「静かになったな」

「おかげさまで。……貴方が手を回してくださったのでしょう?」


 私が水を向けると、彼は肩をすくめた。


「彼が泣きついてきたのでね。『自分を鍛え直したい』と。まあ、王都の空気より、北の寒風の方が頭を冷やすには丁度いいだろう」


 さらりと言ってのけるが、その裏でどれだけの調整が行われたのか。

 私がギルバート様と顔を合わせずに済むよう、最短で辞令を出してくれたのだ。


「ありがとうございます。……助かりました」

「礼には及ばない。言っただろう? 私の『予約』を邪魔する害虫は駆除すると」


 予約。

 その言葉に、私の心臓がトクリと跳ねた。

 あの日、雨の中で彼が私の手に落とした口づけの熱が、蘇ってくるようだ。


 アレクセイ様は頬杖をつき、楽しげに私を見上げている。


「それで? 私の席だけでなく、君自身の予約状況はどうなっているのかな、マスター」


 それは、冗談めかしているようで、逃げ道を塞ぐような問いかけだった。

 以前の私なら、「またご冗談を」とかわしていただろう。

 けれど、今の私はもう、自分の感情から逃げたりはしない。


 私はカウンターの下から、特別なボトルを取り出した。

 この日のために、密かに試作していたものだ。


「……私の予約表は、今のところ白紙ですわ」


 私はシェイカーに材料を入れる。

 ホワイトラム、パルフェタムール、そして錬金術で抽出した「月光」のエッセンス。


「ですが、常連様への特別優待枠なら、空いております」


 シャカッ、シャカッ。

 シェイカーを振る音が、心音と重なる。

 彼の視線が、私の指先を、表情を、熱っぽく追いかけているのを感じる。


 カクテルグラスに注がれたのは、乳白色に紫が溶け込んだ、妖艶な液体。

 最後に、食用花を一輪、浮かべる。


「お待たせいたしました」


 グラスを滑らせる。

 アレクセイ様が眉を上げた。


「これは?」

「『月下美人クイーン・オブ・ザ・ナイト』。……花言葉は、『ただ一度だけ会いたくて』」


 それは、夜にしか咲かない儚い花。

 日陰の存在として生きることを選んだ私。

 けれど、その夜に会いに来てくれる人がいるなら、私は何度でも咲くことができる。


 アレクセイ様はグラスを手に取り、香りを楽しむように目を細めた。

 そして、満足げに微笑む。


「一度だけでは足りないな。……私は、毎晩でも通うつもりだぞ」

「ふふ。それは困りましたわ。準備が大変ですもの」


 私は微笑み返し、自分の分の小さなグラスにも酒を注いだ。

 アレクセイ様がグラスを掲げる。


「乾杯しよう。君の新しい門出と……我々の夜に」

「ええ。乾杯」


 チン、と澄んだ音が響く。

 

 窓の外は、もう夜の闇に包まれている。

 かつて断罪され、居場所を失った令嬢はもういない。

 ここにいるのは、バーテンダーのエレノア。

 愛する店と、大切な常連客に囲まれた、幸せな女主人だ。


 夜はまだ始まったばかり。

 私たちの物語も、きっとここからが本番なのだ。


「いらっしゃいませ。……夜はこれからですわ」


 私は最高の笑顔で、彼にそう告げた。

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