ははがこわい
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「あなたのせいで、マフはあんなバカになったのよ!」
「県二位なんだろ!?十分すぎるだろ」
「うるさい!アンタが東大卒だって聞いたから結婚したのよ!それなのに、なんであんなのが生まれてくるの!?」
「私は“県一位”になるように育てたのよ!?」
怒鳴り声が、家の奥から漏れてくる。
今日は珍しく、父が帰ってきているらしい。
そして、相変わらず私のことで、喧嘩をしている。
「……入りにくいな」
マフは、今しがた開けたばかりの裏口のドアに手をかけ、そっと外へ戻った。
そのまま、玄関脇にしゃがみ込み、膝を抱える。
昔は、こんな家じゃなかった。
笑い声だって、ちゃんとあった。
変わり始めたのは、マフが中学生になった頃。
母が、私と“周りの子”を比べ始めた。
成績。
順位。
将来。
もともと厳しい人ではあったけれど、
入学して数ヶ月も経つと、叱責は怒鳴り声に変わり、
やがて、手が出るようになった。
そんな母に嫌気がさしたのか、
父は転勤続きだった単身赴任を理由に、別の県で暮らすようになった。
祖父母は早くに亡くなり、頼れる親戚はいない。
学校の大人たちも、家庭の話になると、決まって目を逸らす。
――結局、誰も助けてくれない。
しばらくすると、車庫の方からエンジン音が響いた。
そのまま、遠ざかっていく。
父の車だ。
「……はぁ」
マフは、肺の奥まで沈んだため息をひとつ吐き、立ち上がった。
もう一度、家の中へ入る。
さっきまでの怒鳴り声が嘘のように、家の中は静まり返っていた。
リビングを覗くと、ソファに座る母の後ろ姿が見える。
「……ただいま」
声を絞り出すように言う。
「マフ。遅くない?」
低い、感情のこもらない声。
「今日は生徒会ないって言ってたよね?」
「……ごめんなさい」
「友達と帰ってきたの?」
「……ち、違うよ」
嘘をついた。
自分を守るために。
ママに、これ以上触れられないために。
「じゃあ、なんで一人で、こんな時間になるの?今日はプリント用意してあるから、早く帰ってきてって言ったよね?」
「……」
言葉が出てこない。
「はぁ……」
母は、黙り込むマフを見下ろし、深くため息をついた。
「子どもって、すぐ黙るんだから。なに?言わないと、わかんないでしょ??」
「……ごめんなさい……」
「……はぁ」
またひとつ、ため息。
母は呆れたように立ち上がる。
「もういいわ。プリントやりましょう」
「……うん」
マフは、小さく頷く。
胸の奥が、きゅっと縮こまる。
逃げ場は、どこにもない。
マフは、母が怖くて仕方がなかった。
部屋のドアが静かに閉まる。
鍵はかけていないのに、閉じ込められた気分だった。
机の上に、プリント。
母が置いていったままの位置で、微動だにしない。
マフは椅子に座り、背筋を伸ばす。
見られていない。
今は、一人。
そう言い聞かせても、体は勝手に強張ったままだ。
シャーペンを握る。
一問目。
解ける。
分かる。
答えも合っているはず。
それなのに、手が止まる。
途中式を、必要以上に丁寧に書く。
数字を一つ書くたび、消しゴムで確かめる。
省いたら、ダメ。
間違えたら、意味がない。
頭の中で、母の声がする。
「なんで省くの?」
「一位取る気あるの?」
ぐっと唇を噛みしめ、続きを書く。
二問目。
三問目。
時計の秒針の音が、やけに大きい。
カチ、カチ、と時間を削るみたいに響く。
喉が渇いている。
でも、水を取りに立つ気になれない。
集中が切れたと思われる気がして。
――誰に?
自分でも分からないまま、問題を解き続ける。
四問目。
一瞬、計算が合わない。
「……」
胸が、きゅっと縮む。
急いで最初から見直す。
指が震えて、数字が歪む。
―落ち着け。
まだ、間違えたって決まったわけじゃない。
深呼吸。
ゆっくり、もう一度。
……合ってる。
それだけで、どっと疲れが押し寄せた。
「……」
マフは、机に突っ伏しそうになるのを堪え、背筋を正す。
休んだら、負けな気がした。
プリントの最後のページ。
赤ペンは、まだない。
×も、まだついていない。
でも、これで“足りる”わけじゃない。
全部正解して、やっとスタートライン。
それ以下は、意味がない。
書き終えたシャーペンを、そっと置く。
「……終わった」
誰に聞かせるでもない声。
部屋は、しんと静まり返っている。
マフは、プリントを揃え、端をきっちり合わせた。
少しでもずれていると、不安になる。
ベッドに座り、手のひらを見る。
力を入れすぎて、白くなっていた。
学校では、褒められる。
ここでは、足りない。
一人なのに、
一人きりになれない。
マフは、カーテンの隙間から入る細い光を見つめながら、
何も考えないように、目を閉じた。
明日も、同じ。
その確信だけが、
胸の奥に、静かに残っていた。
部屋のドアが静かに閉まる。
鍵はかけていないのに、閉じ込められた気分だった。
机の上に、プリント。
母が置いていったままの位置で、微動だにしない。
マフは椅子に座り、背筋を伸ばす。
見られていない。
今は、一人。
そう言い聞かせても、体は勝手に強張ったままだ。
シャーペンを握る。
カリ、と音が鳴るだけで、肩がびくっと跳ねる。
一問目。
解ける。
分かる。
答えも合っているはず。
それなのに、手が止まる。
途中式を、必要以上に丁寧に書く。
数字を一つ書くたび、消しゴムで確かめる。
省いたら、ダメ。
間違えたら、意味がない。
頭の中で、母の声がする。
「なんで省くの?」
「一位取る気あるの?」
ぐっと唇を噛みしめ、続きを書く。
二問目。
三問目。
時計の秒針の音が、やけに大きい。
カチ、カチ、と時間を削るみたいに響く。
喉が渇いている。
でも、水を取りに立つ気になれない。
集中が切れたと思われる気がして。
――誰に?
自分でも分からないまま、問題を解き続ける。
四問目。
一瞬、計算が合わない。
「……」
胸が、きゅっと縮む。
急いで最初から見直す。
指が震えて、数字が歪む。
落ち着け
まだ、間違えたって決まったわけじゃない。
深呼吸。
ゆっくり、もう一度。
……合ってる。
それだけで、どっと疲れが押し寄せた。
「……」
マフは、机に突っ伏しそうになるのを堪え、背筋を正す。
休んだら、負けな気がした。
プリントの最後のページ。
赤ペンは、まだない。
×も、まだついていない。
でも、これで“足りる”わけじゃない。
全部正解して、やっとスタートライン。
それ以下は、意味がない。
書き終えたシャーペンを、そっと置く。
「……終わった」
誰に聞かせるでもない声。
部屋は、しんと静まり返っている。
マフは、プリントを揃え、端をきっちり合わせた。
少しでもずれていると、不安になる。
ベッドに座り、手のひらを見る。
力を入れすぎて、白くなっていた。
学校では、褒められる。
ここでは、足りない。
一人なのに、
一人きりになれない。
マフは、カーテンの隙間から入る細い光を見つめながら、
何も考えないように、目を閉じた。
明日も、同じ。
その確信だけが、
胸の奥に、静かに残っていた。
ありがとうございました
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