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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

匠と誠二シリーズ

指を絡めて、寄り添って

作者: sakaki


探しに来たら、珍しくでもなんでもなく誠二が寝てた。

思わず漏れたのは、大きなため息。



「……お前ねぇ……一応練習中だってわかってんの?おまけにここは合宿所で、いつもの学校じゃないってのに……」



休憩の合図にふと辺りを見回せば、どこにも手のかかるルームメイトの姿がなかった。ただそれだけのことだった。

それなのに匠がわざわざ探しに来てしまったのは――まあもう当の昔に自覚してしまったから、そんなものはどうでもいいのだが。


それにしても、たかが十五分の休憩に、どうやったらこんな芝生の端っこで大の字になって寝れるのか。

その辺は今でもわからないと(たくみ)は思う。


冬賀(とうが)学園中等部に入学して以来、このどこでも寝れる、場所を選ばずの神経だけは本当にいつまで経っても葛西を驚かせていた。

なにせ同室一日目、相手が妙に気になって緊張した挙句、ほとんどまともに寝られなかったのは他でもない匠自身だ。

自分なんかと違う正真正銘のエリートの正体が、うるさくてデカイ、遠慮も何も端から辞書の外側に捨ててきたガキだと悟るまで、「そんなに俺はちっぽけでどうでもいい気にもならない相手かよ畜生」などと思っていたことは口が避けても言うつもりはないが――まあそれはともかく。



「誠二ー?」



呼びかけても返事はない。どうせ本能で十五分経てば起きるのだろう。

起こすことにはさっさと見切りをつけて、匠もその隣に腰を下ろした。

万が一起きなかったら起こしてやるか、などという親切心もあるのだが、それが実際は恋に狂った男の繰言だということはもう嫌になるほど身に染みてわかっている。


そう。

――自分はこの男に惚れている。



「……」



すうすうと気持ちよさそうな寝息や、いつも以上にずっと幼くなる寝顔は同室になってからほとんど毎日のように見てるものなのだから今更――とは思うのだが。



「……あー……俺って最低……」



どこか嬉しくなって、どこか恥ずかしくなって、どこか逃げ出したくなって。

自分の気持ちを認めてからは一事が万事この調子だった。なまじ口に出来ないと覚悟しているせいもあるのだろう。


ただそれが――誠二であるというだけで、時折どうしようもない衝動に身を駆られる。

しかもそれが抗いようがないほど強い衝動であることは、もうとっくの昔に経験済みだ。


それでも何かをごまかすように視線をそらそうとして、ふと芝生の上に投げ出された手に目が吸い寄せられた。


身長もそれなりにあるせいか、少し大きな手。

長い指。



「……」



きょろきょろと辺りを見回して人影ないことを確認してから、匠はそっと手を伸ばした。

触れた温度は少し高め。起きる様子はない。



「……子供体温」



これくらい自分の手も大きかったらなあとか思いながら、そんなことをつぶやいて。

それでも跳ねる心は隠しようがなく笑みが零れる。


触れても起きないのが少し嬉しかった。

こんな気持ちは認めてもらえなくても、許されてるという気分には浸れる。


そうっと微かに指を絡ませて――もう一度辺りを見回して。



「――」



少しだけ場所をずらして、同じように横になってみた。近くなった視界に調子に乗って、少しだけ指を絡ませてみる。

これがこの頃のちょっとした楽しみ――だなんて、改めて考えてみればなんか変態っぽかったりすると自分でも思うのだけど。


絶対にこれ以上近づいたりしないから。

絶対にこんな気持ちを押し付けたりしないから。


……今だけ。




「――葛西ー?」

「水上先輩っ!?」




がばっと匠は跳ね起きた。




「あ、なんだそこに――っておい。この馬鹿、寝てんのか?また」




グラウンドから現れた水上の楽しげに笑うその笑みは、からかう相手を見つけた、そんな顔で。

近づいてくる先輩にただでさえ飛び上がった心臓を押さえるのは、なかなか苦労だった。

もちろん水上のそんな顔は、別にいつものことで何も匠自身を責めたりなんかしていないのだけれど。


それでもどうしても妙に慌てふためいてしまうのは、もう仕方がない。

疚しくない、と言い切るには今の行動もこの気持ちも、普通じゃなさすぎる。



「葛西?どうした?」

「あ、いえ。何でもな――」



けれどいつもと同じように何とか、そう、何とか動揺を押し殺そうとした所で。



「――水上先輩のバカーーーーーーっ」

「せ、誠二!?」



いつの間に伸ばされていたのか、自分のものより少し大きいその腕が、手が、不意に匠にのしかかった。

後ろから抱きつかれているのだと気がついたのは、その息が耳元にかかり、抱きしめられたまま手をぎゅっとつかまれた後だ。


さっきまで自分が触れていた手が、今度は自分の手を包み込むように触れている。

後ろから、抱きしめ、られている。


うっかり思考が止まった。



「もー!せっかく!せっかくいいとこだったのにーーっ!」

「馬鹿はてめえだっ!」



ごんっ!と問答無用で振りおろされた拳はいうまでもなく水上のもの。

それは抱きしめられていた匠自身の硬直を解くにも十分なもので。



「――っ練習!」



大声を上げて突然勢いよく立ち上がった匠に、ころんと後ろにひっくり返された誠二はもちろん、水上も驚いて目を丸くした。



「匠……?」

「葛西……?」



いつもの自分じゃない、なんてことは百も承知だ。

それでもこの状況で、そう簡単に取り繕える程、人間ができていない。



「練習――っ始まる前に水飲みにいってきます!」



敬語でしゃべれたのが匠にとっての精一杯だった。

頭を一杯に占めているのは、背中越しに伝わる熱と何より――誠二自身の意志で絡められたその指の感触だけで。

頭を占めるのは叫びだしたい衝動だけだった。



だから匠が逃げるように走り去ったその後。




「――で?バカ澤。何が『いいとこ』だったって?」

「………………夢、がちょうどいいとこで……」

「ほー?」

「………………………………」

「じゃ俺も行くかな。いやーいい気分転換になったぜ」

「……水上先輩のバカっ」

「んな臆病もんに言われた所で痛くも痒くもねーな」

「だったらなんで蹴りいれて……っ……うううう」

「ばーか。そんぐらい自分で考えろっての。それに少なくともな――」



水上は笑った。



「『いいとこ』ってのは寝たフリして、チャンス待つよーなもんじゃねーだろ?」

「……」



……多分、誠二にとって。

図星を指されるとか、返す言葉がないとか、そういうのが今だ。



「ま、せいぜいガンバレ」



悠々と去っていくその背中を睨みつけながら、誠二は大きなため息をついた。

そしてついさっき、触れた自分より低かった熱を思い出す。


自分のものとは全然違う細い指がなぞった手。

抱きしめた肩。柔らかな髪。



「……あれだけで心臓とまりそーなのにどうしろって言うんだよ……」



太陽にかざした手は、なんだかいつもの自分の手とは違うようで。

誠二は大きな大きなため息を、もう一度ついた。



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