え、俺もデビュー?②
「え……す、スカウト? 俺を……?」
「はい。達也さんを、です」
「え、なんでまた……?」
「そうですね。まあいろいろと口で説明するより百聞は一見に如かずということで……まずはこちらを見てください」
「あ、はい……」
俺は玉森さんに差し出されたスマホを受け取った。
「これは……SNSのトレンド?」
「はい、その通りです。気づきませんか?」
「いやまあ、これならさっき見ましたけど。なんか母さんが1位を取ったとかで……」
「いえ、そちらではありません。その少し下の方です」
「え、下?」
なんだろう? そういや1位しか見てなくて他なんてチェックしてなかったな。
しかし、これがまたなんで俺がVTuberになることと関係が……。
まあいいや、一応見てみるか。
え~っと、どれどれ……。
『たっくん』
「えぇえええええええ!?」
え、俺!? なにゆえ!?
「え~っと、これはいったいどういう……。え? なんでまた俺の名前がトレンドに? しかもこんな上位って……」
そりゃあインパクト的に母さんが1位になったのはわからなくもないけど……。
なんせ現役の人気女性Vが配信でおっぱいチュパチュパとか……。
「ああ、でもアレですかね? なんかんだ今回は一応俺も頑張りましたし、身を挺して母親を守ろうとした健気な孝行息子……みたいな? なんかそういうポジションで伸びたんですかね……?」
まあそう考えると多少は悪い気もしなくはないな。
頑張った甲斐があったというか。
……けど、だからってこんな一過性のバズりで普通スカウトまでいくかな?
それこそ弱小企業ならともかく、今のVランドならこんなぽっと出の高校生捕まえてデビューなんかさせるより、もっと他にスカウトすべき人材がいっぱいいるような……。
「いえ、それもありますけどメインはそこではありません」
「え」
あれ? 違うの?
じゃあいったいなにが……?
「まだピンときませんか?」
「あいにく……」
「なるほど。ではこうしてみましょう。――仁恵さん、ちょっとよろしいですか?」
「ん? な~にハルちゃん?」
「これを見てください」
「なになに?」
玉森さんに手招きされ、母さんも俺と同じくスマホを覗き込む。
さっきは自分のトレンド入りを喜んでいた母さんだが、さすがにこの状況にはそうも言ってられないだろう。
まだ未成年の我が子がこんなワケの分からない流れで世間の注目を集めるなんて、親としたらあまり喜ばしいことではないはず……。
「え~すごーい! ママだけじゃなくたっくんもトレンドに入ってる~! さすがたっくん! 親子でトレンド入りなんてママうれし~! これぞ親子の愛のたまものね!」
「だから呑気かって!!」
「それですっ!!!」
ビシッと玉森さんが指を差してくる。
「……は?」
え、どれ!?
「あのぉ、玉森さん……?」
「そう、まさにそこなのです。達也さんもファンであるならよくご存じかと思いますが、現在のところ我がVランドに所属するライバーはみなさん非常に個性的な面子ばかりです」
「まぁ、それはもちろん承知してますが……」
……だって運営からしてアレですし(ボソッ)。
「ですが、そのほとんどが基本的にはボケ専門……いえ、ある意味で“全員”と言っても過言ではありません。口を開けばどうしてそうなったという意味不明なエピソードの連続……ゲームをさせれば開発者の意図などガン無視した謎行動の嵐……それにより視聴者を困惑の渦に叩き落とすこと幾星霜。もはや彼ら彼女らにとって、常識なんて単語はあってないようなもの!」
ダンッと玉森さんがテーブルを叩く。
う~む……なんかそう聞くとちょっとした犯罪者集団みたいだな。
「もっとも、そんな様子がウケて現在の地位を築けた以上、決して悪いことではないのですが……。ただ、おかげで箱企画ともなると現場がカオスになることもしばしば。ピー音ギリギリのワードを連発し、配信サイト側から警告文が届いたことも一度や二度ではありません」
「あー……」
……残念ながら心当たりしかない。
むしろ傍から見てると警告程度で済んでいるのが不思議なくらいだ。
「そしてこの度、唯一の常識枠だった花咲ママミもついに陥落。非常識という名の闇へと吸い込まれてしまいました。……このことがいったい何を意味するかわかりますか、達也さん?」
「えっと――」
「そうです! 我が社は深刻なツッコミ不足に陥ってしまったのです!」
いや早っ!
俺に答えさせる気ゼロ!?
「で、そこに来て先ほどの配信です。突然暴走する母親、それでもめげずにツッコみ続ける達也さんの姿……そこに社長はいたく感服しておられました。無論、私もです」
「はぁ……」
「だからこそ、我々はアナタに目をつけたのです。達也さんの存在はきっとVランドに新たな風を吹き込み……それどころか救済の光となって、我らの未来を明るく照らしてくれることでしょう」
「んな大げさな……」
「いえいえ、決して大げさなどではありませんよ。その証拠にほら、さっきのトレンドのサジェストも見てください」
「?」
『たっくん おもしろい』
『たっくん ツッコみ』
『たっくん 親子漫才』
『たっくん キレ芸』
「えぇ……」
ホントだ……なんか知らんがM1決勝後みたいになってる。
え、なにこれ? 俺って芸人だったの?
「どうです? これでもう理解できたんじゃないでしょうか?」
「ま、まあ一応は……。要するに、俺にVランドでもツッコミ役をやれ……ってことですか?」
「まあそこまでハッキリと役割を固定する気はありませんが……あくまで所属ライバーには自由にノビノビと配信してもらうのが我が社のモットーですので」
その結果がイロモノ集団……と。
「ただ、イメージとしてはそういった感じになりますね。少なくとも、達也さんが加入することでこれまでとはまた違ったシナジーが生まれるのではと期待しております」
「シナジー……」
そんな人を化学物質みたいな……。
「まあそう不安がらずに。大丈夫ですよ、達也さんなら。なんと言ってもアナタは仁恵さんの息子さんなんですから」
「そうよたっくん。たっくんはママの大事な一番星なんだから。ピカッといきましょう! ピカッと!」
「いや、なんで母さんもそんなシレッと乗り気なんだよ……。てかピカッとって……俺は電球かなにかか?」
「ほーら、言った傍からまたツッコんだ。やはりそう簡単には抑えられないようですね……己のサガを」
「いやサガて! やっぱ俺をツッコミキャラに仕立てる気満々じゃないですか!」
あ、またツッコんじゃった。
もーなにこれ!? 無限ループ!?
「というわけで、いかがでしょう?」
「いや、いかがと言われましても……」
さすがにそんな即答はできかねるというか……。
「改めて言いますが、こちらとしてはもちろん冗談ではなく本気です。もし首を縦に振っていただけたあかつきにはすぐにでも機材の調達や立ち絵を発注し、日々の活動についても私含めスタッフ一同で達也さんのために全力でサポートさせていただきます」
「サポート……」
「はい! 誠心誠意、真心を込めて! ですのでどうか……どうかご一考いただけないでしょうか?」
「はぁ……」
まいったな。
どうやらこれはガチのマジのホントっぽいぞ。