Mなるハンバーガーショップ①
「ハンバーガーの時間だぁあああ!!!」
「「「イエーイ!」」」
配信が開けて早々、盛り上がる参加者一同。
本日俺たちがやるゲームは『ハンバーガーシミュレーター』。
その名のとおりハンバーガー屋さんを経営するシミュレーションゲームで、ざっくり言うとプレイヤーは店員となって次々やって来るお客のオーダーに対して迅速かつ適切に対応していくというもの。
ただし肉が焦げる、挟む具材を間違える、空のドリンクを提供してしまうなど現場は常にてんやわんや。
おまけに提供が遅くなれば客が怒って帰ったり、店に低評価などをつけられたりしてしまうというシビアなゲームだ。
ただし、一方でそういう厨房内のドタバタこそがプレイヤーたちの混乱を呼び、思わぬハプニングや爆笑ポイント、謎の達成感などを生んで視聴者的に見ていておもしろいという点が配信界隈で人気の要素でもある。
なお本日は4人によるマルチプレイ。
メンバーはまず冒頭で叫んでいたルミナ先輩、それに俺と母さん、そして最後が今回のコラボの発起人である――。
「いやぁありがとね“シェリっち”。誘ってくれて」
「うん、シェリちゃんとコラボって久々だから楽しみー」
「いえいえこちらこそ尊敬するパイセン方とごいっしょできてうれしいデス!」
そう言って元気よく笑ったのは我らがVランドの4期生であるシェリー・ジャスティス先輩。
お父さんがアメリカ人、お母さんが日本人というハーフのボンキュッボンな美人である。
ビジュアルはプラチナブロンドのロングヘアー&紫がかったグレーの瞳。そして目元には星条旗リスペクトで星型のペイントが施されている。
服装はセクシーかつギリギリ規制ラインを攻めたアメリカンポリス風の制服。頭には小さめのポリスキャップも斜めに被っている。
なんでも日本の二次元にはびこる不埒な文化を取り締まるため遥々アメリカからやってきた……というのがVTuberとしての設定なんだとか。
あとちなみに先輩のことをパイセンと呼んだり、語尾がところどころカタコトだったりするのは演技ではなく実際に中の人がアメリカ生まれのアメリカ育ちで日本語のイントネーションに慣れていないからだそうだ。
「そういえばベイビんとシェリっちは初コラボだよね。どう? お互いの印象は?」
「イエース! とってもちっこくてキュートでかわいらしいデス! このままお持ち帰りしたいくらいデス!」
「ふふ、ダメよシェリちゃん。たっくんはママのなんだから」
「アハハ! わかってマスよママミパイセン!」
「ベイビんは?」
「あ、はい。いやもう見た目もカッコいいし、明るさがいかにもアメリカの方って感じで……こうしてコラボさせてもらえて俺としてもすごくうれしいです」
「Oh、ホントですカ? そう言ってもらえるとワタシも企画した甲斐がありマース!」
「今回はシェリちゃんがどうしてもたっくんとコラボしたいってことで私に打診があったんだものね」
「あ、そうだったんですか? それはどうもありがとうございます……え、でもどうして?」
もしや俺がまだ新人だから気を利かして声をかけてくれたのだろうか?
あるいはこれまでの配信を見て俺に興味を持ってくれたとか?
まあなんにせよ素直にありがたいことだが――。
「それはモチロン、一度でいいから赤ちゃんに罵倒されてみたいと思ったからデス!」
「…………」
【コメント】
:草草草
:のっけからアウトで草
:とんでもない理由ww
:出たよw
:言うと思ったw
:シェリーちゃん開幕から全開すぎるwwwまあいつものことだけど
「あ、あの……」
「ふふ、気をつけなよベイビん。シェリっちは罵られれば罵られるほど興奮する生粋の変態だからさ。ヘタに大声でツッコんだら思うつぼだよ」
「ええ。なにせママがかつて清楚だった頃でさえ『ワタシが死んだら葬式でママミパイセンの母性たっぷりソフト罵倒ASMRをお経として流してください』ってチャットが来たほどなんだから。だから心して相手してね、たっくん」
「えぇ……なにその情報こわ」
【コメント】
:草
:マジかよw
:配信の裏でそんなことしてたんかww
:どんな葬式やねん
:要求がマニアックすぎるw
:参列者困惑で草
:どんな気持ちでお焼香あげればええねんww
「いやいやわかってないデスねキミたち。ママミパイセンの罵倒ASMRデスよ? そんなん流されたらたとえどんな死にざまだろうと一片の悔いなく気持ちよく昇天できるってもんデスヨ。どこぞのハゲのなに言ってるかわからん念仏より遥かに上等デス」
【コメント】
:コラ!w
:どこぞのハゲてwww
:いやたしかになに言ってるかはよくわからんけども
:お坊さんに謝れw
「え、てかちょっと待ってください。要するに情報をまとめるとシェリー先輩ってもしやそういう系の……」
「ザッツライ! そのとーりデス! ドМの星に生まれたドМ人間とはワタシのことデス!」
「ドМの星……」
なんだその変態しかいなさそうな星は……イヤすぎる。
「アハハ、さすがシェリっち。でもたしか最初は違ったんだよね?」
「イエス、ルミナパイセン。自分で言うのもなんですが成人するまではフツーのガールだったはずデス」
「マジっすか……? それがいったいなんでまたこんなことに……」
「そうデスネ~……詳しく話すと長くなるのでカットしますが、もともとは西部劇に出てくるようなカウボーイに憧れてまして。いわゆるアウトローな無法者を取り締まる正義の保安官的なヤツですネ」
「カウボーイ……あーそれでビジュアルもアメリカンポリス的な感じなんですね」
「そうデス! こだわりデス!」
「ふふっ、実際に別衣装でカウボーイスタイルもあるものね」
「へ~」
それはぜひとも見てみたいな。素の見た目と相まってめっちゃ似合いそう。
あとでお披露目回のアーカイブでも探してみるか。
「だからVTuberになろうと思ったときも最初は日本の二次元にはびこる悪しき文化や性癖を取り締まってやるぞーとワタシも意気込んでマシタ。……ですがそこからが人生の摩訶不思議なトコロでして。ハジメは勉強のためにいろんなマンガやアニメを見漁ってたんデスが、そこであるときワタシはふと気づいてしまったのデス」
「気づいた? 何にですか?」
「それはデスネ……」
「?」
「日本のオタクの中にはバカだのブタだの罵られたり、それどころか物理的に叩かれることで性的興奮を覚える人種がいるということに……デス!!!」
「Oh……」
【コメント】
:あっ
:あ・・・
:草
「衝撃的デシタ……。痛みとは本来動物が最も嫌うモノ。ゆえに避けるのが本能。それをあんな風にビシバシ叩かれて喜ぶ人間がいるなんて……あれほどのカルチャーショックはワタシの人生でも後にも先にも初めてデス」
「いやいや、でもそれは別に日本特有の文化ってわけでもない気が……」
「そうでしょうカ? ワタシの知る限りアニメでツンデレヒロインの罵倒ゼリフに配信サイトやSNSで感謝のコメントが乱れ飛ぶ国なんて他に見たことありまセン。それこそVTuber界隈もしかりデス。ここにいるリスナーのみなさんも心当たりがあるんじゃないでしょうカ?」
【コメント】
:ドキッ!!
:あはは、そそそんなまさか・・・
:はて??いったいなんのことやらさっぱり分かりませんが???
:嘘つけ!そんな頭のおかしなヤツがこの世にいるわけないだろ!!(目を逸らしながら)
:おいおい待ってくれよシェリーちゃん。この僕がドMだって?僕はただ「ヘンタイ」とか「ザコ」とか言われると気持ちよくなるだけの至って正常な人間だよ?
:ブヒブヒ!!(まったくけしからん奴らだ!同じ日本人として恥ずかしいぞ!!)
:い、言いがかりだぞキミィ!証拠はあるのかね、証拠は!!?
:↑スッ(SMクラブのゴールド会員証)
:↑はわわわわわっ!
:↑いったいどこでそれを・・!?
:全員漏れなく白状してて草
:みなさんトイレで鏡見てきてどうぞ
「な、なるほど。でもたしかに世間には一定数そういう人がいるとはいえ、そこからどうしてまたシェリー先輩までそっちの道に……」
「それに関してはもう自然と飲み込まれてしまったとしか言いようがありまセン。そういう趣向を理解しようと自分のカラダであれこれ試しているうちにどんどん痛みが快感に変わってしまいましてネ」
「えぇ……わざわざ試しちゃったんですか?」
「百聞は一見に如かず、というやつデス! あるいは虎穴に入らずんば虎子を得ずとも! 知らないモノを理解するにはやはり体験するのが一番デス!」
「いやそんな潔く高らかに言われても結末的に全然かっこよくないんですけど……」
【コメント】
:その結果生まれたのがVランド随一のドМっていうね
:言ってることはそれっぽいんだけどw
:メインキャラの闇落ちルートでありがちな展開
:最悪のバッドエンドで草
「まあまあベイビん。理解できないものを理解しようとした結果、意図せず自分自身もそれに染まっちゃうことはよくあることだよ」
「いわゆるミイラ取りがミイラ方式ってことね。わかるわかる、ママも出産経験がない割に今じゃすっかり母性の塊だもの」
「ね。ルミたんもまさか自分が引きこもりなるとは思わなかったもん。ほんと人生って不思議」
「すいません……なんか急に理解者ぶってしゃしゃるのはいいですけど、たぶん二人のそれはただの生まれつきかと」
【コメント】
:草
:それはそうw
:あまりにも冷静なたっくんのツッコミ
:さすがや
:ミイラ取りがミイラと言うよりミイラがさらに自分で包帯巻き足しただけ定期
「というワケで以上がワタシという存在の誕生秘話デス! おかげで今では満員電車で揉みくちゃにされたり、テレビで芸人が漫才のツッコミで頭を叩いてるだけでドキドキしてしまう身体になってしまいマシタ!」
「そんなに!? 末期すぎません!?」
おいおいマジか……それもう普通に病気では? なんのかは知らんが。
……でもまあ、とりあえずシェリー先輩がガチのドMであるということは理解した。
それにしてもやっぱり安心と信頼のVランドブランドだな。
始まって2分くらい経つまではただの明るくて陽気な良い先輩だと思ったのに中身はぜんぜん違った。当たり前だがこの人も漏れなく異常者の一人だったか。
いや、むしろ一瞬でもこの事務所にマトモな配信者がいると勘違いした俺がバカだったのかもしれん。
うん、そうとくればこれ以上考えてもしゃーないや。
さーて気を取り直してゲームしますか。
もしタイトルで察した方は変態の才能アリ
次回は7/1(火)更新予定