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謝罪配信……と言う名の終わりの始まり①

 そしてその日の夕方。

 俺が家に帰ると、すでに仕事を終えた母さんがリビングで待っていた。


「あ……おかえり、たっくん」

「……うん、ただいま」


 お互いぎこちない挨拶を交わす。

 と、そこに割って入る人物が一人。


「はじめまして、達也さん。私は株式会社Vランドの玉森(たまもり)春奈(はるな)と申します。仁恵さん……あなたのお母様のマネージャーをしております」


 そう言ってサッと名刺を差し出してきたのは、スラッとした眼鏡で黒髪の女性。

 ピシッと着こなされたスーツがなんだか敏腕秘書っぽい雰囲気。まあスーツ姿なのは状況が状況だからかもしれないけど。


「マネージャー……」


 なんだか芸能人みたいだ……ってそりゃそうか。VTuberだもんな。

 差し出された名刺を受け取りながらそんなことを思う。


 で、そこからは三人で今後についての話し合い。


「では早速で申し訳ないですが、今後の活動について方針を決めたいと思います。会社としてもいくつか提案を用意してきましたので――」

「あ、ちょっと待ってハルちゃん。その前に私から少しいいかしら?」

「はい、なんでしょう仁恵さん?」

「えっとね、まずはたっくんに私のことを話しておいた方がいいかと思って。ほら、どうしてVTuberになったのかとか……ね?」

「あ、うん」


 たしかに知りたい。

 なんせ今の俺は知らないことだらけだ。


「……そうですね。たしかにいきなりのことで達也さんも困惑しているでしょうし、順を追いましょうか」

「ありがとうございます。助かります」

「いえ、こちらこそ今回の件は会社の不手際だと思っていますので。ご家族が同居している時点で、こうなる可能性はあったはずなので……」

「そんなことないわ。それについては私がちゃんと自分で気をつけるべきで……」


 どちらも申し訳なさそうに罪を被り合う二人。

 なんとなく二人の関係が良好なのが伝わってくる。俺は内心でちょっと「てぇてぇ」と思ってしまった。


 とまあ、それはさておき。


「まあきっかけについては偶然って言うか、そこまで大した理由があるわけでもないんだけど……」


 そこから母さんはVTuberになった詳しい経緯を語ってくれた。

 ただそのはじまりは、本人の言葉どおり本当に些細なことだった。


 それはある日の行きつけの美容院でのこと。

 そこの担当さんがもともとVTuberをすごく好きで、『仁恵さんも声がかわいいからやってみたらどうですか?』って勧めてくれたんだとか。

 でもって最初は単なるお世辞と思って母さんも相づちを打っていたのだが、これが意外にも相手はかなり本気だったらしい。

 いつの間にか必要な機材の調達やら2Dモデルの発注やらをいろいろお膳立てされていて、気がついたときにはあれよあれよとデビューすることになってしまっていたそうな。

 まあなんというか、そこまで聞けばお人好しな母らしいエピソードだった。


「正直に言うと、最初はあんまり乗り気じゃなかったんだけどね。なんだかよくわからない世界だったし、なによりも人前で話すのって恥ずかしいし……」


 そう言って頬に手を当てる母さんの姿は、まさにまーたんそのものだった。


「でも、最近は動画や配信でお金を稼げるって話も職場とかでちょこちょこ聞くようになってたし、これをやることでたっくんの大学への進学費用の足しにでもなればいいな~くらいのイメージだったんだけど……」


「それが思った以上に伸びちゃった……と。でも、それってまだ個人勢だったときの話でしょ? Vランドにはどうやって?」


 今でこそVランドの3期生として活動するまーたんだが、実はデビューしたのは事務所からではない。

 個人として活動していたところから移籍してきた……というのは雑談などで何度か取り上げていたので俺も知っていた。


 と、その疑問に答えたのは玉森さんだった。


「その件については、こちらからスカウトさせていただきました。たまたま私が仁恵さんの配信を見て、すぐに『この人は絶対伸びる!』と思って社長にゴリ押ししたんです」

「ゴリ押し……そんなにですか?」

「ええ、仁恵さんには才能が有りましたから。ポワッとした天然具合、それでいてたまに見せる絶妙な角度からのツッコミ、そしてなにより生来の母性から来る全てを包み込むような優しさ。まさに癒し系VTuberになるべくして生まれてきたと言っても過言ではありません!」

「ちょっとハルちゃん、あんまり言われると恥ずかしんだけど……」

「いえ、事実ですから! 私は仁恵さんならもっともっと上に行って、いずれはこの業界の天下を取れると思っています!」

「あらあら……///」


 う~む……すごいな、そこまで評価されてるのか。

 まあでも言ってることはすべて理解できる。だって俺がまーたんに惹かれたのもまさに今の玉森さんの言った内容どおりだし。

 たしかに母さんは昔からちょっと天然で、たまに突拍子もないことを平気で言う。今どき「あらあら口調」なのもアニメのキャラっぽい。母性については言わずもがな。


「それに実際、現時点でも結果は数字に表れています。今や仁恵さん……”花咲ママミ”はわが社の立派なエースの一人です」


 そう語る玉森さんの顔はどこか誇らしげだった。

 しかし、そこで「ですが……」と顔が曇る。


「……今回の件は、率直に言って本当に痛手でした。今も各所で対応に追われている状況です。早く何とかしないと取り返しのつかないことになるでしょう。ですので会社としても早急に手を打ちたいと思っております。なにより私自身、同じ会社の仲間としても、一ファンとしてもこんな形で仁恵さんの活動を終わらせたくありません」

「ハルちゃん……」


 悔しそうに奥歯を噛みながら語った玉森さんの手に、母さんがそっと自分の手を添える。


 なるほどな、なんとなく会社としての方針は分かった。

 よかった……最悪の場合、母さんが切り捨てられるんじゃないかと少しだけヒヤヒヤしていたが杞憂だったみたいだ。

 それにここまでの印象から玉森さんも充分信用できそうな人なのがわかる。

 それなら……。


「ただ、そうは言っても残念ながら現状で明確な打開策はありません。ひとまず『この件の詳細は後日ご報告させていただきます』とプレスリリースすることで凌いでおりますが……」

「それもどこまで持つか分からない……って感じですか?」

「……はい。場合によってはそれで沈静化する可能性もありますが、現時点でのネットの反応を見る限り望みは薄いように感じます。いずれにせよ、最終的には何かしら改めて正式な発表をする必要があります」


 かといって中途半端な説明で収まりのつく状況でもない。

 それは玉森さんも会社もわかってる。だから頭を悩ませてるってわけだ。


 ならばもう、やっぱり“これ”しか手はないだろう。

 ただ、その前にどうしても確認しておきたい。


「ところでその、母さんに一個聞いてもいい?」

「? なぁに、たっくん?」

「VTuberの仕事ってさ……好き?」

「え、どうしたの急に……?」

「あーうん、なんとなく気になったというか……ちょっと聞いてみたくて」


 そうは言いつつも本音はちょっとどころではない。

 むしろ俺にとってはある意味でそこが一番大事だった。


 すると、母さんはこう言った。


「そうね……うん、好きよ。はじめた頃は戸惑ってばかりだったけど、いつの間にかみんなが応援してくれるようになって……そこから『配信おもしろかったよ』とか『癒されました』とかそういうコメントもたくさんつくようになって、それを見ると私も嬉しいなぁって思うの」

「そっか……ならよかった」


 ……これでもう、正真正銘迷いは消えた。

 後はやるだけだ。


「あの、さっきの解決策をどうするかって件なんですけど、実は俺に一つだけ考えがあるんです。もしよかったら、聞いてもらってもいいですか?」

「たっくん……?」

「考え……と言いますと?」


 俺の言葉に二人が首を傾げる。

 そして――。



 ◇◇◇



「皆さんこんばんは、Vランド3期生の花咲ママミです。本日は急きょの配信にも関わらずお越しいただきありがとうございます」


 リビングにセットしたPCの前で母さんが話し始める。

 いつもと違うしっとりとした挨拶と声のトーン。その理由は言わずもがな。


「まずはすでにご存じの方も多いかと思いますが、昨夜の配信においてファンの皆様にご心配やご迷惑をおかけしてしまったことを謝罪いたします。大変申し訳ございませんでした」


 そう、この配信枠は昨夜の一件を直接謝罪し説明するためのもの。

 しかし、これはただの謝罪配信ではない。というのも。


「その上で、今日はゲストに来てもらっています」


 チラッと母さんがこちらを見る。その目はとても心配そう。


 だが、すでに覚悟は決めた。

 俺は母さんに頷き返すと、そのままマイクに顔を近づけた。


「えー……どうも皆さんはじめまして。花咲ママミの息子です」


ちなみに杉本家は2LDKのマンション(築30年、駅遠め)の設定です

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