社長面談③
「ちょちょちょっ! え、どういうことですかこれ!? なぜ赤ちゃん!?」
「おや? もっと上かと思ってたかい?」
「そりゃそうですよ! 流れ的にそうでしたもん! 逆にさっきまでのあの会話の流れから『よーし、俺は俺らしくこれからは赤ちゃんとしてがんばっていくぜ!』……とか思ってたら恐すぎますって! 等身大がどうとか言うからフツーに年相応に高校生ぐらいだと思いましたよ!」
「あはは。そりゃ残念、ハズレちゃったね~。タッちゃん、マイナス1ポイント!」
うざっ! なんだそのノリ!
そしてどっから出てきたそのポイント! 俺は急になにを失ったんだよ!
……あーもうこれだから酔っ払いは!
「あの……ていうか真面目な話、これのどこに等身大要素があるんですか……? こんなんボクの自然体を出すどころかむしろ違和感しか放出できそうにないんですけど……」
「うん? そこはまあ、素直にこの前の配信どおりでいいんじゃないかな。平常時はママミくんのことをママ~って呼びながらバブバブ言いつつ、ところどころでは鋭いツッコみを入れていく感じで」
「いやどんな感じですかそれ!? 誰もそんなス〇夫みたいなトーンでママなんて呼んでないですから! 完全に記憶ねじ曲がってるじゃないですか!」
「え、そうだっけ?」
「そうですよ! それにママ呼びはともかく、バブバブについてはそんなん一度たりとも言ってませんから!」
「あらら、それも違ったか。いかんいかん、お酒飲むとどうも記憶が……よし、じゃあ今後は言おう。さて、それじゃあもう少し細部の説明を――」
「うぉおおおい! ちょっと待った! なに勝手に話を進めようとしてるんですか! 言おう……じゃないですよ! できるわけないでしょ!」
「え、ダメ?」
「ダメですよ! こちとらまだ“ママ”でさえかなりの抵抗があるのに!」
「まあまあ。何事も新しいことには抵抗が付きものさ。でも、そこを乗り越えてみんな成長していくんだよ。大人っていうのはそういうものさ」
「いやだから大人どころか赤子! 成長どころか減衰しちゃってるんですってば人格が!」
なおも立ち上がったままタブレットを指さして叫ぶ。
なんとなく「俺(仮)」な赤ちゃんと目が合った気がした。
ちくしょうかわいい! でもこの状況においてはかわいいのが逆になんか腹立つ!
「ははっ、まあまあそんなにオギャらなくても。慣れればそのうち馴染んでくるさ」
「いやオギャるて……」
「それにこの前掛けとか見てごらんよ。このチューリップのワッペン。これもかわいいだろう? 桜とどっちがいいかなって迷ったけどやっぱりチューリップにしてよかったよ。うん、素晴らしい」
「いや知りませんよ! てかどっちでもいいですよそんなの!」
「え~……これでもプロジェクトメンバー全員でどっちがいいか3時間ぐらいディスカッションして悩んだのに」
「そんなに!? なんですかその世界一ムダな3時間は!? 悩むならもっと根本的なところで悩んでくださいよ! そもそも赤ちゃんでいくのかどうかとか!」
「ああ、そこはむしろ即決だったかな。会議が始まって2秒もかからなかったね」
「2秒!?」
「うん。僕が『赤ちゃんでいいよね?』って言ったら、みんな同じ考えだったのか『心得ております』って感じで示し合わせたようにニヤリと頷いてくれたよ」
「えぇ~……」
なんだそれ……どんな会議だよ。ちょっと恐いよ。
てか冷静に考えて「心得ております」じゃないよ! そこは誰でもいいから異を唱えてくれよ!
「なんならイラストレーターの“べんじゃみん”さんに至っては、こっちからなんの連絡もしてなかったのに会議の前に自主的に“赤ちゃん〇舗”に寄ってきてくれてさ。サンプルになりそうな衣装やらガラガラとかのおもちゃやらを大量に買いこんできてくれたんだよ。いやはやさすがだよ、彼女」
「いやうんうん、じゃなく……。てか自主的に赤ちゃん〇舗って。どんだけやる気満々なんですかその人……え、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。そこはちゃんと経費として落としたから」
「いやそこはべつに心配してませんけど!? なんでボクが見ず知らずのデザイナーさんのお財布を心配するんですか!」
俺が気にしてるのはその人の普段の仕事ぶりやら性格の話!
「……てか、今更ですけどせめてボクにひとこと相談くらいあってもよかったんじゃないですか? こんなコンセプトでいくよ~みたいな」
「ああ、うん。それについてはゴメン。一応そういう意見もあるにはあったんだけど……」
「あったんだけど?」
「どうしても通したかったんだ……自分たちの信念を」
「いやダメですよ! なにカッコつけてんですか! 代わりにボクの尊厳が犠牲になりかけてるじゃないですか!」
バシバシとテーブルを叩く俺。
一方、それとは対照的に社長は心底愉快そう手を叩いた。
「あははっ。いいねぇ、今日もタッちゃんはキレッキレだね。ダル〇ッシュのスライダーくらいキレてるよ」
「はぁ……」
全然うれしくねぇ……。
「うん、でもやっぱりこうして直接対面で話すと違うね。本当ならべつにデータで送ってもよかったんだけど、わざわざ玉森くんに頼んでキミを呼んでもらった甲斐があったよ」
「え……それってもしかしてですけど、今日の面談ってまさか」
「うん。この立ち絵を見たキミのリアクションが見たくてね」
「うぉおおおいやっぱりか!」
ちくしょう! 緊張して損した!
「ま、そういうわけだからよろしく頼むよ。いやぁ、本当にキミには期待しているんだ。個人的には次代のVTuber業界のスター候補だと思ってるよ」
「はぁ、それはそれは光栄です……じゃなくて! え、ガチでこのまま赤ちゃんでいくんですか!? 冗談とかドッキリではなく!?」
「冗談なんかなもんさ。これは社としての正式な決定事項だよ。あ、そうそう。言い忘れてたけど名前ももう“花咲ベイビ”でいくことが決定してるから」
「ベイビ!?」
「ママミくんの息子ってことでね。由来は言わずもがな赤ちゃんのベイビーから」
「えぇ……」
ま、マジかよ……。
まあスカウトされた経緯的に俺と母さんの関係性も考慮してのことだろうから可能性の一つとしては予想してたけど……。
けど、だからってこんな……え、つまり俺は推しの子どもになるってこと?
なにそれ、これが“推しの子”ってやつですか???(錯乱)
「あれ? もしかしてイヤだったかい?」
「いやその、イヤと言うか……正直なところもう少し検討してみてほしいなって気持ちはまあありますけど。いきなりまーたんの息子ってのもそうですけど、やっぱり一番は赤ちゃんっていうのがちょっと……。その、ボクにも一応恥とか尊厳とかいろいろありますし……」
VTuberなので即身バレとかはしないだろうが、学校から家に帰ってすぐさま配信でバブバブなんて二重生活は人としてどうかと思う。
それこそ具体的にはともかく、人生において何か大切なものを失ってしまいかねない懸念がある。
と、そんな俺の想いが通じたのか社長は――。
「……そっか。僕的には妙案だと思ったんだけどなぁ」
う~んと唸りながら社長が腕を組む。
お、これはもしや……?
「でもま、仕方ないか。やっぱり本人の意思は大事に尊重しないとね。よしわかった。この件についてはもう一度プロジェクトチームを集めて再考してみるよ」
「本当ですか……!? ありがとうございます! そうしていただけると助かります!」
……ほっ。
よかったぁ、これでなんとか最悪の事態は免れそうだ。
正直めちゃくちゃ頑張ってくれたこと自体は立ち絵の出来映えからも伝わってくる手前、かなり申し訳ない気持ちもあるけど……。
でも、こればっかりはさすがにな。社長たちもそうだが、俺にだって譲れないものがあるんだ。
というわけで本日の面談はこれにて終了。
それから俺は社長と軽い雑談をしたのち、帰りは用事が済んだという玉森さんに再び見送られてVランドの事務所をあとにした。
で、それからまた数日後――。
『【速報】Vランドから初の赤ちゃん系VTuberのデビューが決定!!』
「いや結局こうなるんかい!!!!」
そしてデビュー配信へ
次回は4/22(火)更新予定!