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扉を開けたら……

 俺の名前は杉本(すぎもと)達也(たつや)、高校2年生。


 突然だが、俺にはVTuberの推しがいる。


 名前は“花咲ママミ”。

 愛称は“まーたん”。


 大手VTuber事務所である『Vランド』のライバーで、設定……と言ったら少し身もふたもないが普段は小さな町にあるお茶屋さんの店長をしている。


 ハマったきっかけはなんてことなく、たまたま根っからのV好きな仲の良い友だちから「お前もどうよ?」とオススメされたってだけ。

 ただし、当時の俺はぶっちゃけこんなに好きになるなんて微塵も思ってなかった。

 なぜなら俺自身、最初はよくいる一部のVアンチよろしく「は、VTuber? 絵じゃん?(笑)」みたいなテンションで生きており、配信を見たのも「せっかく紹介してくれたわけだし、一応感想くらい伝えなきゃ悪いよなぁ」くらいのノリだったからだ。


 が、そうして出会ったのが運の尽き。今じゃすっかり大ファンだ。

 毎回欠かさず配信を視聴するのは当たり前だし、過去のアーカイブだってさかのぼって全部見た。

 おかげで俺にとってまーたんはもはや生活……いや、人生の一部になっていた。

 いやはや、つくづく人生ってのはわからんね。自分でもちょっとビックリしている。


 とまあそんな俺の心からの推しであるまーたんだが、じゃあいったい彼女の何がそこまで俺の心に突き刺さったのかと言うと……。



 それは圧倒的なまでの――“母性”である。



 柔らかい栗色の髪と暖かい琥珀色の瞳……そしてまるですべての男子の夢と希望を包み込んでくれるかのような胸元の膨らみ。

 性格も見た目どおり包容力豊かの甘やかし上手で、ファンにも常日頃から優しい言葉をたくさんかけてくれる。

 そんな母性の塊みたいな彼女が、太くて固いロンギヌスの槍となって俺の心に深々と突き刺さったのだ。


 ……うん、まあ言いたいことはわかるよ?

 そりゃ今や世の中にはごまんとVTuberがいるってのに、よりにもよって高校生の俺が推しの魅力を聞かれて真っ先に出す答えが母性て……「いやいや、君ちょっと覚醒早すぎでは?」とツッコまれても致し方ないだろう。

 正直これについては自分でも「さすがにちょっとヤバいか?」と思うときはある。なんなら鏡に向かって自問自答したことも一度や二度じゃない。


 ただちょっと待ってほしい。俺にだって言い訳くらいある。

 俺がこんな風に育ってしまったのには、ちゃんとした事情があるのだ。


 というのもウチの家族構成は若干特殊で、母一人、子一人……いわゆる母子家庭ってやつだ。

 そこに加えてさらに()()()()()も一応あるんだけど……まあそっちはいったん置いておこう。


 とにかくそんな我が家なので母さんは朝から晩まで生活費を稼ぐために働いている。

 おまけに家事だってしっかりこなすし、朝食夕食だけでなくお昼のお弁当だって毎日必ず早起きして作ってくれている。

 だから母さんにはめちゃくちゃ感謝しているし、とても尊敬している。

 俺が今こうして当たり前のように学校に通えているのも、すべては日々の母さんの頑張りのおかげだ。


 そしてだからこそ、俺は物心ついたときから常に優等生であることを心掛けて生きてきた。


 勉強にスポーツ。どちらも人一倍頑張って努力したし、その甲斐あって結果としても学年上位に入るくらいの位置づけにある。

 日々の生活で誰かに迷惑をかけたこともないし、小中高で先生に怒られたことは一度だってない。

 そういう意味では、俺の人生は常に襟首を正したようなものだったと言えるかもしれない。


 ただ、だからと言って特に不満はない。

 だってこれらはあくまで自主的にはじめたこと。俺が単に母さんに迷惑をかけたくないという理由でやっているだけ。

 ゆえに文句なんてあるはずないし、むしろ俺としてはこう生きるのが当たり前くらいに思っていた。

 それにテストで良い点を取ったり運動会で活躍したりして母さんが喜んでくれる姿は素直に嬉しかったしな。


 ……でも、恐らくは多少の“(ひず)み”みたいなのがあったのかもしれない。


 プレッシャーと言うべきか、反動と言うべきか。

 良い子でありたいと思う反面、内心では年相応に甘えたいという願望も心の奥底にはひっそりとあって……。


 そんな抑圧された何かが……俺を“まーたん”へと導いた。


 フワフワとした空気感に、おっとりとした声や優しい言動。

 彼女の放つまるで聖母のような不可思議なオーラに、気づけば俺はリアルの母親には決して求められないタイプの温もりを感じ取ってしまっていたのだ。


 とまあそんなわけなので、俺としては日々配信を視聴しながらぼんやりと思っていた。

 あーこんな生活がこれからもずっと続いていけばいいなぁ……と。



 ――けれど、そんな願いはある日突然あっけなく崩壊した。



 ◇◇◇



 それは、春にしてはやや肌寒い夜のことだった。


「うおっ、いつの間にかもう0時かよ。やべぇ、早くしないとまーたんの定期ASMRがはじまっちゃうじゃん」


 俺はふと視界に入った時計の表示にハッとし、勉強の手を止めた。


 今日は月曜日。

 ということは、まーたんが決まって睡眠導入系の癒しASMR配信をしてくれる日だ。

 平日初日という多くの人類にとって最もツラい地獄を生き抜き傷ついた視聴者の精神を救うため、まーたんは毎週欠かさずこの枠を設けてくれているのだ。


 でもってその配信をベッドの中でヘッドセットをしながらじっくり堪能しつつ安眠するというのが俺のルーティーン……だったのだが。


「……む? いかん、急に尿意が」


 ベッドに入ってすぐ、唐突に悲鳴を上げた俺の膀胱。

 俺は慌ててトイレに向かった。


 で、無事に出すべきものを出して自分の部屋に戻る途中――。


「ふぃー出た出た……ん?」


 俺はうっすらと扉の開いた母さんの寝室から明かりが漏れているのに気づいた。


(あれ? 母さん、まだ起きてるのか? やれやれ、早く寝ないと明日に響いちゃうだろうに。やれやれ、いつも俺の身体の心配はするのに自分のこととなると無頓着なんだから……)


 ただ、そこまで考えてすぐに思い直す。


(……待てよ? もしかして、実は寝落ちしちゃってるとか? ……う~ん、あり得るかも。毎日仕事でいろいろ疲れるも溜まってるだろうし。そうでなくても母さんって割とうっかりっていうか、ちょい天然なとこもあるしな……)


「仕方ない、代わりに消しといてあげるか」


 思えば、この判断がすべての誤りだった。


 踵を返して母さんの寝室へと向かう俺。

 そしてドアノブに手をかけた……そのときだった。



「こんママ~♡ どうも、Vランド3期生の”まーたん”こと、“花咲ママミ”です♡」



 ……………………は?


 聞こえてきたのは、俺の知ってる普段の母さんとはちがう甘い声色。

 そして俺の耳がおかしくなったわけでなければ、それは間違いなく俺が推してるVTuberの声であり……名前だった。


 気がつけば、俺は震える声で呟いていた。


「か……母さん……?」


「えぇ、たっくん!!?」




 この日を境に、俺と母さんの生活は激変した。



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