お前が始めた物語(救助)だろ
重い。
マジで重い。
水を吸った衣服を着た人間が、とてつもなく重くなるという事は知識としては知っていました。
でも実体験を通した感触は全く違います。
力には結構自信があった私でしたが、全くお爺さんを持ち上げられません。
泥にまみれたお爺さんの手がぬかるんでいるのもあるでしょう。
けど根本的に力が足りていないようなのです。
後に知りましたが、お爺さんは昔ボクサー(しかもウエイター級)だったらしく年配の方にしては体格の良い方でした。
何より場所位置が悪い。
沼に向けて屈み込んだ姿勢では力が入らない。
ならばどうするか?
答えは簡単です。
姿勢を正して力を入れればいい。
そう、つまり――
足元を見ます。
そこには買って半年も過ぎてない好きなブランドのジョギングシューズ。
お気に入りの品です。
愛着があります。
けれども――人命には代えられない。
躊躇した時間は一瞬でした。
(グッバイ、ニケさん)
相棒が沼に沈んでいくのを意識しないようにしながら左足を突っ込みます。
ヘドロが纏わりつく、おぞましい感触。
独特の臭気と滑りにゾクゾクしながら耐えると……
水底に足が辿り着きました。
今です。
お爺さんの右脇にいるこの体勢ならば間違いない。
全力でお爺さんを抱え込み、どうにか岸へと上半身を乗せることに成功。
しかし――これは長丁場となる救助活動の序章にしか過ぎませんでした。