第6話
彼の魔法は非常に便利だった。生活能力が著しく低かったが、私が言えば、彼は魔法で家事をしてくれた。掃除も、洗濯も、料理も。
風呂は自分で入りたかったので、頼まなかった。彼は風呂に入ったことがないと言っていたので湯船に浸からせると、風呂が気に入ったようで、自分で湯を調節して入るようになった。
私は塔の一室を、隅々まで探索していた。そうすると一枚の絵を見つけた。女性が描かれており、にこやかに微笑んでいる。慈愛の女神とはこんな人なのかもしれない。絵の裏を確認すると、愛しの人と赤茶で書かれていた。
「ヴィネ!ちょっと来てくれる?」
「何だ?……その絵は、私の元婚約者じゃないか。何故こんな所に絵があるんだ?」
「貴方が知らないんじゃ、貴方の兄が置いたのかもね。裏に文字があったんだけど、見覚えは?」
「ないと思う。」
彼は絵を持ったまま、暫く固まっていた。私は、その間も何かないかと物色する。すると背後から、バキッと音がなった。振り返ると、彼が絵を食べていた。額縁ごと、音を立て、咀嚼し、飲み込んでいく。異様だった。
「ヴィネ…?貴方何してるの?」
「真実の愛を食べた。でも美味しくはないね、君のスープの方がずっと良い。」
「食べ物以外と比較しないで。それで?外に出られるの?」
彼の手を、窓の外に出すと少し、膜のような抵抗感があったが出すことが出来た。私達は顔を見合わせる。こんなに簡単な事だったとは誰も思わなかっただろう。
「顔は出せるのかしら?」
彼の頭を窓に出そうとすると、彼の顔が焼けてしまった。完全には外に出られないみたいだ。
「痛い……」
「まぁ、手が出せるようになっただけ良かったじゃない。」
「……そうだな。」
彼の顔はゆっくり時が戻るように治っていく。彼の怪我が治るのを見たのは初めてだ。気持ち悪い。しかし、戻るように治るのを見るに、彼は時が巻き戻っているだけなのかもしれない。
塔の魔法が解けた時、彼は普通の人間になるのか、それとも朽ち果てるのか。後者の方が、私を知る存在が減るので都合が良い。だが、彼の魔法は使い勝手が良いので、前者でもいいかもしれない。
他の場所も探したが、思い通りにはいかないものだ。あの字が書かれた物が重要ならば、ヴィネの方が知っているかもしれない。
「ヴィネ。他にも愛と書かれた物はない?それを貴方が摂取すれば、魔法が少しずつ解けていくかも。」
「書庫に恋愛小説が幾つかあった。あと、私の部屋に知らない者の日記もあった。鍵がかかっていて読めないが……」
「凄く重要そうなものじゃない。見せてちょうだい。」
彼は魔法で日記を呼び、私に渡した。手に取ると不思議と体に馴染む。すると私に応える様に、日記が開いた。目の前で行われているのは全て、日記の内容なのだろう。魔法士が右往左往している。
「国王はイカれている。あの王弟殿下を魔法で閉じ込めた事はよい。あの男は精神を錯乱している、当然の処置だ。外に出していれば、いずれ災厄を振り撒くだろう。問題は錬金術で出来た子を自身の後継にするなどと言った事だッ……幾ら子宝に恵まれないからと言って……王妃もそうだ、それに従うばかり。誰も否定しない。この国は終わりだ。」
部屋の中央に止まり、彼は天井を仰ぐ。
「剰え、あの王弟殿下の世話係を私の娘にさせるだと…?ふざけるなッ!娘は、殺されてしまう。あの男は寂しさを笠に着た化け物だ。どうすれば良い…?そうだ…!代わりにノアを行かせよう!ノアは取り柄もない…!喜んで奉仕するだろう。アイツは自分より弱い者が好きだからな。上手く騙せば、アイツが世話係をやるだろう。ハハハッ!良かった!愚息も役に立つ時が来るとは思っていなかっただろう!」
そして、場面は彼の自室へと変わる。そこは見覚えのある部屋だった。父の書斎によく似ている。いや、そこは……
「父上。私が参ります。この愚息が居なくなることが望みなのでしょう?お望み通り、私が消えましょう。魔法士にも成れなかった、私が。」
「お兄様!そんな!」
「いいんだよ。さようなら、私の妹よ。さようなら、我が父よ。」
「お兄様!待って!行かないで!」
「追い掛けるな。あの者は、今日、死んだのだから。」
扉が閉められると同時に、日記のページが変わった。